ep13.風呂上りの修羅場!!
視点変更。
上気した頬が、鏡に映り込む。
そこには、ゴシックロリータ系のメイド服を着たライカが立っていた。今日履いていたのが、たまたま黒ニーソだったから、この服が似合っていると思ったから着込んでみた。派手めで本当は恥ずかしいけれど、このぐらいの挑戦だったらしなきゃ。
ライカが婦警のコスプレをしていた時には、あまり動揺してくれなかった。だから、今度は別の服で勝負するしかない。
驚いて欲しい相手は、ただ一人だけなのに、どうも簡単には振り向いてはもらえない。だったら、たとえ無駄であっても、自分の思いつく限りのことはしてみたいから。
風呂場からは、すりガラスを通して、くぐもった声が聴こえる。
ゲームもひと段落して、食事も食べ終わったので、次はお風呂に入らなければという流れになったのだ。男子二人は別に一日ぐらいは入らないでも平気と言っていたが、女子はそうもいかない。さっきまで女子全員で入浴していたが、のぼせる前に先に着替えさせてもらった。
あの美味しいカレーを作ったという、凪とかいう女の人が執拗に胸を触ろうとしたことが疎ましかったのではない。……いや、確かに嫌だったのだが、女子たちの水を刺したくはなかったのだ。口ではいいとは言いながらも、やっぱり同級生同士で話したいに決まっている。
ライカだって最低限の配慮ぐらいはする。どこまでいっても彼女たちの邪魔者でしかない自分には、こうやって一歩退くことしかできない。
……なんて、ちょっと傷ついているような感じだが、こうなったのは元々自分自身のせい。自分が撒いた種なのだ。こうして、一人に追いやられれることなんて分かりきっていたことだった。
それなのに、やっぱり輪に入れないというのはチクリと胸が傷む。
「まっ、今なら先輩とイチャイチャできるからいっか!」
独り言としては、必要ないぐらいに声を弾ませる。
切り替えよう。
パンパン、と軽くファンデーションするように、両頬を叩く。
沈澱しそうな心を掬い上げなければならない。他ならぬ、自分の力で。
どんな時でも明るく、楽しく生きるってことが大切だから。それが自分のアイデンティティでもある。暗い顔をいつまでもしていたって、いいことなんてない。悪い方向に物事を考えるから、どんな事象も自分にとって不利なものだと思い込む。そんな悪循環のスパイラルに陥りたくない。
だから、笑っていようと思う。
大好きな先輩の顔が、ライカのせいで翳るなんてことがないように。
先輩は、いつだって他人の顔色を窺って、勝手に思い悩んでしまう人だ。そんな弱いけれど優しい心を持っている先輩は、本当は自分の年下なのでは!? と時折疑いたくなってしまう。
だけど、そんなところが……。
きっと、そういうところにやられてしまったのだ。
「せーんぱい、見つけましたよ」
「うわっ! ……ライカか」
ソファからずり落ちそうになる先輩。
それはなんだか、ライカの唐突な登場に驚いてくれているというよりは、拒絶しているように感じられた。
思えば、一年前の降雪の日から、こうした態度が際立ってきたように思える。どうしてだろう、と思ったが、気がついていないフリをする。虚像の笑顔を顔に貼りつける。
そうした方が、なんだか自分のためになるように思えたから。
「磯風先輩と、ゲームやらないんですか?」
「いやー、やってたんだけど、ゲームの持ち主にも関わらずボコボコにされたからな。ちょっと休憩しているところ。ライカも早かった……な」
磯風先輩は、テレビのディスプレイにだいぶ近づきながら先刻のレースゲームに熱中していた。よし、とか呟いている姿から、独りぼっちで複数人でやるゲームをしているその背中から、何だか寂寥感が胸元までせり上がってきた。
きっとあれは、そっとしておいた方がいい。
「あれ? やっぱり私の入浴タイムが気になっちゃいます? どこを洗ったとか? えっちぃのは嫌いじゃないですよ、私」
「そ、そういうんじゃなくだな……」
ん、んん~、かっ――わいいいい。
見せつけるようにして、足を伸ばしながら上目遣いをしていたのだが、先輩が耳たぶまで赤く茹で上がる姿が初々しくて、そんな感想を抱いてしまう。
相手は年上で、男。たまーに先輩は妙にプライドが高いところがあるから、そんなことは明言できないが、それでも頭の中で感想を転がすのは自由だ。
「あっ……」
スリッパの音が聴こえてきたから、一体誰が風呂から上がってきたのかと思ったら、やっぱり、愛澄霧夜その人だった。
しかも、赤と白のコントラスト。サンタのコスをしていた。ミニスカで、これまた露出度が高い。足に自信がある人しかできない、その格好。ご丁寧に頭の上には帽子まで被っている。どうせなら、ヒゲを蓄えてくれたほうが、ギャグになったのだろうけど、そんなものはない。ガチの姿だ。
先輩と隣り合っている姿を見て、呆けたように瞳孔が開いている。その挙動がわざとらしいように思えて、一瞬眉根が寄る。
どうして、こんなタイミングで来るのだろうか。まだ、肢体は洗っている最中だったように思えたのに、だから先輩と一緒になれるチャンスと思って、こうしてソファにいるのに。
そうか、こっちの考えは全部お見通しというわけだ。
だけど、だからといって何ができるのだろうか。ここで――
「なにしてんのよ、『クズ王』。後輩の女の子と二人きりで、しかもそんな足をジロジロ見て、変態なんじゃないの? この、ロリコン!」
「濡れ衣だ! 見せられたんだよ!」
――そうきたか。
挨拶代わりの暴言で、先輩の意識を反らして、スムーズにソファはライカの逆隣をちゃっかりとゲットしている。猪のような人だとは思っていが、それでも女。駆け引きができる最低限のしたたかさはきっと、当然持っている。
ライカのことを出汁に使ってまで、座ってくるのがまず気に喰わない。それに、先輩に対して貶めるような発言も、前々から聞きたくなかった。
この人は、一体どういうつもりなんだと思う。
いつもだったのなら、先輩との間に割って入ることはしない。ああ、その程度のことか、みたいに平静を装いながら、逃げるようして視界から消える。
だからずっと安堵していたけれど、今日はなんだかしつこかった。何か心境の変化でもあったかのように思える。
「ゴスロリの格好をさせてよく言うわよ。可哀想だと思わないの?」
「違うって言ってるだろ。それに、お前だって、なんでこんな季節にサンタの格好してるんだよ。おかしいだろ。むしろお前の方がおかしな格好だろ」
「そ、それは……」
チラッ、と、愛澄先輩はライカを一瞥してくる。
対抗意識があるかのように、その瞳には力が込もっていた。
ライカの体の成長具合は、申し分はない。
自分の贔屓目を差し置いても、きっとそこらの女子高生よりかは上だと思っている。だけど、先輩が見ているのはいつも別の人で。
その人はやっぱり綺麗だった。
――ライカの顔貌が霞むほどに。
サンタのコスも、本当にため息が出るほどに、同性だというのに、こっちが生唾を呑み込むほどに美麗だった。
それは、あまりに不平等に思えた。
生まれた時からそんな差がつくのかと、神様を恨むほどに。
だけど、彼女とは違った迫り方ができる。
例えば、先輩とは趣味が似通っているということだ。
「そういえば、先輩。ここにあるゲーム漁ってたら見つけたんですけどお、先輩もやったんですかあ?」
「……うわっ、懐かしい。『ア・ヌビス9』だ。だいぶ昔の、第二世代ぐらい前のハードのやつだったから、もうやってないんだけど、これめちゃくちゃ面白かったよな」
「そうですよねー。やってない人がいたら、かわいそうなぐらいですよね~」
「人生の半分ぐらい損しているよな、このゲームしてなかったら」
「でっ――すよね~」
うぐぐぐ、と唇を戦慄かせながら、何もできないでいる愛澄先輩を見ていると、痛快だ。してやったりとさえ思いながら、嫉妬に狂う姿を高みから拝見できる。
容易に自分の管轄外である趣味に口出しはできないだろうから、このゲームを選んで喋ってみた。確か、愛澄先輩が好きなのはライトノベルとかだったから、ゲームには疎かったはず。まあ、このゲームが本当に好きだということもあったが。
「面白いですよね、このゲーム。私的には主人公の皇子が、闘いを決意をしたシーンが一番好きです。ヒロインが一緒にいる時に、今までの自分から決別するための儀式みたいなやつが」
「あー、いいよなあそこ。あのシーンは、RPGでも屈指の名シーンだよな。ずっとお城の中にいて世間知らずだった主人公が、外の世界で飢餓や戦争を目の当たりにして、変わらないといけないって決意したあの場面は、ほんとにCGもかっこよくて好きだった」
「ですです。あの時の主人公を、黙って見守っているヒロインも、主人公の気持ちを汲んでいる描写があっていいですよね」
本当に、趣味の話をするのは楽しい。自分が好きなものを、他人も好きだと知ると、どうしてこんなにも嬉しいのか。例え趣味が同じでも、着眼点が違ったりする。それは、ストーリーだったりキャラだったり、作画だったり、声優だったりで色々まちまち。だからこそ、好きなものが同じでも噛み合わないことが多い。
でも、ここまで話が噛みあう人は他にいなくて、それがとっても貴重な事だから猶更そう思うわけで。
心と心が通って、それを共有しあえる。
自分の気持ちを肯定してくれるってことは、やっぱりこんなにも――
「そうだ。ちょっと喉渇いたわよね。コンビニでジュースでも買ってこない?」
愛澄先輩が不自然なまでに、会話を組み込んでくる。
訊いているのは、あくまで素振り。
すでにやおら立ち上がって、財布の入った鞄を探していて、もう購入しに行く気満々だった。それを自然に止めることはさすができない。また話は仕切り直しとなって、先輩はまた余所見をしそうだった。ライカを見ずに、また愛澄先輩と花を咲かせる気がした。
せっかく盛り上がっていたゲームの話題だったが、時間を遡って掘り返すのは、お互いに新鮮味がなくなってあまりいいものじゃない。そこまで計算して横槍をしてきているのだとしたら、業腹だ。
買い物途中に愛澄先輩と先輩が楽しそうにしているなんて不愉快なものを、指を咥えて見ていたくない。だから、
「そうですね。行きましょうか、愛澄先輩と私。――二人きりで」
妖艶に微笑むと、ライカも立ち上がり、そう宣言した。




