第16話 異変
「ん?あれは……?」
フルクトルの街の外壁が見えてきた頃。3人の中で誰からともなく疑問の声が上がった。
遠目に見える街の外壁の外の周囲にはたくさんの人が集まっているのだ。
「何をしてるんだ?あれ。」
「何なんでしょうね?ヘイムさん、知ってます?」
「いえ……私も知らないのでございまし。」
和樹は日の浅い自分が知らないだけなのかと思ったのだが、フレミーだけでなく前から街に住んでいるヘイムまでもが分からないと言う。
近づいていくと慌ただしさと緊迫感のある空気が渦巻いていた。
「この汚れは……血、ですかね?」
フレミーは草を染めている赤黒いものを指す。
「ん?嬢ちゃんたち、今帰って来たところかい?」
そこら辺で水を撒いて汚れを落とそうと作業している街の人達を眺めながら門の入口へと向かって進んでいくと野太い声がかかった。
顔を向けると薄汚れた半袖の強面のおじさんがいた。
「はい、そうなんですよ~。だからこれが何の騒ぎなのか分からなくて。一体、何があったんです?」
フレミーは見た目に物怖じせず気になったことを口にする。和樹とヘイムには流石フレミーと感心するしかない。
いくら戦う力があっても顔面に迫力のある見知らぬおじさんに声を掛けられるのは怖いものなのだ。これは普通にフレミーがおかしいだけだ。
「夜にな、何の前触れもなく魔物が大勢この街に向かってきたんだ。運良く最強のチームが街に居たから誰も大きなけケガをするなんてこともなくあっさり片付いたらしいんだ。が、後始末が大変でな。こうして俺みたいに仕事がないような奴が金を貰って片づけをしてんのさ。」
おじさんが顎をしゃくり、3人は周囲に目を向ける。そこで作業をする人々は目の前の男性と同じように薄汚れてボロの服を着た人達ばかりだった。遠くの方にも同じような姿の人がいて未だ片付けられていない魔物の死体を処理している。
その光景にフレミーはショックを隠し切れないでいる。逆に貧困さというものには多少の理解がある和樹ともはや慣れているヘイムは全くと言って良い程に動じていない。
「そ、そんな押し付けるようなことを……こういう時こそ皆でやるべきです!私もなにか……」
「ははっ。お嬢ちゃんは優しいねぇ。だけど、そうなるとおじさん達の分け前が減っちゃうなぁ。」
「ああっ、そうですよね。何も考えないで言っちゃってごめんなさい。」
フレミーは口に手を当ててあわあわとしだし、遂には頭を何度も下げだす。
根が良い人過ぎる。そんな様子を見て和樹は大丈夫なのかと心配になってしまう。
「そんな謝んなくて良いよ。おじさん達はその気持ちだけで十分だから。いやーお嬢ちゃんみたいな良い子も居たもんなんだねぇ……」
作業をしていたおじさんはフレミーの気持ちが心の底から嬉しいのか笑みを浮かべ何度も頷く。
「そうなんですね。教えて頂きありがとうございます。俺たちはこれで失礼します。」
「はいよ。お嬢ちゃん、元気でな。」
「はいです~。おじさんもお元気で~」
3人の存在が作業の邪魔になっていて周りの視線が突き刺さり早く退散してしまいたい和樹はフレミーをえらく気に入った様子のおじさんに別れを告げる。そしてそのままフレミーとヘイムと共に門へと向かい始めた。
「フレミー。」
「何です?ヘイムさん。」
「情にかまけてああいったお金のない路地裏生活をするような輩には関わらない方が良いと思いまし。1人助けると大量に群がりますし、どんな輩が居るかも分かったもんではないのでございまし。」
「分かってますよ。似たようなことを初めてフルクトルに来た時の和樹さんにも言われましたね~。何だか懐かしいです。」
ヘイムが和樹と同じ忠告をするのがおかしいのか、フレミーはけらけらと笑いだす。
「何が面白いんだよ。……けど、懐かしいってのはそうだな。そんなに前の話じゃないのにな。なんか、変な感じがする。」
和樹も異世界に来てからは初めてづくしの毎日で濃い時間を過ごしている。そのため体感的には何ヶ月も経っているように感じてしまう。だが、実際には異世界へと来たのも街に着いたのもたった数日前のことなのだ。
たった数日でこれほどまでに変わってしまうとは人生、何があるか分かったもんじゃない。そんなことを考えている和樹の顔にも無意識的に笑みが浮かんでいた。
街の中はいつもよりも少しだけ慌ただしさがある。だが、ほとんど変わり映えのしないいつも通りの光景が広がっている。
買い物客がいて、雑談をする人がいて、子供たちが遊んでいる。
そんな中にいつもと違う部分が1つ。裏路地にボロの服を着た人がどこにもいない。
なんてことはない。さっきのおじさんのようにお金を求めて清掃に駆り出されているだけだ。お金に余裕がある一般人は絶対にやらない仕事。そういったものでないと仕事に溢れた彼らは収入を得られないのだ。
見ようによってはいつもよりも平和的と言える光景だろう。魔物が街を襲った結果というのは何とも皮肉的ではあるのだが。
そんな街並みを横目にギルドへと進んでいく。
ギルドの建物の中に入っていくと受付には和樹達が出て行った時と同じように受付嬢のアイリーンが座っていた。
「あら、お三方。お疲れ様です。」
近づく一行に気付くと微笑む。ギルドに所属する男たちは皆、受付嬢のこれに癒されているのだ。
「依頼達成の証拠です~。」
「勿論、魔物の買取もお願いしまし。」
「はい!分かりました。ちょっと待ってて下さいね。」
そう言い残しアイリーンは奥へと引っ込んでいく。少しして依頼料だけを手に戻り3人へと差し出す。
「今回の報酬です。」
「魔物の分が入って無いのでございまし。」
「それが……皆さんが依頼中に討伐された街を襲った魔物が市場に大量に出回ってるんですよね。市場に出回っていない未処理のものもまだまだありまして、今のところは買取はしてないようで……」
アイリーンはおずおずと述べていく。
「マジで?」
「マジです。」
貴重な収入が減ってしまったことに驚愕に震える和樹は再度事実を思いっきり突きつけられる。この手合いの仕事は収入が安定しないため駆け出しにとっては買取分だって貴重な収入源になるのだ。
文無しの2人に金使いが荒い1人。帰還の時間も含め2日かかったというのに難易度の低い依頼の収入だけでは生活も厳しいことこの上ない。
和樹は改めて自分の運の無さを呪うのだった。
作者のTwitterアカウント@novel_swtmktのフォローと感想,この下にある評価とブックマークをお願いします。
皆様の応援が力に。




