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高齢の科学者

 勇者クリバリ達が城を出ていった後、玉座の間は静寂に包まれた。



「お父様」とデューラーは声をかける。

「これからするべきことを、存じておりますね」


「えっ?」

 魔王ダリスはデューラーを振り返った。



 なんということだ。まさか本当に心得ていないのか? とデューラーは思った。今までどうやってお父様は城を運営していたのだろうか。そう彼は疑問に思いながらも、ダリスにゆっくりと近づく。



「お父様はこの城についてあまりにも無知でございます。そのようではこの城を守ることなど到底無理な話であります。そのため、お父様には今すぐにでも城内のことを知る努力をしていただかなければなりません」とささやいた。


「だが、何をすればいいのか全く分からんのだよ」とダリスはたじろぐ。



 デューラーはため息をついた。これほどにまで仕方のないことはあるだろうか。こうなってしまっては、私がお父様――魔王様の補佐役となるしかない。このお父様に任せていては、いつこの城が落ちるか心配で夜も眠れなくなってしまう。



 デューラーはダリスの前に背を向けて立ち、そして言った。

「私についてきてください。案内致します」



 *



 ダリスとデューラーのやって来たのは研究室であった。そこには不気味な色をした液体やたくさんの容器に分けられた粉末、ネズミの死骸、血だらけのナイフ、使い古された分厚い本などがある。これらの異様な光景に、初めてここに来たデューラーは吐き気を催したという。


 その研究室の片隅には、一人の老婆がいた。黄色の肌を持つ彼女は、訪れたダリス達に気付くことなく、薬品の配合に夢中になっている。



「ミス・カセット」とデューラーがその老婆の名を呼んだ。



 カセットという名の老婆は体をびくっと震わせて、何かに襲われたかのように素早く後ろを振り向く。そして声の正体を認識すると、彼女の強ばった顔色は一気に安堵の表情に溶けた。

「おお、これはこれはデューラー様、それに魔王様でございましたか」



 彼女はこの城で最も高齢であり優秀な科学者――カセット=ジンディ。一日のほとんどを研究所で過ごし、これまで一瞬たりとも科学のことを忘れたりしなかったと言われている。そのため彼女には子どもがなく、最近では人工で生命を生み出す実験に取り組んでいるらしい。



「どうもこんにちは。今日はお父様に科学のことを知ってもらうために参りました」

 デューラーはほほえんで言った。


「ここに来るのは初めてだな。研究室ってこんな風になっているのか」

 ダリスは辺りを見渡す。


「魔王様に来ていただき光栄でございます」

 カセットは薬草類の積まれているテーブルへ行き、それらを無造作にいじり始める。

「すぐにお茶をお出ししますから、ゆっくりしていってくだされ」


「どうぞお構いなく」とデューラーは応じた。



 ダリスはしばらく研究室の全容を眺めていた。それからデューラーを見下ろして尋ねる。

「ところでデューラー、お前とカセットは妙に親しいように見えるが、よくここに顔を出すのか?」


「はい、時折勉強をするために訪問しております」


 ダリスは腕を組み、正面を見据える。

「勉強かあ。我はそんな大層なことしたことがないなあ」



 やはりこの人に任せては駄目だ。勉強を全くしないような王を野放しにしてはいけない。私がなんとかしなければ……。デューラーは再び決意した。



「お待たせして申し訳ないのお。こちらは粗茶でございますじゃ」

 カセットは二人に得体の知れない液体を差し出す。



 それは不透明の紫色で、液体というよりは個体に近いものであった。よく見ると中に虫のような不純物が含まれているのが分かる。



 だがデューラーはそれをどうということもなく口にした。


 その光景を口を開けっぱなしにして正視するダリス。

 どうしてこんなものを口に入れることができるのだ!



「どうしたのですか、お父様」とデューラーが見かねて尋ねた。


「これは万病を防ぐ薬草を最も効果の出るように練りこんだものに、潜在能力を呼び起こすカブトムシの角を混ぜ合わせたものじゃ。見た目こそ恐ろしいものじゃが、効果は抜群でありますぞ」


「そう、なのか……」

 ダリスは化け物を見るかのように出されたものを見つめる。しかし、

「やっぱ無理だ! この外見はどうにかならないものなのか!」


「それじゃったら……」

 カセットはやむを得ずといった様子で近くの棚をゴソゴソと探る。

「この粉末を振りかけることをおすすめしますじゃ」



 デューラーはその粉末を見て目を見開く。

「ミス・カセット、その粉末は……」


「この粉末はどんなものでも華麗なものに変化させることのできる不思議な粉じゃ」

 カセットは目をつぶって説明する。


「ほう、それはいいな」

 ダリスはその粉を手に取った。


「じゃが取り扱いには万全の注意を払わなければならぬ。この粉末は物質に触れた瞬間に、五パーセントの確率で大爆発を――」



 パッパッパ――ダリスは液体に粉末を振りかけた。


 バゴーン!


 研究室のあらゆるものが吹っ飛んだ。

 カセット=ジンディの名は、「高齢の科学者」を意味する〈Aged Scientist〉のアナグラム――〈Cassette Gindi〉に由来します。

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