表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
只のNPCのようだ  作者: 蜘條ユリイ
11/22

NPCとして初めての検証

「良かった居た。NPCを続けてくれるんだね。」


 リアル時間で2日お休み頂いた後、酒場に出勤するとタクさんが現れた。


「はい。お待たせ致しました。」


 注文を受けて飲み物を置き、隣の席に座る。このゲームのNPCのAIはまともに受け答えできないから相手の言うことを度々無視するのだ。


 今度は忘れずに胸を強調するように腕を組んでみせる。相変わらず視線は少し下を向いている。少し左右に胸を揺らしてみると相手の頭も動く。まあNPCのロールプレイング中だからいいんだけどね。


「てっきり今頃、攻略に夢中になっていると思ったんだがな。・・・うっ。」


 隣から胸を覗き込みながら耳に囁くタクさんは鬱陶しいので、周囲に分からないように脇腹に肘鉄を入れた。


「スペシャルステータスポイントのことですね。あんなの使いませんよ。」


 大規模イベント優勝の副賞には1万人分の個室と共にスペシャルスキルポイントが貰えた。スペシャルステータスポイントとはギルドマスターがギルドメンバーのステータスポイントに自由に加算できるポイントだという。


 大規模イベントに貢献してくれたタクさん、グローさん、チエコさんで分けるように提案してみたのだけど拒絶されてしまった。普通は新人育成のために使うらしい。


「あんなのって君ねえ。あれだけあれば無双も可能だと思うぞ。」


 無双なんて何が面白いんだろ。


「流石に1万ポイントは多すぎませんか?」


 初期ログイン時に与えられるステータスポイントの100倍もあった。優勝賞金のFCで生産系のPCからアイテムや装備を購入すれば攻略のトッププレイヤーと同じレベルに到達することも可能みたいだった。


 もちろん考えなかったわけでは無いけど、飽きるのも早そうと思ったのが止めた理由である。


「大手ギルドではイベントに参加したメンバーの貢献度に合わせて割り振るところもあるが、ひとり当たり1ポイントか2ポイントになる程度なんだ。ギルドに参加する新人は1日に100名を超えるところもあるから、100人に1人という有望な新人に100ポイントずつ割り振っても初期の攻略がやや楽になる程度かな。」


「なるほど、それでギルドの倉庫に不要になったという装備やアイテムを置いていったんですね。」


 不要になったという割には上位互換の装備が無いものも多かった。どうやら試されていたみたいである。


「では仕事がありますので失礼します。」


「あぅ。俺の癒しが・・・。」


 はっきりと試されるのは嫌だと言いたいがNPCのロールプレイング中には無理なので両腕で胸を庇うようにして立ち上がる。私の胸にエッチな視線を送るのが彼にとっての癒しらしい。















 1日4時間×2が父から私に課せられたゲーム時間である。午前8時から12時、昼食を挟んで午後1時から午後5時まで毎日するのである。ヴァーチャルリアリティー時空間システムでいう2日分で残り4日分は休みとしていることになる。


 もちろんヴァーチャルリアリティー時空間システム内では休みの時間中も刻1刻とゲームは稼働している。閑散としているのは午前4時から午前6時ということで前日少し早めの就寝についた私は朝早くにログインしている。まあ夏休み中なんだからいいよね。


「やっぱりエッチだなあ。このフェイスガードがセットになった鎧。デザインしたのは絶対タクさんだな。仕方無いから上にマントを羽織っていこうかな。」


 ギルドマスター室に据え付けられた鏡の前で今日持っていく装備の試着をしている。


 タクさんたちがギルドの倉庫に置いていった装備の中で使えそうなものを事前に纏めサイトで調査したところ、今試着している装備が一番機能性が高かったのである。


 【Mの鎧】


 VIT加算は無いが即死無効、状態異常無効、全ての魔法耐性も高い鎧。唯一の弱点はスライムに上半身の装備を溶かされるというもの。全て溶かされると強制ログアウトされる。つまり少しずつ溶かされるらしい。まあ始まりの街周辺にはスライムが現れるようなところは無いのだけど。


 全体の露出度はそんなに高く無いけど私が着ると横からやや胸がはみ出てしまう。ゲームによくありがちな驚異的な伸縮性能は無いみたい。


 フェイスガードで顔の大部分が隠れる分、恥ずかしいという感情が薄れてしまうのは拙い。身体を大きく覆うマントを着けていくことにする。タクさんに見られたら抗議されそうだけど。


 今日行うのはステータスポイントが全てゼロのとき攻略に与える影響の検証である。だからステータスポイントに加算するような装備は初期装備の剣さえも装着していない。ヴァーチャルリアリティー時空間システムはログインの4時間後に強制ログアウトされるのだけど、念のため行動不能に陥りそうな攻撃を受けても大丈夫な装備にしてみたのである。











 元々、始まりの街の攻略エリアに人は少ないのだけど、この時間帯は特に少ないみたい。事前に調べた通りである。それでもNPCのロールプレイング中でも無いのに胸の辺りをジロジロみられるのには辟易するのでさらに奥へと進んでいくと誰も居なくなった。


 カントツウサギ。


 まるでイノシシのように直線的にしか攻撃してこない兎。ただその攻撃頻度はチュートリアルを終えたばかりの新人攻略者にはつらいものがあるので、この攻略エリアの序盤でレベルを上げた後は別の街の攻略エリアに行ったほうが楽なんだという。


「ほら兎さん。こちらへおいで手の鳴るほうへ。・・・うっ。痛・・くない。・・っ。」


 油断した私が悪いんだけど、カントツウサギの一撃で私の身体は宙に浮く。


 痛いと思ったけど胸に受けた衝撃とお尻から落ちた衝撃だけである。ステータスを見てもHPは減ってない。


 通り過ぎた兎が方向転換をして再び襲ってくる。こちらは立ち上がっている途中で再び身体が宙に浮く。これは拙いかも。永久ループに嵌ったかもしれない。


 でも楽しい。まるでメリーゴーランドの馬に跨ったように体が上下するのである。


『スキル【天使の羽】を得ました。』


 そのまま30分ほどメリーゴーランドを楽しんでいたら、突然頭の中でスキルを取得したアナウンスが流れた。


「えっ何。待ってよ兎さん。」


 得たスキルを整理してみようと兎の前に手をかざすが、もちろん兎は止まってくれない。ステータスには得たスキル名が表示されているのだけど、その場所に手を触れ内容を読み取ろうとすると再び兎が襲ってくるのである。


『スキル【聖天使の羽】を得ました。』


 どうしようも無いのでそのまま小1時間ほどメリーゴーランドを楽しんでいたら、再びスキルを取得したアナウンスが流れた。


「拙い。トイレに行きたくなってきたのに・・・。」


 まだログインしてから4時間ほどしか経っていない。あと20時間もこのままなのか。そのころには現実世界では漏らしているに違いない。


『スキル【堕天使の羽】を得ました。』


 それでも2時間ほどトイレを我慢していると再びスキルを取得したアナウンスが流れる。このスキルは知っている。このゲームで最も不遇職と言われている【鳥人】を選ぶと最終到達レベルで取得できるスキルである。確か両手を同時に上下に動かすと上方向へ自由に飛べるというものだった。


「確か、・・・こうだったような。」


 公式サイトの動画で見た通りの腕の動きを真似てみる。思った通り、垂直に浮かび上がった。しかも手の動きを止めても静止したままである。


















「ふう間に合った。」


 ログアウトしてトイレに駆け込んだ。


 後で防水シートを買ってこなきゃね。以外と簡単に永久ループに嵌ったものである。備えあれば憂いなし。まあシーツやパンツは取り換えなきゃいけないんだけどね。あっそうだ芳香スプレーも買ってこなきゃ。


 まだなんとなく嫌な汗を掻いているような気がしてシャワーを浴びて着替えて再びログインした。


「えっ。なんで人が集まっているの?」


 しかもカントツウサギが居ない。下には数人の男性PCが集まっていて、私の方に指を向けて何か言っている。


 えっ、ムネ?


「きゃ。」


 上昇気流がマントをはためかせてしまい、横からはみ出ている胸が丸見えだったのである。


 嫌すぎる。慌てて押さえてみても遅いと思い、両腕を動かして水平方向へ移動し始めた。














「うぇええーん。完全に迷子になった?」


 男性PCたちが完全に見えなくなった時点で地上に降り立つ。マップには攻略サイトでも見たことも無い地形が映っている。


 しかし【堕天使の羽】スキルって、こんなに簡単に取得できていいのかな。確か攻略サイトでも序盤スキルが確率10%で中盤スキルが確率1%で終盤スキルが確率0.1%だった。その終盤スキルがこんなに簡単に・・・。


 もしかして全てのステータスポイントがゼロであることがスキルの取得確率にも影響しているのかな。そうだとすると完全にバグだよね。タクさんに自己申告したほうが良いのかなあ。まあいいか。検証も全部済んでないし。


ギャオーっ。


「えっ嘘。プテラノドン? もしかしてヴァーチャルリアリティー専用の拡張攻略エリアに入り込んだの。」


 父が買ってきたゲームのパッケージに描かれていた翼竜とそっくりである。


 確かに始まりの街の攻略エリアにも専用の拡張エリアが存在するけど、幾重にも森により遮られていて、攻略専門のトッププレイヤーが入口に到達するだけでも24時間を要すると言われていて、誰も最深部まで到達していないという。


 それに翼竜は公式サイトの宣伝用動画にも登場するんだけど、攻略サイトの掲示板でもエンカウントしたPCが現れたことは無かったはずである。もしかして全てのステータスポイントがゼロというのはエンカウント確率にも影響があるのだろうか。


 どうしよう。武器と言えば花火セットくらいしか持ってきてない。炎属性の最大の敵に花火セットなんて相性が悪すぎる。


 そんなことを思っているとプテラノドンが襲い掛かってくる。咄嗟に【堕天使の羽】スキルで横に移動してみるとギリギリ避けられる。移動性能的には互角らしい。でも攻撃手段が無いのが痛すぎる。


「えええっ。フェイントなんてありなのーっ。」


 何度か直線的攻撃を躱していると突然鋭角に曲がってきたのである。そのまま私は翼竜のくちばしの中に飛び込んでしまう。













『ライト』


 僅かにあるMPで誰でも使える魔法を唱えてみた。


 周囲が明るくなる。おそらく翼竜の胃の中、鎧に即死無効があるために死に戻りが免れているのだろうか。


 ぴちゃん。ぴちゃん。


 どうしようか悩んでいると周囲から液状のものが滴り落ちてきた。胃液らしく簡単にマントはズタボロになっていく。しかも鎧も溶け出し始めている。スライム並みの強酸性があるらしい。このままでは上半身裸になり強制ログアウトされることになる。まあ周囲に誰も居ないし検証だからいいんだけどね。


『ファイヤー』


 昔話でよくあるように胃の中はどんな生き物でも弱点だったはずだと思って、最弱の炎属性の魔法を放ってみると案の定、周囲が地震のように揺れた。効いているらしい。


 それから何度も同じ魔法を唱え、持てるだけ持ってきたMPポーションを飲み続け、魔法を唱え続けるがあまり効いている様子が無い。攻撃力無限大は間違いだったのかそれとも胃の再生能力のほうが勝っているのか。さて鎧が溶けるのが先か翼竜の胃に穴を開けるのが先か。どちらだろうか。


「MPポーションが尽きるのが先だったのね。これでジ・エンドかな。まあ良くやったほうでしょ。でも一応使えるアイテムは全て使っておくことにする。検証作業で得た情報は多ければ多いほどいいからね。」


 多少効果があり、キレイだった花火セットは早々に終わり、目についた攻撃アイテムを次々と使っていく。


 ドッカーン。


 突然、周囲が明るくなった。


『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』・・・『レベルがカンストしました。次のレベル解放をお待ちください』・・・。


 頭が痛くなるほど頭の中でレベルアップアナウンスが流れる。


 えっ私、翼竜を倒しちゃった?


 嘘でしょ。


 私は慌ててログを追いかけてみる。レベルアップログが気が遠くなるほどあったあと出てきたのは『自爆テロ』アイテムだった。


 このアイテムは敵味方関係無く属性も関係無く一定範囲のモノを全て吹き飛ばすというアイテムで、もちろん使った本人も死に戻ってしまうという史上最低と言われるアイテムだった。大規模イベントや対人戦では使用制限が掛かっており、ほぼ逃走系のアイテムと大差が無いため誰も使わないアイテムだったはずである。


 私が死んで無いのは全てのステータスポイントがゼロな所為でダメージが無かったためだろう。


 ドロップ率1%というレアアイテムにも関わらず、PC同士の売買で常に1FCという最低価格がついていたアイテムだったのである。


 周囲を見回してみると、そこには何も無かった。いや黒焦げになった森林の成れの果てが続いていたのだった。


 わらわらと周囲に男性PCが集まってくる。どうやら始まりの街の門辺りまで拡張エリアを全て吹き飛ばしてしまったらしい。


 しかもまたしても彼らは少し遠巻きにして私の方を指さしている。


 そうだった。鎧が溶けていたんだ。スライムよりも酸性度が低かったのが幸いしたのか最後の肝心な部分は大きく溶け残っていたが胸の下が丸見えだったのである。


 そして私は手ブラで【堕天使の羽】スキルを使い、慌てて自分のギルドに直行し、ギルドマスター室に閉じ籠ったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ