第1話:神の啓示
(目覚めるのだ、風の妖精ティンクよ。今、ここ世界樹に、苦しくも魔王軍に敗れし勇者の末裔が訪れる。
そのものに仕え、導き、今度こそ魔王軍を打ち破るのだ)
「……… あ、あなたは神様なのですか」
(我は神の僕、時空を司るクロノス。
風の精霊に愛されし者よ。世界に光を取り戻すのだ)
「………」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ここは、ティンクの住処でもある、天まで届きそうな巨木「世界樹」。
生命を司るその世界樹の木の葉の上で、お昼寝をしていたティンクは、今しがたとんでもない夢を見た。
勇者の末裔と共に魔王軍を打ち破る…
(これは神の啓示だわ…)
夢で語りかけてきたクロノスという者の姿は思い出せないが、その言葉には夢とは思えない妙なリアリティがあった。
ティンクは妖精学校を卒業後、何年もの間、たった一人でこの世界樹を守ってきたのだ。
(私がいなくなったらこの世界樹はどうなるの…)
そんなことを考えてるとき南の森から、銀色に輝く物体がものすごい速さでこっち向かってるきているのが見えた。
(ゆ、勇者様…?)
「やっほーティンク!久しぶりね。元気~?」
銀色の輝きを放つその物体は、勇者ではなく、同じ妖精学校の仲間、ウエンディだった。
「ウエンディ!久しぶりね。いったいどうしたの?」
世界樹の守護に就いて以来、妖精の来客は初めてだ。
「転勤よ、転勤。森の精霊様に世界樹の守護に就けって言われちゃってさぁ」
「ええ!?転勤?ウエンディが世界樹を守護するのですか?」
「そうよ、聞いてないの?ティンクもどっかに転勤じゃないのー?」
やはり。さっきのは夢じゃない。ティンクは確信した。
「…私は、勇者様と共に魔王軍を討伐するのです」
「は?…キャハハハハ!なにそれー?マジウケるんですけどー?」
「ウエンディ、笑うなんて不謹慎よ。私は神の啓示を受け、勇者様の末裔と共に魔王軍を打ち破るのです」
「マジ?」
「マジです」
「……… で、その勇者の末裔ってのはどこにいるのー?」
「今から現れるはずです。ウエンディ、世界樹を頼みましたよ」
「ティンク…」
妖精が勇者に仕え、魔王軍と戦う。これは妖精学校でも習った誰もが知っている伝説だ。
100年も前に、伝説の妖精シルフと勇者が、あと一歩のところで魔王との戦いに敗れたという物語だ。
ウエンディや大半の妖精は、これは架空の作り話と思っていた。また、ティンクも啓示をうけるまではその一人だった。
「シルフ様のように、立派にお役目果たしてみせるわ」
「本当なのね… わかったわティンク。妖精学校首席のあなたならきっと大丈夫よ。世界樹のことは私にまかせて。
ティンク… 私にできることがあったらなんでも言ってね」
「ありがとうウエンディ。 世界樹の守護者ウエンディに、風のご加護を…」
ガサ ガサ ゴソ… バキッ!
世界樹の下の森から、ものすごい音を放ちながらなにかが近づいてくる。
その男は、森の美しい木々を、なぎ倒しながらやってきた。
黄金に輝く伝説の「覇者の剣」、なにものも寄せ付けない青いオーラを放つ伝説の「覇者の盾」、首から足のつま先まで覆うその鉄壁の「覇者の鎧」。
伝説通りの格好をしている。間違いない、あれは勇者様だ。
ティンクは、騒然と現れた、今後、自分の主人になるであろう勇者様に、ご挨拶をすべく、大急ぎで世界樹を降りた。
「お待ちしておりました勇者様。私は風の妖精ティンクと申します。
ここに、命尽きるまで勇者様に仕え、かならずや魔王軍を打つことを誓い…」
ティンクが言い終える前に勇者は猛烈な勢いで食い気味に言い放った。
「お前か!クロノスのとかいうやつが言ってた導きの妖精というやつは!?」
「は、はい!風の妖精ティンクともうし…」
「おい!どうなってんだよ、あやうく森で迷子になって死ぬところだったぞ!案内役なんだろ?迎えにこいよ!」
「申し訳ございません。啓示では勇者様がここに現れると…」
「くそっ。なんなんだよこの森は…。おい、俺の家とか、くいもんとかどうなってんだ?」
「は、はい?」
「はい? じゃねーよ! あと金とかどうなってんだ? まさか文無しで魔王倒せとか言うんじゃないだろうな!?あん?」
「わ、我々妖精は、人間界の通貨は持ち合わせて無いので…」
「くそがっ。ニートだからって馬鹿にしてんじゃねーぞ!こう見えても俺は一流トレーダーで、株で1時間で何百万も稼いだことあるんだぞ… ブツブツブツ…」
伝説の防具を身にまとった勇者様は、それはもうカリカリしていらっしゃいました。