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第1話 闇の至宝

 赤い空。黒い雲を赤く照らす火山の炎。

 黒曜石で作られた城の奥深く。地獄の帝王ルシフェルの城の居住棟。

 ルシフェルに許可を得ないものは、何人たりとも侵入することはできない。

 居住棟の奥深くに、その至宝はあった。


 水色のネグリジェをまとう華奢な乙女。

 栗色の髪と大地の色の明るい瞳。

 淡い光と薔薇の芳香を全身から放っている。

 男を狂わせる色香と気品とを両立させた彼女の名はRuel Aster Lūcifer.

 ルシフェルが最も愛した輝きの女神の遺児であり、ルシフェルのただ一人の娘である。

 Asterは星。恒星ではなく、夜空に輝く星と言う意味。

 母は「輝き」を名に持ち、父は「光掲げる者」

 その子であるルエルは「星(闇の住人を導く者)」の名を持っている。


 暗い部屋の中で机に向って一心に本を読んでいる彼女。

 部屋のところどころに置かれたランプからは、光があふれて部屋の中を照らしていた。

 豪華な家具。

 傍に置かれたソファは黒いベルベットに、バラの花や葉が隙間なく刺繍されている。

 ソファーテーブルは重厚でしっとりとした木に、ステンドグラスがはめ込まれた高価なものだ。

 チェストも簡易食器棚も、高価さを感じずにはいられない。

 至高の家具たちに囲まれて、燐光をまとう乙女は白く美しい指で本のページをめくる。

 近くの小さな椅子には、ケット・シーの騎士が座っていた。

 猫の王国を作るケット・シー族で、最も強い騎士である彼の名はユエ。

 ハチワレ模様のユエは、鎧を着こんで腰にはレイピアを装備している。

 ルエルの護衛であり、話し相手でもある彼は時々ルエルを見上げている。

「ユエ。ルシフェルさまは今日は来ないのかな?」

 ユエはルエルの視線に眩し気に目を細めた。

「しばらくいらっしゃってませんから、来るかもしれませんにゃ。伺ってまいりましょうかにゃ?」

 本を机に置いて、ルエルは窓の外を眺める。

 机の前にある窓からは赤く燃える火口と、赤い空と炎に照らされた赤い雲。

 この部屋からは市街地は見えない。

 市街地側は執務棟と呼ばれ、たくさんの悪魔が出入りして仕事をしている。

 ルシフェルもほとんどを執務棟で過ごしている。

「いいの。ルシフェルさまもお忙しいもの。」

 寂しそうなルエルの横顔に、ユエは少し悲しくなってしまう。

 彼女は本を選びに図書室に行くときしか、この部屋から出ようとはしない。

 宴に出るときはルシフェルが彼女を抱いていく。

「足音ですにゃ。ルシフェルさまがまいりましたにゃ!」

 ユエがドアの前まで駆けていくと、右手を左の肩に当てる。

 簡易的な臣下の礼だ。

 本式は床に膝をつく。


 扉が開いた。

 開けたのはメイドたちだ。

 メイドは透けていた。永久に忠誠を誓った幽霊たちが、ルシフェルに仕え城の生活を取り仕切っている。

「ルエル」

 優しげな声。年のころは20才にはなっていない幼さが残る青年がそこにはいた。

 神から妻を寝取った上に、神を駆逐し女神とともに世界を創りなおそうとした大罪人。

 そんな大罪人には見えない。

 神が最も愛した美貌は今も健在であった。

 ただ。金色だった髪は銀粉のまぶしたような黒に変化し、空色の瞳は茶色になっている。

 神に次ぐ力を持った彼でさえ、堕天の時に光を持ったまま闇に堕ちることはできなかったのだ。

「ルシフェルさま」

 満面の笑みでルエルはルシフェルに抱き着いた。

 バラの香りが、ルシフェルの鼻腔をくすぐる。

「なかなか来られなくてすまない」

 抱きしめる。華奢ではあるが、豊満な乙女の体は少し冷たい。

 頭一つ背の低いルエルの髪は、乙女特有の香りをはらんでいる。

 体を離し、娘の瞳を覗き込む。

 捕らわれそうな深い光を称えた瞳。

「ルシフェルさま。おなかすいたの」

 遠慮がちにルエルが言う。

「わかった。おいで」

 ルエルの手を引いて寝室に入る。

 キングサイズの天蓋ベッドに、ルエルは横たわった。

 その傍にルシフェルも横たわり、ルエルを抱き寄せる。

 ルエルのバラの花びらのような唇の先には、ルシフェルの白い首筋。

 ルエルはルシフェルの首筋に、遠慮がちに唇を寄せた。

 ルシフェルの体から唇を通して、甘美な気が体に流れ込んでくる。

 うっとりと目を閉じるルエル。

 ルシフェルは何かに耐えるように、体を震わせた。


 ルエルは男の精気を食らう。

 そして精を食らわれた男は猛烈な肉欲に捕らわれるのだ。

 それは地獄で二番目に力を持つルシフェルでさえ、逆らうことが難しい衝動がルエルの唇から注ぎ込まれる。

 ルシフェルは娘を抱く手に力を込めた。

 うっとりと目を閉じるルエル。芳醇な蜜のようなそれでいて、ミントのようにさわやかなルシフェルの気がルエルの全身に広がっていく。

「美味しい」

 うっとりとした娘の声。全身が震えるほどの愛おしさと、彼女のすべてを引き裂き犯したくなる衝動と全て溶けてしまいそうな脱力感がルシフェルを襲う。

「愛しているよ。ルエル」

「私も。大好き」

 ルエルが唇を離して答える。脱力感がけだるさに落ち着く。

 大きく息を吐き、ルシフェルは体を起こした。

 普通の魔族なら・・・いや堕天使でもルエルに気を食べられて、こんなに早くは動けないだろう。

 そこはさすがと言うべきか。

「ルシフェルさま。もういくの?」

 ルエルはベッドから下りたルシフェルの背中に声をかける。

「近いうちにまた来るよ」

 ルシフェルはルエルの額にキスをする。

 闇の中で自ら光を放つ闇の至宝。光掲げる者と呼ばれたルシフェルの《《生まれるはずのない》》我が子。

 取り残されたルエルは哀し気に、ため息をついた。

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