このムカつく薄暮れの世界。
少年のユウシャはアンザイ・ハジメ。
少女のユウシャはカトウ・ミオというらしい。
それぞれ、ハジメとミオと呼んでいい、ということだった。
「ところで、ユイヒさん」
名乗った後、ミオはそういった。
「ユイヒでかまわない」
オレはすぐに訂正をする。
「オレはケチな盗賊に過ぎない」
「盗賊、ねえ」
今度はハジメがいう。
「なにか盗むのか?」
「盗賊とは、神から与えられる生業の一種だ」
オレは説明をした。
「盗賊の生業を得ると、足が速くなったり素早くなったり、夜目がよく利くようになったりする」
「まんま、ジョブか」
そういってハジメは顔をしかめた。
「ますますゲームじみてきたな」
「それよりも」
ミオがいった。
「わたしたち、今、日本語以外の言語をしゃべっているみたいなんだけど。
あなた方がなにかしたの?」
「アイネ神の信徒からも説明があったと思うが」
そう前置きをして、オレは説明をする。
「復活の秘蹟を行った時に、不便がないようにいくらか細工を施しているはずだ」
「ああ!」
ハジメが、小さく叫ぶ。
「そういえばお前、はじめて会った時には日本語しゃべっていたよな!」
「ユウシャの言葉か」
オレは、そういって頷く。
「この町には大勢のユウシャがいるし、オレの仕事もそのユウシャと接触をする機会が多い。
早口になったり難しいいい回しはできないが、簡単な会話程度ならばどうにかこなせる」
「大勢のユウシャ」
ミオが、そういって少し黙り込んだ。
「この町には、どれくらいの人数のユウシャがいるの?」
「正確な人数は知らない」
オレは素直に答える。
「五千か一万か。
魂を回収できないユウシャもそれなりにいたし、それに、すでにこのベッデルではなく別の場所に移動したユウシャもかなりいる。
正確な人数は誰も知らないと思う」
「おい!」
「そんなに!」
二人は、ほぼ同時に大きな声をあげる。
どうやらこの二人は、そんなに大勢のユウシャが存在するとは想像していなかったようだ。
「他のユウシャにも会えるの?」
ミオが、身を乗り出してオレに訊ねた。
「無論」
オレは頷く。
「さっきの信徒の中にも何人かいたはずだし、七柱の神々に仕える神官長も半分くらいはユウシャだ。
会いたければ通りにでも出て、ユウシャはいませんかと叫べばいい。
手が空いたユウシャが相手をしてくれるはずだ」
オレがそう説明をすると、なぜかミオは脱力をした様子でそのまま椅子に座った。
「ええっと、ユイヒ」
気が抜けたミオに代わって、今度はハジメがオレに訊ねた。
「正直に答えてくれ。
お前たちはいったい、どれくらい前からこんな真似を続けているんだ?」
「こんな真似とは、ユウシャを召喚することか?」
オレはまず、そのことを確認した。
「そうだ」
ハジメは、真剣な面持ちで頷く。
「その秘蹟が最初に成功をしたのは、おおよそ五十年ほど前だと聞いている」
オレがそういうと、今度はハジメが脱力をした様子で椅子にへたり込んだ。
「なんてぇこった」
しばらくして、ハジメがうめくような声を出した。
「そんなに前から、お前たちは日本人を拉致していたってのか?」
「ユウシャの召喚は、厳密にいえば拉致とはいえない」
オレは、そう指摘をする。
「なぜならば、ユウシャの世界でも、お前たちの元となった人物は普段通りの生活を送っているはずだからだ」
「はぁ!」
ハジメが、また大きな声をあげた。
「それってつまり、今、おれたちはこちらとあちら、同時に二人存在するってことか!」
「同時に、であるかどうかは保証できない」
オレは、そう前置きしてから説明をはじめる。
「別世界と時流が完全に同期しているのかどうか、誰にも断言できないといわれている。
とにかく、ユウシャを召喚する秘蹟は、厳密にいうならば魂ごとユウシャを複写する秘蹟だという。
世界をまたいでこちらに複写されたユウシャは、魂さえ確保できれば何度でもその肉体を再現することができる。
それが、ユウシャの最大の強みとなる」
「複写と、再生」
ミオは、また思案顔になって、ゆっくりとした口調でそう繰り返す。
「召喚する秘蹟と死んだユウシャを復活させる秘蹟は別物で、召喚する秘蹟は厳密にいうと、魂ごと肉体をこっちにコピーする秘蹟、と。
ちょっと根本的なこと質問するけど、なんであなたたちはユウシャを召喚しようと思ったわけ?」
「魔だ」
オレはいった。
「お前たちも戦っただろう。
この地には、あのような魔群によって侵されつつある。
それを阻止し、あわよくば挽回をするため、より強力な存在を召喚する秘蹟が研究された」
「その結果、できたのがユウシャの召喚、ってわけか」
ハジメは、渋い表情でそういう。
「それで、ユウシャっていうのはその魔群に対して強いのか?」
「実は、ユウシャはさほど強力な存在ではない」
オレは正直に答えた。
「しかしユウシャは、倒されても何度でも復活させることができる。
また、そのたびに秘蹟を体内に埋め込むので、倒されるたびに強くなる」
「ゲームオーバーになるたびに強くなって復活、か」
ハジメは、吐き捨てるような口調でそういった。
「他人事なら、喜べたのかも知れないな」
「もう一つ、確認をしておきたいんだけど」
今度はミオが、オレに訊ねる。
「ユウシャって、魔群と戦うことしか期待されていないの?」
「そんなことはない」
オレは即座に否定する。
「性格的、肉体的に戦いに向いていないユウシャも大勢いる。
そんなユウシャでも、なんらかの知恵を使って貢献してくれている。
また、死ににくいユウシャそれだけ長い期間にわたって活動できるので、重要な役職に就く傾向がある」
「そういやさっき、神官長の何人かがユウシャだっていっていたな」
「タマキ神官長、カガ神官長、コレエダ神官長とスズキ神官長がユウシャだ」
オレは即答をした。
「少なくともユウシャは、虐げられる存在ではないってことか」
ハジメは神妙な表情でそう続ける。
「常に魔群の脅威に晒されているここでは、死んだ後も知識や経験をそのまま持ち越せるユウシャは丁重に扱われる」
オレはそう答えた。
「死によって失う物がないということは、オレたち定命の者にしてみれば、とんでもない強みだ」
「復活の秘蹟は、普通の人間にはかけられないの?」
「無理だ」
ミオの疑問を、オレは即座に否定した。
「通常の人間は、ユウシャよりもずっと魂の形状が複雑なんだそうだ。
オレは、そう説明されている」
それがどういうことを意味するのか、オレ自身も理解していない。
ここではアイネ神の信徒の説明をそのまま繰り返しているだけだ。
「元の世界に帰ることも、死ぬこともできない」
ミオは、真剣な表情でそんなことをいう。
「だったら少しでも待遇がよくなるように、なんらかの役に立つ必要が出てくるってわけね。
つまり、ユウシャとしては」
「ほとんどのユウシャが、同じ結論に達する」
オレは事実を告げた。
「ごくまれに、自死を選ぶユウシャもいるが、ほとんど問題にならないくらい少数の例外だ」
「ユウシャが自殺をした場合も、復活させるのか?」
「いいや」
ハジメが聞いてきたので、オレはその質問に答えた。
「そんな無駄なことはしない。
復活の秘蹟には多くの労力を必要とするし、それに、ユウシャの意思はあくまでも尊重される」
さらにいうと、自分から死にたがる人間のために割くような余分な物資もない。
絶えず魔群からの攻撃に晒されているこの世界では、食糧をはじめとするあらゆる物資が慢性的に不足している。
魔群との長い戦乱に疲弊をしたこの世界は、物質的に見れば総じて貧しい。
いや、今この瞬間も、時間が経つにつれてどんどんじり貧になっていく過程にあると、そういってもいいだろう。
これまでに召喚された数千、数万というユウシャでさえも、この人類側の劣勢を媒介することには、成功していていない。
つまり、これまでは、だが。
そうした子細を、オレはまだこの二人には説明しなかった。
慌てて説明しなくても、すぐに自然に悟ることであったし、なにより、このユウシャ二人には、もう少し自分の将来に希望を持って貰いたい。
来て早々、なにでも投げやりになってしまっては、苦労をして召喚した甲斐がないというもんだ。