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灰艶ノ京~平安蒸気幻想奇譚~  作者: 鉢棲金魚
第三章 おそろしきもの
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訪れる嵐(二)

 唸りを上げて、巨大な刃が薙ぎ払われる。

 その斬撃を(ひざまづ)くように低くした身で掻い潜り、セツは小さく鼻を鳴らした。


(確かに威力は凄まじい)


 頭上を流れる刃風に背筋が寒くなる。

 よくこれを空中で捌いたものだと、彼は義家の技量を賞賛した。

 賞賛しながら、呼気を放つ。


「ハッ!」


 下方から上方へ。

 身を起こす勢いを乗せて、逆袈裟の一閃を打ち放つ。

 大太刀を振り抜いた直後だ。赤鬼の反応が一呼吸遅れる。

 その身がまとう赤染めの装甲を、神威宿す白刃が捉え――


 ――火花が散る。


 舞い散る橙の粉は、まるで血しぶきのようだった。

 焦げたような臭いが辺りを漂う。しかし、セツは舌打ちをした。


(浅かったか)


 斬撃は、装甲の表面を削っただけだ。

 深手どころか、鎧の内側にさえ届いていない。

 そして、二の太刀は間に合わない。

 蒸気の噴射によって遠間に逃げた鬼に、セツは小さく息をついた。


「面倒な」


 先ほどから、この繰り返しだ。

 向こうの攻撃は、下手に受ければそのまま両断されかねず、こちらの刃は装甲と機動力に阻まれて届かない。


「さすがは機巧甲冑といったところか」

「ああ。やはり、あれが機巧甲冑ですか」


 そうだろうなとは思っていたものの、確信を持てなかった事柄。

 それを近くに寄ってきた義家の言葉で確定されて、セツの声に興味深げな色が宿る。


「うん? 見るのは初めてか?」

「はい。どういうものか、ということは聞いておりましたが、目にする機会はありませんでしたので」


 ――機巧甲冑。


 人間に鬼の如き剛力を与える機巧兵器。

 その言葉を胸中で呟きながら、セツは対峙する鋼の人型を見つめる。

 全身を覆う装甲の下には、特殊な織り方で気密性と伸縮性を持たせた布袋が何十、何百と据えられているという。


『要は、蒸気の出入りによって伸縮する人工筋肉ですね』

『ははぁ』


 以前、そんなやり取りを道世とした記憶がある。

 その人工筋肉の働きを、背中の箱から伸びる鋼の(てあし)――汽車や鉄牛などの各種蒸気機関と同様、蒸気圧を利用して駆動する機巧が支援するのだとか。


(蒸気噴射で高速移動するという話は、道世さまも仰らなかったな)


 碩学の陰陽師とて、全てを知っているわけではないらしい。

 後で教えてあげよう。どんな顔をするだろうかと、セツは内心で笑う。


「まったく、厄介なことだな」

「はい」


 もう少し人数がいれば、追い立てることも出来るだろうが、二人では囲みを作っても簡単に破られてしまう。

 苦笑交じりにぼやく義家にうなずいて、セツは調息を終えた。


五夜(さや)の稲妻なら捉えられるだろうが……)


 必要ないと彼は頭を振る。

 先ほどから五夜さやの視線を感じるが、今回、セツは彼女に頼るつもりはない。

 正体が義家に露見した時、彼の反応が分からないというのも理由の一つだが、そもそも必要がないと考えているからだ。


「確かに厄介ですが――」


 セツは思う。

 あの剛力と機動力は確かに脅威だ。

 しかし。


 威力は凄まじいが、単純で大振りな太刀筋。

 装甲頼りで、ろくに回避をしない防御。

 それで危なくなれば、推力に任せて強引に離脱。

 

 そんな鬼の戦い振りに、セツが抱いた印象は――


「動きが雑」


 呟いた言葉が、期せず義家のものと重なった。

 綺麗に合わさった声に、セツの目が点になる。

 思わず鬼から視線を逸らし、傍らを見そうになるのを何とか堪え、代わりにセツは小さく笑った。


「はは! 何だ、セツも同じ印象か!!」

「はい」


 愉快に思ったのは、義家も同じだったらしい。

 噴き出すような笑い声。緊張で強ばった身体をほぐすように、あるいは高まりすぎた内圧を下げるように、彼は声とともに大きく息を吐き出した。

 明るい声で続ける。


「機巧甲冑の性質上ああなのか、それとも着用者が未熟なのか。前者ならば、後で武士(もののふ)相手では役に立たないと申し伝えないとな」

「苦戦するようでは、説得力がありませんが」

「確かに。なら――」


 早々に片付けてしまおう。

 義家の言葉にうなずいて、セツは太刀を構え直した。





 戦っている中で、分かったことがある。


(あの蒸気噴射による移動は、後退が出来ない)


 背中の箱に噴射口があるのだから、当然の話ではある。

 と言っても、身を引いて、体を縦にした状態で蒸気噴射を行えば、実質的には後退するのと変わらない。

 その場合、“身を引く”という動作分だけ初動が遅れてしまうが、一瞬で五間(8m)を移動する機動力である。

 ひと呼吸分の遅れなど簡単に帳消しにするし、そもそも真横にかっ飛ぶだけで十分に間合いを外せるため、欠点と言える程の問題ではない。

 だが。


(何かにつけ後ろに下がる癖があると、話は別だ)


 左足を引きながら右方に蒸気噴射――その推力で左後方に飛び退く。

 そうして遠間に逃れた赤鬼を見据え、セツは目を細めた。


 反応が一拍遅れる。

 移動方向が読みやすい。


 繰り返し、何度も見せられる隙。

 露骨過ぎて罠の可能性を疑うが、躊躇していては状況は変わらない。


(むしろ、悪くなる)


 どういう理由かは分からないが、あれだけ何度も蒸気を放出しているのに、機巧甲冑が蒸気切れを起こす気配はない。

 そして、機巧甲冑――おそらくはその着用者が放つ鬼気が、セツの集中力をゆっくりではあるが確実に削いでいく。

 加えて言えば、体力的な問題もある。

 戦いが長引けば長引くほど、不利になっていくのは自分たちだ。

 ならば、攻めるしかあるまい。


「さて、何か考えはあるか?」

「下がる相手を追いかけて斬るのは、正直、無理があるでしょう」


 弱点が見えていても、一人では速度差に阻まれて届かない。

 しかし、今は二人だ。

 ならば、その利点を活用するべきだと、セツは義家に答える。


「結局、挟み撃ちにするしかないのでは?」

「まあ、それしかないか」


 義家がうなずく。

 彼らの強みは、身体が二つあるということ。

 二方向から仕掛けられるという利点を捨てる手はない。

 問題は、向こうもそれを理解しているだろうという点だが。


「やりようはあるな」

「それは、どう――っ!」


 義家に向けた言葉が途中で切れる。

 蒸気噴射による突進。その勢いを乗せて叩き付けられた大太刀を、セツと義家は左右に分かれて回避した。

 期せず、二人が赤鬼を挟む立ち位置となるが――


「アアアアアア――――ッ!!」


 鬼が咆吼とともに義家を追う。

 ただし、こちらに背を向けることはしない。

 標的の側面に回り込もうとする足運びからは、やはり挟撃に対する警戒が見て取れた。


「義家さま!」

「いらん! 任せろ!」


 視線が絡む。

 鬼を追い掛けようとしたセツは、義家の声に制される。

 彼は、怒鳴りつけるように言葉を続けた。


「手勢が足りん! 動ける者を探してこい!!」


 方便だ。

 鬼気に当てられて、他の武士(もののふ)たちは動けない。

 動けるならば、とうに助勢している。それが分からないほど、義家と家人の信頼は薄くない。

 ゆえに、その言葉の意味するところは。


 ――その場で待て。


 足を止めると、こちらをチラリと見た義家が満足げに笑った。

 そして、振りかざされた大太刀を前に、彼は足を止める。


「アアアアア――ッ!!」

「はっ」


 叩き付けられる剛撃を、体捌きで躱す。

 間髪入れぬ横薙ぎの追撃を、義家はスルリと後退してやり過ごした。

 それを追って、鬼が踏み込む。

 大太刀が閃き、一つ、二つと虚空に斬線を刻む。

 しかし、獲物を捉えることが出来ない。


「――――!!」

「はは。そら、俺はここだぞ?」

「アアアアアアアッ!!」


 焦れたように吠える赤鬼を、義家が嘲笑うに囃し立てる。

 憎悪の声が上がり、刃の速度が上昇する。

 しかし。


「やはり雑だな」


 義家が嗤う。

 単に力任せに振り回されている、というワケではない。

 鬼の振るう刃は、きちんと刃筋が通っている。最低限、剣技としての体裁は整えられていると言えよう。

 もっとも、それゆえに力量がハッキリと見えるのだが。


(使えないわけではないだろうが、大した技量ではないな)


 それは、攻防を見守るセツにとっても、一目瞭然だった。

 威力と速度は凄まじいが、剣筋は粗く、攻撃の連携もぎこちない。

 足運びもいい加減なせいで、己よりも遅いはずの義家に翻弄されている。


「そら、そんなもの……っと!?」


 ずるり、と義家が足を滑らせた。

 その身体が傾ぐ。鬼が大太刀を振り下ろす。


「…………っ」


 それを強引に飛び退いて躱す義家を、鬼が追撃する。

 好機を逃さぬとばかりに畳みかける鬼。逃げる義家。

 それを遠間から見守りながら、セツは思う。


(危ない真似をする)



 義家が足を滑らせたのは、言うまでも無くわざとだ。

 体勢を崩しているようで、しっかり対応出来る力を残している。

 とはいえ、背筋の凍る光景ではあった。

 お付きの人――景季が見ていたら、悲鳴を上げたかもしれない。


「アアアアア――ッ!!」


 鬼が吠える。

 一歩引いて眺めれば、義家の動きが誘いであると分かるのだが、鬼の目には必死に逃げているように映るのだろう。

 ダメ押しとばかりに、大太刀を大きく振りかぶる。


「――ハ」


 それを、義家が嗤って迎え撃った。

 鋼と鋼が打ち合う。澄んだ音が辺りに響いた。

 そして。


「――――!?」

「踏み込みが甘い」


 刃を打ち払われたのは、信じがたいことに鬼の方だった。

 剣士としての技量、三人張りの強弓を扱う剛力。

 それが、義家に鬼の膂力を凌駕させたのだ。


 打ち合いに敗れた鬼が体勢を崩す。

 先ほどとは逆しまに――今度は、真に生じた隙を義家が狙う。

 銀光が迸り、しかし分厚い装甲がソレを弾いた。


「――――ッ!!」


 謀られたことに気がついて、鬼が悔しげに唸りを上げる。

 その左足が退がったのを見て、セツは静かに息を吸った。

 予想される進路は、彼のすぐ傍らを通り抜けるものだ。

 しかし、そのことに気がつかないまま、鬼は義家の間合いから離脱した。

 その体躯が、無警戒のままセツのすぐ傍らを通過せんと跳ぶ。


(交錯の瞬間に首を刎ねるのが確実……)


 鬼の戦闘能力を考えると、生け捕りなどと言っている状況ではない。

 次の機会があると言えない以上、ここで確殺するべきだろう。

 しかし。


 ――大事な手掛かりだ。


 脳裏を過った五夜の顔(余分)に、セツは太刀を振るうのを躊躇した。

 交錯する瞬間、刃を振るう代わりに鬼の足を蹴り飛ばす。


「…………っ!」


 足から伝わってくる重さに、セツは歯を食いしばり――強引に蹴り抜いた。

 蒸気噴射による大推力は、一瞬で五間(8m)を跳ぶ加速を鬼に与えている。

 その慣性が、足を払われた鬼を空中で回転させた。


「――――ァガ!?」

「そのまま、寝ていろ!」


 何がどうなったのか。

 錐揉みしながら縦回転した鬼が、地面に叩き付けられる。

 仰向けに――箱を背負っているせいで、海老反り気味になったその胴をセツは思い切り踏みつけた。

 左腕を伸ばし、その顔を覆う鬼面の眼窩に指を差し込む。

 そのまま力任せに引き剥がし、兜の下に隠されていた貌を露わにした。


「……っ!?」

「アアアアアアアア――――ッ!!」


 それを見た瞬間、セツは太刀を振るった。

 見られた瞬間、鬼は咆吼とともに蒸気を噴射した。

 それは、ほぼ同時のことだった。

 凄まじい勢いで起き上がった鬼に、セツの身体が跳ね飛ばされる。

 彼は、受け身も取れぬまま地面に叩き付けられ――


「…………っ」


 鬼の首級が宙を舞う。

 跳ね飛ばされながらも振り抜いた一刀。その一閃は、狙い過たずに“機巧甲冑”の首から上を斬り飛ばしていた。


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