初陣の日
少し重ためですが、読んで下さると幸いです。
初陣の日の朝。ヘルが不安と緊張で乱れた心を落ち着かせ、覚悟を決めていると、ロキが声をかけてきた。
「ヘル、少しいいか?」
「何? お父さん」
「俺とフェンリルは、お前達とは別地点で戦うことになった。まぁ、万に一つも無いだろうが、俺達のどちらかが死んでも絶対に来るな。いいな?」
父からの珍しい親心とも言える言葉に、ヘルは少し驚きつつも、2人にもしものことがあったらと心配した。そんな娘にロキは鼻で笑い、
「お前を戦場に駆り出した俺の心配をするのか? そんなヒマがあったら、自分の身の心配でもしていろ。初陣で死ぬほど、バカで無価値なことはないからな」
と、言って、ヘルの頭をくしゃしゃとなでながら、
「ま、せいぜい死なない程度に頑張れ。なにせお前は、死んだあいつがその名に願いを込めた、天国の期待の新星、なんだからな」
そう言ってロキは背を向け、手を振りながら戦場に向かった。
彼女の名前であるヘルは、数年前に病死した母が
『ヘラ様の下で立派に働き、ヘラ様のような子になるように』という願いを込めて、彼女の名をもじってつけられた名である。
亡き母の願い通り、賢く優しい少女に育ったヘルは、父からの激励を嬉しく思いつつも、その態度にどこか違和感を感じていた。
そんな妹の心を案じたのか、ヨルムンガンドは優しい口調で話しかけてきた。
「不安がる必要は無いよ。前衛は僕に任せて、後方支援に徹してくれれば、ヘルが死ぬことはまず無い」
「兄さん……」
「大丈夫。ヘルだけは僕が守るから。兄として。最悪、守りきれなかったとしても、ヘルを逃がす道だけは必ず確保してみせる」
「けど、それじゃあ兄さんは……!」
そう言いかけるヘルに、ヨルムンガンドは、
「ヘルは優しいな。こんな僕の心配をしてくれて。けど、だからこそなんだ。自慢の優しい妹であり、僕の希望ともいえる存在であるヘルの盾になることが、力も才もない出来損ないの僕が兄としてできる唯一のことなんだ。たとえ死んでも、ヘルが生きてさえいれば本望だ」
と、父とは違う優しい微笑みを浮かべて言った。
だが、ヘルは己を卑下し、自己犠牲すらも厭わない彼の言葉を受け入れたくはなかった。なぜなら、ヘルにとって彼は、優しさに満ち溢れたこの世で最も大切な兄だったからである。
しかし、ヘルが反論するよりも早く、オーディンの補佐官である神使が、彼からの出撃命令を2人に伝えた。それを聞いたヨルムンガンドは、話を切りあげて行こうとしたのを見て、ヘルは慌てて呼び止め、自身の先程の気持ちを伝えた。
「兄さんが盾になるのなら、私は兄さんの光になる。光になって兄さんを導き、光として兄さんの敵を払って、守りきってみせる。だから……」
妹の必死の想いを受け取ったヨルムンガンドは過ちに気付き、その必死さから思わず笑った。
「妹にここまで言われるとはね。わかった。約束する。僕も死なないよ。必ず生き残って、一緒に家に帰ろう」
兄の誓いを聞いたヘルは、笑みを浮かべて力強く頷いた。
『必ず生きて帰る』
そう誓いをたてた2人は、互いの手を握りしめて、戦場である地球へと降りていった。