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灰艶ノ京~平安蒸気幻想奇譚~  作者: 鉢棲金魚
第二章 めぐるもの
21/48

縁(上)

 高陽院(かやのいん)から流出した呪具の一つに、“祷糸(とうし)紡錘(つむ)”というものがある。

 人々の祈りから糸――祷糸(とうし)を紡ぎ出すためのものだ。


「といっても、紡がれる祷糸(とうし)に特別な力はなく、糸としての強度も低いので、神事用の布に用いる以外の使い道はありません」


 そのため、“祷糸(とうし)紡錘(つむ)”の価値はさほど高くないのだと、道世は言った。


「しかも、同じものが他にもあるので替えが効く。単に糸を紡ぐだけなので危険度も低い。回収の優先順位は低かったのですが」


 そこで陰陽師は言葉を切った。

 その眼前には、人間を丸呑みできるほどの巨体を誇る墨染めの大蛇。

 蠢く無数の蛇によってカタチ作られた悪夢の化身。

 その威容を見上げ、彼は朗らかに笑った。


「いやあ。悪意を紡ぐとこれほどの危険物になろうとは」

「シャァアアアア――――!!」


 大蛇が飛び掛かる。

 ひらりと躱した道世が、滑るように後退した。

 そこに割り込みながら、セツは太刀を振りかざす。


(狙うべきは、頭部)


 先ほど目にした金の紡錘(つむ)

 あれをそのままにしては、何度でも“おかわり”が生じるだろう。

 振り下ろされた白刃が、すっぱりと蛇の頭を断ち割った。

 しかし。


「ハズレか」


 当てずっぽうでは、小さな紡錘(つむ)を捉えることなど出来ない。

 百、千と繰り返せば、いずれは当たるだろうが、今はより効率的な手段があることを知っている。


「道世様、先ほどの術をもう一回!」

「少し時間をください」


 距離を取り、糸を取り出した道世を背に、セツは攻撃の手を強めた。

 四体の式神の援護も受けながら、墨染めの巨体に対して至近の位置を保つ。

 狙うのはやはり頭部。届かない時には、その腹を。


「――――っ!!」


 微塵に還れと、滅多斬りにする。

 断ち切られた小蛇が消失するのは、元が陰の気であるためか。それとも太刀に宿る神気の働きか。

 一太刀で十数、当たり所によっては数十もの蛇を斬って、青褪めた銀光が嵐の如く荒れ狂う。


「シャァアアア――――!!」

「っと」


 頭上から降ってくる擦過音を、ひらりと躱す。

 ちょうど良い位置に下りてきた頭を、横薙ぎに一閃した。首を落とす。


「セツ殿!」

「――――ッ!?」


 道世の声に、咄嗟に飛び退く。

 一瞬前まで己がいた場所を、側面から襲ってきた顎門(あぎと)が通過した。

 そのまま、落とした首を丸呑みにして、失った首を即座に生やす。


(頭が、増えた)


 尾の先端から、第二の頭が生えている。

 二股ではなく、胴の両端に首を持つ大蛇の姿を見て、セツは顔をしかめた。


「あまり良くないな」


 気がつけば、援護の式神が減っている。

 伏翼(コウモリ)と狐の姿がない。新たな頭に喰われたか。


(さて――)


 体躯の差ゆえに、大蛇の攻撃は躱す以外の選択肢がない。

 とはいえ、それ自体はさほど難しくない。速度こそ凄まじいものの、直線的に飛び掛かってくるだけのものだ。

 射かけられた矢を斬り払えるセツにすれば、恐れるようなものではない。

 しかし。


(同時に攻撃を仕掛けられると、少々キツいか)


 二方向からの攻撃となると、紙一重での回避は危険だ。

 とはいえ、大きく躱すと反撃が一呼吸ほど遅れてしまう。


「どうするか……」


 鎌首をもたげた大蛇を見据えながら、セツは思案する。

 牙を剥き、正面から己を睥睨する大蛇。

 それを見上げる視界の端で、側面からこちらを伺うもう一つの頭を捉える。

 道世が操る(カラス)と馬が、その動きを牽制しているが――


(動きが悪い。道世様に何か不調が……うん?)


 セツの耳が、ふと細石を蹴立てる足音を捉えた。

 道世ではない。

 視界の端で捉えていた蛇頭へと、人影が躍りかかったのは次の瞬間だった。


「助太刀する!!」


 剛剣一閃。

 その人影は、尾側の頭部を一太刀で落としてみせた。


「ジャァア――ッ!!」


 怒りの声を上げて、正面の顎門が闖入者に牙を剥いた。

 それを転がるように回避して、声の主がセツの許へと駆けてくる。

 その姿を見て、セツは目を丸くした。


「あなたは」

「先ほどは、失礼した」


 照れたように笑うのは、身の丈六尺(180cm)を超える偉丈夫だった。

 彼は、新たな頭を生やした怪異を見て、その顔をしかめるが、声に怖じた気配は微塵もない。

 二人は、肩を並べて大蛇を睨んだ。


早池根守任(はやちねのもりとう)だ」

渡辺切(わたなべのせつ)です。蛇の頭は、あんな感じで斬り落としてもすぐに生えるので注意を。切り落とした方も、襲い掛かってくるかも知れません。後、もし金の紡錘(つむ)を見かけたら、即座に叩き斬ってください」

紡錘(つむ)? 何故そんな物が……いや、了解した」


 最小限のやり取りをして、二人は左右に展開する。

 それを追って、双頭の大蛇は各々の獲物へと牙を剥いた。




 双頭の大蛇と渡り合う二人の姿に、道世は小さく息をついた。


(頭が増えた時にはどうしようかと思いましたが……)


 完全に不意を突かれたあの一瞬。

 伏翼(コウモリ)を喰らい、セツを側面から襲う顎門(あぎと)を思い出し、背筋が寒くなる。

 咄嗟に狐に化けさせた防壁を、薄紙同然と破られた時の焦燥は、出来れば二度と味わいたくはない。


(本当に助かりました)


 式神二体を失った反動で、右耳が死に、左手の指が麻痺している。

 加えて呪力を大きく削られたため、大きな術は一度か二度が限度だろう。

 そんな状況で得られた守任の助太刀は、正しく当千の価値があったのだ。


 彼の助けを得たことで、大蛇側に傾きつつあった天秤が元に戻った。

 いや、こちら側に大きく傾いたと言えるだろう。

 明らかに動きが鈍くなった大蛇を見て、道世はそう思う。


「胴の両端に頭を備えては、それも当然でしょうが」


 頭を増やしても、胴は一つしかない。

 それぞれが勝手に動けば、互いが邪魔となるのは自明の理。

 あれならば、体を二つに分けた方がよほどに効率的だろう。


「蛇の集合体なのだから、身を割くことは出来るはず」


 それをしないのは、何故か。

 紡錘(つむ)から離れたら体が崩れる、などということはないはずだ。

 現に紡錘(つむ)を格納しているだろう頭部を切り落としても、彼の怪物は元気に動き回っていた。

 蛇のカタチを得た時点で、陰の気は怪物としての存在を確立している。


「まあ、単に知恵が足りないだけかも知れませんが」


 前後の頭が同時に牙を剥き、無防備に胴を伸ばす様を見て、道世は呆れたように呟いた。

 危なげなく牙を避けた武士(もののふ)が、揃って太刀を振り下ろす。

 セツはもちろん、守任も難なく大蛇の首を落としてみせる。

 それを見て、道世は淡い苦笑を浮かべた。


「まったく――」


 早池根守任(はやちねのもりとう)は、文句なしに手練れの武士(もののふ)だった。

 化け物相手に一歩も退かず、どっしりと構えた巨躯から繰り出される剛剣は、端から見ても寒気のする威力を宿している。

 頑丈そうだが何ら霊的な力のない太刀で、鬼気をまとった蛇身を両断する様に、道世はかつて抱いた畏れを思い出す。


「武芸一つで妖を斬ってみせる。そんな者が、果たしてどれだけいるか」


 (みやこ)にいないだけで、意外とたくさんいるのかも知れない。

 少し前の自分なら、一笑に付して終わりだった考え。

 今は、真面目に否定出来なくなりそうで、少し恐ろしい。


(まあ。それ程の使い手が増援なのを喜ぶべきでしょう)


 しかも、増援は守任だけではない。

 南棟の屋根の上に、道世は二つの人影を捉えていた。

 距離があるため、その顔をハッキリとは見ることは出来ない。しかし、その内の一人が誰であるかを彼は知っている。

 二十丈(60m)ほどの距離を経て、感じ取れる気配は背筋が粟立つほどに凄まじい。


(あんな少年が、二人もいてたまるかという話ですから)


 少年。そう少年だ。

 セツと同じ年頃の少年が、弓を手に、従者とともにこちらを見ている。

 その手にしている弓が、三人張りの剛弓であることを道世は知っていた。


「一応、繋いでおくべきでしょうね」


 助けてくれるのであれば、これ以上心強いことはない。

 陰陽師は、無事な右手で一枚の符を取り出すと南に投じた。



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