皮肉な勇者
前回の続きです。
「うおぉー!」「いえーい!」「ヒャッハー!」
魔王ダリスの下にいる魔物達はデタラメにはしゃいでいる。
「いつまで茶番を続けるつもりですか、お父様……」とデューラーはダリスに耳打ちして尋ねた。
「ああ、そうだな。そろそろ止めにするか」
そう言って群衆に向き直る。
すると突然、南の扉が慌ただしく開かれる。さっきまでどんちゃん騒ぎしていた群衆は静まり、その扉の方に目を向けた。
「大変です魔王様!」
扉の傍には、城に侵入者が入らないように見張っているはずの守衛がいた。酷く息が切れている。
「む、どうした守衛よ」
「なんと奴が……」
一間置く。
「なんと勇者が、城を攻めてきました!」
「なんだとっ!」
ダリスは顔をしかめる。
「今、勇者はどこにいる!」
「もう……、すぐそこまで、――うわぁっ!」と守衛は悲鳴を上げて魔物の群れの中に吹っ飛んだ。彼の後ろにいた何者かが蹴り飛ばしたのだ。
「魔王っ!」
守衛を蹴り飛ばした者が声を上げた。
ダリスはその者を鋭く睨みつける。
「何奴!」
その者は数歩進んで名乗り出る。
「俺の名前はクリバリ=オーブン、世界の平和を守るため、剣を握った勇者だ!」と肌が少し黒く、目のクマが酷い金髪の青年が言った。後ろには三人の仲間が付いている。
「今日は貴様の息の根を止めに来た!」
「ふっ……」
ダリスは小さくほほえむ。
「貴様らに我を倒せるとでも思っているのか?」
「余裕かましやがって!」
クリバリは剣を構えた。
「かかれーっ!」
勇者一行突進する。
「待ったー!」
ダリスは大きな手を開いてクリバリらを制した。
クリバリ達はカーペットの中央あたりで停止する。
「何だ!」
「実は我はまだ心の準備ができていないのだ」
両手の平を上に向けて話し始める。
「それで一つ提案があるのだ」
「提案だぁ?」
クリバリは顔を歪める。
「聞いてやろう」
「助かるよ。最近の人間は話を聞かないやつが多いと聞くからな」とダリスは優しくほほえんだ。
「そうかい、俺の知っているのにもそういうやつがいるぜ。戦いに行くのはやめろって言って、俺の言うことを聞かないやつがな」
クリバリはゲスな笑みを浮かべて言う。
「ほう、そんな人間がいるのか……」
「それで、提案ってのは何なんだ?」
「ああそうだな。ここは少しの間、停戦協定を結ぼうと思ってな」
するとクリバリの仲間の一人の武闘家が前に舞い出る。
「何を言っているんだ! ここまで来て停戦できるわけがないだろう!」
「いや待て」とクリバリは制す。
「その提案、俺も賛成だ」
「なっ、どうしたクリバリ! 馬鹿なのか!?」
「馬鹿はてめぇだハゲ。そのつるんつるんな頭でよく考えろ。俺らはここに来るまでどれほどの敵を倒してきた?」
勇者は見下したような顔で武闘家に問いかける。
「そ、それは……」
武闘家はたじろいだ。
「ゼロ、だろ?」
「あ、やべ」とダリスはつぶやく。
「そう、俺らはここに来るまで、一体たりとも魔物に出会わなかったから、戦闘の経験値が一切積まれていないんだよ!」
「お父様! それは一体どういうことですか!」とデューラーはダリスに迫る。
「どうしてどこにも魔物を配置していないのですか!」
「すまない、忘れていた……」
ダリスはうなだれる。そして勇者一行に向き直った。
「しかし、今停戦にすれば、貴様らは我と同等の力を手にする時間を得ることができる。同時に我の準備も万全のものとなる。つまり……ウィンウィン、だろ?」
「ああ、実際問題今戦っても負ける一方だろうからな」とクリバリは腕を組んで答えた。
(じゃあどうしてさっきあんなに意気揚々と突っ込もうとしたんだ……)
デューラーはそう指摘しようとしたが、胸にとどめた。
「というわけで魔王! しばし停戦ということで、また来るぞ!」とクリバリは南の扉のすぐ側で、ダリスに向かって指をさす。
「待て! 貴様はどこ出身だ?」
「マージソン村だ!」
そのときには勇者達は城の廊下の奥まで去っており、声は小さな反響として聞こえてきた。
クリバリ=オーブンの名は、「皮肉な勇者」を意味する〈Ironic Brave〉のアナグラム――〈Cribari Oven〉に由来します。
マージソンの名は、「人間」を意味する〈Organism〉のアナグラム――〈Margison〉に由来します。