NPCとして初めてのログイン
訳あってしばらく執筆から遠ざかっていましたのでリハビリのつもりで書きました。
VRMMOというジャンルですがゲーム性を破壊するような展開となりますので
そういうのは苦手だという方はお読み頂かないほうが良いかもしれません。
なおスタートダッシュ仕様(短い文章を数日間に大量投稿)ではありません。
じっくり読んで頂いて出来れば下の☆マークで応援して頂けたらとても嬉しいです。
よろしくお願いします。ではどうぞ。
「お父さんったら。もー。ゲームの中で友だち作りの練習をしろとか・・・無理だっちゅーの。」
高校入学直後の1学期イジメに遭った。
理由は簡単。30年も前に課徴金を払ったことでニュースになった有名な歯科医の孫娘であるということがバレたのである。当時の事務長だった伯父が間違った申告したらしい。
おばあさまは優しい人だった。年商数十億の鷹乃巣クリニックの経営の傍ら、歯科医としても優秀で世界各地から患者が押し寄せるほど彼女の作る総入れ歯は有名だったのよ。
最近では潤沢な資産を惜しみなく遣い、地震で家を失った人に100万円ずつ配ったり、30歳も年下のイケメン芸能人の彼氏のために映画製作に乗り出したりと世間をお騒がせしていたのも事実だけどね。
そのおばあさまが殺されたの。葬儀のとき、マスコミが押し寄せ、テレビ局が放映した映像に偶然、私が映し出されてしまったの。
母は経営を手伝い全国のクリニックを飛び回っていたけど、娘婿の父は一般サラリーマンで家庭内別居状態。母は娘の私とも年に数回しか会えないくらいの忙しさだったのだから仕方が無いと思っていたわ。
しかも最近の株価暴落で一人息子だった伯父が莫大な借金を作り、その穴埋めに医療法人の権利まで切り売りしてしまったから相続する遺産も無かった。
そんな事情なんて誰も考慮してくれない。資産家の孫娘という間違った世間の偏見と殺人事件の被害者の親族という烙印を押されてしまったの。
そのときから周囲は豹変したわ。色目を使って擦り寄ってくる男子や露骨に贔屓し出す男性教師に公然と正義を振りかざす生徒会長や冷たい視線を送ってくる女性教師。
それよりも一番堪えたのは大多数の人々から無視される存在になったこと。親友だと思っていた友人も例外じゃなかったのよ。
心あるの告げ口だったのか転校して欲しくてリークしたのかは解らないけど、夏休み前には学校内の陰湿なイジメが父の知るところになり、2学期から転校することになったのよね。
その父が、夏休み暇だろうと用意してくれたのがヴァーチャルリアリティー時空間接続システムと【VRMMO】FirstFantasyStartだったのよね。
昔からイジメに遭った生徒に向けて、コミュニケーションを練習させる手段としてヨットスクールだの、合宿なんかが行われていたみたい。一部事故はあったものの、手段として定着しているという。
父なりに一生懸命に手段を考えてくれたのは解る。解るけど、人とのコミュニケーションに傷つき、嫌になっている子供に練習を強要するなんてありえなくないのかな。
夏休みは普通に生活して、減ってきた父との会話を楽しんだり、滅多に帰ってこない母に会いにいったり、静かに過ごそうと心に決めていたのだけど。親に癒しを求めてはいけないらしい。
「仕方が無い。設定からやろうかな。」
ヴァーチャルリアリティー時空間の接続時間は自動で父に連絡されることになっているから、サボっていればバレてさらに心配を掛けてしまう。それだけは避けたいのよね。
それに現実時間の6倍に伸張されたヴァーチャルリアリティー時空間に興味が無いわけじゃない。廉価になったとはいえ新車の高級乗用車以上の価格もするヴァーチャルリアリティー時空間システムだもの。まして過去にやりこんだゲームのVRMMO版なのよね。リアルの友人たちが居れば、自慢できるくらい恵まれた環境なのだろう。
過去にやりこんだコンシューマー時代のデータも使えるみたいだけど、あれはリアルの友達にも教え合ったアカウントなのよね。学校のような閉鎖空間だったからこそイジメられたと思いたいけど、やっぱり無理。やめておこうっと。
気を取り直した私はベッドに寝そべり、専用のヘッドセットを被るとゲームの世界に突入した。
見慣れた画面が表示される。
「本当に変わらないのね。」
FirstFantasyStartは各メーカーのコンシューマーゲーム機を筆頭にパソコンやスマートフォンまで多種多様な環境下で遊べるMMOとして有名なの。各機器専用のエリアもあるが共通するエリアも多い。だから新機種で発売されてもエリアが閑散としていることも無いはずである。
その所為かヴァーチャルリアリティー時空間システムが開発されて真っ先に手を上げたんだと思う。
でもそのゲームシステムはVRMMOとしても全く変わらず、移植されたのがモロ解るこの初期設定画面や解像度が粗いPCは、大きなゲームセンターに必ず置いてあるヴァーチャルリアリティー時空間システムを体験したことのある人々からすると物足りないものだったらしく悪評が絶えないのよね。
他のゲーム製作会社でもヴァーチャルリアリティー時空間で開発の名乗りを上げているところは多いけど、このゲームの評判が悪い所為もあってゲームシステムをそのまま移植するのではなく、リアルに近い世界観で構築されることになっていて、開発は遅れに遅れているのが現状なの。
その所為か、着実にこのゲームの利用者は増え続けている。つまりヴァーチャルリアリティー時空間システムで遊べるVRMMOはこれしか選択肢が無いってことなの。大抵のゲーマーは悪評なんて気にしないものね。仕方ないか。
「あったあった。これよね。」
まずはステータスポイントの割り振りから始める。STRやVIT、AGIといった見慣れた数値の他にRESOという数値が現れる。初期設定時にここに全ポイントを割り振るとPCの解像度がNPCの解像度と同じように細かくなる。
開発者が冗談で設定できるようにしたと公式サイトに書いてあった通り、他のステータスポイントがゼロになるため、職業を決めるためのチュートリアルも進められなくなるらしい。
だけど人と関わりありたくない私にとっては救いの神ならぬ救いの設定なのである。
これでNPCのフリができる。
後は事前にネット検索で調べた通り、名前をNPCの【酒場の女】には出来なかったので『酒場の少女』に設定し、始まりの街の冒険者ギルドに行って、酒場のウエイトレスの仕事を請け負うことで制服が支給されてNPCたちの中に溶け込めるはずである。
始まりの街の酒場で働く私の目標は街に家を買い、働く時間以外は引き篭もること。でも実際にPCのための家を売ってくれるシステムは無い。従って最小構成のギルドハウスをレンタルするのである。
ヴァーチャルリアリティー時空間でわざわざ水商売を選択する人が居ない所為なのか開発者の偏見なのか酒場のウエイトレスの実入りは結構良い。最小構成のギルドハウスの月々のレンタル代は払えるくらいなのだけど、如何せん頭金を集めるのがしんどそう。
でも仕事は楽しい。
NPCは無茶なことを言ったりしてこないし、サービス残業を強要したりせず働いた時間分必ず給金が出る。問題はPC相手だ。酒場といっても本物のお酒は出ない。出ないはずなんだけど、酔っ払いは出現する。現実世界で飲んでくるみたい。
泥酔状態ではヴァーチャルリアリティー時空間システム側でログインできない仕組みみたいなんだけど、お酒を飲んだ直後は数値として現れないらしく、ほろ酔い気分で絡んでくるPCが多いの。
その日もNPC【酒場の親父】の下品な物言いに辟易しながらも楽しく働いていた。本物の酒場は知らないが、きっとそういうオーナーも居るのだろう。
「リナちゃん。今日も可愛いなあ。」
ほらやってきた。
グローという名前のPCである。防衛の要である大盾使いなのだが、後衛の回復役と上手く連携できないとチームは簡単に崩壊してしまう。このところ、新しいバージョンアップで増えたエリアを攻略しているのだけど後衛との連携が上手く行っていないらしい。
「いやだ。お客さんったら~。上手いんだから。」
この手の返しとしてはNPCの定番になっている返事を繰り出す。坂口リナが私の本名である。おばあさまとは苗字が違うのでこの世界ではバレることは無いだろうと思っているし、偽名だと咄嗟に返事ができない可能性があるので本名を名乗っている。
それにこの街では『リーナ』という名前のNPCがチュートリアルの案内役を務めているので違和感が無いと思う。
「チップ弾むから、こっちに来て話を聞いてよ。」
ウエイトレスの業務は食べ物や飲み物の運び役だけど、PCとお喋りしている時間は免除されるので大歓迎である。|FC(FirstCash)と呼ばれるゲーム内のお金のPC同士のやりとりも少額なら禁止されていない。それにNPCから物を買うときにチップを渡すと使い方や情報を教えてくれる場合もあるので、傍に居て話を聞くNPCも居る。
「はい。お待たせ致しました。」
頼まれた飲み物を代金と引き替えにテーブルの上に置く。テーブルの上に乗せられたチップは思いのほか多い額だった。それらも代金と一緒にエプロンのポケットに仕舞う。この辺りもNPCの動きを真似ているだけなのだけど自動的にステータス画面に反映される。
そして彼の隣の席に腕を組み胸を強調するような姿勢で座る。少し恥ずかしいのだけどNPC【酒場の女】のサービスカットなのだろう男性のPCには必ずする仕草なので省略できない。元々バストは大きいほうなので目立つ。学校でイジメにあったときも他の女性から良く嫌味を言われたし、セクハラもこの胸に集中していた。
案の定、グローさんの視線も私の大きな胸に集中している。これもチップの内と我慢することにする。お金のためと割り切れば、結構割り切れるものである。
グローさんの愚痴が始まる。適当な相槌を話を聞いてあげる。話が長すぎる場合は仕事があると言って立ち上がって行ってしまうNPCも居るので、そのパターンを利用する。
話の中身は、攻略の仕方でも連携のタイミングの話でも無かった。気になっている後衛の女の子の魔術師が中衛の剣士ばかりを贔屓して回復するという本当の愚痴だった。
キャラクター設定では基本顔の造作はイジれないことになっているので元からハンサムな剣士さんなのだろう。
グローさんも結構ハンサムなのだけど、無頓着なのか眉毛が揃ってなくて損をしている。キャラクター設定内でメイクすることはできるので眉毛をキリっと濃い目に描いてあげれば更に上を目指せると思う。この街には眉毛を整えてくれる美容室もあるのだけど男性は興味が無いらしく、纏めサイトにも情報は載ってない。女性向けの掲示板などで僅かに情報が拾えるくらい。
教えてあげたいけど、どうやって話を持っていくのだろう。コミュニケーション能力の低い私にはどうすることもできなかった。
「沢山、愚痴を聞いてくれてありがとう。」
少し気が晴れたという表情でグローさんが立ち上がる。
「頑張ってきてね。またのご来店をお持ちしています。」
これもNPCの定番の返答。それでも一生懸命に心を込めて伝える。
そして精一杯のサービスのつもりで胸を腕に挟んだ格好のまま、頭を下げた。
これがいけなかったらしい。グローさんから延びてきた腕が胸に、胸に吸い込まれたのである。
この場合、文字通り吸い込まれた。PC同士は戦闘中を除き、互いの腕や身体に接触できないことになっているはずなのに、まるで幽霊のように素通りしてしまう。NPC相手ならば弾かれるのでそのつもりだったのだろう。
次の瞬間、2人は暗い部屋の中に数人PC、いや頭に燦然と輝くマークは・・・運営スタッフのマークだった。・・・に囲まれて立っていた。
しばらくすると、裁判ゲームの法廷のように被告人台が浮かび上がり、グローさんが手首を紐で縛られた状態で立たされていた。
「お嬢さん。災難だったね。君には3つの選択肢が与えられる。」
突然、グローさんの周囲が真っ暗になり、今度は私が浮かび上がった。
聞いたことがある。眉唾の都市伝説だとばかり思っていたけどPCが違法行為を行った場合、自動的に転送させられ運営スタッフの前で裁判を受けさせられるというもの。あれは本当にだったんだ。
これから何が行われるのか怖くなった私は頷くのが精一杯だった。
「相手アカウントの強制削除。公式サイトでの相手の実名公表。運営会社の顧問弁護士による刑事告訴及び損害賠償請求が選択できる。」
大袈裟な。
単なるゲームのキャラクターが私のゲームのキャラクターを触ろうとして失敗しただけなのに。
「そんなぁ・・・。っ・・・っ・・・私は、・・・私はNPCのロールプレイング中だったんです。単なる間違いだったんです。」
精一杯、勇気を振り絞って本当のことを告げる。騙したと言われれば、明らかに私のほうが分が悪い。違法行為とまでもいかなくても褒められたことでは無い。
「許すというのかね。この男は今までも何度も無抵抗なNPCの胸やお尻を触ろうとしたことが判明している。それでも許すというのかね。」
前科があったらしい。でもアカウントの削除はやり過ぎだと思う。グローさんはランキングの常連でこれまで苦労に苦労を重ねてPCを育ててきたに違い無い。過去にこのゲームをやりこんだことのある私には解る・・・と思う。
それに事情を知らないだけかもしれないけど学校の人たち違って、何度も私と普通に接してくれて会話してくれた。良い人は言いすぎでもそこまで悪い人とは思えない。
「許します。解放してあげてください。」
今度は落ち着いた声で答えられた。
「良かったなグロー。相手が天使のような清らかな心の女性で。だが運営として許しがたし行為を不問にするわけにはいかない。罰金として汝の総資産の10分の1を差し押さえ、被害者に引き渡すことにする。良いな。今後、NPCだろうとPCだろうと同様の行為を働いた場合、即刻アカウント削除の上、公式サイト上で実名公表することになるだろう。」
運営スタッフさんの声にもホっとした響きがあった。これが一番良かったのよね。
暗闇から解放され元の酒場のテーブルの前に戻る。
グローさんが肩を落とした姿で私の前に現れた。
「リナさん。ありがとう。ありがとう。」
目の前でコメツキバッタのように何度も土下座を繰り返す。
「顔を上げてください。こんなことで酒場に来なくなるなんて無しですよ。私は冒険者さんたちの話を聞くのが好きなんです。もちろんNPCのフリをしていることも内緒でお願いします。」
グローさんを促して立たせると心の底から思っていたことを口に出す。学校でイジメに遭い、コミュニケーションすることに臆病になっていたけど、ここでNPCとして彼らの話の聞き役として生きていくのがとても心地良かったのである。
「本当に天使のようなNPCだ。」
私はグローさんにフレンド登録をお願いすると目を輝かせて応じてくれた。
きっとあんな行動をしてしまうほど何かに追い詰められていたのかもしれない。傲慢かもしれないけど、グローさんの相談相手になってあげたいなと思ったの。
「あーあ。目標達成しちゃった。本当に貰っても良かったのかな。」
グローさんの総資産の10分の1がFCとして振り込まれたのである。最小構成のギルドハウスのレンタル代の頭金にするのに十分な額だった。
ギルドホームの場所は既に見繕ってある。始まりの街にはいくつか空きがあるのだけど、酒場から一番近いので街の門のすぐ外にあるギルドホームにした。私は受けられないが本当ならば、この辺りでチュートリアルを受けて発行される旅券で、次の街に向う馬車に乗れるはずである。
尚、午前1時予約投稿で掲示板モノを投稿します。本編には直接関係無いのでスキップして頂いても構わないものとなっています。