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ep21.決断と選択!!

 ライカは、誰もいない、一人になれる所に行きたかった。

 公共の場で落涙することはなかったが、引き締めている口元から嗚咽が漏れそうになっていた。鬱血するぐらいに、唇の内側を歯噛みする。心に受けている激痛と比較すれば、痛さなんて感じなかった。

 まともに思考できない状態で、足取りがおぼつかないまま、立っていたのは体育館裏だった。どうしてこんなところに来たのだろうか。そこには誰もいなかった。あまりにも虚しい光景。全ては手遅れで、どうなったのかさえ分からない。

 こうなることは分かりきっていたのに、どうして女子トイレに籠ることを選ばなかったのか。放課後ならば、そこまで人は入ってこない。密室で思う存分泣き腫らせば良かったのに、わざわざ自らの足でここまできた。

 期待していたのかもしれない。先輩が愛澄先輩に振られて、傷心状態になっているところにつけ込むとか、そんな打算。もしもそうだったら、どこまで愚劣な人間なんだろうと思う。

「あれ? 胡桃ちゃん。どうしたの?」

「……磯風先輩、ですか」

 ガサガサと茂みを掻き分けるようにして、磯風先輩は出てくる。飄々としていながら、心の奥底の思惑が見えないのが難点。だが、不思議と嫌いにはなれなかった。

 磯風先輩はいつも誰かに囲まれている。

 楽しそうにみんなの輪の中にいながら談笑していて、悩みなんて塵芥もないように見える。それはきっと、内側にいる人間なら顕著に見えることだろう。だけど、輪の外側にいるライカだからこそ、見えてしまうものがある。

 磯風先輩は、フッと目の光を絶やすことが多々ある。他の人たちが話していて自分が話す出番がないその時に、急に真顔になる。内側にいる人たちは、そんな磯風先輩のことに気がつかないで、自分たちの話に夢中になっている。気がつかないでいる。

 そんな磯風先輩の顔を見ることがないまま、自らを友達だと思い込んでいる内側の人たち。そんな理解者のいない可哀想な磯風先輩が、まるでどこかの誰かさんのように思えて、どうしても疎ましく思うことはできなかった。

「どうしたもこうしたも……私にも分からないんですよ、どうしてこんなところにいるのか。でも、磯風先輩がここにいてちょうど良かったです。告白……どうなったんですか?」

 声が震えずに質問できたのは僥倖か。

「さあね。俺の告白はなかったことになったけど、愛澄ちゃんを追いかけていった九王は、告白したかもしれないね。まあ、見てないから確証はないけど、どうせまともに告白はできなかっただろうから安心していいと思うけど」

「どうして、そんなことが言えるんですか?」

「だって、あの二人だよ? どっちも奥手で、長年伝えることができなかったのに、いきなり言えるわけないじゃん。ここに帰ってこないってことは、精々一緒に家に帰ったぐらいでしょ。きっと手も繋がずにね」

「……確かに、それは言えてるかも知れないですね」

 容易に想像でき、苦笑を禁じえない。

 それにしても、ここまで二人に理解力のある磯風先輩が、この事態を全く予期できなかったのだろうか。幾分かはこうなると予想できていたのなら、少しばかり詰問してみたいことがある。

「訊いてみたことがあったんですけど、どうして愛澄先輩に告白したんですか?」

「だって、どう考えたって愛澄ちゃんは俺に脈なんてないでしょ。だからだよ」

「……? どういうことですか?」

「もしも今回俺が告白しなかったら、きっと愛澄ちゃんの中で俺の存在は『いい人』で終わってたと思うんだよね。たまに喋って、楽しいけど、ただのクラスメイトでそれ以上でもそれ以下でもない、そんな奴。愛澄ちゃんは一人の男は見えてても、周りが見えてなくよね。あいつと恋のライバルにすらなれない、鞘当てもできない俺ってどうよ? って思わない?」

 想いが叶わない。

 いつまでも届かない手を、必死で伸ばすのはとても辛いことだ。だけど、それすらできない。相手から恋愛対象としてすら見られない苦しみは、人一倍ライカは分かってしまった。

「どうせだったらさ、候補ぐらいにはなりたいわけじゃん。『この恋が報われなくても、俺はその子が幸せなら身を引いても構わない』……なんて風には俺には絶対に思えない。どうせだったら足掻きたいじゃん。みっともなくたっていい。友達の気持ちを全て理解できていながら、気がついてない振りをしてたんだ俺は。そんな俺は、他人から卑怯だと罵られてもいい。……それでも俺は、どんな手段を使っても好きな人と結ばれたいんだ」

 どんな手段を使っても。

 それは、ライカだって想っていたことだ。先輩が自分のことを迷惑がっていることが分かっていながらも、外堀を埋めようとしていた。傍に居座り続け、付き合っているという既成事実を作ろうとさえ思っていた。

 それは、とても姑息なことだ。

「ゆっくりと、着実に。自分の好きな人が、誰かと心通わせて付き合う過程を、何もせずに眺める。そうして、できることがあるのに、何もしないのは俺にとって妥協なんだよねー」

「だけど、そのせいで愛澄先輩は悩んだんじゃないんですか? 好きな人が傷つくかもしれないのに、よくそんなことができますね」

 思わず、語調が強まる。

「……意外だね。愛澄ちゃんのことは嫌いだと思ってたのに」

「嫌いですよ。あの人の何もかもが。ですけど、そうですけど、ただの興味本位で訊いてみただけです。そこまでできるのは、どうしてなんですか?」

「本当にその人のことが好きなのなら、泥水の中に突っ込めるってだけだよ。汚れる覚悟がないのは、その人にそこまでする価値がないってことじゃん。魅力がないってことじゃん。そんなの相手にも失礼だ。……そして、そう思っているのは、俺だけじゃないでしょ」

 磯風先輩は焦点をライカに絞る。こっちの答えも分かっているだろうから、ライカは無言で軽く目を瞑る。もう少しだけ訊いてみたいことがあった。同じような立場にいる人間だからこそ、参考にしたい意見はある。

「ですけど、耐えられるんですか? 磯風先輩の神経は?」

「愛澄ちゃんを俺に惚れさせるためには、一筋縄じゃいかないってことは熟知していたから、ある程度はね。……それに、愛澄ちゃんみたいに周りが見えなくなるタイプには一度告白して、俺のことを意識させるしかないでしょ。そのぐらいしなきゃ、きっと俺はずっと路傍の石のままだったからね」

 見ているこっちが悲しくなりそうなほどの、達観した表情。もしも、卑怯なことをせずに霧夜先輩と結ばれるというなら、この人は正当な手段を選んでいたのだろう。

 汚れる人間には、それなりの理由がある。それを、綺麗なままでいる人間は理解できない。

 数奇というかなんというか。

 ここまで磯風先輩のことを把握できてしまうのが、男友達である先輩や、霧夜先輩でもなく、ライカであることが、なんだか不思議だ。

「それで、胡桃ちゃんはこれからどうするの?」

「どうするって……」

「報われない恋だと割り切って、これからは九王と先輩後輩の関係であり続け、視界の端でただ恋人同士になっていく二人を見て惚けているのか。それとも、叶わない恋だと分かっていながら、白いままでいられない横恋慕に走るのか。後者だった場合、利害が一致する俺は手伝ってもいいけど?」

 自分が何をしたいのか、それは磯風先輩と話している内に固まっていた。もしも独りきりだったらなら、ただここで嘆くだけだったけだった。偶然なのか、それとも必然というやつなのか。

 選び、掴みとろう。

 ――自分の答えを。

「私は――」

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