謎の幼い白賢者
一方、早朝に起床したデューラーは、城内のカビ臭い書庫で、あることについて記された文献を博捜していた。
デューラーは読んでいた蔵書をパタンと閉じると、それに纏わり付いていた塵埃がぶわっと彼の顔の前を舞う。
「う、ゴホッゴホ……!」
突然の塵埃に襲われたデューラーは思わず後退してしまった。
床の板がミシミシと鳴く。
「ううむ、これも目的のものではないな」と彼はつぶやく。
「他をあたろう」
そして別の棚を探ろうと歩み出すと、足に重たげな箱がぶつかった。彼が箱を見下ろすと、中には人間の村らしき風景が描かれた絵画が収められていた。
この書庫には蔵書だけでなく、今では使用されなくなった道具や装飾品も保管されている。例えば鏡や絵画などがそう。それらは古い箱に収容されたり薄汚れたシーツに包まれたりしている。
「それにしても……」
ふとデューラーは書庫全体をざーっと見渡した。
「本当に広い書庫だなあ」
どうやらここは、長い間ほとんど誰にも利用されていなかったようだ。壁の隅に張り巡らされた蜘蛛の巣がその証拠。
おまけに明かりは壊れかけのランプ一台のみで、全く管理されていないことが分かる。
するとデューラーは室内の湿った空気がすーっと動くのを感じた。
ドアが開いた?
彼が廊下に出る扉に目を向けると、眩しい光が書庫内に入り込んでいた。
そして扉は再び閉じられ、薄暗闇が戻る。そして入室したのは――。
「君は確か……」とデューラーは意外そうな顔で入室者に声をかける。
「あ、おはようございます。デューラー様!」
子どもだった。この薄暗い書庫に現れたのは、何の魔物で誰の子なのか不明だが、つい三ヶ月前にこのノーフォフ城へやって来たアルジー=リッツという少年だった。
彼のショートボブな髪と張りのある肌は真白で、目だけは黄色い。そして身に着けているいかにも賢者らしい着物はぶかぶかで裾が床に達してしまっている。また尖っている耳に加えて頭には猫耳が生えており、手にはこの書庫のものであろう蔵書を抱えていた。
「デューラー様も読書をされているのですか?」
と幼い魔物は頭の耳をぴんと跳ねさせて尋ねる。
「ああ、探しているものがあってね。アルジー君は、よくここの本を読んでいるのかい?」
デューラーお兄さんはしゃがみ、子どもの目の高さに合わせた。
「はい、もう半分くらい読み終わりました!」
「は、半分!?」
デューラーは目を見開き、改めて書庫内を見渡した。
ここの蔵書半分を読み終えるには、寝る間を惜しんだとしても五年はかかるぞ!
そこでデューラは一度冷静になって考えた。
いやしかし、これはきっとアルジーの子ども心から出た冗談に違いない。そうときたらこっちにも考えがある。わざと難しい問題を出してやって、少しからかってやろう。
「それじゃあ、賢いアルジー君に問題です! 第一問、希望暦三六五年にカウラジア王国で起きた農民紛争の通称を答えよ。また、紛争が起きた原因を答えよ」と人差し指を立てて問う。
ちょっと難しかったかな? ま、元々答えさせる気なんてないからいっか。
しかし――。
「はい、一つ目の紛争名はムラッハーの反乱。二つ目の原因は水道を巡っての口論です!」
アルジーはまるで一桁同士の足し算を答えるかのように溌剌と即答した。
「せ、正解……」
まさか! いや、まぐれだよな?
「よし第二問、マルアンス合衆国の初代大統領は――」
「カムンフ=フジゴラム大統領!」
よしきたっ。
「――ですがー。そのカムンフ=フジゴラム大統領を暗殺した者の名を答えよ」
引っかかったな。これなら動揺して上手く記憶の引き出しを開けられないはず――。
「グロイキー=モツモツニです!」
「正解……」
そんな馬鹿な。こいつ、本当にこの書庫の蔵書半分を読破したというのか? いや、ありえるわけがない。こんな餓鬼にそんな所業を成し得ることなど、できるはずがない! よし、最後にとっておきの問題をくれてやる……。
「第三問、また、マルアンス合衆国では大統領の三選を禁じているが、唯一三選を果たした大統領の名前を答えよ!」
「はい、三選を果たした大統領の名は――」
さすがに答えられないだろう。なんたってこれは、お祖父様でも回答できなかった難易度S級の問題だから――。
「ブランコ=ベリーロールです!」
「正解……!」
か、完敗だぁ。
デューラーは深くため息をついた。
恐ろしい知識量だ。まるで歩く歴史書。ただ者ではない。
「デューラー様、もっと問題を出してください!」と正真正銘の賢者は無邪気に黄色い目を輝かせて出題を請う。
「いやあ無理だ、もう問題が思い浮かばない。ははは」
愚かな出題者はもう力なく笑うしかなかった。
「ところで、どうしてそんなに本を読むのが速いんだい? 何かコツとかでもあるの?」とデューラーはアルジーに質問する。
その問いに対してはアルジーは困惑した。どうやら質問の意図を理解できていないようだ。
「僕って、読むの速いですか?」
彼は本当に純粋な気持ちで首を傾げる。
「そりゃ速いよ! 私だったら、ここの半分を読むのに五年以上はかかる」
「え、わざわざ一つひとつの単語を辞書で調べながら読んでいるんですか?」
馬鹿にしてんのかこいつは!
デューラーはピキッときた。しかし、その怒りをなんとか制御し、精一杯の笑顔でこう言った。
「そうかそうか、アルジー君は元から読むのが速いんだね」
「そういうことかもしれませんね!」
とアルジーは白く柔らかい髪を揺らして返事した。
「そういえばデューラー様、僕がここに入ってきたとき、困ったような顔をされていましたが、何か見つからないものでもあるんですか?」と次は逆にアルジーがデューラーに尋ねる。
そう言われてデューラーはハッとした。
そうだ、すっかり忘れていた。私はある探し物をしていたところだったのだ。
「ああ、実はそうなんだよ。それらしい本を手にとって読んでみても、的を射たものが全くなくてね」
「それでしたら、僕がお手伝いしましょうか? まだ半分しかここの本について知りませんが、もしかしたら役立てるかもしれません!」
「本当かい? じゃあ、お願いしようかな」
「お任せください! それでは、何をお探しでしょう?」
依頼人はここで一呼吸置く。そして、極力小さく、低い声で答えた。
「闇の魔術についての本なんだ」
アルジー=リッツの名は、「幼い賢者」を意味する〈Little Sage〉のアナグラム――〈Algee litts〉に由来します。
その他の人名と国名は適当です。




