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灰艶ノ京~平安蒸気幻想奇譚~  作者: 鉢棲金魚
第二章 めぐるもの
23/48

縁(下)

 日暮れとともに、市の門は閉ざされる。

 人々は家路に着き、喧噪はゆるやかに薄らいでいく。


 といっても、それは中央四町のみの話だ。

 それを取り囲む外町には、あたりが暗くなった後も、変わらず営業を続ける場所が多い。

 むしろ、日暮れからが本番と活気を増すところもあるほどだ。


 調子の外れた歌声に、やんややんやと喝采が上がる。

 冷やかすような野次が飛び、時には怒号と罵声が殴り合う。

 そうした喧噪の合間をすり抜けるように歩いていた守任は、進路上に顔をしかめて立つ女を見つけた。

 その表情に回れ右することを考えるが、彼女が守任の許に駆け寄る方がずっと早い。


「まったく、無茶が過ぎます」

「……伽耶(かや)か。先に戻っていろと言ったのに、どうした?」

「どうした、ではありません!」


 彼女――伽耶は、守任の物言いに柳眉を逆立てる。


「あのような場所で、命をかける必要などないでしょう」

「無辜の民が危険に晒されていたのだ。見過ごすわけにはいかんだろう」


 むくれた顔の伽耶から逃れるように、守任は脇道に足を踏み入れる。

 彼女の小言が追い掛けてきた。


「あの場の者たちは、守任殿が守るべき者ではありません。お役目を考えれば、安易に危険に飛び込むものでは――」

「まあ、そう言うな。弱きを守るのが武士(もののふ)の本分だ。それに、お前の前で、怪物を恐れて逃げ出す無様など見せられるものか」

「――っ、ズルいです。そういう」


 わずかに声をうわずらせ、伽耶が口ごもる。


(まあ。実際、オレが助太刀に入らずとも、あれ以上の被害は出なかっただろうが)


 声に出さずに胸中で呟く。

 その立役者――渡辺切(わたなべのせつ)と名乗った少年の顔と、その太刀筋を思い出す。

 雷の如き剣閃。背筋を凍らせる技の冴え。

 剣を交えたなら、どうなるだろうか。


(無論、敗れるつもりはないが……勝てると言い切れるほどの自信もないな)


 その少年と共にいた陰陽師。

 あれも手練れだと、彼は眼差しを鋭くする。


 術を破られた時の反動は、術がもたらす恩恵に釣り合わないほどに重いという。それは、式神についても例外ではない。

 そのため、使役する式神を破られた術士は、大抵の場合、反動に耐えきれずに気を失ってしまう。悪ければ、そのまま死に至ることもあると聞く。


(にもかかわらず、あの陰陽師は失神どころかそのまま戦い続けた)


 しかも、破られたのは一体ではない。二体の式神を同時に失い、それでも残る二体を操り続けた術士。

 その力量はいかほどだろうか。

 並大抵の使い手ではないことくらい、守任にも分かる。


(さらに言えば……)


 大市廊の南棟から矢を射かけた何者か。

 距離があったため、顔を見たわけではない。しかし、会えばすぐに分かるだろう。

 あの凄まじい気配を思い出すだけで、守任の背に嫌な汗が流れる。


「守任殿?」

「……あン? ああ、どうした?」

「難しい顔をされていますが……もしや、どこかお怪我を」

「いや。そうではない」


 急に黙りこくった己に不安を覚えたらしい。

 眉をハの字にする伽耶に、守任は小さく笑って手を振った。


「なに。吉次様の言っていたとおりだと思ってな」

「吉次様の……?」


 うなずいて、彼は頭上に目を向ける。

 路地から見上げる(そら)は、狭く、そして何より昏い。

 星は見えず、月も同様だ。

 天を塞ぐ雲に舌打ちをして、守任は低く呟いた。


「まったく、陸奥には鬼が棲むなどと、(みやこ)の住人はどの口で言うのだろうな。化け物に関しては、平安京(たいらのみやこ)の方がよほど多いではないか」

「あのような怪異、早々あるとは思えませんが」

「そう願いたいところだな」


 伽耶の勘違いを訂正することなく、守任はうなずいた。

 予感がある。きっと、あの少年たちとはまた出会うだろう。


「できれば」

「?」

「できれば、次も肩を並べたいものだな」


 その願いが天に届くかどうかは、分からない。





 藤原景李(ふじわらのかげすえ)は、上機嫌で歩く少年の後を追う。


「はは。アレを見たか景季殿! 人を簡単に丸呑みにする大蛇だぞ!! 何と恐ろしい!!」

「全然、恐れているように見えませんが……」


 両手を広げ、こんな大蛇だぞと無邪気に笑う。

 その姿を見て、この少年が三人張りの剛弓を引く武士(もののふ)などと、誰が信じるだろう。

 一度弓を手に取れば、万人をひれ伏させる覇気をまとう彼。しかし、満面の笑みを浮かべるその様子は、まるで童子のようだった。


「よろしかったのですか? 名乗りもせずにあの場から離れて」

「もちろん。俺が、彼らの手柄を横取りするわけにはいかないだろう」


 化け物退治の功績は、あの三人のものだと少年は言う。


「しかし、若の一矢があればこそ、では?」

「分かっていて聞いているな? 今は稽古の時間ではないぞ」


 少年がにやりと笑った。途端に雰囲気が変わる。

 童子のように笑っていた少年は、瞬時に武士(もののふ)の顔となっていた。

 これだから恐ろしいと、景季は内心でため息をつく。


「化け蛇の牙に身をさらし、果敢に太刀を振るい続けた武士(もののふ)二人。その背後とはいえ、やはり牙の届き得る範囲に身を置きながら、怪物退治の道筋をつけた陰陽師。どうして俺が、そこに割り込んで手柄を口にできよう」

「しかし――」

「何度も首を落とされて、それでも堪えた様子のない化け蛇だぞ。頭を吹き飛ばしたくらいで死ぬものか」


 食い下がる景季に、少年は肩をすくめて笑った。

 実際、陰陽師は頭を失った蛇身を術で焼き払っている。


「あれほどの大火を喚べるのならば、そもそも俺の一矢など要らないはずだ。それなのに、件の陰陽師殿は、こちらの“蒸気矢”を見て案を出してきた」


 蒸気筒を取り付け、命中と同時に爆ぜる仕掛け矢。

 その使用をわざわざ指示してきたからには、蛇の頭を吹き飛ばすのが重要な一手だったのは間違いない。

 だが、それは大蛇に痛打を与えるためとか、そういう単純な話ではないはずだと彼は続けた。


「では、何を狙ったと若はお考えで?」

「うん。あの化け蛇は首を落とすどころか、灰にしても蘇るような不死性を持つのだろう。とはいえ、無条件での不死などありえない。そこには、必ず何かの絡繰りがあるはずだ」

「つまり、その絡繰りの要が蛇の頭にあったと?」


 景季の言葉に、少年はそのとおりとうなずいた。

 そして、己の一矢は要の破壊では無く、隠れたソレを曝け出すのに使われたのではないか。

 そう言って、彼は口の端を吊り上げた。


「つまりは、露払いだな。そして、本命は別」


 蛇の頭が吹き飛び、その肉片が雨のように降り注ぐ中、全く躊躇なしに踏み込んだ武士(もののふ)

 詳細は分からないが、彼が空中にある何かを斬ったのが決め手だと彼は続ける。


「いや。それにしても、あの一閃は凄かったな」

「…………」


 遠目にも惚れ惚れとするような最後の一閃。

 それを放った武士(もののふ)は、自分と同じ年頃だったと眼を輝かせる。

 己の手柄のことよりも、そちらの方がずっと大事と言わんばかりの様子に、景季のため息は深まる。


(……若の言うことにも一理はあるのだろう)


 最後の一閃を放った少年、そしてもう一人の偉丈夫は、共に相当な手練れだったのは景季も認めるところだ。

 猛者揃いの我が主――少年の父親の家中でさえ、あれと渡り合える者が何人いるか。

 陰陽師の方も、陰陽寮にいてもおかしくない腕前だ。

 ならば。


(おそらく、若の助けがなくとも、あの化け蛇は討ち取られていた)


 だが、と彼は思う。

 二十丈(60m)離れた位置からの狙撃で、矢を蒸気筒部分まで蛇頭の中に潜り込ませたのは、少年の並外れた弓勢ゆえだ。

 精密な射に向かない“蒸気矢”を、狙い過たずに()てたのは、少年の卓抜した技量によるものだ。


(どちらも誇って然るべき)


 そして、それがあったからこそ、速やかな決着となったのも事実だ。

 だから、少年が自分の手柄ではないと口にするのに、景季は不満を覚える。


「俺の弓が無意味だった、とは思ってないよ」

「……は」


 そんな自分の胸中を察したのか、少年はそんな顔をするなと笑う。

 ただ、と彼は少しばかり寂しげに言葉を続けた。


「ただ、あの場に残って名乗りを上げたら、本来賞賛を受けるべき者達を押しのけて、俺の名前だけが広がるだろう」

「それは――」

「父上の子として、恥ずかしくない武名をとは思うし、そう努めてきたつもりだ。その結果、多少なりとも俺の名前は知られるようになった」

「はい」


 多少どころではない。

 そして、それゆえに景季は少年の懸念を否定できない。


「命を張った者たち、真に評価されるべき者たちが、名のある者に功績を奪われて隅に追いやられる。そんなのは、嫌だ」

「若……」

「景季殿の言葉は嬉しいが、今回はああすべきだと俺は思った。それに、俺の弓働きは、景季殿が知っている」

「……出過ぎたことを申しました」


 何の問題もないだろうと本心から口にする少年に、景季は頭を垂れた。

 近い将来、彼を主と仰ぐこととなる喜びを噛みしめる。


「次に会ったとき、胸を張って肩を並べたいからな」

「また、どこかで顔を合わせる機会があると?」

「うん。きっとまた会える」


 そう断言する少年の名は、源義家(みなもとのよしいえ)

 八幡太郎と渾名される、源氏の御曹司である。


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