NPCとして初めてのフレンドたち
「本当に只のNPCのようだ。」
このところ話を聞いて欲しいという客が多くなった。俺SUGEEという冒険談を聞かせてくれる客も多いけど女性関係の愚痴が多くなったような気がする。
最後の客は攻略で躓いていたので、聞きかじった話を少し抽象的に話しておいた。結構、攻略法を熱心に語るPCも多いから、攻略法が載った纏めサイトよりも私の方が詳しいくらいなのよね。
顔を上げると何処かで見た顔・・・そうか、暗闇の中の運営スタッフさん。頭に運営のマークが輝いていないから一般ユーザーのフリをしているみたい。
「いらっしゃいませ。何かご注文はございますでしょうか?」
NPCの定番となっているセリフを少し首を傾けて返す。少し緊張している。何を言われるのだろう。
飲み物を頼まれたのでテーブルに置いて、向かい側の席に座る。
「俺には腕組みをして見せて貰えないのかい?」
あっ忘れていた。
「それセクハラですよ。相談窓口に連絡しちゃうよ。」
少し冗談を交えながら、笑顔で腕組みをして胸を強調して見せる。
あれから公式サイトに、冗談だろうが・・・NPC向けのセクハラ相談窓口が出来た。事実確認が取れ次第、アカウント削除もあるという記載がしてあった。
「止めてくれクビになる。そう言いながらもやってくれるんだな。モロ俺の好みだ。」
そう言いながらも胸に視線は集中している。何をしにきたのだろう。この人。
「もしかしてエピソード1のディレクターって・・・。」
エピソード1のディレクターは巨乳好きという噂だ。FFSの開発スタッフたちはご多聞に漏れず胸の膨らみも無いようなツルペタロリコン好きと公言しているけど始まりの街の女性NPCだけは巨乳なのである。
「バレたか。そう俺だ。黙っててくれよ。普段はプレイヤーに混ざって問題行動が無いか監視しているんだ。先ほどのアドバイスは絶妙だったよ。あれぐらいなら喋ってもいいがネタバレは困る。」
最近拡張されたエリアでは無いけど、攻略法が広まって無いらしい。あの人も散々攻略法のサイトを回ってみたという。
「聞いてらっしゃったんですか、今度は私の監視ですか?」
視線はあいかわらず胸に集中している。何を監視しているんだか。
「フォローだよ。グローに嫌がらせを受けてないか心配だったんだが杞憂のようだ。」
今日もグローさんは酒場に立ち寄ってくれた。前にフレンドメールで教えた眉毛を整える美容室を使った結果を教えてくれた。思った以上に良い結果だったらしくチップを沢山はずんでくれた。
何処かで見ていたらしい。
「・・・そうか。グローさんのお金を奪ったも同然だものね。」
余りにもグローさんとの関係が良好だった所為で忘れていたけど、結構な額だ。裏ではリアルマネーとの交換も行われているらしく、私の月々の小遣いの半年分に相当する。
「思い至らなかったのか。マジ天使だな。でも気を付けて欲しい。君みたいな若くて綺麗な娘は狙われやすいんだ。」
このゲームの中ではイジメどころか嫌味も言われたことが無い。グローさんのように胸を触ろうというPCも居ないから、警戒心は薄くなっているかもしれないのよね。
「何を気をつけるんですか?」
とりあえず目の前の男に警戒して、胸を両手で押し隠して睨みつけてみる。
「あぅ・・・。リアルの情報を聞き出そうしてくる輩も多いんだよ。」
ようやく視線を外してくれた男が情けない顔で見上げてくる。
「NPCのリアルですか?」
名前とか年齢とかは聞かれたことはある。唯一、リアルの情報を聞かれたのはバストサイズだ。もちろん、そういうときは無視したけど、特に追及してこない。無かったことになる。
「それは無いか。でもこれからもPCと告白することもあるだろう。その時は気をつけてくれ。」
PCと告白するなんてあるのかなあ。確かにこのゲームで出会った男性は誠実な人間が多いと思うけど、おばあさまのことを知ったらどうなるだろう。無理のような気がする。
「はい。解りました。」
目の前の男も真剣な表情をしている。チラチラと視線が下がるのは諦めるしか無いみたい。
「なるほど、その素直さに皆ハマっているんだな。」
素直かなあ?
言葉少なで他人とのコミュニケーションが上手く出来ないだけのような気がする。
「ハマるですか?」
確かに最近ゲームの掲示板で話題にのぼることが多いみたいだけど、それは目の前の男と同様に世の中の男たちは巨乳好きが多いからに違いない。
「そうだ。最近、客が増えただろ。口コミで増えているみたいなんだ。これまで素通りだった始まりの街を探索してくれるPCも多い。君のおかげだ。」
基本、マルチプラットフォームのMMOのスタート地点の街は共通で探索しつくされている。ヴァーチャルリアリティー時空間版ということで専用の拡張された部分はあるが他の部分は他のプラットフォームと共通なので同じ攻略法が使える。
従って始まりの街で行かなくても攻略に問題の無いところは誰も行かないことが多いらしいのである。
「お役に立っているなら嬉しいです。」
てっきり冒険に出掛けなさいと薦められると思った。
「どんな楽しみ方でも楽しんで頂けたなら開発者としては本望だよ。そうだフレンド登録をしておいてくれないか。何かあったときに連絡をくれると嬉しい。PCとして仲間と一緒に攻略しているときは他の運営スタッフを行かせるよ。」
目の前のPCからフレンド登録のお願いが飛んでくる。
「『タク』と仰るのですね。改めて『リナ』と申します。よろしくお願いします。」
「こちらのほうこそ。よろしく。俺も冒険談とか語りたいほうなんだ。時々寄るよ。」
そう言ってタクさんが立ち上がる。
「頑張ってきてね。またのご来店をお持ちしています。」
最後はもちろんNPCとして送り出す。今度は普通に頭を下げたのだが、やはり相手の視線は胸に集中する。
「もう。本気で相談窓口に連絡しますよ。」
胸を隠すようにして睨みつけた。
「へえ。この娘がそうなの。」
翌日ログインして酒場でウエイトレスの仕事に就くとグローさんが女性PCと連れ立ってやってきた。
「いらっしゃいませ。何かご注文はございますでしょうか?」
鼻筋の通った綺麗な女性が私を値踏みするように視線を投げかけてくる。胸の辺りを回避したのは気のせいだろうか。
「はちみつジュースをください。」
少しだけドキっとする。はちみつジュースはこの酒場で最高額のメニューだ。このVRMMOの世界観は簡易だけど市場経済型になっていてクエストではちみつを発注してはちみつジュースが造られているらしい。
食べ物は腐りはしないのではちみつジュースが売れると値段が上がり、はちみつが供給されると値段が下がる。FFSにエピソード1しか無かったころは、はちみつのクエストを受注するPCが多かったらしいけど世界が広がり、もっと効率的に稼げるものが出てくると誰もはちみつのクエストを受注しなくなったらしい。
「1万FCになります。少々お待ちくださいませ。」
本物志向に作られているジュースだけど、はっきり言って高い。でもNPCのロールプレイングではそれを顔に出してはいけない。あくまで酒場のウエイトレスは淡々と注文があった通りの品物を供給し、お金を受け取るだけである。
「相変わらず高いのね。」
奥に行きNPC【酒場の親父】に注文を伝えていると背後で声が聞こえた。その通りなので何も言えない。そして作られたはちみつジュースを受け取り、女性の前に差し出すとテーブルの上にお金が置かれていた。
「はい。お待たせ致しました。」
表情は決して変えずに定番のセリフを言えたと思う。
1度注文したらキャンセルは出来ないシステムになっており、途中でログアウトされてもステータス画面から自動的に差し引かれて商品が消えるだけである。
飲み物や食べ物の味の再現性は各個人によるらしい。過去に飲んだこと食べたことのあるものを元に脳が勝手に再現するという。
ゲームセンターに置いてあるヴァーチャルリアリティー時空間システムの利用料には隣に置いてある自販機のはちみつジュースの料金も含まれていて、大抵行列で並んでいる最中に誰もが飲んだことがある。とても再現性が高い飲み物だったりするのである。
だからなのか。他の飲み物の再現性が低いのか。結構、需要があるので価格が高くても供給過多になっていないらしい。
グローさんにも同じ飲み物を置く。今回もチップをはずんでくれていた。
女性の厳しい視線は覚悟の上で胸を強調するように隣の席に座る。
「今日は結婚の報告に来たんだ。・・・それと謝罪かな。君のことを追求されて・・・NPCのロールプレイングの件を話してしまったんだ。」
このパターンは警戒して無かった。このゲーム内で結婚できるシステムは無い。リアルでの結婚だろう。それはおめでたいことだけど。
「・・・っ。」
私の顔が歪んでしまったのだろう。グローさんが立ち上がって最敬礼で謝ってくれる。
「ゴメン。本当にゴメン。」
タクさんに告げ口してみようか。でもこれは無理よね。私が個人的にお願いしたことだもの。
「そこまで謝ることなの?」
女性は不思議そうにしている。口止めはされているみたいだけど大丈夫なのだろうか。
「黙っていてくれると言ったじゃないか。黙ってくれないなら結婚もしない。折角、ヴァーチャルリアリティー時空間システムを買い込んだんだ。引き籠ってゲームばかりしてやる。」
引き籠り。まるで私みたいだ。
いやそうじゃない。あの高額機器をレンタルせずに買った上で引き籠りになれるほどの資産を持っているらしい。PCの荒い解像度でも解るほどハンサムで結婚相手としては超優良物件なのは確かだ。
「待って! 誰にも話さないわよ。貴方をあんなにも変えた女性を気になっただけよ。」
「変えたと言っても、眉毛をイジっただけだろう?」
眉毛を美容室で描き整えて貰い、後衛の女性と良い関係になった彼はリアルでも眉毛を整えるようになったらしい。
「それまでは碌々身だしなみも気にもしなかった貴方がそこらのホストも真っ青なくらい変身してごらんなさい。周囲の女性たちも放っておかなくなったでしょ。」
元々ハンサムな彼がその気になればそうなるのかもしれない。まあリアルで見たわけじゃないから何とも言えないけど。
「いやに親切にしてくれる人や話しかけてくれる人が増えたと思ったら、あれって、そういう意味だったのか。」
初めて知ったらしい。周囲の女性たちがけん制しあっていたのが見えるよう。
「前から気になっていたのよ。リアルでは大人しそうだったし、今一歩踏み出しきれなかったけど、そんなこと言っていられなくなって告白したのよ。」
「そうですか。あっ・・・おめでとうございます。お幸せに。」
NPCのロールプレイングをバラされたことがショックで祝いの言葉も忘れていた。でもこの女性なら大丈夫そうだ。
「ありがとう。ところで私ともフレンド登録してくれないかな。FFS内でこの人こととか聞きたいのよ。」
「ええ喜んで。・・・『チエコ』さんと仰るのですね。改めまして酒場の少女『リナ』と申します。よろしくお願いします。」
フレンド登録依頼を了承する。この名前も見たことがある。ランキングの常連だったと思う。でもグローさんとは敵対するギルドチームのメンバーだったはず。
「こちらこそよろしくね。ところで、お願いがあるんだけど。いいかな?」
チエコさんが突然姿勢を正す。
「なんでしょう?」
こちらはNPCのロールプレイング中なので態度は変えられないが目だけは真剣になっているはず。
「このゲーム世界では、訳あってこの人と仲良くできないのよ。」
FFSでトップクラスの構成人数を誇るギルドチームは5つある。各種大規模イベントでは常にトップ争いを続けており、スパイと見られればギルドから除名されることもあるという。
「ギルドチームのことですよね。」
グローさんの所属するギルドチームは攻略主体で主力は男性中心。チエコさんの所属するチームは生産主体で主力は女性ばかりだから、それほどではないかもしれないけど。攻略中心のギルドチーム同士のメンバーは仲が悪いらしくて、街中でも良く口喧嘩をしているところを目にすることがある。
だからスパイだと疑われれば除名どころか、つま弾きにされてゲームを引退することになり兼ねない。面倒なことである。
「知っているなら話が早いわ。そうなの。だから酒場では貴女を挟んでお喋りしたいのよ。チップははずむわよ。」
これまでにも同じようにNPCのロールプレイングをする私を挟んで2人のPCが語り掛けてくることはあったから不自然なことじゃない。でも惚気られるのは困るんだけど。
それにお互いに知らないフリをしていても、そんな姿を何度も見られれば疑われることにもなりかねないと思う。
「そうだ良いアイデアがあります。今度、始まりの街にギルドホームを購入したんですけど。良ければ使ってください。リアルで待ち合わせをして頂いてもいいですし、必要なら私がフレンドメールの取り次ぎも行います。」
多少の時間差で入れば見られても問題無いと思う。ギルドホームは一部制限はあるものの、誰でも出入り自由な空間になっているけど、普通は誰も入ってこないのが暗黙のルールになっている。
「本当にいいの?」
もちろんである。元々、グローさんのお金で頭金を賄っている。彼には使う権利があるだろうし、リアルの配偶者であるチエコさんにも使う権利がある。まあ訳は言えないけど。
「大抵、私は酒場に居るのでご自由にどうぞ。」
基本、イチャイチャは出来ないはずだが独特の空間を作られても困るので席は外させてもらおう。
 




