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アロトロピスト  作者: 鑑創太
第一話 荒廃塔
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Act.1 廃墟探索

 周囲の山々を威圧するかのように、その塔は盆地の中央に(たたず)んでいた。


 いつ、誰が、何のために建てたのかは不明。気づいたときにはそこにあり、十年ほど前から建っていたという話しさえある。鉄サビだらけの荒れ果てたその姿から、付けられた名前が〈荒廃塔(こうはいとう)〉だった。


 危険区域――そう書かれた看板をなん箇所も通りすぎ、バイオメータに常に気を配りながら、フィドはついに天に向かって伸びる高層建築物を見上げられる位置まで辿りついた。


 想像以上に高い建物だった。車内からでは天井が邪魔をして頂上が見えないが、目測で六十メートル以上はあるだろうか。建っている場所が盆地だったせいで、遠目からではここまで高さがあるように見えなかったのだ。


 用心のため、車の頭を来た方向に停車させると、注意深くバイオメータを見つめる。

 反応は――なし。この辺りに感知対象はいないようだ。メータは沈黙を守っていた。


 こんなことがあるのか? とフィドは眉を寄せる。


 この区域は、さっきまでいた〈安全圏〉と一線を画す場所である。その危険度はいうなれば、テロ組織に占拠された都市内部かそれ以上。

 いつどこから弾丸や、ミサイルが飛んできてもおかしくないようなところである。そんな紛争地帯のど真ん中に来たというのに――反応なし。


「……」

 これはチャンスだ。それこそ今までにないほどの大チャンスに違いない。だが、それに飛びつくかどうか、というところで己が心は臆病風に吹かれ、波に揺られる浮き輪のようにゆらゆらと揺れ動く。

 そんな往生際の悪い自分に、おまえは何をするためにここにきた? と言い聞かせて、フィドは車から降りた。


 後部の荷台から護身用の猟銃を取り出し、スリング(負いヒモ)を肩にかける。左脇のショルダーホルスターには9ミリ拳銃が一丁。装弾数は最大十発だが、弾を買う金がないので、今はマガジンに五発しか入っていない。


 腰のベルトには手製の閃光弾が一つ。ポケットの中には猟銃の散弾が数発分――これが、今の自分にできる精一杯の備えだった。


 身のうちの不安を打ち消すために一度大きく深呼吸をすると、殴られた頬の痛みに意識を集中する。

 そして意を決し、コンピュータがあるという打ち捨てられた塔に向かって一歩、足を踏み出した。


     :::


 周辺は閑散としており、塔以外の建物は見当たらない。その代わりではないが、数台の車が屋根やボンネットに大量の砂ボコリをかぶり、タイヤが半分ほど砂に埋まっている状態で放置されているのを見つけた。


 どれも最近になって置いて行かれた様子ではない。それを目にして、フィドの脳裏に暗い予想が通り過ぎていく。

 車があるってことは誰かが乗ってきたんだろうが。一体乗っていた人間はどこにいったのだろう。まさか――。


「……」

 そこで考えるのをやめにした。考えたところで仕方のないことだ。なにより今、自分が考えるべきことは運転手の安否ではない。湧きあがる不安を振り払い、探索を再開する。


 正面玄関のガラスの無い枠だけが残ったドアをくぐり、塔一階のロビーに足を踏み入れる。光の届ききくい内部は薄暗く、思った以上に見通しが悪かった。

 ヘッドライトでもあればいいのだが、生憎そんな都合よく持ってはいない。フィドは目を細め、慎重に辺りを確認していく。そのとき、ロビーの壁に気になるものを発見した。


「これは?」


 入り口の右側、床に固定された受付用のカウンターとらしき細長いテーブルの背後に〈それ〉はあった。見上げると、塗装が剥がれた壁面に見覚えのあるロゴマークが掲げられている。

 戦車と思われるシルエットの砲身の上に、悠然と翼を広げた大型の鳥が止まっている姿が印象的だ。そのマークの下部には、線の太いゴシック体で、


 GenociTEXジェノサイテックと表記されていた。


「ここはあいつらの遺跡か……」

 フィドは苦々しくロビーを見回す。


 かつてこの大陸で栄華を極め、知らない者がいないほど名を広めた大企業のシンボルも、今となっては〈戦争の立役者〉、〈悪魔の生みの親〉と罵られ、誇らしく仰ぎみる者は誰もいない。


 盛者必衰、栄枯盛衰は世の習いだが、それをここまで分かりやすく体現して見せた者たちもそういないだろう。

 少なくともこの名前とマークも、そして企業そのものも、それを語って他人に名乗れば、弁解の余地なくリンチにされるぐらいに、今は人々から忌み嫌われている。


 だからこそ彼らの名残りは〈遺跡〉と呼ばれる。失い忘れられ、そこに遺った足跡だ。もう存在しない者たちの足跡を踏んだところで、咎める者は誰もいない。


 廃品業者や盗賊たちにとって、それはとても都合がいいことだった。それにこのビルが本当にジェノサイテックの遺跡だというのなら、フィドには尚のこと好都合である。

 なんの確証もないウワサ話だったが、かつての大企業が関わっている建物なら〈コンピュータがある〉という話の信ぴょう性が高くなる。


 振り返るとエレベータらしき扉が二つあった。しかし、前にはエントランスから入り込んだ砂ボコリが山を作っていた。長いあいだ放置されていた証拠である。当然、電気なんて通っているはずもないので使用は不可能だ。


 エレベータ前を通り過ぎてさらに奥に進むと、視界の端に上層へとつづく階段を発見した。

 エレベータが使えないので、この階段だけが階層をつなぐ唯一の移動手段である。しかし、このロビーを見ていて、どうにも腑に落ちないことがあった。


 一体なんのために建てたのか知らないが、その〈何か〉をするのに必要な機材がまるで見当たらないのだ。

 それどころか椅子やテーブルの残骸すらないのは、一体どういうことなのか……本当にここに、目当てのコンピュータ端末が存在するのだろうか?


 次々に浮かびあがる不安が、無言で心を掻き立てる。

 そのとき――。

 今まで沈黙を守っていた手首の機器から、アラート音が鳴り響いた。


「!?」

 フィドは全身を流れる血液が、一瞬でこおり水になったのかと錯覚した。急いでメータを確認して、絶句する。


 画面のサイズは腕時計の文字盤より少し大きく、6センチ四方。モニターには方眼紙を思わせるマス目が縦横に規則正しく表示され、画面右下のメモリを操作すると映像の詳細・広域が可能である。

 対象物の表示の仕様は、熱探知機というより超音波探知機に近く、フィド自身、その構造や技術体系を完全に理解して使っているわけではない。


 肝心な部分は開発元であるバイオノードしか知らないのだ。ようは誤作動でも起こしたらどうすることもできない。況してどういう状態を〈異常〉と呼び、それに気づくことができるかさえ難しかった。


 彼はこのとき表示された映像を目にして、ここに来るまでの偶然が必然であったことを思い知る。

 ここまでの道中、メータはまったく対象を探知しなかった。それが一生に二度とないチャンスだと信じたからこそ、ここまで来たのだ。


 しかし、それは〈しなかった〉のではなく〈できなかった〉のだとしたら? 最初からバイオメータが壊れていたのだとしたら?

 冷や汗をかきながら猟銃を構え、すり足でゆっくりと入口に向かって振り返る。


「……くそっ」

 飛び込んできた光景に悪態をつく。そこに映ったものは身を低くし、こちらに近づいてくる三匹の野犬の姿だった。

 だが、それは野犬と呼ぶにはあまりに大きく、立ち上がれば人ひとりを押し倒せるほどの大きさだった。


 もう疑う余地はない。これだけ探知対象が近くにいながら、バイオメータのモニターには目のまえの三匹の存在が――映っていない。


 これを異常と呼ばないでなんと呼ぶのか。それに気づかず対象が〈いない〉と勘違いをして、自分から死地に足を踏みいれてしまったのだ。

 愚かにもほどがある。退路なんて、最初から存在しなかったというのに……。


 考える間もなく、野犬の一匹が突進を開始する。

「!」

 驚いて、とっさに猟銃を発砲した。響きわたる銃声。飛び散る鮮血。


 放たれた散弾は、間一髪のところで野犬のどてっぱらに命中。突進の軌道がそれた野犬は、斜めうしろに転がって腹から血を流し、びくびくと痙攣して動かなくなった。


 すぐさま視線を戻し、残った二匹の野犬をけん制するように銃口を交互に向ける。今すぐここから逃げたいところだが、外への出口は獰猛な野犬のうしろ側だった。

 残る退路は、上の階へと続く階段だけだが――こいつらがそんな隙を与えてくれるだろうか?


 ギリッ、とフィドは歯をかみしめる。なんて様だ。情けない。一攫千金の夢にほだされて、ここに来た結果がこれなのか?

 一歩下がると、野犬もじりじりと間合いを詰めてくる。どうあっても逃がすつもりはないらしい。


 だったら――猟銃を構えながら、空いた手で腰のベルトに吊るされた閃光弾に手を伸ばし、それを掴む。

 動けるチャンスを作れるのはこれだけだ。鼻が利く野犬にどこまで効果があるかわからないが、ほかに選択肢はなかった。


 直後、掴んだ閃光弾を力のかぎり野犬の目のまえに叩きつけた。それは地面と接触すると爆音とともにすさまじい光の束を放出。野犬の目を焼いて、動きを一拍遅らせることに成功した。


 それを逃さず手で目を守りながら、フィドは右に見える階段を駆け上がった。振り返っている時間も惜しい。途中の階層にも目もくれず、いくつもの踊り場を通り過ぎても全力で駆け抜ける。


 逃げられなくても、こうなったらコンピュータだけは絶対に手に入れてやる! 荒廃塔を駆けあがる最中、フィドはそう決心するのだった。

 

     :::

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