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犬の師団長

 場所は芝の生えた稽古場。鼻血を止めるために両穴に栓をしている魔王ダリスと彼を見守るために付いてきているデューラーは今そこにいた。



「だあああぁぁぁぁっ!」「うおおおぉぉぉぉっ!」「やあああぁぁぁぁっ!」

 稽古場には大声をあげて体術・剣術・槍術などの訓練に励む多くの若い兵士達がいる。魔物が宙から地面に叩きつけられる音や、木剣や竹の棒同士を激しく交わす音が広い空間に響き渡っていた。



 ダリスはその熱を帯びた光景を血の減った目で眺める。兵士達は日々こんな厳しい稽古をしているのか。


「いかがですか、お父様」とデューラーはぼんやりしているダリスに尋ねた。

「これが城を守る者達の日常です」


 ダリスは頷く。

「ああ、こんな猛然たるトレーニングが我の住む城の中で年中行われていたとは……」



 そこへ稽古の音に混じって、芝生を踏む重い足音がダリスの右耳に入ってくる。どうやらこちらへ向かってきているようだ。


 ぼーっとしていたダリスは音のする方向をゆっくりと振り向く。


 そこには非常に大きな鎧を身につけた、屈強な犬の魔物が仁王立ちしていた。雪のように真っ白で艶のある綺麗な毛。狙った獲物は絶対に逃さないと言わんばかりの鋭いブルーアイズ。あらゆるものを噛み砕く鋭利な牙に、何でも切り裂くことの可能なシャープな爪。そして筋肉でできた野太い腕と脚がその犬の魔物を構成していた。



「ようこそ稽古に見学へいらっしゃってくれました、魔王様」と犬はダリスに跪く。

「私が全ての兵士を統率しております。師団長のゴード=ストンと申します」


 ダリスは膝を地面につけたゴードと同じ視線の高さに腰を落とす。

「お主がゴードか。貴様の功績はよく耳にしている。日々の鍛錬に指導、実にご苦労だ」

 彼は威厳のありそうな声でゴードを労った。


「しかし、魔王様直々に訓練の場にいらっしゃるとは、何か事があったのでしょうか?」

 ゴードは体勢を直してダリスに問いかける。

「近々戦でも行うのでしょうか。でしたら心配は無用です。我々ノーフォフ城の兵士達はいつでも戦いの場に舞い出れるよう準備万端でございます」


「ああ、いや、そんなんじゃないんだ」

 ダリスは両手でゴードを制す。

「今日は何ともない、ちょっとした散歩の気分で参上したのだ」

 彼は軽くほほえんだ。


「なるほど、そうでしたか」

 ゴードは口角を上げて納得する。

「戦がないのは良いことです。城が何者かに侵される様子が全くないということなのですから」



 ちょうど今朝に侵されたんだよなあ。勇者に。とデューラーは人知れず心の中で呟く。



「そうだ、魔王様」

 ゴードは何か閃いたようにダリスに声をかけた。

「散歩の気分でありましたら、ここは一つ、私と手合わせ願えませんか?」

 彼は魔王のダリスに勝負を仕掛けてきた。


「我と拳を交えようと言うのか?」

 ダリスは大きく口を開けて笑った。

「いいだろう。しかし我は強いぞ。なんたって魔王という頂点の役職に就いているのだからな。それでも貴様は戦うと言うのか?」


「ええ、本気で挑ませていただきます」

 ゴードは身構えた。一寸の隙もない完璧なフォームである。


「それでは私がレフェリーの役を演じましょう」

 デューラーはそう言って二人の間に立った。

「準備はよろしいですか?」



 二人は黙って頷く。互いに見合って既にペースを自らのものにしようと競い合っているようだ。



 デューラーは右腕で二人の間に壁を作る。応援していますよ、お父様。


「レディー……」と彼が言った瞬間、周りの空間が真空になったかのように無音になった。まるで二人が空間を支配してしまったかのように。


「ファイト!」

 彼が右腕を二人の間から抜き、少しの距離をとった。



 それと同時にゴードは強く地面を蹴りあげた。風を切り、その体躯とは思えないほどの疾風の速さでダリスに猛進していく。


 一方でダリスは身体を固めた。しかしそれは緊張によって身を竦めたのではなく、防御の形で筋肉に力を入れたのだ。恐らくヤツは殴りかかってくる。それにヤツの拳は相当の威力を持ち合わせていることだろう。だが、我の防御力はそれにも負けないはずだ。我の防御は何にも劣らない。それは研究室で大爆発に巻き込まれても軽症で済んだほど。ヤツが鉄拳を撃ち込んできたと同時に我も拳を叩き込む! どちらが強く、どちらが耐えられるかだ!


 しかし、ゴードは腕を振りかぶらなかった。彼はそのままダリスに突進し、ダリスの体勢を崩す。さらに、軸のぶれた相手の左肩、右腕を掴み、そしてまたも地面を力強く蹴り、高く宙に舞う。胴を回転させ、遠心力によってダリスを完全に無防備の状態にする。


「なっ――」

 ダリスはつい声を上げた。いとも簡単に我の重い体を持ち上げ、そのまま跳び上がるだと! 彼は今自分に起きていることを信じられなく思った。すると、ゴードによって掴まれていた肩と腕が突如放たれ、ゴードの手から放れる。そして、彼はものすごい勢いで遠くへ吹っ飛んでいった。彼の思う以上にゴードは素早い回転をかけていたらしい。



「あらあああぁぁぁぁっ!」バギーンっ!



 ダリスはゴミバケツの多く置かれている場所に吹っ飛んだ。稽古場には彼の叫び声と生ゴミの散らばる音が響き渡り、稽古に励んでいる兵士達が一斉に彼に視線を向けた。



「闘いというのは……、こうとまで、簡単ではないの、だな……」

 生ゴミにまみれたダリスはそう小さくささやくと、がくっと意識を失ってしまった。

 ゴード=ストンの名は、「屈強な犬」を意味する〈Strong Dog〉のアナグラム――〈Gord Stong〉に由来します。

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