ep12.卑怯なゲーマー!!
あとは、グツグツと、カレーを煮込むだけで夕食の準備は完了。
……ということなので、あとの行程は全て凪に一任した。というよりも、台所から追い出されたという表現の方が正しい。かき混ぜるのも自分でやりたい完璧主義者らしかったので、料理の腕が中途半端な俺はどうもお邪魔らしかった。
だからこうして、居間にいる四人のところに来たわけだったが。
「うわっ! なんだ……その格好?」
「……だって、あの子が婦警のコスプレしてるんだから、こっちだって負けてられないじゃない」
「なんでそんな理屈になるんだ……」
拗ねたように言う霧夜は、なんとチャイナドレスに身を包んでいた。
髪は団子状にして、髪留め。
そして、ヒラヒラしている布地のせいで、少し動くだけで脚が露わになる。
白くて艶やかな脚線美が見えるわ、半袖のせいで二の腕は晒されるわで、意外に露出度がある服装をしている。
「……で。ど、どう?」
「似合……ってる?」
「そうじゃなくて、」
「き、綺麗ダヨ」
顎がガクガクなりながらも、なんとか答える。
言いなれない言葉だと、棒読みになってしまう。
すると、霧夜は、憤慨するように、
「そうじゃない! 何、考えてんの!? あの子と、私の服がどっちが上かって話!! どっちが可愛いの?」
「……どっちが可愛いって、料理と違ってどう判断していいかわからないだろ、服は……」
しかも、警察官とチャイナ娘って、かなり際どい選択だよな。
頬を紅く染めながら、握りこぶしを作っている霧夜に、なんと言っていいのか分からず、言葉を詰まらせていると、
「じゃあ、どっちがより似合ってるかでいいから言ってよ。磯風クンだと、きっとどっちも似合ってるって言ってはぐらかすから」
「じゃあ、俺も――」
「最ッ――低、意気地なしの甲斐性なしね」
「なんで、俺だとそこまで言われないといけなんだよ!?」
磯風だといいのに……差別だ。
……と。
そういえば、当の磯風は、他のメンバーはどうしてるんだろ。
……いた。
何故か鎮座していて、居間で他のみんな一緒にテレビを囲んでゲームをしている。何を勝手に、人の家に来て遊んでるんだ、こいつらは。
「何やってんだ、お前ら」
「レーシングゲーム。なっついなー。……これ、もう店には売ってないよな。ネットでなら買えるかもしれないけど」
「そうじゃなくてだな……」
ギシッ、とソファを軋ませて座る。
やっていたゲームは、『チョコレートロード~天元の突破~』というタイトルのやつだ。数十年前に発売されたゲームで、ただの車の競争というわけではなく、色々な要素が絡み合っている。
ただのゲームの熟練度だけでなく、運要素がある。それから道路に落ちている道具を使えば、素人でも優勝できるから、複数人でやるには確かに適したものかも知れない。
一人がプレイしているところを、ほかの人間が鑑賞するしかないRPGや、それと同じ理由のシュミレーションゲームとかに比べれば、遥かにまし。
だが、このゲームの攻略法がやばい。
あらゆる対戦ゲームにおいて言えることだが、いかに小細工を駆使して、敵を蹴落とす能力があるかということが問われる。
だからだろうか。
だから、霧夜がコスプレ服なんて着て、時間を潰していたんだと思う。最大四人対戦までできるこのゲームに参加しなかったのは、きっと負け続けたから。
霧夜の不満そうな横顔から、きっと間違いないと予測する。
本来なら、他人を攻撃することに躊躇のない霧夜が対戦ゲームの覇者になり得るのだが、二次元の世界はそこまで単純じゃない。三次元と違い、直接攻撃ができないゲームにおいて直情型は得てしてカモになりやすい。
読みやすいワンパターンで妨害工作をしても、洞察力に長けているプレイヤーには動きを読まれて躱される。
こういった知略が必要となるゲームで軍配が上がるのは、やっぱりこの二人だ。
「へぇ、ライカちゃん初めてにしては、上手だね。俺、こんどこそ負けそうだよ」
「いえいえ、私なんて全然うまくないですよ。先程から磯風先輩に連敗中ですし。やっぱり、かなわないな~」
にっ――こり、と笑うライカ。
カチャカチャとコントローラーを絶え間なく操作しながら、それ以外の体の部位がまったくブレていない。かなり本気になっているご様子。口ではああ言っているが、内心では勝つ気まんまんといった、驚異の集中力だ。
その証拠に、瞳が完全にゲーマーのそれ。
ドライアイになるのが心配になるぐらい、瞬き一つしていない。
「…………」
腐った魚のような眼をしているのは、蛇沼さんだった。
相当数の敗北を刻んだのだろう。
一応、手は動いてはいるが、どこか虚ろだった。それでも奮闘はしているようで、現時点で二番目を走行している磯風とカーチェイスをしている。だけど――
「うわっ」
なんてことを……。
かなりエグいことするな、磯風。
「どうしたの?」
いきなり呻いた俺に、隣に座った霧夜が訊いてきた。機嫌は治ったようで、ほっとする。
どうでもいいけど、もしかしてずっとそのチャイナドレスのままでいる気なのか。目のやり場に困ってしまう。
「……いや、あれは追い越さない方がいい」
磯風の戦術を蛇沼さんに聴かれるのはフェアじゃないから、聞こえないように小声で、あいつがこれからどうするつもりなのかをヒソヒソと囁く。
軽く握った拳で、簡易の防音。その手がちょっとばかり、霧夜の髪に触れてドキッとする。しかも、話した時に霧夜は耳が弱いのか、ピクンと体が少しばかり動いた。
多分、吹きかけた息が擽ったかったんだろう。
「……わ、わかったから、もういいでしょ」
押しのける腕には、心なしか力が入ってない。
林檎のように紅潮した肌が、視覚野に灼き付く。
何だか見てはいけないものを見たような気分になって、どことなく緩慢な挙動でまたテレビを視界に収める。
ごめん、と独りごちるように言おうとするが、静電気のような視線を感じてそちらを向く。だけど、それは気のせいだった。誰もこちらに気を配っていない。夢中になって指を動かしている。
なんだかライカがこっちを見ていたような気がしたが、ゲームの最中によそ見できるわけないよな。いくらライカの腕前でも。
まあ、いいやと今度こそ俺は、ゲーム鑑賞に集中する。やることがないので、参加したいのは山々だが、途中参加できるはずもない。このレースが終わったら、混ぜさせてもらおう。
と、急激にスピードダウンした磯風。
これをチャンスとばかりに、蛇沼さんは華麗に追い抜いていく。やっぱり、そうなるよな。普通の人なら。
だがそれは、わざと。
遮蔽物をブラインド代わりにしていたら、蛇沼さんは視認できなかっただろうが、しっかりと磯風はアタックアイテム拾っていた。
ドゴォン!! と、途轍もない轟音を響かせ、ミサイルが二本発射される。
ええっ!? と驚いた蛇沼さんだったが、追尾式ミサイルを避ける手立てはない。アイテムで防ぐとか、レースの道の高低差を利用するとか、何かしらの策はあるが、初心者がそんなことを知るはずもない。それに、知っていたとしても、それが実行できないように、磯風はしっかりとタイミングを計算して撃っている。
案の定ミサイルの一本が直撃し、車体は破砕される。
数秒の後、メンテナンスされてまた走れるようになるが、蛇沼さんの横を優雅に、磯風が何もなかったように追い抜き返す。
ミサイルは、前の人間を攻撃するアイテム。
だから、僅差だった蛇沼さんを追い抜かせ、足止めするために、敢えてスピードを緩めた。
友達じゃなかったら確実にリアルファイトが起きそうなプレイ。ゲームとなると熱くなる磯風には、こういう対戦ゲームはやらせちゃだめだな。
そして、もう一本のミサイルがライカに飛来してくる。
「…………っ!」
シールドアイテムを持っていないライカに待っているのは、蛇沼さんの二の舞。
が、敢えてコースアウトして、ライカの車は崖から転落した。
「そうか! 直撃するぐらいなら、敢えて落ちて、タイムラグを最小限に抑えたのか。その手があった……」
「……なんで、あんた解説者になってんの?」
霧夜の声が遠い。
コースを走っている二人の走りに、俺は魅せられていた。どう考えても頭がパーンになっている俺だったが、暇だったので少年漫画とかでよくある、かつてのライバルポジションになってみた。あいつら、や、やるな、とかいって見守るやつだ。ヤ○チャ的な位置づけだ。
やがて、二台の走行車はジャンプ台へと差し掛かる。
蛇沼さんは三位確定だったが、二人は縺れていた。あと少しで、磯風の独走状態が終わりそうだった。だが、そんな時に磯風は最悪のタイミングでトラップを仕掛けた。
アタックアイテムであるオイルを辺り一面にばら撒いた。
加速装置のアイテムを手に入れていたライカだったが、それに構わず車を急がせる。もしかしたら、まだ温存しておいて、最後の最後のゴールテープが視界に入った時に、一気に加速するつもりだったのだろう。相手が策を施行する前に、スピードで逃げ勝ちするのは、このゲームの常道。
だが、それが今回は間違い。
ほとんどこの罠を回避できる可能性は皆無だったが、それでも一縷の望みを抱いて、加速しておいた方が良かった。
ライカの車はスピンを起こし、そしてダンッと一段下の地面に降り立つと――さっきまで走っていたコースとは違う光景が広がっていた。
「なん……でっ」
「螺旋状のこのステージは、高台になって下が見えないけど、ここのジャンプ台から落ちたら、コースの下に落ちるシステムになってるんだよ。だから、また落ちたところから走り直さないといけない」
下唇を噛みながら、悔しそうにまたコースを登り詰めていく。
加速装置があるから、蛇沼さんは追い越せるだろうが、きっと磯風のゴールまで巻き返すことは不可能だ。
「えっ、何これ? そこまで熱くなることなの?」
ゲームの行方を傍観している霧夜が、入り込んでいる俺達を見て慄いている。
スイッチが入らなければ、確かにキツイ。このノリは、ほんとに。
だが、今の俺には心地いいほどだった。
これはゲームであっても、もう遊びなどではない。
「バスケだって、審判に見つからずに違反をすれば、それはテクニックとして称賛されるじゃん? レーシングゲームだって、ルール内であればどんな姑息な手段を使おうと、最後に先頭を走っている人間が、一番早いことになるんだよね」
何やらキメ顔でそう言うと、磯風の車がゴールを決めた。
そして、そのあとに、ライカ。
三着が、蛇沼さんと結局は順当だった。
「また……負けちゃいましたね」
清々しい顔になりながら、ライカはふぅと息を吐く。それはため息なんかじゃなくて、全てをやりきったといった感じ。
ゲームをやった三人は疲労感と相まって達成感に包まれていることだろう。
イイハナシダナー。
「それじゃあ、またやる?」
邪悪な笑顔のまま磯風はライカ達に訊く。
だが、磯風以外の他の人間たちが渋面を作る中、代表者としてライカが口を開く。
「……あっ、もうやりません」
まっ、そりゃあそうだな。




