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対立する親子

 デューラーが昔話を語り終えたあと、ベッドの横になっているダリスは眉を下げてバツの悪そうな表情を浮かべていた。



「お父様、人間とはこのような生き物なのです」とデューラーは冷徹れいてつに言った。

「彼らは他人を傷付けるのに躊躇ちゅうちょすることなどありやしません。実に利己的で、想像力の欠けた不純物なのです」


 ダリスは窓の外を一瞥いちべつし、小さく唸る。どうも納得できない様子だ。

「しかしデューラーよ、その話は果たして事実なのか?」としゃがれた声でベッドの横に立つデューラーに尋ねる。


「ええ、本当のことです」

 デューラーははっきりと答えた。

「その歴史はお祖父様じいさまから初めて聞かされて知りました。その後、書庫に保管されている蔵書をいくつかあさっていたところ、詳しく記されている書物が数冊見つかりました」


 ダリスは天井を見つめて、デューラーの祖父――すなわち自分の父親を思い浮かべる。



 プリーダー=ノーフォフ、それが彼の名前である。



 彼は偉大な魔王であった。民衆を一切の混乱なくまとめあげ、強力な兵を次々と生み出し、数々の地を征服して人間達を圧倒していったことで名高い男。当時のほとんどの魔物達は全て彼に尊敬の眼差しを向けていたという。


 しかしそれは昔のことである。今となって彼は既に百歳を超えており、すっかり衰えてしまい、免疫も非常に弱くなり、この城のどこかでか細い息をしながら床に就いている。



「父さんが、か……」とダリスはつぶやき、目を細めた。

「だけど我はそこまで父さんのやり方が好きじゃないんだよなあ」


「まだそのようなことを仰るのですか」

 デューラーは低く迫力のある声を発した。

「いい加減に自分が魔王である以上しなければならないことを自覚してください。お父様はお祖父様のように人間を凌駕りょうがし、魔物達の先頭に立たなければならないのです」


「我はそうすることが正しいとは思わない」

 ダリスは瞳に炎を宿して言った。


「お父様はとんだ夢想家ですね!」と嘲笑ちょうしょう気味に瞳をギラつかせて大声で指摘した。そして投げ捨てるようにしてダリスにさっと背中を向ける。

「今日はもう遅いです。このことはまた別の機会にお話しましょう」


「何を言われても我の意志は変わらない」とダリスは岩のように重い調子で言った。


 デューラーは扉のノブに手をかける。

「私は一晩したらお父様の考えがお変わりになっていることを願っていますよ」と言い残して彼は無骨ぶこつに部屋を退出した。



 するとギップがダリスのベッドの傍へ駆け寄ってきた。

「ブヒッ」と力弱く鳴く。


「ああ、すまないなギップ。蚊帳かやの外にしてしまって」

とダリスは穏やかな口調でギップに語りかける。


「ブー」

 怒っている素振りを見せているのか、目を鋭くさせる。


「ああ、そうだな。デューラーも悪い奴じゃないからな」

 ダリスは優しい笑みを浮かべる。

「デューラーは自分の祖父を強固に尊敬しているだけなんだ。我と我の父は性格が正反対のような魔物だから、あいつは我に目くじらを立てるんだ」


 ギップは首を傾げる。何を言いたいのか分からない様子だ。


 ダリスは続ける。

「だけどあいつにだって良心はあるはずだ。根気強く説得していれば、もう一度人間と仲良く暮らせると納得させることができるに違いない」

 彼は瞳を輝かせる。

「なあ、そう思うだろう?」


「ブヒーッ!」

 ギップは大きく跳び上がった。どうやら賛成のようだ。


 ダリスは満面の笑みを浮かべた。

「そりゃよかった」

 自分の体をベッドに倒し、眠る姿勢になる。

「さて、今日はもう疲れたし、明日に備えて眠るとしようか」


「ブヒ」と立派な返事をした。そしてギップは寝床へ戻っていく。


 ダリスもすっかり体の力を抜いた。静かに目をつぶる。



 プリーダー=ノーフォフ。我は父さんのような魔物にはならない。



 我は魔物も人間も愛するつもりだ。かつては共に生活していたのならば、必ず再び絆を繋ぎ直すことができるはずだ。


 ダリスは胸に手を添えて誓った。自分が人間と魔物の架け橋になるということを。


 そして彼は深い深い夢の中へ落ちていった。



 *



 デューラーは父親の寝室から去ったあと、歯を僅かに噛み締めながら廊下を早歩きで移動していた。



 お父様のやり方ではこのノーフォフ城が駄目になってしまう。いずれか人間に滅ぼされてしまうに違いない。


 お父様はどうしてお祖父様の政策を踏襲しないのだ? お祖父様の導きはあれだけ私達にとって有益な結果をもたらしたというのに、なぜお父様はそれを見習わないのだ。


 やはりこの城はお父様に任せてなんかいられない。ここは私が裏に手を回して守っていかなければならない。


 デューラーは右手で拳を作ってそれを凝視した。


 なんとしてでも、人間を滅亡させてやる。


 たとえ、私が孤独となってしまっても……!



 一方でそのデューラーの様子を人知れず観察している者がいた。

 陽気な幽霊のフォスだ。


 フォスは姿を不可視状態にしながらカボチャ頭の顎に手を当てて悩み込む。


「いやあ、参ったなあ」と彼は誰にも聞こえないようにつぶやいた。こりゃまずいことになりかねないぞ。


 とりあえず、早いところで手を打っとこう。


 そうして何かの危機を察したフォスは黒のシルクハットと薄汚いタキシードと共に壁の中へ消えていった。

 プリーダーの名は、「失う」を意味する〈Perdre〉のアナグラム――〈Preder〉に由来します。

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