北へ南へ
道は長く続く直線になってから二日たった。標識すらない一本道が望めるはずのフロントガラスには砂風が吹きつけられて灰色になっていた。車の中は、そのガラスを叩く音、錆びたサスペンションの軋み、それから昨夜、激しい砂嵐が来ることを伝えた後、通信が途絶えたラジオのノイズだけだった。
砂風の舞う中、反対車線のロードサイドにヒッチハイカーを見つけた。冷たいハンドルを握る男が2時間の間に見たものは風に吹かれて転がるから草のかたまりだけだった。すっぽりと頭からかぶったポンチョは吹き付ける風でヒッチハイカーの身体に濡れたように貼り付き、灰色の平面世界の中に美しい曲線を立体的に浮かび上がらせていた。
車通りは無い。ましてやこの砂風だ。ヒッチハイカーを通り過ぎて10分程走らせてから、男は車をUターンさせて美しい曲線を持つヒッチハイカーを乗せた。
良い女だった。その女は北へ行きたいと言った。男はさびれた北での暮らしを見限って南へ向かっていた。北には何も無い。
砂風はますます強くなり、視界はますます狭くなっていった。ますます強くなるであろう嵐を思っていると、巻き上がる砂の中に無人を思わせる程ひっそりとしたモーテルを見つけた。灰色の顔をした店主は、しじまを壊すことない声で、部屋は1つしか空いていない事を告げた。女はベッドで寝ることになり、男はソファーで寝ることになった。男は酒を飲み、女にも酒をふるまった。酒のせいか男は饒舌になり、北でのひどい暮らしぶりを熱く語った。 女はだまっていた。男は噂でしか聞いたことない夢の地、男の目的地である南のことを聞きたかった。 女はだまっていた。 が、最後に一言いった。 北へ行きたいという気持ちは変わらない。
朝、目を覚ますと、短い置手紙があった。北へ向かう人を見つけたから乗せてもらう、と。
男は身支度を整えると車に乗り込んだ。そして砂風の中、車を北へと向けた。