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魔王のペットと望み

 ガチャン、と寝室の扉がダリスによって丁寧に開かれる。そこは小綺麗ではあるが、あまり装飾の施されていない部屋だった。キングサイズの赤いベット、色のせた古いクローゼット、そして今にも壊れそうなボロボロの掃除機などが置かれている。



「ただいまー」とダリスは室内へ優しく呼びかけた。魔王の割には狭い個室に彼の声が響く。


 すると、ベッドの方からドンッという物音が聞こえてきた。何かがそこ付近に潜んでいるようだ。


 それに対してダリスはにっこりと自室に一歩踏み入れる。そうしたら、大きなベッドの下から一匹の動物がドタドタとダリスの元へ明るく駆け寄ってきた。



「ブヒィーッ!」

 それはふっくらした体を持つ子豚だった。ダリスのペットである。子豚はやや可愛らしい鳴き声をあげて、そのままダリスに猛進した。そして油断しているダリスを思い切り突き飛ばす。


「わーっ!」

 ダリスは情けない声を出して廊下まで弾かれる。桃色の皮膚を持つ子豚は小柄ながらも莫大ばくだいな力の持ち主であった。


 ダリスの後方にいたデューラーは飛んでくるダリスの巨体を間一髪で避けてみせた。もし万が一彼がダリスの下敷きになってしまうことがあったら、それはひとたまりもないことである。それから彼は飛んできたものの方に視線を移し、様子を見てみた。廊下で仰向けに転がっているダリスと、一匹の子豚がダリスの胸の上で踊っている。



「おお……、ギップや……」とダリスは倒れながらも力なくささやいた。ギップとはこの子豚の名前である。


「ブヒー」

 ギップはご主人様が戻ってきたので上機嫌だ。何度もダリスをステージにして跳ね回っている。


 デューラーはそれを見て呆れたように笑った。

「やれやれ、ペットにまでもてあそばれてしまうとは、()()()魔王様だ」

 やれやれと彼は首を横に振る。


「ああ、文字通り、()()()な……。ははは」と意識の飛びかけているダリスは苦笑いをした。それから彼はがくんと体の力を抜き、白目を向いて、本当に気絶してしまった。



 *



 数分後、ダリスは赤いベッドの上で目を覚ました。隅々まで掃除された天井が目前に広がる。顔を横にずらすとギップをモデルに描いた絵画が目に映った。その奥の窓には静かな夜空に浮かぶ三日月がきらめいている。


 ああ、もう夜なのか。今日は色々なことがあって時が経つのがあっという間だったな。とダリスは窓のすぐ傍の鉢植えで育てられている豆苗とうみょうを眺めながら嘆じた。ムカつく勇者のクリバリ、老いた科学者のカセット、グラマラスな医務員のエセックス、屈強な師団長のゴード、フワフワした執事のバルト、そしてゴーストのフォス。様々な人達と話した。



「気が付きましたね」

 するとダリスの向いている逆の位置から落ち着いたデューラーの声が聞こえてきた。


「ブヒブヒ」

 どうやらギップも近くにいるようだ。デューラーがなだめたのか、さっきよりは少し大人しくなっている。


 ダリスはゆっくりと重い体を起こして尋ねた。

「ああ、ええと、デューラーが我をこのベッドに運んでくれたのか?」


「ええ、大変苦労しましたよ」とデューラーは僅かにほほえんで応える。

「ついでに治療もしておきました」


 ダリスはそう言われると布団の中から自分の腕を出して確認してみた。確かに怪我したところに包帯が巻かれている。それもとても丁寧に。

「要領が良いんだな」と彼は感心しながらつぶやいた。


「ブヒー」とギップはうきうきして鳴く。まるでその通りだと伝えようとしているかのように。



 その間デューラーは自分の懐から手帳を取り出して、それを開いた。


「ところで明日の予定ですが――」


「そのことについてなのだが、少し我から話していいだろうか?」とダリスはデューラーが明日の日程を申し伝えようとしているところで尋ねた。


 デューラーは一切動じず、顔を上げて応える。

「はい、何でしょう」と。



 ダリスは一呼吸置いた。いかにも大事なことを話すかのように。そして厳粛に話し始めた。

「我は思うのだ。これが我々にとって正しいことなのか、と」



 朝聞いたものと似た言葉だった。デューラーはそれに微かに顔を歪める。

「と、言いますと?」


「ブヒー?」と子豚のギップも不思議そうに首をかしげてみせた。


 ダリスはやや自信なさそうな表情で話し続ける。

「我々がこの素晴らしい世界を征服することについて疑問に思うのだ」

 彼は窓の向こうに視線を送った。

「確かに人間達がどのように日々を生活しているのかを我はよく知らない。だけどきっと彼らは友達と遊んだり色んなことを学んだりすることを楽しんでいるのだろう?」


「それは、私にも存じ上げません」とデューラーはバツが悪そうに返事をする。


「それならばどうして我がわざわざこの世を支配しなければならないのだ? 今の世界は平和だ。これに介入する必要はないはずだ」

 今度はデューラーの目を真っ直ぐ見つめて述べる。強い信念のこもった眼差しだ。

「我はどんな人間でも殺したくないし、どんな人間の自由も奪いたくない」



 するとデューラーは一瞬で大きく息を吸った。

「勝手なことを言わないでください!」



 ギップはその突然の大声にびくっと体を震わせ、デューラーから数歩離れた。


「お父様、いや、魔王様。あなたは人間が魔物に対してどのような感情を抱いているのかをご存知ですか?」と憤りの色の混じった声で尋ねる。


 ダリスは憤慨しているデューラーに少し狼狽しながら応える。

「い、いや、詳しくは……」


「それではお話しましょう」とデューラーは言った。

「これは、遥か昔の話です」

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