来たるべき時のために
これで最後です。読んで下さると幸いです。
それは、一見何の変哲も無い手の平サイズの石板だったが、裏返すとそこには、文字が2つ彫られていた。
そこに刻まれていたのは『羅王』ではなく、別の2文字。羅王は一瞬固まった。
「餞別よ。ほら、あの家、表札なかったでしょ?」
「けど、これは……?」
「それも私からのプレゼント。これから魔界の要職に就くかもしれない一族に名字が無いなんて、かっこうつかないでしょ? だから、願いを込めてその名字にしたの。地上と魔界を隔てる三途の川という門を司り、守護する立派な魔族になるようにって。嫌なら作り直してもらうように頼むけど?」
ヘルの言葉と願いを受け、羅王は嬉し涙を流して、この名字が気に入ったことと感謝を述べた。
「気に入ってくれて良かった。じゃ、そろそろ行くね。これからは私の代わりに、みんなを支えてあげてね」
ヘルはそう言うと、アバドン以外の全員に向かって一礼た。
「さようなら、みんな。さようなら、私の恩人であり、大切な人……」
そう言って彼女は車椅子から降りて浮上し、アバドンと一緒に封印の地へと向かいながら、
「閻魔羅王君」
と、言い残した。
共に暮らしたこともある大切な人との今生の別れに、羅王は人目も憚らずに号泣する。
その目から溢れた涙は、彼女がくれた表札の『閻』の字にポタポタと落ち、やがて流れ落ちていった。まるで、表札に彫られた文字達も泣いているかのように…………
それから間もなく、ヘルとアバドンは集まった者達の力とコキュートスの力によって、ガルムとヨルムンガンドと共に氷の中に封印された。
アバドンは最後まで相変わらず、未来での闘争に胸躍らせていたが、ヘルは違う。寧ろその逆で、封印されるその寸前まで、次に目覚めた世界は争いの無い平和な世界である事を、心の底から願い続けた。
それでも彼女の願いは、あの時のように届かないかもしれないが、今のヘルはもう、ただ争いを嫌い、絶望に苛まれ諦観していた頃の彼女ではない。たとえ足が腐っても、狂った自分が出てこようとも、怯えず毅然と戦える強い女性になったのである。
そんなヘルが封印されてから約36億年経った今も、彼女は母のような安らかな顔で魔族達を見守るように、氷の封印の中で眠っている…………
いかがでしたか? 彼女の人生はまさしく波瀾万丈に満ちていましたが、『国の母』としての責務を見事果たしたと思います。
ちなみに、最後はああ書きましたが、彼女は今後の作品にも出る予定です。




