八幡太郎(四)
仕合は三本勝負となった。
内容は競べ弓、木剣での立合い、そして――
「早駆け、騎射、いや空手での組み打ち……ううん」
三番目は未だ決まっていない。
ブツブツと呟きながら歩む義家の背を、セツは苦笑まじりに見つめた。
武芸を競うことに目を輝かせるのは、自分も同じ。
ただ、彼の浮かれ方は、同じ年頃のセツから見ても少々子どもじみていた。
といっても、それは分別を弁えぬ駄々という意味ではなく、純粋で公平な無邪気さだ。
それゆえに、微笑ましさを覚えてしまうのだろう。
(不敬も良いところだな)
バレないように気を付けよう。
そんなことを考えながら、屋敷の庭を進む。
と、その袖が小さく引かれた。目をやると、五夜が遠慮がちに己の袖を摘まんでいる。
「?」
「…………」
どこか居心地の悪そうな彼女の表情に、セツは首を傾げる。
しばらく無言で視線を彷徨わせた後、五夜は彼の顔を見つめた。
「どうした?」
「……その、怪我をしないように気を付けて」
「ああ。ありがとう」
何故か急にしおらしくなった彼女に内心で首を傾げながら、セツはうなずきを返す。
そんな二人のやり取りに割り込むように、義家が振り返った。
「セツはどう思う? 俺はあまりコレといったものが思い浮かばない」
「……そうですね」
義家の弓の才は有名だ。それで負けるとは思っていないだろう。
それでも三番目を真面目に考えるのは、自分の剣腕を高く買ってくれているからだろうか。
そのことに嬉しさを覚えながら、セツは小さく唸った。
武士としての力量を競うのであれば、馬の扱いとなるが、それを口にしないのは水軍である自分を慮ってのことだろうか。
(それはそれで、舐められている感じがするな)
確かに騎馬を扱って戦う機会は少ないが、だからといって鍛錬を疎かにしているつもりはない。
セツは小さく笑って口を開いた。
競べ馬ではどうか。そう告げようとした言葉は。
――唐突に割り込んで来た轟音に遮られた。
わっと庭の一角で声が上がる。
何事かと目を向けた先には、築地を崩して踏み入ってくる巨大な影。
「は?」
思わず目を瞠る。
それは、巨大な鋼の牛だった。
全高は、一丈半はあるだろう。
その背に乗せている匣を含めれば、二丈に及ぶ。“鉄牛”はもちろん、洛中を走る汽車をも上回る大きさの化け物だ。
人を容易に踏み潰せるだろう鋼の蹄が、築地の残骸を蹴散らして進む。
破城槌の如き大双角を備えた牛頭が、こちらを睥睨した。
「――――――――ッ!!」
鋼の牛が吠えた。
蒸気の噴出が生み出す機械仕掛けの咆吼。
蒸気船の汽笛に似たそれと同じものを、セツは以前にも耳にしている。
「あれは」
「機巧兵器の一つ“大鉄牛”だ」
セツの呟きに、義家が応える。
先ほどまでの無邪気な笑顔を仏頂面に変えて、彼はフンと鼻を鳴らした。
その視線が、“大鉄牛”から庭にいた武士たちへと向けられる。
皆、驚愕の表情で動きを止めていた。
一番近くにいた者――おそらく声を上げたのは彼だろう――は、尻餅をついたまま“大鉄牛”を見上げている。
すぅ、と義家が息を吸う音がセツの耳に入った。
「――応戦用意!!」
直後響き渡ったのは、先ほどの蒸気の咆吼に劣らぬ大音声だ。
自失していた武士たちの尻を蹴っ飛ばし、義家がさらに檄を飛ばす。
「敵は、機巧兵器!! 準備急げ!!」
「――――っ!! 応!!」
反応は劇的だった。
呆けていた己を恥じるように、武士たちが「敵襲!」「対機巧兵器!」などと口々に叫びながら動き始める。
その様子は、お世辞にも整然としているとは言えない。
しかし、誰一人として動きに迷う様子がない。それぞれが己の為すべき事を理解しているのだ。
それは、どう連動しているの分からないが、正しく機能する複雑怪奇な歯車仕掛けを思わせるものだった。
「牛追いは、鈴木重良! 和殿に任せる!!」
「は!! お任せあれ!!」
尻餅をついていた男が、義家に負けじと大声を上げる。
それにうなずいて、義家はさらに指示を重ねた。
「佐伯元経! 重良とともに牛を振り回せ!!」
「御意!! お任せあれ!!」
重良にほど近い位置にいた男が、嬉々とした様子で義家の言葉に応じた。
二人が、同時に“大鉄牛”へと弓を引く。
鍛錬に用いていた弓矢は、実戦に使うものと何ら変わらない。
「――――」
とはいえ、当然ながら鋼の体躯をどうこうできるものでもない。
甲高い音を立てて、矢が弾かれる。
しかし、彼らは気にした様子もなく、大声を上げ――庭を駆け回りながら“大鉄牛”に射を重ねる。
(あの二人は囮役か)
牛追い役――実際には追われているが、“大鉄牛”の気を引いて、庭の中を引き回し始めた二人に、セツは感嘆の吐息をこぼす。
「全く……これでは、勝負どころではないな。代わりと言ってはなんだが、二人はこのままゆるりと観戦されるが良い」
「助勢は要りませんか?」
「たかが牛追いに客人の力を借りたとあっては、我が家の名折れ。状況が変われば力を借りるが、当面は見物しておいてくれ」
セツの問いに、剣呑な光を湛えた目で義家が笑う。
そんな彼の許に、景季が合流した。差し出された矢筒を受け取りながら、低い声で独りごちる。
「ずいぶんと舐められたものだな」
「は」
うなずく景季から視線を逸らし、義家が屋敷中から集まってきた武士たちを見やる。
うなずいて、彼は大音声を上げた。
「目に物見せてやろうぞ!!」
「――応!!」
鬨の声が上がった。
ビリビリと肌を震わせる混じり気のない戦意に、セツは小さく息を飲む。
傍らで、五夜がポツリと呟いた。
「……敵対しなくて、良かったわね」
「本当にな」
心の底から同意して、セツは唐突に始まった“牛追い”の様子を見つめた。




