第2話 闇に生まれた金の異端者
地獄。
地の果てのその世界に、光は堕天使の微かな光の残滓のみ。
空に太陽が輝くことはなく、空には闇を照らす月が闇を見守る。
月が沈み真っ暗な時間がくれば、堕天使たちが保有する光が街を覆う。
その光で、町人たちは日々を暮らしている。
その土地に影響を与える堕天使の力により、光が覆う範囲は決まっていた。
一番広範囲を照らすのはルシフェルである。
そしてベルゼブブ、アスタロトなど強力な魔王たち。
地獄は帝国制であり、たくさんの堕天使王たちが強力な魔王にしたがっている。
とは言え、辺境の夜はランプや焚火や暖炉の火の明かりだけが頼りだ。
辺境で暮らす種族の多くは、少数民族で醜い姿の者が多い。
魔力は美貌に比例する。
美しい者、美しい種族ほど、その魔力は強力である。
辺境には醜く弱い者たちが集まり作った村が点在していた。
今は滅びた村に、その日戦慄が走った。
村で生まれた赤子が、父と母の姿を全く受け継いでいなかったのだ。
焼けたような質感と色の肌に、骨と皮の手足。
ゴブリン族と似てはいるが、ゴブリンより醜い種族の父と母。
焼死体のような容姿と見える。
そんな母の胎内から出てきた者をみて、産婆は悲鳴を上げた。
それは丸々とした天使のような赤ん坊だったのだ。
羊水に濡れた豊かな金髪。
まだ見えていない目は、グレーかかった水色だ。
皮膚の色は白くピンク色で、睫毛も金色で長い。
背中には赤い翼膜が生えていて、先端には小さな翼爪が生えている。
この地獄に金の髪と空色の瞳を持っている者はいない。
それは光に満たされた魂を持つ者だけの特権であり、闇に堕ちる者は神であってもその色を失うのだ。
ルシフェルを追い闇に女神でさえ、その光の色を失った。
天使たちはその魂と姿から光を失うことを恐れ、闇を憎み遠ざけようとする。
神だ。堕天使だ。そんな者たちとは全く交わることがない辺境。
そこに光から生まれたような美貌の赤ん坊。
そして地獄を統べる神サタンと同じ赤い翼膜。
サタンの象徴は多頭の赤いドラゴンである。
そのサタンと同じ赤い翼膜をもつ天使のように美しい赤ん坊は、醜い種族から生まれるはずがない赤ん坊である。
産婆は黒い骨のような指を絡ませる。
赤ん坊の体中を覆う胎脂が、ピンク色の肌にまとわりつき滑る。
泣いていた赤ん坊が、きゃっきゃっと笑い始めた。
殺意を昇華してしまうほど、可愛い声と顔。
恐怖に震えていた産婆は慌てて、綺麗な湯に赤ん坊をつけて洗い始めた。
赤ん坊を見た母親は気を失い、父親は村長を慌てて呼びに行った。
金髪碧眼の異端児はカイと名付けられ、育てられることになった。
父親と母親はカイには無関心で、最低限の世話しかしない。
笑いかけることも、叱ることもない。
家のことを手伝っても、家族の声を聞くのは命令だけ。
そんな中でカイは感情のない子供に育っていた。
彼が6才の時に妹が生まれる。
カイと同じ金髪碧眼の女の子だった。
兄妹が金髪碧眼で生まれたことで、村人や両親の態度は軟化した。
村人や両親の態度は軟化したとはいえ、戸惑いが多分に含まれている。
金髪碧眼の美貌の兄妹はどこでもよく目立った。
影のような村人たちの中で、光をその身に留めた兄妹は遠巻きにされる。
二人がいつも一緒にいるのは必然だった。
レティシアと名付けられた妹は、兄の後ろを追いどんなところにもついていく。
まだ十歳にも満たない兄が、手作りの弓矢を持って森に入る時もレティシアはついていく。
このあたりの森は弱い種族がすむ場所だけあって、比較的凶暴な肉食植物が少ない。
それでも太陽がなく光合成ができない植物のほとんどは、肉食である。
「兄さま。あそこ」
紫色の大きな葉っぱの影に隠れた4才のレティシアが森の奥を指さした。
黄緑色のウサギが顔を出している。
「ありがとう。レティ」
声を潜めて、カイはにっこり笑う。
10才らしからぬ筋肉質の体。顔にはまだ幼さが残っている。
カイは手作りの弓をつがえた。
動物の腱でできた弦を顔の横まで、引き寄せる。
矢はまっすぐ生える植物から作り出したものだ。
弓がギシギシと音を立てた。
手を離す。
矢はまっすぐにウサギに向かって飛んで行く。
ダン!
矢はウサギを後ろの木に縫い付けた。
ウサギは何が起こったのか理解していないかのように、必死で逃げようともがいている。
矢はウサギの胸に刺さっていた。心臓は外している。
カイは急いで近寄り、矢を抜いてウサギをつかんだ。
手早く一気に首を落とす。
目を見開き痙攣するウサギの頭が、ぽたりと地面におちた。
まだビクビクと震えている肉の塊をさかさまにして、血をできるだけ抜く。
心臓を外したのは、血抜きをするためだ。
血のしたたりが減ってから、皮をはいだ。
生皮は売ったり、レティの小物や服に使う。
肉をある程度取り、近くの大きな葉っぱに包んだ。
骨や内臓はそのまま捨てておく。
レティシアは兄がウサギを解体するのを見守っている。
「今日の分はこれでいいよ。行こう」
肉を袋に入れて、骨と内臓をその場に残して二人は岐路につく。
肉を母に渡した。
母は黙ってそれを受け取る。
その顔に笑顔もねぎらいもない。
殺すわけにはいかないお荷物。
それがこの二人だった。醜い種族に生まれた美貌の兄妹。
食事は出されるが沈黙の中で食べる。
父の顔も母の顔も覚えていない。
ただ妹だけが・・・妹にとっては兄だけが世界のすべてだった。