ep10.ガチンコ料理対決!!
「先輩の家の自宅警備員です☆」
キラッ、と星屑が瞬きそうなぐらい、清々しいまでな自己紹介だった。
超時空シンデレラの如きポーズまで決めている。
足元にはビニール袋があって、食材があるように思えるが、もしかしてその格好で夕食でもご馳走しようとでもしていたのだおるか。
意味が分かってやっているのなら、かなりのクレイジーな後輩だろうが、ライカが正気であることを信じたかった俺は、敢えて問い質さなかった。
「ラ、ライカ。取りあえず、俺の部屋に――」
「……なんでそんな恰好して、『クズ王』の家にいるの?」
うわー、聞いちゃったあああ。
せっかく触れないでおこうと思ったのに、霧夜はつっかかてきた。躊躇なく虎穴に入ってくるのは、流石だと褒めるべきか。
ちょっと軽めのノリで話をして、その場はなあなあにして、ライカの衝撃的な登場シーンをなかったことにするのは失敗したか……。
しかも、かなりの喧嘩腰だった。
だが、猛進してくる巨牛を赤いマントで嗜める闘牛士のように、ライカは余裕を持って対応をした。こちらがヒヤヒヤするぐらいに。
「これですか? 先輩の家に何故か可愛いコスプレ服がたくさんあったので、着ちゃいました! いけませんでしたか?」
「いや、いいとか悪いとかじゃなくて……」
どうしよう。
ほんと、どうしよう、この状況。
ライカが今日、俺の家に遊びに来ることは事前に知っていたから、親睦会とやらの日程をなんとかズラそうとしたんだけど、敢え無く失敗。
だったらと、買い物途中にメールをライカに送信するが、まったくの返信来ず。
次善策として、家に到着したライカを、玄関先で対処する予定だったが、まさか先に来ているとは思わなかった。メールの返信がこなかったのも、着替えている最中で、スマホが手元になかったのが原因だろうか。それにしても、タイミングが悪すぎる。
「九王の家って……うわっ! こんなに……? めちゃくちゃあるな。……マジか。俺、九王の家初めて来たけど、そんな趣味があったのか……」
磯風がガラガラーッと、ハンガーラックを三つほど移動させる。
そこに掛けられていたのは、あらゆる種類のコスプレ衣装が揃っていた。そこにある服だけで、ちょっとしたはファッションショーを開けるぐらいには。
「女ものの服ばかりっていうのが、きもだよね。やっぱり磯風さんと一緒になりたいっていう深層心理の表れなのよ。純粋な愛の形だから、女装趣味であることを隠さなくてもよかったのに」
「………………」
はふぅー、と、両手を顎のラインの添えながら、至福の溜め息をつく蛇沼さん。
やっぱり、この人ちょっとどころか、重度の持病を持っているようだ。今にも鼻血が噴き出しそうなのか、鼻の頭を手で押さえ始めた。精神病の一種なのかもしれないが、世話を焼いやろうとも思えない。病気がうつるのは避けたい。
そして、無言でいながら、ジト目な空馬さん。
それは、まるで蛇沼さんを見るかのような視線。最も俺の心を抉るのに最適なやり口に、深い傷を負ってしまう。あの人だけにはなりたくない。
これ以上誤解が深まらないように、俺はしっかりと説明する。
「そうじゃなくてだな。これは、俺の服なんかじゃない。姉ちゃんの服なんだよ。少し考えれば分かるだろ? ほら、女の人って、ほとんど着ないのに、やたら服を持ってるだろ。だから、コスプレ服がこんなにあっても全然不思議じゃない。というよりは、一般家庭なら当たり前だ」
「……それで?」
訝しげな表情をした霧夜が、腕組みをしながら訊いてくる。
「それでって?」
「それで! どうして! なんで! あの女が『クズ王』の姉の服を着ているわけ? しかも、家に上がりこんで? これは一体どういうことなの? それから、なんで『俺の部屋に――』とか口走っているわけ? 後輩の女の子を自分の部屋に連れ込んで、一体どんな如何わしいことをするつもりだったのかしら? ――このどエロっ!」
「お前の妄想の方がエロいわ!」
なんで、いきなりそんな発想になるのかさっぱりだ。
だいたいライカがミニスカポリスのコスプレをしているからといって、どうにかなるわけがない。
精々、自室を取調室と称して、手錠プレイをすることしか思いつかない! あれ? これって、全然健全じゃないような気が……。
うーんと、あとは……。
カツドゥンを食べながら、事情調質ごっこに興じるぐらしか思いつかない。
よし、これだ!
これがきっと俺のやろうとしていたことだ!
「ええ~。先輩そのつもりだったんですかあ~。私は全然かまいませんよ。むしろウェルカムです」
「……ごめん。ちょっと今は口を閉じてて」
きゃあ~、先輩に命令されちゃった~、とか、むしろ嬉しがっているライカのことは、今は放っておくことにしよう。
「ライカには、合鍵を渡しておいてたんだよ。借りたハンカチのお返しに、うちに遊びに来たいって言ってきたからここにいるだけ。……で、そのハンカチっていうのが、俺の部屋にあるから渡すつもりだったんだよ。部屋に呼んだのは、決してやましい感情があったわけじゃないからな」
「まあ、そういうことにしておきましょう」
「そういうこともなにも、事実だ! 事実!」
「……で、そのハンカチだが、ぼろ雑巾だとかを返却したら、そこの目障りな婦警モドキは私の視界から消えるのよね」
「――え? 帰りませんけど?」
ポカーン、と小首を傾げるライカ。
なになに、どうしてそんな分かり切ったことを訊くんですか? と言わんばかりのライカに、うっ、と勢いあった霧夜が鼻白む。
ごくごく当たり前のことかのような言い草に、そんなこと聞いてないんだけど、と消沈する。というか霧夜がさらにヒートアップする前に帰宅した方がいいのでは、と思っていたが口出することができない。
それだけ、ライカの瞳は揺るぎない。
静かな口調ながら、妙な眼力さえあった。それに、何だか男の俺が割り込めない、女子特有の見ているだけで胃液が大量分泌するような感覚に襲われる。
「失礼ですけど、愛澄先輩に指図される謂れってないと思うんですよね。四日か、五日前から先輩の家で遊ぶって約束してたんですよ。その時にもしも、私よりも先に愛澄先輩たちが約束してたら、先輩だってオッケーは出さなかったと思うんです。それなのに、先輩方がここにいるってことは、私の後に約束したってことですよね。そういうことでいいんですよね?」
疑問形のわりには、有無を言わせない。
聞く耳など持たないといった風情。
こちらが黙っていると、
「こうして鉢合わせになってってことは、先輩の意見を聞かずに、無理やり上がりこんだってことなんじゃないんですか? だったらそちらが、私に予定を譲るのが道理だと思うんです。それなのに突然出ていけなんて、ちょっと虫がよすぎじゃないですか?」
「そんっ――なの、知らないわよ。あなたがここに来るって知ってたら、私達だってこなかったわよ」
「…………先輩」
「…………『クズ王』」
双方ともに、俺に向けて殺気を孕んだ瞳で射抜く俺が言わなかったのが、この修羅場な女同士の言い合いの発端みたいな、全部俺が悪いみたいな流れになっていた。なんがどうなってそうなるのやら。
「と、とにかく。どうせみんな帰らないんだろ? だったら仲良くしろよ。そ、そうだ。自己紹介しておこうか。こっちが胡桃来鹿。俺の一つ下の後輩。それから、磯風は……知ってるよな。少しは話したことあるし。それで、こっちとこっちが空馬さんと蛇沼さん。みんなで修学旅行の親睦会を急に開くことになったんだ」
ごめんな、ライカにフォローを入れようとするが、嬉しそうな顔をした奴の邪魔が入る。
「そう、修学旅行のね! だから、部外者なあなたはどこかに行って欲しいの」
「……部外者?」
ライカの目がスッと据わる。
あれだけボロカスに責められたのに、霧夜がまだ立ち向かおうとするのは意地か。
それとも、また別の何かに突き動かされているからなのか。
「なんだかさー、おなか減らない?」
二人の睨み合いを解いたのは、やはり磯風。こんな時には頼りになる。怒りの矛先を受け流して、そしていつの間にか霧散させることができる。
俺たちは食材の入ったビニール袋を床に置いてある。
だから、ごくごく自然に話題をスイッチできる。生ものもあるから、早く冷蔵庫に入れないとね、という感じで。
だが、それだけで終わらせるつもりがない奴がいた。
「そうね、だったらここは――料理対決なんてするのはどうかしら?」
「りょ、料理対決……?」
いきなり何いいんだすんだ、霧夜は。明らかに料理じゃ荒事を解決できないのに、何故か料理を作ってその場の収拾がついてしまう料理漫画みたいなことを言い出した。ライカに牙を剥こうとしているのは、視線を辿っていけば一目瞭然。だが、そんな茶々な挑発にに乗るとは思えない。
「それ、いいですね。どうせなら私と愛澄先輩の二人に料理を作って、それを皆さんに評価してもらいませんか? どちらの料理が美味しいかを采配してもらうんです」
おいおい。
霧夜はともかく、なんでライカまで熱くなっているんだ。
「負けたら、即座にここから出て行くっていうのはどうかしら?」
「いいですよ、それで。――私が負けるはずがありませんから」
止められるような顔をしていない。
二人とも真剣そのものだ。
仲裁は諦めるしかない。まあ、殴り合いのような凄惨なものよりかは、料理対決の方が無難で平和的な対決だろう。
気になる点は、二人に武器となるうる包丁を与えるということ。ナイスボートな展開にならないことを切に願っている。
というか、双方ともに自信満々な顔つきをしているけど、料理なんて作ったことがあるのか。二人の口から料理の話なんて聞いたことがないが。
「随分な自信ね。でも、その表情が絶望に満ちるのも時間の問題よ。これを見なさい!」
なっ、とライカが唸る。
それだけに、霧夜が袋から取り出したものは衝撃的だった。
「それ、冷凍食品じゃねぇーか!」
俺は思わず大声を上げていた。
それは、レンジでチンするだけの代物。カップ麺の方が、まだ水を沸かす工程がある分、手間を感じさせるが、そっちはスイッチひとつだ。どんだけ料理下手なんだよ。石橋を念入りに叩くにも程があるだろう。
「ふっ。意外に、甘いんですね。霧夜先輩って」
「なんですって?」
「もしかして、先輩が用意した冷凍食品はそのチャーハンと、餃子だけですか?」
「そ、それがなによ。中華料理で固めたことがそんなにだめなのかしら? ……はっ! ラーメンも買っていれば――」
「いえ、ラーメンの有無はどうでもいいです。私が言いたいのは、野菜が足りないということです」
「野菜? そんなもの……あっ」
何やら熱くなっているようだが、話し合うべき問題は冷凍食品という点だとは思うのだが、霧夜も納得しているようだったから口出しはできなかった。
「気がつきましたか? 栄養に偏りがでるってことです。男の一人暮らしなら、それでもよかったでしょうが、これからやるのはあくまで、食欲旺盛で成長期でもある高校生が対象となる料理対決。バランスを考慮しなければ、大幅な減点となります」
「そ、そんなの、分からないでしょ。近年、女性の社会進出によって共働きが増えたおかげで、冷凍食品は発達してきたの。むしろ、高校生がよく口にする料理。今やお母さんの味は、冷凍食品なのよ!」
「そんな屁理屈が通ると思いますか? ですよね? 先輩」
「えっ、俺?」
できれば、振らないで欲しいんだけど。
「野菜がある方が、食べる人のことを考えていますよね?」
「ま、まあ、そうだな」
「ふふん」
ライカは勝ち誇った顔で、霧夜を見る。
悔しげに呻く霧夜だったけれど、そこまでのことなのだろうか。
少しばかり冷めた目で見ている俺がいる。
「そして私は、先輩のことをちゃんと考えた夕食を持ってきています。これが、そうです――」
ガサゴソと手元に持っていた袋をバッと取り出す。自信たっぷりに、これでもかと持ったものを、蛍光灯に差し出すかのように天井へと持ち上げる。後光が指しているような情景を思い浮かべているのか、ライカの瞳は爛々。だがそれは――
「コ、コンビニ弁当だあああ」
正直、これは予想できていた。
ライカが料理できるわけがない。できていたら、毎日昼食を買ってくるだろうから。
というか、確かにコンビニ弁当には野菜はちょっぴり入っているだろうが、食品添加物がてんこ盛りなはず。むしろ、大量に摂取したら不健康になるだろ。
「野菜入ってるけど、そんなのほんの少しじゃない」
「それでもこちらの優位性は変わりません!」
なんだか言い争っているが、どんぐりの背比べだ。
こんなの料理対決として成立してないだろ。せめて、普通の料理を自分の力で作らないと。
というか、俺の方が、料理したほうがいいんじゃないのかと思っていると、
「もういい、私が作るよ」
名乗りを上げたのは、今まで諦観を決め込んでいた空馬さんだった。




