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ep06.危険な一輪の花!!

 金曜日。

 一週間の学校生活の疲れが、どっと押し寄せるその日の休み時間。

 次の授業さえ終われば、昼休みが訪れれば小休止できる。

 そんな時間に、廊下でバッタリとクラスメイトの女子と対峙する。

 ぶっちゃけると、邂逅してもあまり喜ばしい人物ではなかった。

 ただでさえ、規則正しい学校生活についていかない軟弱な肉体を早く教室へと入って癒したいというのに、相手と俺はほとんどファーストコンタクト。全く会話を交わした経験がないというわけでも、軽快に会話を繰り広げられるわけでもない。

 そんな微妙な関係。

 気を遣ってこちらから話しかけた方がいいのか。それとも、無難に目線をゆっくりと引き剥がして、あちらの存在に気がつなかったフリをするのか。

 どうしたものかと思案していると、 

「……あっ、九王さん」

 あちらから声をかけてきた。

 あちゃー、と手で顔を覆ってみるが、どんどん近づいてくる。今更別人です! といった芝居をしても、きっと無駄だ。

 クラスの……しかも女子となると、名前と顔が一致しないことの方が多い。……が、彼女の名前はフルネームでなんとかそらんじることができる。

 ……確か。

 彼女の名前は、蛇沼幸子……だったはずだ。

 そこまで接していないのにも関わらず、見た目との猛烈なギャップの苗字で、鮮明に脳裏に焼きついていた。

 佇まいは、まるで一輪の花。

 可憐さを伴っている顔をしていて、背筋がピンと花の茎のように伸びているせいか、凛とした存在感を放っている。おしとやかで、歩き方一つをとっても他の同級生とはまるで違う。

 どこか、体全体から高貴な気品さを感じる。

 茶道部に所属していて、蛇沼さんは部活動の際中に着物を纏っているのだが、完全に着こなせていた。正座をしながら畳に正座して、お茶を飲む仕草には無駄が一切なく、見ているこっちが緊張してしまった経験がある。

 あまりにも華麗な彼女は、大和撫子そのものだった。切り揃えている髪は清廉としていて、どこか人形めいている。

 そんな蛇沼さんだったが、何やら冊子の束を抱えていた。

「それ、どうしたんだ?」

「次の授業で使うからって、先生に頼まれて……。少し重いんだけど、たまたま職員室の近くを通りかかったら、日直でもないのに渡されたんだよね」

「……へー、そうなんだ。九十九先生ってそういうところあるもんな。なんか……ちょっと変わったところあるし」

「そうよね。奔放で、豪快で。悪く言えば、適当で無計画な先生だから……」

 当たり障りのない牽制球のような言葉の応酬。

 そして、その後にじんわりと拡散するのは、

「………………」

「………………」

 無限大の気まずさ。

 二人とも押し黙りながら、視線を宙に漂わせる。

 お互いが会話の糸口を探っているようだ。

 挙動不審っぷりが、ユニゾンしていたが、それでどうにかなる訳もない。ここで、あっ、じゃあ! また教室で! なんて言って別れたら、確実に気まずい。

 だが、話しかける種になりそうなものが、目に留まった。さっきから気になっていた、胸の高さまで積まれた冊子。女子一人で運ぶには中々重そうなので、運ぶ手助けぐらいやってみせようかと思う。

 なにより、蛇沼さんは愛澄霧夜の友人の一人で。ガールズトークという名の告げ口で、後からどんな激が飛んでくるか予測できない。

「それ、持とうか?」

「えっ、いいの?」

 と、意外そうに蛇沼さん。

 そうは言うが、そうでもしないと何だか悪いだろ、これは……。

 俺は冊子の束を、未だに当惑し続けている蛇沼さんは「じゃ、じゃあ、せっかくだから持ってもらおうかな」とか言いながらスッと渡してくる。幾ばくかの逡巡もなかったのだが、気になる。まるでそう言われるのを待ち構えていたようだった。

 でもそれは、半分ずつではなく、蛇沼さんが持っていたもの全てだった。

 特に異論があるわけでもない。俺から申し出たことだから文句なんて言えないが、これはどうなんだろう。どさくさに紛れて、蛇沼さんが楽をするような塩梅になったのでは……。

 ……ん?

 ……あれ、は?

 受け取った時にチラリと視界に入った、その――蛇沼さんの腕には、

 

 包帯がグルグルに巻かれていた。

 

 かなりの重傷なのか、厳重に捲かれた包帯は嫌でも目立つ。なにより、これみよがしに見せつけているのなら。それも、こちらの自意識過剰なのかも知れないが、どうにもチラつかせているかのように、ちょっと揺らしている視認できる。

 だけど、わざとじゃないとしたら、その傷のせいで持つのが困難だっただけということになる。そっか。本当に重すぎたのか。そうだとしたら、さっきまでの俺の考えは最悪そのものだった。

 ……あ、と蛇沼さんがバツの悪そうな顔で、こちらを見やる。

「……やっぱり、気になる? これ?」

「そんなこと、ない……けど」

「そっか……そんなに……知りたいんだね」

 いや、だから言わなくていいって言ってるのに……。

 意外に、この人グイグイくるな……。

 本心で知りたくないのに。

 その包帯が何を意味するのか。気になるか、ならないかと言えば、かなり気になる。なるのだが、どうにも蛇沼さんの表情が暗澹に曇っている。ちょっとやそっと打ち解けた関係であっても、触れてはいけないような部類のものに違いない。

 あれだ。

 家庭内の、DVのようなものなのではないかと疑うくらい、深刻そうだ。もしくは、学校内による、女子同士の陰険で発展途上のイジメみたいなもの。

 そうだとしたら、かなーり、反応に困る。

 うん、そうだね、としか俺は言えない。

 完全無欠に慰めることなどできない。

 不幸自慢をされて、「気持ちわかるよ」とドン引きしながら、こちらが一応気を遣ったとしても、「あなたに私の何が分かるの?」とか逆切れされそうだ。適当に、サラリと流したら、今度は「あー、私の話聞いてないんだ」と詰られる。

 つまりは、正解などない。

 そういうところが女子はあるよな、と姉ちゃんのいる身としては常々感じることだ。

 女子というやつは、あまりに理不尽でお手上げだ。

 そうなった場合、こちらが批難されるのは不可避。ブレーキの壊れた、事故すると分かっている自転車に乗って、坂道を下るのと同義だ。

 だから、俺は満身創痍になる覚悟を決めるしかない。

 ……とまあ、こうして思考をマイナス方面に張り巡らせることによって、俺はいつだって可能な限り最上級の予防線を張っている。

 そうすれば、心の摩耗は最小限に抑えられるから。

 だが、蛇沼さんはそんな俺の覚悟を揺さぶる、波紋の一言を投げかけてくる。


「これ、『組織』につけられた傷……なんだ……」


 そ、想像の斜め上だああああ。怖い、怖い。マジ怖い。「え、何だって?」と難聴スキルを駆使して、記憶から抹消したいレベルの破壊力だった。

 こ、こいつあぶねええ。

 ここは何の変哲もない学校。特筆することもない、不良なんて論外の、平和ボケしているあまりに平凡な高校。

 その廊下。

 なのに、簡単に不穏な言葉を軽々しく口走るとか、危な過ぎる。

 っていうか、名誉の勲章とばかりに、ちょっと誇らしげに言ってるのが若干腹立つんだが。

「そ、『組織』っていうのは?」

「これは、国レベルの機密事項なの。だから……教えることできないんだ。……ごめんね」

 ……じゃあ、わざわざ言わなくても良かったんじゃないのかな?

 物凄く胡散臭い。

 だけど、蛇沼さんがここで虚偽の言葉を紡ぐだけの理屈も説明できない。

「信じて……くれないんだね」

「いや、だって。いきなり、そんなこと言われても」

 ねぇ? 

 と、心の中にいる誰かに問いかけてみるが、回答してくれるもう一人の自分などいるわけもない……。ジキルとハイドとまでは言わないが、二重人格であったなら良かったのに……。そうすれば、一人は俺と一緒になって悩んでくれるのに……。

 誰か助けて欲しいよ、この状況。

「信じて……くれないんだ。なんで、みんな私のこと信じてくれないのかな。ははは、そうだよね。私なんて生きててもゴミクズ以下の価値しかないもんね。あっ、ゴミクズなんて言ったらゴミクズに失礼かな。ほんと、私ってクソだよね……」

 助けて欲しいんですけど、えっ? まじで助けてほしんですけど。

 蛇沼さんは、ガチガチと冷凍庫にいるかのように、歯を噛み合わせている。その歯で挟み込んでいるのは――爪。あまりにも強く歯噛みし過ぎて、天然のマニュキュアなのかのように、指からは血がたらり。よくよく凝視すると、爪がギザギザに尖っていて数度傷つけていることが分かる。

 これ、あれだ。

 完全にホラーです。

 人形めいた人だと思っていたけれど、これじゃあ和風の呪われた人形を彷彿させる。

『ちょっとした旅行も兼ねて雪山登山していたら遭難。すると、年季が入っている無人の元旅館だった場所に辿り着く。入口は破損していたが、もう夜も更けてきたし、今夜はここで泊まるしかない。

 その客室にあったのは、一体の人形。

 古ぼけて、埃を被っていて、蜘蛛の巣すら張っているのに、その人形だけ妙に小奇麗。まるで新品のような人形。猛烈な違和感だが、睡眠の衝動には逆らえずに泥のように就寝。だが、目蓋を閉じて数時間も経っていない内に、ガサゴソと物音がする。

 人なんて、いないはずなのに。

 恐怖に戦慄しながら、重苦しい頭を起こすと、闇夜の中で蠢いていたのは人形だった! っていうオチ』

 ……という、昔姉ちゃんと一緒に見た映画並みに、今の蛇沼さんは怖い。これは、話を合わせておかないと包丁で刺されそうなので、目蓋を冗談みたいない瞬かせながら、

「し、し、し、信じるよ、勿論。蛇沼さんのこと」

「あっはは。ほんとにー?」

 えええええ? なおさら怖いんですけどおおお。

 さっきまで髪を振り乱しそうなぐらい狼狽えていたのに、今度は一転して天真爛漫な女の子の振る舞い方。

 そのあまりのギャップの高低差に、頭がキーンとしてきた。

 というか、国レベルの機密事項って、それを知った俺って身の安全が保障されないんじゃないのか。

 秘密を知った人間は、命を狙われるとかそういう展開にはなり得ないのか。

 そんな心配の感情が伝播したのか、タイミングよく「あっ、」と蛇沼は声を上げる。

 ……が、それだけ。

 フルフルと、怯えた小鹿のように首を振る。そして、「もう、手遅れだね」と、重病を告げる医者みたいな不吉な言葉を小声で独りごちる。

 手遅、れ? ……手遅れって、もうブラックリストに載ってしまったのだだろうか。『組織』とやらに目をつけられ、もう俺の平穏な日常は粉々に破砕されてしまったのか。

 黒ずくめの男たちが、学校の下校時に突如出現。そのまま何かを嗅がさされた俺は意識が混濁し、そのまま停車していた車の中に入れられ、どこかに運ばれる。そしてコンクリート詰めにされた後は、海の底に沈まれる。地方新聞には、『海から引き上げられた謎の変死体』という見出しとともに、小さく取り上げられる。

 そんなリアルな情景が稲光とともにフラシュバックする。

 ちょ、どう責任とってくれるつもりだ、この人……。

「このことは他言無用でお願いね。このことを知ったら、私の歩んでいる修羅の道を、私の秘密を知ってしまった人間にも歩かせることになるから……」

 うん。

 憂い顔でなにやらシリアスっぽく言ってるみたいだけれど、普通に機密事項垂れ流ししているよね。廊下を歩いている生徒たちには、情報漏えいしているだろうね。

 もしも語りの全てが真実だとしたら、どんどん被害は拡大していく。噂というものには、学校中に一気に伝播するものだ。SNSが発達した現代では、箝口令を敷くことなどできない。ネット世界に必ず情報というものが残るのだ。

 つまりは、瞬く間にこの学校は血みどろの戦場になることになる。墓石業者が儲かって、不景気がちょっと解消されるかもしれない。

 まるで、爆撃機。

 蛇沼さんの一言で、無作為に犠牲の範囲を広げていく。遥かなる上空から爆弾を投下しているから、爆発している人間たちには無頓着。

 罪の意識なく蹂躙する者。

 それは確かに修羅を歩んでいる人間と言ってもいい。

 幸子……恐ろしい子。


 ……まっ、そんなわけないか。

 きっと、ライカが以前患っていた中二病なものと同種類。派生したようなものだ、きっと。蛇沼さんもきっと高校生活で何か大きな悩みがあるに違いない。

 そうだ、もうこのことについては深く考えないことにしよう。ぶっちゃけどうでもいいから、耳を塞いで聞かなかったことにしよう。臭いものには蓋の原理だ。ちなみに臭いものとは、蛇沼さんのことだ。

 しょうもうない話ばかりで、得るものなどなかったように思えるが、重要な事が一つ分かっただけでもよかった。

 それは、この人と関わるのは、今後極力避けなければならないってことだった。

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