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欲の鏡  作者: 半空白
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 あれから二十年ほど経ちました。


 邦彦はこの国の中で一番の成り上がり者と呼ばれるようになりました。


 彼は男との対面からしばらくして、ある商品の着想をしました。それを作って売ったところ瞬く間に売れました。


 邦彦はその商品を売ることで稼いだお金を元手に彼の望みであった輸入業に手を出して、外国にはこの国の伝統工芸品を、この国には外国の珍しい品や洋服を売りさばきました。


 すると、彼はますます儲かりました。


 気づいたときには新聞や週刊誌から多くの取材を受け、ひいては政財界の有力者ともパイプを持つ大商人にまで上り詰めました。


 しかし、世間の彼に対する印象は様々でございました。


 もとから権力を持っていたものは彼とその会社の成長を疎ましく思っていましたし、庶民の中でも今太閤と呼ばれ慕われることもあれば、彼と同じ境遇であったものや彼に追い抜かれた者からすれば、彼の活躍は大変妬ましいものでした。


 今太閤と聞いて、それは政治家における成り上がり者に対して使う言葉ではないかと思われるでしょうが、彼も太閤のようなことをしていたからそう呼ばれるのです。


 太閤は積極的に茶器を集めておりましたが、彼も西洋からたくさんの絵画や彫刻などの芸術品を集めておりました。


 それに真偽は定かではありませんでしたが、彼の帰りがいつも遅いのはどこかに妾を囲っているからという話も聞きます。その頃の有力者というものはどうもその手の噂は絶えないものです。


 あぁ、そうそう。彼も金の茶室ならぬ金の書斎というものを持っているらしく、金の大時計に金鍍金の机、とにかく黄金に装飾品がたくさんある部屋だという話らしいのです。


 これは今太閤と呼ばれてもしょうがありませんね。


 そのため、彼の屋敷にはひっきりなしに盗人が出まして、彼の所有していた金品が盗まれることが多々ありました。


 彼はそのたびに、多くの警備の者を雇い、いつか自分や自分の家族に暴漢の魔の手が届くのではないかと恐れておりました。まるっきり人を信じられなくなったのです。


 そうそう、先ほど、邦彦に家族ができたと述べましたね。


 そうです。彼は彼をある商品の開発、販売の頃から支援をしていた豪商の人から娘をもらい受けたのであります。男2人、女3人とそれなりに子宝にも恵まれました。しかし、近頃の夫婦仲は悪いようでありました。


 近所の人からもこう噂されていたそうです。


 ──あの人はいつも仕事ばかりで子供たちのことをあまり見ないっていうらしいね。

 ──そうそう、そういえば、旦那さんがいないときに奥さんが若い男を連れ込んだっていう話を聞くじゃない。あれってどうなの?奥さんも奥さんで悪いけど、家庭を顧みない旦那さんじゃそうなっても悪いとは言えないわよね。

 ──そういえば、奥様って元々将来を誓い合った人がいたらしいのよ。しかし、今太閤さんがあまりにも芽があるって言うことで、一人娘だったあの人を嫁に出したっていうじゃない。ひょっとしたら、最初から仲が悪かったのかもしれないわね。

 ──まぁ、そうなの。

 ──それじゃあ、太閤さんが妾を囲っている話、案外嘘じゃないかもしれないわね。

 ──そうよね。大体、この辺の人ってそういう噂は誰もあるじゃない。みんなそういう噂があるからそうそう声に出せないって言うだけよ。それに引き換え、女がそんなことをしたら、朝刊になるぐらいの大騒ぎになるんだから。

 ──本当にそうよね。男だけにそんなことが許されるなんて道理に合わないわよね。

 ──あら、そう言っていたら、噂の太閤さんが来ちゃったじゃない。じゃあ、話はこの辺にしましょう。

 ──え、えぇ。そうしましょう。ではごきげんよう。

 ──ごきげんよう。


などと散々なことを言われる始末。


 彼はたしかに名を挙げ、財を成し、世間一般から見れば成功者を地で字を行く立派な男になりました。


 しかし、彼の望むような富、名誉が得られたのでしょうか? 本当に恵まれた人になれたのでしょうか?


 私にはどうもそのようには見えませんでした。


 特に彼は近ごろ、精神的に不安定であるそうです。


 彼を妬む人や彼の成金趣味のあることないことを書き連ねる新聞、雑誌の数々。挙句の果てには妻も信用できない。


 彼もまさかこんな目に合うとは思わなかったでしょうね。


 人はだれしもほしいものは手にしても、その手にしたものがときには人の妬みを買い、ときにはそれによって信頼されないものです。


 私は別に成り上がり者を否定しているわけではございません。


 成り上がり者が時代を作ったのはたしかでございます。


 時には彼らの行なった行為を批判されたり、死後に彼らの名誉を貶すような逸話も描かれることもございました。しかし、その者たちによって生み出された歴史があるのはたしかでございます。彼らの行為の良し悪しに関わらず、彼らは歴史を作り、ひいては今の世に影響を残しました。それだけでも十分立派ではものではないのでしょうか。


 とはいえ、そういう成り上がり者はみな揃って孤立しているものでして、邦彦も例外ではありませんでした。


 彼は本当に富や名誉が欲しかったのでしょうか?


 彼の今の姿を見てしまうと、案外そうには見えませんね。


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