妖艶な蜘蛛の医務員
魔王ダリスとその息子デューラーは城内の薄暗い廊下を足早に歩いていた。
「他人の話も聞かないで行動するからこうなるのですよ」とデューラーは黒焦げのダリスを呆れたように見やって言った。
ダリス達は研究室での爆発に巻き込まれてしまったのである。そのため、ダリスは真っ黒でちりちりに焼けている。
しかしデューラーにはほとんど傷がなかった。カセットの入れたお茶が効いて、ダメージをほとんど打ち消したのだ。もちろん研究室はぐちゃぐちゃになってしまったが、カセットは既にお茶を飲んでいたため無事だ。
「仕方ないだろう。あんなものを直視していては目の玉を腐らせかねない」とダリスは少し落ち込んだ様子で言った。
「ところで、今はどこへ向かっているんだ?」
「医務室です」
顔を正面に向ける。
「お父様のお身体を治癒しなければなりません。そんな傷だらけでは、もしまた勇者が押しかけてきたとき、太刀打ちできませんからね」
デューラーは今日この城に侵攻してきた勇者の顔を思い起こした。あの表情は相当な捻くれ者であろうが、戦闘の技術はきっと確かなものだろう。彼はノーフォフ城の危機を微かに感じ取った。
「なるほどな」
ダリスは僅かに元気を取り戻す。
「もしかして、あれが医務室ではないか?」
彼はすぐ先にある一枚のドアを指差した。
「ええ、その通りです」
デューラー達は医務室の扉までやって来る。
「入りましょう」
彼はそう伝えると扉を開けて、中へ入っていった。
ダリスもそれに続いて医務室の中へ入った。
「あら、お客さん?」
中にいたグラマラスボディの蜘蛛の魔物が来客に声をかけた。かなり美人である。
彼女は医務室にある机の上に座り、捻るような体勢をとっていた。赤い口紅をし、八本の脚を奇妙なバランスで伸ばしている。彼女の名前はエセックス=リューンだ。
「ミス・エセックス、今回のお客さんはお客様です」
デューラーは柔らかく笑みを浮かべて彼女に教えた。
「私だ……」
対してダリスは鼻の下を伸ばして名乗った。彼の視線は自然と胸部に注がれる。
それをデューラーは卑しいものを見るような目で見つめる。誘惑に弱すぎる!
エセックスは机から降りて、ダリスの傍へ歩み寄る。
「うふふ、もしかして緊張しているの? ま・お・う・さ・まっ」
そう上目遣いで尋ねた。舐めまわすかのような妖艶ボイスだ。
「き、緊張などっ、していないぞ!」
ダリスは紫の顔を真っ赤にして答えた。
エセックスはさらに近づき、まずは一つの手を触れる。
「ふーん、本当にぃ?」
彼女はダリスの上半身に手を這わせ始めた。そして次第に手の数は二つ、三つと増えていき、最終的には複数の手がダリスを激しくくすぐった。その動きはあまりにも艶めかしい。
ダリスの顔面はトマトのように赤くなっていた。そして、
「ぶっ、ブフォォォッ!」
彼はついに鼻血を吹き出した。
エセックスはダリスの吹き出した鼻血が自らに付着する前に素早く後方へ退く。すると、ダリスは気を失い、後ろへ大きな音を立てて倒れてしまった。しかし血は今もなお吹き出ている。
「大変! 今すぐ止血しなきゃ!」
エセックスは長い脚を遠くへ伸ばし、ティッシュペーパーを取って、手当にあたる。
一方、一連の流れを見ていたデューラーはこうささやいた。「そのまま出血多量で死ね」
エセックス=リューンの名は、「セクシーな看護師」を意味する〈Sexy Nurse〉のアナグラム――〈Essex Ryun〉に由来します。