外の世界
「…というわけだ」
LJは少年にこれまでの経緯を話した
住んでいたホームはパラサイトに襲われ壊滅したこと、アサギとLJに救出された自分以外は死んでいた事、何故か自分は死んでもいないし、感染もしていなかった事・・・。
全てを聞かされたが不思議と涙は出なかった。
「泣かないんだな」
椅子に座り、机に足を置きながら煙草を吸っていたアサギが少年の方を見て意外そうな顔をしている。
「気が付いたらあそこで暮らしていて・・・ただ働かされて・・・何も知りませんでしたから、住んでた人達の事」
「ふーん、ダウンチルドレンって奴か。ってことは名前もないのか?」
ダウンチルドレンとは、感染が始まり人々が地下で隠れて暮らし始めてから生まれた子供たちを総称する言葉であり、親元が無いため過酷な労働をさせられている子供たちの事であった。アサギの言った通り、名前すらない子供が大半だった。
「そうか・・・」
LJは深刻そうな顔をし、少年の方を見つめた。
「お前、行く当てはあるのか?」
「いえ・・・どこにもありません」
「そうか・・・」
LJは腕を組みしばらく考えると何かを閃いたのか、にこやかな笑顔を見せた。
「なら俺達と行動するか」
あまりに突拍子の無い話に少年は驚きを隠せなかった。隣に座っていたアサギは余りの驚きに咥えていた煙草を服の上に落とし、椅子から転げ落ちた。
「おい!正気かよ!」
すぐさま飛び起き机をドンと叩いた。
「こんなガキ入れたって役に立たないだろ!」
少年を指さしLJの顔と少年の顔を交互に見ている。少年は少しムッとしたが、この荒廃した世界においてこの反応は普通のことだ。
「お前何歳だよ!?」
「14です」
「ほら見ろ!!」
何がほら見ろなのかはわからないが、アサギはとにかく混乱している様子だった。
「落ち着けよ、若い奴の方が伸びしろがあるだろ?それに14の子供を今から外に放り出すのか?」
「それは・・・そうだけど・・・」
「じゃあ、決まりだな」
黙ってしまったアサギをそのまま押し込むようにLJが決議を下す。
「名前は・・・そうだなぁ・・・よしっ!第Rセクションにいたからアルだ。
よろしくなアル。その代りしっかり働いてもらうぞ」
「はぁ」
少年はただただ困惑することしかできなかった。突然救われて、住処までもらってしまった。おまけに名前まで・・・
「まじかよ・・・」
困惑しているのは自分だけではないようだ。アサギも頭を抱えている。
だが、この世界で生き残るためには柔軟な切り替えが必要だ。
「とりあえず寝床はあの部屋を使え。明日からみっちり働いてもらうからな!」
「できることならなんでもやります!よろしくお願いします!」
アルは深々と頭を下げ、ニッコリと笑うLJと机に突っ伏しているアサギに礼を言った。
質素な毛布に包まりながら、アルは感無量な思いでいた。こんなに落ち着いて寝れるのはいつぶりだろうか。ほんの数時間で人生がこんなに変わるとは思ってもいなかった。
ここで生きていくためには自分の存在する価値を証明していく必要がある。
そう・・・これは神様がくれたチャンスなのかもしれない。
明日への気力をみなぎらせ、アルは深い眠りについた。
「よし、これでいいだろう。不格好だが無いよりはずっといい」
アルに装備をほどこしながらLJが満足そうに言った。全身を布で覆い、特に鼻と口には花粉が入らないようにしっかりとフェイスマスクで覆った。
これにゴーグルを装着すれば十分にパラサイト花粉対策になる。ある意味この姿は外の世界へ行くのに必須な恰好であった。
ゴーグルの大きさが合わずLJの言う通り見た目は少々おかしいが全身の装備が整った。
「なんで私がこいつの教育係なんだ・・・」
装備を整えながら隣でアサギが装備を整えている。文句を垂れているがその手際は非常に素早い。
「まあ、ああは言っているがアサギの腕は一流だ。外の世界に出るのは初めだろ?しっかり学んで来いよ」
「はい!」
「ったく、返事だけは一人前だな」
そう言いながらアサギは床に置いてある木の箱から大型のライフルを取り出した。
「お前、銃を使ったことは?」
「いえ、ないです」
「ならこいつを持て」
アサギがアルにハンドガンと呼ばれる種類の小さな銃を放り投げた。
あわててキャッチするが、想像以上の重さに少し驚いた。持っている大人は見たことがあるが、まさか自分が持つとは思いもしていなかった。
「そいつは腰のホルスターに入れておけ。いざという時以外は使うなよ。弾は限られているからな」
アサギは素っ気なくそういうとスナイパーライフルを持ち、ゴーグルをしっかりと装着した。
「いくぞ、奴らは音に敏感だから静かにしとけよ」
どうやらここは地下だったらしい。梯子を上るアサギについていく。自分でも自然と心拍数が上がっていくのがわかった。今まで一度も見たことなかった外の世界がどんなものなのか興味が止まらない。
たとえそれが残酷な世界でも。
アサギの足が止まった。どうやら扉を開けているらしい。アサギが梯子を登り終わるのを待ってからアルは素早く梯子を登った。
「ここが外の世界・・・?」
「ここはビルの中だ。5階まで登るぞ」
椅子や机が散乱している部屋を出て、階段を登る。扉の所々に椅子や机を重られ、バリケードが作られていた。
「このバリケードは・・・?」
「黙ってついて来い」
アサギのイラついた声が布越しに聞こえてきた。今は黙ってついていこう。
薄暗い中、階段を何分か登ると5Fと書かれた壁が現れた。どうやらここが最上階らしい。
「いくぞ」
アサギが簡素な扉を開けると、鋭い日差しがアルの目に突き刺さった。
しばらくして目を開けると風がアルの横を通り過ぎていった。
朽ちたビルに生い茂る緑の木々が風にそよぎ、自然が形成されている。
街は、緑に囲まれていた。
始めてみる景色にアルは声を奪われる。
美しいような、切ないような、なんとも言えない気持ちだった。
「これが・・・外の世界・・・」
「さぁ、始めるぞ」
アサギはそう言うと背負っていたライフルをおろし、弾を込め始めた。