表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰艶ノ京~平安蒸気幻想奇譚~  作者: 鉢棲金魚
第三章 おそろしきもの
31/48

八幡太郎(四)

 仕合は三本勝負となった。

 内容は競べ弓、木剣での立合い、そして――


「早駆け、騎射、いや空手での組み打ち……ううん」


 三番目は未だ決まっていない。

 ブツブツと呟きながら歩む義家の背を、セツは苦笑まじりに見つめた。

 武芸を競うことに目を輝かせるのは、自分も同じ。

 ただ、彼の浮かれ方は、同じ年頃のセツから見ても少々子どもじみていた。

 といっても、それは分別を弁えぬ駄々という意味ではなく、純粋で公平な無邪気さだ。

 それゆえに、微笑ましさを覚えてしまうのだろう。


(不敬も良いところだな)


 バレないように気を付けよう。

 そんなことを考えながら、屋敷の庭を進む。

 と、その袖が小さく引かれた。目をやると、五夜(さや)が遠慮がちに己の袖を摘まんでいる。


「?」

「…………」


 どこか居心地の悪そうな彼女の表情に、セツは首を傾げる。

 しばらく無言で視線を彷徨わせた後、五夜(さや)は彼の顔を見つめた。


「どうした?」

「……その、怪我をしないように気を付けて」

「ああ。ありがとう」


 何故か急にしおらしくなった彼女に内心で首を傾げながら、セツはうなずきを返す。

 そんな二人のやり取りに割り込むように、義家が振り返った。


「セツはどう思う? 俺はあまりコレといったものが思い浮かばない」

「……そうですね」


 義家の弓の才は有名だ。それで負けるとは思っていないだろう。

 それでも三番目を真面目に考えるのは、自分の剣腕を高く買ってくれているからだろうか。

 そのことに嬉しさを覚えながら、セツは小さく唸った。

 武士(もののふ)としての力量を競うのであれば、馬の扱いとなるが、それを口にしないのは水軍である自分を慮ってのことだろうか。


(それはそれで、舐められている感じがするな)


 確かに騎馬を扱って戦う機会は少ないが、だからといって鍛錬を疎かにしているつもりはない。

 セツは小さく笑って口を開いた。

 競べ馬ではどうか。そう告げようとした言葉は。


 ――唐突に割り込んで来た轟音に遮られた。


 わっと庭の一角で声が上がる。

 何事かと目を向けた先には、築地を崩して踏み入ってくる巨大な影。


「は?」


 思わず目を瞠る。

 それは、巨大な鋼の牛だった。


 全高は、一丈半(4.5m)はあるだろう。

 その背に乗せている匣を含めれば、二丈(6m)に及ぶ。“鉄牛”はもちろん、洛中を走る汽車をも上回る大きさの化け物だ。

 人を容易に踏み潰せるだろう鋼の(ひづめ)が、築地の残骸を蹴散らして進む。

 破城槌の如き大双角を備えた牛頭が、こちらを睥睨した。


「――――――――ッ!!」


 鋼の牛が吠えた。

 蒸気の噴出が生み出す機械仕掛けの咆吼。

 蒸気船の汽笛に似たそれと同じものを、セツは以前にも耳にしている。


「あれは」

「機巧兵器の一つ“大鉄牛”だ」


 セツの呟きに、義家が応える。

 先ほどまでの無邪気な笑顔を仏頂面に変えて、彼はフンと鼻を鳴らした。

 その視線が、“大鉄牛”から庭にいた武士(もののふ)たちへと向けられる。

 皆、驚愕の表情で動きを止めていた。

 一番近くにいた者――おそらく声を上げたのは彼だろう――は、尻餅をついたまま“大鉄牛”を見上げている。

 すぅ、と義家が息を吸う音がセツの耳に入った。


「――応戦用意!!」


 直後響き渡ったのは、先ほどの蒸気の咆吼に劣らぬ大音声だ。

 自失していた武士(もののふ)たちの尻を蹴っ飛ばし、義家がさらに檄を飛ばす。


「敵は、機巧兵器!! 準備急げ!!」

「――――っ!! 応!!」


 反応は劇的だった。

 呆けていた己を恥じるように、武士(もののふ)たちが「敵襲!」「対機巧兵器!」などと口々に叫びながら動き始める。

 その様子は、お世辞にも整然としているとは言えない。

 しかし、誰一人として動きに迷う様子がない。それぞれが己の為すべき事を理解しているのだ。

 それは、どう連動しているの分からないが、正しく機能する複雑怪奇な歯車仕掛けを思わせるものだった。


「牛追いは、鈴木重良(すずきしげよし)! 和殿(そなた)に任せる!!」

「は!! お任せあれ!!」


 尻餅をついていた男が、義家に負けじと大声を上げる。

 それにうなずいて、義家はさらに指示を重ねた。


佐伯元経(さえきもとつね)! 重良とともに牛を振り回せ!!」

「御意!! お任せあれ!!」


 重良にほど近い位置にいた男が、嬉々とした様子で義家の言葉に応じた。

 二人が、同時に“大鉄牛”へと弓を引く。

 鍛錬に用いていた弓矢は、実戦に使うものと何ら変わらない。


「――――」


 とはいえ、当然ながら鋼の体躯をどうこうできるものでもない。

 甲高い音を立てて、矢が弾かれる。

 しかし、彼らは気にした様子もなく、大声を上げ――庭を駆け回りながら“大鉄牛”に射を重ねる。


(あの二人は囮役か)


 牛追い役――実際には追われているが、“大鉄牛”の気を引いて、庭の中を引き回し始めた二人に、セツは感嘆の吐息をこぼす。


「全く……これでは、勝負どころではないな。代わりと言ってはなんだが、二人はこのままゆるりと観戦されるが良い」

「助勢は要りませんか?」

「たかが牛追いに客人の力を借りたとあっては、我が家の名折れ。状況が変われば力を借りるが、当面は見物しておいてくれ」


 セツの問いに、剣呑な光を湛えた目で義家が笑う。

 そんな彼の許に、景季が合流した。差し出された矢筒を受け取りながら、低い声で独りごちる。


「ずいぶんと舐められたものだな」

「は」


 うなずく景季から視線を逸らし、義家が屋敷中から集まってきた武士(もののふ)たちを見やる。

 うなずいて、彼は大音声を上げた。


「目に物見せてやろうぞ!!」

「――応!!」


 (とき)の声が上がった。

 ビリビリと肌を震わせる混じり気のない戦意に、セツは小さく息を飲む。

 傍らで、五夜(さや)がポツリと呟いた。


「……敵対しなくて、良かったわね」

「本当にな」


 心の底から同意して、セツは唐突に始まった“牛追い”の様子を見つめた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ