ep15.仕組まれたゲーム!!
それはそれは、楽しい一夜。
翳った月が幻想的に見えるほどに、一同に会したこの場は俄かに賑わっていた。決して、酔いどれの声が近辺にまで轟くような馬鹿騒ぎというわけではないが、それでもそれに値するほどに、なんだか心は浮上しているといっていい。
「次、先輩の番ですよ。ルーレット回しちゃってください。って、貨幣が崩れてますよ」
「おっ、とごめん。ありがと」
バサバサッと音を立てて、ただの紙に印刷された貨幣の山が、膝立ちした拍子に崩れてしまった。それら大量の紙幣は偽札というわけではない。こんなに堂々と犯罪を犯せるほどに肝は太くないつもりだ。
それは、ボードゲームに付属していたチャチャな代物。
そう、今はゲームの真っ最中だった。風呂をあがってきた女子の面々と、それからテレビの前でうつらうつらしていた男子達。
このまま何もせずに寝ようかなんて野暮なことを言ってのけるほど、高校生は年老いてはいない。どうせなら明朝まで遊びつくそうということで、全員意見が一致した。
それにしてもだ。
何事もなかったかのように霧夜とライカの両名は先ほど買い物から帰宅した。お菓子やらジュースを携えながら、談話の残滓すらない二人に漂う空気感が物凄く、どうだったかと訊けるわけもなかった。そんな二人は、ただゲームに興じている。いつか、どういう会話をしたのかを耳にすることが、俺にあるのだろうか。
とりあえず俺は、ボードゲームの中枢に位置するルーレット台を回し、『3』というまた平凡な数字が表示されると、自らの駒を三つほど進める。
「えー、と『中小企業の株価が下がる。【会社員】の職業についている全てのプレイヤーは、3万円の損失。それが無理ならば、罰ゲームカードを引く』……うわっ、俺、【会社員】じゃん……」
「無難に【会社員】っていうのが、九王らしかったけど、まさか自分で地雷を踏むなんてな。ご愁傷様」
くそっ、と悪態をつきながらも、磯風の言うとおりだったので、そのまま自分の手持ちにある三万円と記載されている、子どものおもちゃである紙を、銀行に戻す。
今やっているのは、人生の縮図を具現化したようなボードゲームだ。また、テレビゲームでもしようかという案が出されたが、発案者である磯風しか賛成者はないなかった。
なにより、全員一斉に遊べるゲームではないからということと、まあもうひとつの理由は言わなくてもいいだろう。
それから、トランプでいいのでは、という提案もなされたが、ローカルルールや、そもそもルール自体を把握していない人間(蛇沼さん)もいたので、だったら、誰もがやったことがなくてもできるゲームということで、このボードゲームに白羽の矢が立ったというわけだった。
埃かぶっていたやつだけに、あまり期待はしていなかったのだが、これが結構リアリティがあって面白い。それだけに、うわっと顔をしかめてしまうような内容もあるのだが。
それにしても、さっきから自分だけ集中して運が悪いと思うのは気のせいだろうか。さっきから、駒を進める度に不運になりっぱなしになっているような気がする。
このゲームには特殊ルールが設けられている。
残額がマイナスになったりして、お金が支払えない時は、罰ゲームカードという代物を引かないといけない。元々備え付けられていたものでは面白みに欠けるということなので、各々好きなようにボールペンで白紙の紙に書いていった。
全容は、書いた本人しか知らないという徹底ぶり。どんな罰が与えられるか分からないというのは、あまりに空恐ろしい。
「『バイクでスピード違反。見逃してもらうために警察に二千円支払う。それが無理ならば――』それじゃあ、無理だから、罰ゲームカード引くわね。どんな危ないことが書かれてるかと思うと、ドキドキしちゃう」
「お前、まだお金余ってるだろ。なんで――」
「『隣の人をビンタする』。そうね、私の隣はサッチーと、『クズ王』ね。んー、一体どっちにしようかしら。でも、まさかいくらクズである『クズ王』さんでも、まさか女をぶってなんて極悪非道なことは口走らないわよね」
「おい、待て。明らかに捲る前から知って――ぶっ!」
親父にもぶたれたことがないのに、と言える刹那はなかった。顎がぐらつくほどの、高速の一撃をお見舞いされる。
よくよく見ると、霧夜が引いたカードの端にはほんとの小さな折れ目がついている。こいつ、自分が書いているやつに目印つけてやがった。
どうやって座るか決める際に、霧夜が立っていたポジション的には俺の隣に座れなかった。それを、しつこいぐらい、俺の隣がいいと言ってきたわけがようやく分かった。嫌っているはずの俺を思う存分罠にかけるためにやったことだったんだ。なんて卑劣なことを……。こんなことを思いつくやつなんて、他に誰がいるんだろうか。
「3、4、5、6。『ハリケーンにより、家が大破。保険に入ってなければ十万円支払う。それが無理なれば――』。あーあ。これ支払えないからだめじゃん。それじゃあ、罰ゲームだな」
軽々しく話すのは磯風らしいといえばらしい。
だが、ゲームにあれだけ熱くなっていたあの時と同一人物とは思えない。それほどまでに本気ではないのだけど、目元が緩んでいない。口は笑っているというのに、鬼気迫るものがあった。
「『好きな人の名前を言う』……これが、罰ゲームみたいだな」
他の人間にも見えるようにして、カードを晒す。まるでイカサマなんてしていない。ただ、自分がこれを引いてしまったと報告するかのように。
だけど、俺は狼狽えながら、
「磯風、いいってそれは」
「……いい……って、どういう意味?」
「だから、そんなこと言わなくていいって。誰が書いたんだよ、こんなの。……みんなも、別にいいよな、な?」
同意を求めるように、その場にいたみんなに目を向ける。
自分でもどうしてこんなに必死になっているのだろうかとか、声が震えるのとかが分からない。平静を保とうとしているのだけど、悪い予感しかしなくかった。
俺の縋るような声に、誰もが同意した。……いや、俺言うよ、とこちらのことを一瞥することなく、たった一人の女の子に熱視線を向けたままの磯風を除いて。
そして――
「俺は……愛澄ちゃん。他の誰より、君のことが好きだよ。……だから、付き合ってくれない?」




