ノーフォフ城の日課
「なあ、デューラーよ。我らの行く道は果たして本当にこれであっているのであろうか」と大きな扉の前で赤いマントをまとった魔王ダリス=ノーフォフは重い声で呟いた。
「えっ?」
ダリスの後ろにつく魔王子デューラー=ノーフォフは眉をひそめる。
「いや、なんでもない」
*
ここはとある星の辺境。天空は暗黒に包まれ、雷鳴が至る所で爆発する。土壌は枯渇し、動物が骨となり転がる。そんな荒廃した地に、荘厳なる魔王城――ノーフォフ城は佇んでいた。
*
暗く広大な石造りの玉座の間に敷かれたレッドカーペット。その縁に沿って立ち並ぶ金管楽器を持った屈強な魔物兵士達。そして城を支える装飾が施されたいくつもの太い柱と松明。それらのある厳粛な空間は、静寂に包まれ、彼らは来るべきものを待っていた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
南に向かう重い扉が力強く開かれた。その瞬間、ずっと棒立ちをしていた、金管楽器を持った兵士達がファンファーレを奏で始める。
扉の奥は暗黒に染まっていた。やがて、そこから巨大な体の魔物が重厚な鎧を身に着け、赤い目を光らせながらこの空間に入ってくる。その顔は、鷹揚なる二本の角に、右目に深い傷、そして鋭い牙を持っていた。
そう、彼こそがこのノーフォフ城の頂点に立つ者――魔王ダリス=ノーフォフである。
そしてダリスが廊下の中央辺りまで歩み寄る。
すると突然彼は野太い叫び声を上げた! それと同時に兵士達の演奏は止み、皆は彼に視線を向ける。そこには床に尻餅をついている彼がいた。洋々たるマントの裾を踏み盛大に転けたのだ。
「何をなさっているのですか、お父様」とダリスの後ろについていた者が言った。
その者はダリスと同じように二本の角があり、鋭い牙、紅の目も持っている。ただその体は魔王より一回り小さく、容姿も端麗だ。
彼はダリスの息子――魔王子デューラー=ノーフォフである。
ダリスは重たげな体を起こし、デューラーを振り返る。
「余興だ。気にするな」
そう言って彼は再び歩き出す。
ズサーッ。
ダリスはまたも転けた。
デューラーは頭を抱えて、やれやれと首を振った。
*
玉座に座るダリスに、その傍でダリスのマントを持つデューラー。そしてその下に群がる魔物兵士や雑用達。
「諸君!」とダリスは立ち上がり、下の者達を呼びかける。
「貴様らの望むものは何だ!」
「魔王様の望むものです!」
群衆は声を揃えて答える。
「我の望むものとは何だ!」
「世界平和です!」
群衆は笑顔で応ずる。
「ちーがーうーだーろーっ!」
ダリスは両腕を上げて怒鳴った。
「このハゲーっ!」
魔王の辛辣な罵倒に群衆は静まり返る。
「我の望むもの、転じて我らの目指すべきものはただ一つ――」
ダリスは人差し指を一本天を指す。
「――世界征服だーっ!」
「おーっ!」「いいぞー!」「魔王様ー!」と群衆は熱烈な歓声を魔王に送る。
そんな光景を見てデューラーは思った。こんな同じやりとりを毎日繰り返して飽きないのだろうか、と。
それにしても――、と横から盛り上がっているダリスの表情を窺う。
先の言葉とこの僅かに不満気な表情。お父様は世界征服を善しと思っていないのか?
ダリス=ノーフォフの名は、「ハゲた馬鹿クソ」を意味する〈Bald Fool Shit〉のアナグラム――〈Dallis Bothof〉に由来します。
デューラーの名は、「殺人鬼」を意味する〈Murderer〉のアナグラム――〈Demurrer〉に由来します。