それぞれの罪
少し重ためですが読んで下さると幸いです。
終戦から2週間経ち、天国に平穏が戻り始めた頃、島流し同然で地上に残されたヘルは、孤独と絶望から、完全に塞ぎ込んでしまっていた。
そんな彼女の元にこの日、あの一件の一因ともいえる珍客が訪れた。オーディンである。
「ここにいたか。元気そう……ではないな。この4日間、何も口にしていないのか?」
「2週間ですよ。地上の時間の流れは、天国の4倍ですから」
そう訂正されてオーディンは誤りに気付き、反省した。
「そういうオーディンさんこそ、どうしてこんなところに? 戦後の事後処理が残っているのでは?」
「あぁ、軍神の座は息子に譲った。今の私は、ただのご隠居さ」
予想外の告白に、ヘルは大いに驚いた。
「君達にこんな運命を強いた責任をとって、な。もっとも、それで許してもらおうとは思っていない。当然だ。それだけのことを私はした。この罪は、我が一族が末代に至るまで償わせてくれ」
そう言い、オーディンは深々と頭を下げるが、ヘルは既に諦観していた。
「もういいですよ。きっかけはどうあれ、実際に罪を犯したのは私ですから。ただ、1つだけ聞かせて下さい」
「何だ?」
「何故、あんな命令を下したんですか? あれが無かったら、きっと……」
ヘルの問いに、オーディンは強い罪悪感を顔に滲ませながら答えた。
法の女神・テミスが作った『重罪人は、一族郎党に至るまで許すべからず』という掟に縛られていたことや、そのせいで視野が狭くなっていたことを、包み隠さず全て……とはいえ、今となっては全てが手遅れ。彼の心には彼女らに対する贖罪の気持ちで一杯となっていた。
そんな彼に、ヘルは全てを聞いた上で優しく接した。
「顔を上げて下さい、オーディンさん。あなたの気持ちはわかりましたから」
「しかし……」
「言いたいことはわかります。もちろん全部を許すことはできませんが、今の私は天国と運命に絶望してしまって、それどころじゃないんです。こんなに全てが虚しく感じ、全てを呪ったのは生まれて初めてかもしれません」
ヘルの心の底から出た言葉を聞き、オーディンは彼女の心の変化に気付き、嘆いた。
「やはり、そうか」
「えぇ。『堕天した者は闇の力を得る代わりに光の抗力を失い、負の感情を一生抱き続ける』話には聞いていましたが、これほどまでとは思っていませんでした。争いを嫌ってたはずなのに、殺しに快楽を見出してしまった自分がいる。そんな醜い自分が嫌で嫌で仕方ないんです……けど、これが私の罰なんですよね? この心を持ったまま朽ちていく。それが、私の罪に対する罰なんですよね?」
そう言うとヘルは、天を仰いだ。
たった1つの過ちで堕天し、絶望の底に沈んだ自分は、もうかつての同級生や友達と共にいることも、同じ時の中で生きていくこともできない。
ほんの少し前まで、当たり前に過ごしていた故郷も、邪神となり人生を諦めた今となっては、どれだけ手を伸ばしても届かないところにいってしまった。
そんな不憫な姿を前にしてオーディンは、己のやったことを改めて悔いるも、彼女にかける言葉が見つからず、2人の間に静寂が流れた。
邪神や堕天使達が地上に流刑という形式がとられるようになったのは、人間の流刑と同じ理由の他に、時の流れる早さの差によって、堕天した者が天国に住む者達より早く死ぬからという側面もあります。




