闇の魔術を扱う者によって綴られた手記
闇の魔術を扱う者は、迫害されるのが世の常だ。絶大なる力を所有しているがゆえに、世間から恐れられ、正義という名の暴力によって排除される。
そして私も、近いうちに処刑される身である。今、私は地下の暗い独房でこの手記を書いている。私の忌まわしき力は、ある事件によって、仲間達の目に触れられてしまった。あまりにも不幸な出来事である。しかし、嘆いても仕方がない。いずれこうなることはある程度予測できていたではないか。
一人の友人が私にまっさらな羊皮紙の冊子と羽ペン、インクを与えた。遺書を書けとのことだ。遺書など書いて誰が読むものか。読まれるかどうかも分からぬものに、私の生涯を書き綴る価値があるのだろうか。だから私は、これまでに語られてこなかった、闇の魔術について、時間が許す限り明かしていきたいと思う。
我々の生きる世界には、通常、地・水・火・風、四つの魔術が存在することは常識として知られている。
魔術は人によって得意不得意があり、一属性の魔術しか上手く扱えない者がいれば、四属性の魔術を平均的に扱える者もいる。
しかし、この四属性以外にも、はかり知れない力を持つ魔術が存在する。――それが闇の魔術と光の魔術だ。
闇の魔術とは、四属性の魔術にはない特性を持った魔術だ。例えば、時間を自由自在に操作できたり、物体を簡単に消滅させることができたりする。とにかく強大な力を持っているのが闇の魔術なのだ。ちなみに私は、四属性の魔術を全て最大の力で扱うことのできる能力を持っている。
闇の魔術を扱う者は基本的に健常者と見分けがつかない。普通に話し、普通に動き、普通に過ごしているからだ。しかし、一つだけ健常者と異なる点がある。闇の魔術を扱う者が力を行使するとき、両目が赤色に発光するという点だ。生まれつき目が赤い者は多く存在するが、それとは全く違う。先に記述した通り、発光するのだ。鋭く、おどろおどろしく、強力に。
かつて、闇の魔術を扱う者が世界を滅ぼしかけたことがある。これは闇の魔術を扱う者が恐れられるようになった最も大きな原因であるが、意外と広く知られていない。
それもそのはず、闇の魔術は言葉にされるだけでも恐ろしい力を放つからだ。実際そのような事実はないのだが、有名なインチキ占い師か伝道師がそういった虚偽の情報を言いふらし、伝統化してしまったのだ。
だから皆は闇の魔術という言葉も、その性質も、歴史も口にしないし伝えない。したがって若い者は闇の魔術の存在など一ミリも知りやしないのだ。現在、闇の魔術について知っている者は、書をよく読む者や古くから生きながらえている者くらいだろう。
では、闇の魔術にまつわる忌まわしき歴史を簡単に記述しよう。
初めて世界を滅ぼしかけた者は、「時を操る者」だ。名前は不明。文字通り時を自由自在に操作できる。そのため、彼を抹殺するのには非常な時間を要した。被害者の数ははかり知れない。
二人目は、「消滅させる者」だ。同じく名前は不明。人間であった。多くの人々の存在が物理的にも観念的にも削除されたため、被害者の数や詳細はほとんど分かっていない。
そして三人目は、「破壊する者」だ。やはり名前は不明。巨大な岩を雨のように天から落とし、多くの町や村を壊滅状態に追いやった。しかし、この行為は無自覚によるものだったため、故郷を破壊し、肉親を殺したのは自分の他誰でもないと知ってしまった彼は、罪悪感にさいなまれ、ナイフで首を掻っ切って自殺した。
他にも三人の間や後に事件を起こした闇の魔術師が存在したが、それらは省略する。
このように、恐ろしい事件がいくつも発生し、闇の魔術は悪魔の力だとみなされるようになり、人間魔物共通して忌み嫌われる存在になったのだ。
しかし逆に考えれば、事件が起こる以前は、闇の魔術も一つの魔術として受け入れられていたことになる。
一方で、光の魔術とは、闇の魔術と対をなすものである。闇の魔術を扱える者の数だけ、光の魔術を扱える者がいると言われている。
光の魔術は闇の魔術と同様に絶大なる力を有している。例えば、他者による時間の改ざんから影響を受けなかったり、消去の力に抗うことができたりする。ここで何か引っかかるものがあるだろう。そう、先に挙げた二つは、「時を操る者」「消滅させる者」に対抗しうる能力なのだ。闇の魔術と対をなすとは、そういうことだ。実際に、二人の闇の魔術師を討ったのは光の魔術を扱う者である。
しかし、闇の魔術を扱えるからといって、誰もが他者を傷つけるような者ではないことは知っていてもらいたい。能力によっては、「破壊する者」のように、意図せず他者に危害を加えてしまうこともあるが、精神において完全悪であるわけではない。
現に私も――自ら記述するのは憚られるが――何事も善をなそうと努めてきた。友と過ごし、友を守り、友を信じてきた。
しかし、闇の魔術による力は私の善意をも軽く凌駕するらしい。……自分語りはよしておこう。
本当の闇の魔術の恐ろしさというのは、誰も得しないというところにあるのかもしれない。
外が騒がしい。外というのは独房の外のことだ。このフロアの出入りが急に激しくなったのが分かる。まもなく私が刑に処されるということだろうか。
とりあえず、書きたいことはほとんど全て書くことができた。思い残すことはない。強いて思うところがあるとすれば、この手記は今後どう扱われるかだ。きちんとどこかに保管されるのだろうか。それとも燃やされてしまうのだろうか。記述することを勧めたのは私最後の友人であるが、今彼はどう思っているだろう。流れに屈して多数派についてしまっただろうか。いや、その方がかえって良いのだ。死すべき者に味方するだけで殺されるのならなら、愚かさを認めて見殺しにするのが吉だ。
……さて、別れの時間だ。もしこれを読んだ者がいるのなら、どうか約束してもらいたいことがある。たとえ君の友人が闇の魔術を扱えたとしても、君は彼の味方でいて欲しい。君に危害を加えることはまずないし、家族にも、仲間にも同様だ。だから、君は彼を責めたり恐れたりせず、秘密を共に共有してやって欲しい。そうすることによって、君も、友人も、周りの者達も、大切なものを失わずに済むのだ。
どうか、君に友人を守る勇気が備わっていることを願っている。
ノーフォフ城建築監 〇〇=〇〇




