NPCとして初めてのプレイヤーキル
公式サイトに大規模イベントの告知がしてあった。始まりの街は除外されている。誰も酒場にやってこなくなると思ったのでグローさんから貰った資金の残りでいろいろと買い漁り、ギルドホームに閉じ篭もっている。
鰻の寝床のような細長い室内で奥に6人分のベッドルームがある。誰かが入ってきても困るので入口には再利用可能なトラップを5個連続で仕掛けてある。店で売っているトラップなので天井からタライが落ちてくるという冗談トラップだ。
カーン!
早速、引っ掛かった。タライが乗ったままの姿で怒りに震えているところをSSに撮る。
「ただいまギルドマスターはご不在です。」
ギルドホームにオプションで付けられるNPC【事務員】の定番のセリフ。このNPCの服装は自由にデザインでき、男性ばかりのギルドホームではキワドイ服装をさせていることが多いらしい。
「やっぱりだ。リナ。この間、注意したばかりなのに。」
目の前にはタライの精神的ダメージから立ち直り、心配そうな顔をした運営スタッフのタクさんが居た。
「えっ・・・なんのことでしょうか?」
「イベント告知を見ていなかったのか? 酒場に居れば安全なのに。」
イベント告知を見たからここに来たんだけど、ギルドホーム内は通常戦闘禁止だよね。
「始まりの街はイベントの範囲外ですよね。暇になると思って。ここに閉じ篭もっていようと思ったんです。」
「イベント内容まで見ていないのか。このイベントはギルド対抗戦なんだ。ほら後ろに出現している輝くイベント球を奪い合うんだ。」
後ろを振り向くといつのまにか色とりどりに輝く球があった。
「綺麗・・・。そうすると誰かが来たら、お渡しすればいいんですね。タクさん持っていきます?」
イベントに参加する気は初めから無い。趣旨に逆らうようで悪いけれど、偶然楽に奪えるイベント球を見つけたということでいいんじゃないかな。
「そうはいかない。ギルドホームに居るメンバーを全て倒さないと奪えないルールなんだ。」
今、私を倒す気は無いらしい。痛いのは嫌なんだけど、どうしたらいいんだろう。
「野蛮・・・。そうするとギルドホームから出て酒場に行けばいいんですね。」
ギルドホームに誰も居なければ、イベント球は勝手に持っていくだろう。
「街の門は閉ざされている。各街の外は全てバトルフィールド扱いなんだ。」
FFSにはバトルフィールド専用ブロックが存在して、自由に対人戦闘を楽しめる仕様で、そこにはNPCは存在しない。一発でPCとバレてしまう。
「じゃあ、今すぐ外に出てタクさんにイベント球を持っていって貰えば・・・。」
誰かが入ってきてもイベント球が無ければすぐに出て行くよね。
「3時間後には再び出現する。だからギルドマスター。ギルドメンバーに入れてくれ。あと7回も冗談トラップに掛かりたくない。俺が3時間毎にイベント球を持ち出すのがベストだろ。外で倒されたら防衛は諦めてくれ。」
タクさんが真剣な表情でギルドメンバーになりたいと言う。
イベント球をメンバーが持ち歩いても防衛したことになるらしい。運営スタッフしか知らない情報かなあ。
ギルドホームに仕掛けたトラップはギルドメンバーなら発動しない。タクさんのまぬけな姿はさっきので見納めかな。残念。
丸1日つまり24時間。リアルの時間で4時間で何回防衛できるか。そして多くのイベント球を奪えるかが勝負でバトルフィールドで誰かに倒されれば持っているイベント球は全て奪われるらしい。
「でもタクさんは他のギルドに所属していますよね。」
ここからイベント球をタクさんのギルドホームへ持ち帰れば奪ったことになる。わざわざ防衛のために逃げ回る必要性は無いはず。
「俺が信用できないか?」
信用しています。エッチな視線以外はね。そんな悲しそうな顔をしなくてもいいのに。
「違います。トッププレーヤーのタクさんが攻撃にも防衛にも参加せずに逃げ回っていたら不審に思われませんか?」
タクさんのことを調べてみたところ、過去の大規模イベントでランキング10位前後を維持している。そんな彼が急に何も活躍しなかったら裏に何かあると思われる。下手をすれば運営スタッフだと疑われるかもしれない。
「心配してくれるのか。嬉しいな。でも大丈夫だよ。今回のイベントでは攻撃部隊なんだ。今度こそトップ3に入ってみせるよ。」
嬉しそうな笑顔にドキッとする。これからのバトル全勝のつもりで挑むみたい。格好いいな。でも大丈夫なのだろうか個人記録は伸ばせるだろうけど、ギルド対抗戦なのだ。
奪ったイベント球のポイントは参加しているギルドに平等に振り分けられる。つまりタクさんがゲットしたポイントの半分は私のギルドに入ってしまい、タクさんが本来所属しているギルドには半分のポイントしか入らなくなってしまう。
運営スタッフだからその辺りのルールも熟知しているはず、十分考慮した上でのことなのだろう。
「それでは行ってらっしゃいませ。ご武運を期待しています。」
タクさんをギルドメンバーに追加するとサービスのつもりで腕を組み、胸を強調する姿勢で頭を下げる。
「いやあ、スゲーいい眺めだ。」
私が頭を下げると同時にしゃがみ込んだタクさんと視線が合う。露わになった胸元をガン見しているらしい。
「もうエッチ。本気で通報しますよ。」
慌てて胸を両手で隠す。この人、本当にエッチだ。大丈夫かな。
「嘘吐き。」
3時間が経過して、新しいイベント球が出現してもタクさんは帰ってこなかった。
思わず発してしまった言葉にたじろぐ。彼を待っていたらしい。
カカーン!
トラップが起動し、タライを頭に乗せたPCが2人、何事も無く立っていた。念のため、SSを撮っておく。結構まぬけな姿で気に入っているの。
「いてっ。あーいてぇ。おっラッキー誰も居ないじゃないか。攻撃に出掛けたまま、大規模戦闘が始まっていたから戻れないんだろうな。」
近くで規模の大きいギルド同士が戦っているらしい。道理でタクさんが帰ってこれないわけね。
「ただいまギルドマスターはご不在です。」
とりあえずNPCのロールプレイングを続けて隙をみてギルドホームを出て行けばいいよね。
「うるせーな。」
ズブリ。いきなり手前に居たPCの小剣が私の腹に突き刺さる。
な、なぜ?
「NPCに無駄なことをするなよ。ステータスポイントが無い奴らに俺らの攻撃は利かない。」
確かに何かの腹いせのつもりかNPCに暴力を働くPCが後を絶たない。運営が公式にパワハラを止めるように警告しているにもかかわらずである。
しかし、NPCには一切の攻撃が効かない。何をされても平然としている。
「またお前の説か。」
「そう言うが実証しているんだぞ。防衛力を極振りしたヤツは一切の攻撃を受けなくなる。全ステータスポイントの合計値分の防衛力の値が軽減率だからな。そしてゼロ分のゼロでも攻撃は通らない。」
痛・・・痛くない。ど・どうしてっ。確かに腹には剣が突き刺さっているのに。それどころか何の感触も無い。まるでグローさんが胸に触れようとしたときみたい。
「その代わり毒や貫通攻撃には弱いってか。極振り使えねえ。」
もしかして私のステータスも全く割り振って無いから攻撃されても利かないのかな。
「逆に奴らNPCが攻撃してきたら、全ステータスポイントの合計値分の攻撃力の値に武器性能を掛けた値が真の攻撃力だからゼロ割るゼロがNPCの攻撃力だ。」
「それって無限大。そんなバグ技聞いた事がねえぞ。」
「そりゃそうだろう。キャラメイク時にステータスポイントの割り振りは必須だから実証できねえんだ。」
私だったら、どうだろう。ギルドホームの周囲で楽しもうと街で買った花火セットの中から打ち上げ花火をPCに向けて発射してみる。最弱のスライムも倒せないけど、検証班のサイトでは1ダメージを与えられると書いてあった覚えがある。
ボン。
私のお腹に剣を突き刺しているPCは吹っ飛んだ。片腕と片足がボトっと落ちてきた。うわっ夢にみそう。数秒後にはそれも私のお腹に刺さった剣も消えた。あのPCは死に戻ったらしい。
「ど、どうしたんだ。新たなトラップか。」
今見た光景が信じられないのだろう。トラップの所為にしている。私はもう1人のPCにも打ち上げ花火を発射した。
ボン。
今度は跡形も無く消え去った。今頃、死に戻っているだろうけど自分の身に何が起こったのか全く解らないだろう。
ライターの火も要らないお手軽花火セットがラストウェポンに変化した。そういえば人に向けて発射しないでくださいって書いてあったような。
「悪い遅くなった。良かった無事だったんだ。」
悪びれもせず、タクさんが戻ってきた。
「あ・・・うん。無事よ。」
随分と長い間、ぼうっとしていたらしい。攻撃力が無限大になる件はもう考えないことにする。別に冒険に出るわけでも無いから必要無いのよね。タクさんに知られたら、次のバージョンでバグは訂正される。パワハラをされた場合の万が一の手段にしておけばいいのよね。
「無事そうじゃないようだ。いったい何があったんだっ。」
私の顔色を読んだタクさんが心配そうな顔になる。いつも誰かに心配を掛けてばかりだ。
「大丈夫。大丈夫よ。少し嫌なことがあっただけ。・・・あっと・・・グローさんが来るみたい。」
グローさんからメールが届く。チエコさんと待ち合わせしていたという。彼らも大規模戦闘を避けていたのかもしれない。まだ来ていないことを告げるがここに来て待つつもりらしい。
「うーん。どうしよっか。」
「大丈夫なんですか?」
運営スタッフさんと鉢合わせなんてお互いに気まずいと思う。しかも私との関係も聞かれるだろう。
「あの時、グローから運営スタッフの顔は見れない仕様になっていたから俺とは気づかないはずだ。でも彼のライバルのギルドチームに所属しているから、少し問題かも。しかしイベントの最中にどうして彼が・・・。」
ライバルチームなのに運営スタッフとして公平に裁いてくれたらしい。
「グローさんは彼女と待ち合わせしているの。」
それならば私情を交えずに対応してくれるに違いないと思い、真実を告げてみた。
「ほう【聖なる盾】ギルドのグローと【水霊の国々】ギルドのチエコが結婚・・・許せないという輩も多いはずだぞ。」
「そんなにですか・・・。」
思った以上に反発があるらしい。
「ああ。両方ともエピソード1からの最古参だがチエコさんは【水霊の国々】のカリスマギルドマスターだから人気があるんだ。運営スタッフの中にもファンが居るくらい絶大な支持を誇っている。その彼女が結婚するとは・・・一波乱あるぞ。」
グローさんはリアルで人気があり、チエコさんはゲーム内で人気がある。正反対なのだろうか。
「グローさんはどうなんですか。あの人もトップランクのプレーヤーですよね。」
「彼は例のセクハラの件もあって運営スタッフから支持されていない。昔は【聖霊ノ国】という大規模なギルドを率いていた時代もあったが、今は只のPCだ。」
【聖霊ノ国】というギルドは聞き覚えがある。大昔コンシューマー機しか無かった時代にFFSのゲーム人口の約6割のメンバーを従えるギルドだったはず。詳しくは語られていないが空中分解してしまったらしい。分裂を繰り返し、女性を中心に残ったギルドが【水霊の国々】だったはずである。
「会うのが拙いのでしたらベッドルームを使いますか?」
奥の方にあるベッドルームを指し示す。当然1室1人しか入れない仕様だから鉢合わせにならないと思う。
「もう遅いようだ。こちらにもギルドメンバーメールが届いた。会って話がしたいと言っている。」
そういえばギルドメンバー同士は参加メンバーを確認できる仕様だった。実はグローさんもチエコさんも冗談トラップに掛かった後、ギルドメンバーに参加している。タクさんがギルドメンバーになった時点でバレていた可能性が高いようだ。
「どうしますか?」
「そうだな。俺たちもリアルの友達ということにしておこう。それなら疑われまい。」
「無理じゃないですか。親子以上の年齢差がありますよね。精々が親戚のオジさんでしょう。」
本当の伯父は定職にも就かないロクデナシだったので、タクさんが親戚だったら嬉しいのに。エッチだけど。
「うっ・・・酷いなあ。これでも若いつもりなんだが・・・。仕方が無いか君にとっては30代も40代も50代も小父さんに替わりは無いものなあ。」
運営スタッフさんだからかこちらの年齢はバレているみたい。30代後半といったところかなサバを読んで40代かもしれない。
その時、ギルドホームの入口の扉が開き、グローさんとチエコさんが呆然と立ち尽くしていた。
「初心者ギルドとは名ばかりの【初めての幻想の演奏家】のギルドマスターのタク。【聖霊ノ国】を崩壊に導いた奴が、どうしてここに居るんだっ。」