NPCとして初めてのイジメ
嫌だ。ゲーム内でもイジメられる。
逃げよう。・・・どこに・・・そうだ。ギルドマスター室に閉じ籠ってしまえば。
「そこのNPC何処へ行く。お前、NPCじゃないなっ。」
バレた。勝手な行動をするNPCは居ない。【事務員】のNPCなら客を出迎えるべきだったのである。
「きゃっ。」
追い掛けてきた男の手が肩に触れた途端、恐怖のあまりしゃがみ込む。学校生活のときにも思ったが、何の解決にもならない。逃げるなら這ってでも逃げるべきなんだろうけど、恐怖のため身体が思うように動かないのである。
「おい勝手にリナさんの身体に触れるなっ。ヴァーチャルリアリティーとはいえ女性の身体に触れるなんてっ。」
グローさんが自分の行動を棚にあげて言い張る。胸を触ろうとしたグローさんに言われても全く説得力が無いよね。
ヴァーチャルリアリティーだから触っても良いとついこの間まで思っていたと告白しているようなものである。どこをどう突っ込めばいいのだろう。
「【聖霊ノ国】崩壊の原因となった複数の女性のメンバーを多数同時に口説いていた、お前が言うなっ。聞いたぞ。肩に触れたり腰に手を回したりセクハラ紛いの数々、運営が許してもオレが許さない。正義の鉄槌は必ず下るだろう。」
代わりに生徒会長が突っ込んでくれる。そんなことをして居たんだ。モテるのも口説くのも問題は無い。おそらく彼女たちはよろこんで身を任せていたのだろう。だけど多数同時は拙い。どうやら運営スタッフのタクさんが調べあげてチクったみたい。
「彼女たちPCには毎回許可を得た。何の問題がある。」
フッ。鼻で笑う音が聞こえる。チエコさんだ。今度は本気で夫婦喧嘩が始まるのだろうか。
「んっリナだとぅ・・・それに小さい身体に不似合いなほど大きな巨乳。まさかお前坂口リナかっ。」
嫌だ。まさか・・・しゃがみ込んだ身体からはみ出る胸でバレてしまうなんて。この男は正義を振りかざしながら泣きながらしゃがみ込む姿の私を見て胸を観察していたらしい。全くどいつもこいつも。なんだかバカらしくなってきた。
「・・・お久しぶりねミツロウさん。」
思いのほか簡単に身体は動き、立ち上がるとクルリと振り向く。冷静な声で答えられたみたい。
「・・・お・・お前・・・が【NPCの部屋】の・・・ギ・・ギルドマスター・・・なのか・・・。」
何を今まで怖がっていたのだろう。胸を強調するように腕を組むと吸い寄せられるように視線が胸にチラチラ移動する。
只のエッチな男の子だ。声が上ずっている。それでも心の中で自分の欲望と正義が葛藤しているらしい。こんな男に学校を追い出されたと思うと悔しい。
「こ・・これだ・・から・・・犯罪者の・・・娘・・・は。」
汗を掻き掻き、言葉を続ける。視線は欲望に負けたらしく胸に釘付けだ。
「それ前も言っていたよね。歯科医師だったおばあさまは確かに30年前追徴金を払ったわ。でもパパやママが犯罪者って。どういうことよ。」
イジメられたときは、おばあさまのことを詰られていると思い込んでいたけど冷静に聞いてみると私の親が犯罪者だと思い込んでいる。
「リナさんは亡くなった鷹乃巣クリニック院長の孫娘なのね。ご愁傷様です。報道のことは知っているけど、あれは大迷惑よね。それでどうしたの?」
再びチエコさんと寄り添うグローさんが私を庇うようにして相手に立ちはだかる。さらにタクさんが優しい視線を交わして頷いてくれる。彼は知っていたみたい。
「学校でこの人にイジメられたんです。2学期から転校することになって、夏休みにパパがこのゲームを用意して・・・くれて・・・それで・・・。」
味方になってくれる人が居るというだけで涙が止まらなくなってしまう。この男にだけはしっかりと対決しなくちゃいけないのに感情が追い付いてくれない。
「良いお父様ね。もういいわ。私は貴女の味方よ。我慢は良くない。ここは私に任せて小さな胸で良かったら好きなだけ泣きなさい。」
私はチエコさんに飛び付くとその胸に顔を埋める。本当に涙が止まらない。
「チエコお姉さまが犯罪者の娘に味方するなんてっ。」
男は視界から私の胸が消えただけで冷静に戻った。それは割と露出度の高い服を着ているチエコさんに失礼よ。
「貴方にお姉さまなんて言われる筋合いはないわ。・・・報道では30年前に税金を過少申告したひとり息子はリナさんの伯父で親じゃなかったはずよ。それに30年前の件も追徴金を払い不起訴に終わったはず。何を言っているのかしらね。訳の分からない正義を振りかざすのはいい加減にしてちょうだい。」
ここまであの報道を正しく認識してくれるとは・・・新聞社に寄っては一方的に誹謗中傷を書くところもあったのに。
この男はゲーム内でも正義を振りかざしていたみたい。しかも彼にとって正義でも他の人間にとっては訳の分からないものだったらしい。
「母親が勤める歯科医院では高額な治療費を請求するんです。きっと祖母と同じように脱税しているに違いありません。」
本当。訳の分からない正義。あくまで想像らしい。そんなことで今までイジメられていたのか。バカバカしい。
「・・・それだけなの?」
チエコさんもそう思ったらしくて声が冷え冷えとしていく。
「虫歯治療1コで1万円もの料金を請求したんですよっ。」
この男はウチの医院で治療を受けて言い掛かりをつけているらしい。なんて子供なんだ。
「・・・はあぁ。またっ訳の分からないことを・・・あのね。鷹乃巣クリニックは自由診療なの。1万円だろうと10万円だろうと100万円だろうと幾ら請求してもいいのよ。」
チエコさんは指先で額を押さえるような恰好になる。頭が痛いらしい。
母から聞いた話ではレーザーなど虫歯の治療方法も様々な方法があるし、歯科材料にも原価が高いものもあれば安いものもある。100万円は大げさでもレーザーや原価が高い歯科材料を使えば虫歯治療1コで10万円くらい請求する場合も普通にあるという。
「他の歯科医院では1000円・・・くらい・・・なのに。」
男は自信が無くなってきたのか尻すぼみになっていく。
「貴方の理論は美容整形でキレイにしてもらったのに、形成外科と同じ治療費を請求しろと言っているようなものなの。他の歯科医院は3回くらい通ったでしょ。私の居る地域でいうと子供の医療費は本人負担1割で行政2割、健康保険組合7割なのよ。貴方の親が3回で3000円払ったというならば総額は3万円。自由診療は全額自己負担よ。同じ治療をして1万円なら随分安いじゃない。」
チエコさんも相手が子供だと思ったようで努めて冷静に説明しようとしているみたい。
ウチの歯科医院はHPでも治療前にも全額自己負担であることは説明している。この男の親は知っていて高いと愚痴でも言っていたのだろう。
「でも夜中に治療してくれる歯科医院は町内のココしか選択肢が・・・。」
「ふざけないでっ。夜中にお医者さまを叩き起こしておいて、そんなことを言う。あまつさえそれを理由にイジメて学校から追い出したなんて。恩知らずもいい所よ。貴方こそ犯罪者だわ。」
ついにチエコさんがキレた。まあそうよね。
「チエコさん。もういいです。」
激高するチエコさんを宥める。これだけ言ってもらえば十分である。
「このお子様こそ、このゲームに居てほしくないっ。運営に密告するわ。PCのリアルの個人情報を言いふらせばアカウント削除するという事項があったはずよ。タクさんも手伝って。」
「チエコさんの言い付けとあらばいかようにも。幸いにもギルドハウス内のことですからヴァーチャルリアリティー時空間システム内に記録が残されているはずです。」
タクさんは芝居掛かった声色で答える。さすがは運営スタッフ。このゲームに対する知識の深さが違う。
「詳しいのね。・・・まあいいわ。よろしくお願いね。」