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ep05.恋してる乙女!!

視点変更。

「また……やっちゃった」

 ボフン、とベッドの枕に顔を押し付ける。これなら音が漏れないからと、ウゥと、愛澄霧夜は存分に呻く。胸中を占めていたのは、後悔の数々。

 ここは自室。

 始業式だけの学校が終わって、家に帰って即行で風呂に入ったその上がり。汗臭いのが我慢できなくて、一日二回、朝と夜入ってもいいぐらいの風呂好きだ。そもそも水泳部に所属しているから、水に浸かるという行為そのものが好きなのかも。

 今日は、新学期初日ということもあり、水泳部の活動はなかったのが残念だ。こんな時は頭を空っぽにできる水泳ができればなによりよかったのに。

 こうして脱力しきっているのは、罵声を唱えてしまった過去の自分を悔いているからに違いない。

 いつも、そうなんだ。

 頭で考えていることと、実際に口から発せられる言葉が連動されていない。意地悪な言葉しか出てこなくて、いつも嫌われてしまう。……それも、一番嫌われたくない相手に、余計なことを最もぶつけてしまう。

 どうしてなのかな。

 どうせなら、胡桃来鹿のようであれば、嫌われないで済んだのに。

 だけど霧夜は、胡桃来鹿のように可愛らしい女の子には絶対になれない。あんな風に、愛嬌のある性格になれれば、素直に行動することができれば、どんなにいいか。

「でも、あいつだって……」

 事あるごとに、胡桃来鹿とかいう後輩とイチャイチャしている様子を見せつける。それが我慢ならなくて、ついつい言葉尻が激しいものになる。だから、あいつにだって非の一端は担っているのだ。

 あっちが寄り添ってくるから、という態でいるが、それも苦しい言い訳に過ぎない。慕ってくる年下の女の子を見ながら、顔は気持ち悪くニヤついているのは傍から見れば丸分かりだ。疑念など入り込む余地なんてない。

 あいつが――九王がデレデレしている姿にも腹立たしさを覚えるが、何より胡桃来鹿という女の子。あの子は九王とは一体どんな関係なのかが気になってしかたない。

 彼氏彼女であるかのように、ずっとくっついている。でも、付き合っているという噂は聞いたことがない。

 関係性については曖昧。

 だけど、このまま不透明であったほうがいい。

 知らない方が幸せだということはある。

 後頭部を、ガツーンと殴打されるみたいな衝撃を受けたくない。血が吹き出して、そのまま再起不能になって倒れ附したくない。涙で枕を濡らして、そのままベッドに寝転がり続けるようなことになりたくない。

「あーあ、どうすればいいんだろ。このままで……ほんとうにいいのかな」

 おもむろに仰向けになると、コツンと肘の辺りに何かが当たる。

 何かな、と持ち上げると、それはライトノベルだった。

 部屋のほとんどはプチ図書館のように本で溢れかえっているが、五割以上はライトノベルだ。しかも、ジャンルのほとんどはラブコメ。少女漫画も多少は読むことはあるが、ライトノベルの男目線の恋愛が面白くてそっちの方が好みだ。

「はあ……」

 パラパラと、寝たまま行儀悪くラノベを捲る。風が吹いているかのように、流し読みする。あまりにも読みすぎて、大まかな話の内容は頭に入っている。ブックカバーは、いつも手で持つところが擦り切れている。

 それほどまでに読み込んでいるせいか。

 この部屋の有様と同様に、どっぷりと頭の底まで恋愛に浸っている。どうしてここまでラブコメのラノベにはまっているかというと、きっと――。

 ――怖い、のだ。

 今の現状で満足している自分がいる。

 だって、リアルは、ラノベのようにはできていない。ご都合主義な、ハッピーエンドなんてない。ラノベではよくあるハーレムエンドなんてもっての外だ。

 登場人物全員が納得する円満終了の道なんて、どうやっても導き出されることはない。

 そんな理想なんてこの世にはないって、痛感してしまったからラノベを読むことで満足してしまっている。ああ、ここならば自分は傷つかないで済むって安堵してしまっている。二次元という世界に逃げ込めば、何も考えなくていい。

「……だけど、」

 ラノベにだって教えられることがある。

 どうしようもない、普遍的な真実の刃で突き刺されることもある。

 それは、自分から行動しなければ何も掴めないってこと。

 ラノベの主人公。

 つまり男は自分から行動しない人間ばかりが多い。特に何もしなくても、勝手にモテる。ちょっと気の利いたことを言えば、何故か異性が甘い蜜に群がってくるみたいに寄ってくる。そんなのありえない。大体パッとしない男に複数人が惚れるようなことが多い。でも、そんなのは問題じゃない。

 そんなハーレムもののラブコメの女の子は、大概は自発的だということが突きつけられた事実。大人しめの子だって、主人公に振り向いて欲しいがためににじり寄る。

 凄いな、って思う。

 どうして、そこまで自身の思うがままに進めるんだろうか。

 無理、自分には無理だ。

 やれやれ、とか言いながら、難聴系主人公とかは闘牛士を躱すかのように、ヒロインをのらりくらりと流している。

 それは相手にされていないってこと。

 恋愛対象として見られていないって現に言っていることなのに、どうしてそこまで恋にひたむきになれるのだろうか。あんなに何回も受け流されたりしたら、他の男に目移りしてもおかしくない。もしくは、恋そのものに希望を見いだせなくなりそうだ。

 それなのに。

 どうして、なんでもない、みたいな顔をして、どうして主人公の前に立っていられるのだろうか。

 愛澄は、どうしても表情に出てしまう。演技とかいうものができない。

 相手のことを思いやりたいのに、失言をズバズバと連発してしまう。裏表がないと言えば聞こえはいいけれど、それは災害のようなもの。

 当たり散らして、近くにいる人間を巻き込む。負傷させてしまう。

 そんな自分が、大嫌いなのだ。

 嫌いで、嫌いで、本当に嫌いすぎて。

 そんな人間が、誰かを好きになれるはずもない。

「あー、あ。どうしたら、『好き』って言えるのかな……」


「ラブコメしてんねー、霧夜」


「ウワ――――!!」

 雄叫びじみた悲鳴を上げると、持っていたラノベを放り投げる。

 乙女とは思えない、野太い声。

 ドン、と本は天井に勢いよくぶつかり、蝶が羽開くみたいにバサァッとその身を広げる。そのまま飛んでいった! なんてことにはならず、哀れ重力に負けて急転直下。真上に投げたそれは、当たり前のように鼻先に落下。ゴッ、と角が激突すると、目から火花が散る。

 ちょっとした惨事になってしまった。その要因となった人間は、まるで人ごとのように、

「……何やってんの?」

「そっちこそ、ノックぐらいしてから入んなさいよ!」

 闖入者は眼を点にする。

 ……こっちが驚愕すべき時なのに。

 ラフな格好をしてドアに体重を預けているのは、姉である朝霞だった。

 下着同然で家の中を歩き回るのはみっともないから、その癖を直して欲しい。いくらこの家に今は男がいないからといって、無防備過ぎる格好。自分の実の姉妹だからこそ、なんだか見てられないのだ。

「ノックしたけど、あんたが気がつかなかったんしょー? そしたら、開けてビックリ。妹の顔が青ざめたり赤くなったり、面白いから放っておいたんだけどね。……やっぱ、ここはからかってやるのが一番かなって」

 悪びれなく言ってくる。

 横柄で、自己中心的。性格の悪さは姉譲りといったところだろうか。

「……悩んだって解決しないことなら、やってみるしかないんじゃないの? いつまでも、うじうじしていたって、いいことなんて一つもないんだから」

「そんなの……分かってるわよ」

 それができれば苦労しない。できないからこうやって、物思いにふけるしかできないのだ。姉のように、こちらは単純な頭の構造ではない。

「んー。じゃあさ、誰かに協力を仰いでみれば? 自分ひとりで堂々巡りしてたって時間の無駄でしょ? 人生の先駆者として言っとくけど、高校生活なんて光陰矢の如しよ。ラブコメらしいラブコメなんて今しかできないの。ラブコメはね、周りが引くぐらいガツガツやるぐらいが丁度いいんだから」

「ガツガツね……」

 他人事のように言ってくれる。まあ、本当に他人なのだけど。

 上からの物言いに聴こえて、ウザイとは思うが、朝霞の言うことにも一理ある。だけど、ガツガツいきにくい理由が二つある。

 女子同士が恋愛話になると、誰が好きなのかを知るために牽制し合う。表面的には笑顔のままで、水面下では腹の探り合い。それが猛烈に嫌なのが一つ。

 顔の整っている磯風クンと話した後に、「ええ、なになに? 霧夜さんってあいつのこと好きなのー?」と訊かれた時があった。

 思い焦がれているのはそちらのはずなのに、そう言われてしまうとたじろいでしまう。詰め寄ってきているのに、口調の軽さが余計に怖かったりするのだ。あの時は肝を冷やした。それでも、全く喋らないというわけにもいけないので、話していく内に、最近では少しずつ会話が多くなっている気がした。

 そして、嫉妬に駆られた女子が、ネチネチと「すごーい、霧夜さん。どうしてそんなに仲良くできるの? 私、男子に媚びることできないから、教えて欲しい」とか言ってこられたことがあった。

 相手が『クズ王』だったらならば、一蹴。

 暴力に訴えかけることができるが、女子の間では一切通用しない。そういう相手が一学期の頃にいたので、そういう人たちとは関係を断ち切った。そもそも、女子の癖に、いつも女子と話が合わないのだ。今、仲良くしている二人のクラスメイトは最高だけど、どこか一般女子とはズレている節がある。類は友を呼ぶというやつか。

 ともかくそういう経験があったから、どこか恋に臆病になってしまっていた。だが、その問題は周りの人間関係の一新で解消できた。だが、もう一つの恋愛できない理由の問題は深刻。根元にある恋愛恐怖症は拭いされない。それは、トラウマという名の刺。心に突き刺さったまま、抜くことは叶わない。

「…………そうだ」

 ふん、と気合の鼻息は噴射する。

 よりにもよって朝霞の提案に乗るのはしゃくにさわるが、こうなったらフルに高校生であるという特権を使ってやる。確か、あれについての話し合いはもうすぐだったはずだ。先生が夏休み前にHRで言っていた気がする。

 自分一人じゃ難しいから、協力してくれそうな友達にも相談しよう。事情を細かく話すのは憚かられるが、曖昧でもきっと、こちらの真剣さはわかってくれるはずだ。

「やってやるわよ。ガツガツ、と」

「ふーん。それじゃあ九王クンとくっつけるように頑張ってね。あの子が弟になってくれると、私も嬉しいし」

「なっ! そ、そんなんじゃないわよ!」

 ぶん、と狼狽しながら枕を投げるが、こっちの行動パターンを予測していたのか逃げ足が早い。閉じきったドアにぶつかり、枕はそのへんに転がる。

 そして、部屋には空白が充満する。重力の比重が大きくなったかのように、体が重くなり、またベッド上で猫のように寝転がる。

「………………」

 そんなんじゃない……はずだ。いや、というより、そんなことにならない。きっと事態が好転することがないまま、停滞し続けるだけだ。

 だって――。

 なぜなら――。


 一年前に――もう失恋してしまったのだから。

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