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ep09.自宅の警備員!!

 そして、放課後。

 学校が終わってから、スーパーへと俺達は直行した。

 俺が『夕飯はどうするんだ、夕飯は。俺の家の冷蔵庫には何も入ってないぞ』と、せめてもの抵抗をしたら、夕食の買い出しをすることになってしまった。

 なんだかどんどん袋小路に追いやられているような……。

 そんなこんなでなし崩し的に、スーパーで食材を購入した俺は、袋をブラブラとさせながら、家の道程を五人で歩いていた。

 歩道の道幅には大体が二人から、三人しか並列できない。

 ということは必然的に、五人でいる俺達は二組になるしかない。

 そして、俺の隣にいたのはどうしてだか霧夜だった。磯風が横だったほうが、話が盛り上がって良かったのに、小馬鹿にしたような笑いを貼り付けて、霧夜に譲った。

 どういう心境なのかは知らないが、磯風の気まぐれの代償として、こんな面倒なことになってしまった。霧夜に無愛想な顔をしながら横にいられると、なんだか俺が悪いのではとさえ思ってしまう。

「ちゃんと、持ちなさいよね。それと歩くの早い。私に合わせてゆっくり歩きなさいよね」

 ムカッ。

 歯を剥き出しにしながら、不満に思っていたらいつの間にか早歩きになっていたらしい。遅れてついていくる霧夜は、こちらのことも配慮せずに優雅に歩いてくる。

「えっ――らそうに。だったらお前も少しは持てよな」

 ギチギチと俺の両手には、もろにスーパーの袋による重量の負荷がかかっていて、ギフトで贈られてくるようなハムのようになっている。

 それに比べて、霧夜はなんだ。

 掌サイズの袋を、申し訳程度に持っているに過ぎない。それで荷物を持っているつもりでいるのか。

「持ってるわよ、ちゃんと私の荷物見なさいよね」

「見てるよ。……お前のことはずっとな」

「――えっ」

 所在なさげに霧夜は目線を漂わせる。

 どこか照れているようだった。

 その様子を見て、さらりと言った自分の発言がとんでもないことだったということに気が付く。というか、流してくれさえすればそこまで重要な言葉ではなかったはずなのに。

 だらだらと滝のような汗を流す。

 あと少し腕の位置をずらせば、手の甲同士が触れ合えるような至近距離だということを、今さらながら意識してしまう。

 なんだんだ、これ。ほんとに。

 思春期真っ盛りの中学生だって、こんなことでは動揺しないだろ。

 なんでだ。

 当たり前のことを、当たり前のように言っただけなのにこんな目に合わないとけないのは。

「なに今度は愛澄ちゃんとラブコメってんの? 九王」

「は、はあ? そんなんじゃないだろ」

 磯風の横槍。

 俺は後ろを振り向くともっともな反論した。

 どうでもいいけど、女子二人に挟まれて歩いている姿はハーレムに見えなくもない。それが堂に入っているのが、なんともまあ。磯風は特定の誰かと付き合っていないだけで、こういった場面が日常と化しているのでは? と勘ぐりたくなるほどに平常心を保っていた。

「いやいや、今の雰囲気は完全に彼氏彼女だったじゃん。例えるなら、彼氏彼女になったばかりで、どうやって距離を詰めればいいのか分からないって感じの初々しいカップルみたいな」

「あのなあー」

「そんなに嫌なの? 愛澄ちゃんとは」

「そういうことじゃなくてだな……」

 もういいっ、と俺は前方に顔を向ける。ちょっと怒った感じの演技をしながらだ。

 良かったあああ。

 磯風が茶化してくれたおかげで、さっきまでのぎこちない空気も解消された。こういうところでしっかりと気を回してくれるのが嬉しい。

 それもそれを誇るのでもなく、肩肘張らずにやり遂げるところとか秀逸だ。

 相変わらず、磯風のやることは尊敬できる。

 ……のだが。

 冗談と取ってくれない、その場の空気を加味できない奴がいた。霧夜は自分のことを馬鹿にされたと勘違いし、怒っているようだった。あまりに怒髪天にきたのか、あまり関係のない話をぶっこんでくる。

「ふ、ふーん。私以外の女とイチャイチャしてたの? 随分と偉いご身分みたいね」

「なんだよその言い方。もしかして、俺がどんな奴とラブコメしてたか気になるのか?」

「そ、そんなわけないでしょ!?」

「ふーん。だったらこの話はこれで終わりだな」

「くっ……この……」

 プルプルと鉄拳を震わせながら、振るうことができないでいる。

 それもそのはず。

 我ながら、なかなかの策士っぷりだったのではないのだろうか。

 もしもここで話に深追いしてくれば、俺のことに興味があるということを自ら認めることになる。

 だが、世界の中心は自分だと思い込んでいるような霧夜が、プライドを曲げてまで訊いてくるわけがない。教えてくださいなんて、首を垂れるわけがない。

 これでなんとかお茶を濁すことができ――

「ライカちゃんだよ。この前の始業式の朝にだって、登校中に肩をくっつけるようにして歩いてたもんな」

 ……って、おい。

 せっかくはぐらかせたのに、なんで磯風はまた蒸し返すようなことを。

 俺に恨みでもあるのか。絶対楽しんでるだろ。

 分かってて、俺をからかっているような気がしてならない。

「……ライカ?」

 空馬さんが、隣にいる磯風に『いったい誰のこと』とばかりに質問する。ライカという名前が珍しくて気になったみたいだ。静観を決め込んでいたのに、いきなり訊いてきたのでちょっと驚いた。沈黙していたのは、ずっと磯風とかと話したくても話せなくて、ずっと会話の糸口を探していただけかも。

「俺たちより年齢は一つ下で、九王にずっとアタックしている女の子。ハーフで、すっごく可愛いんだよね。さっさと付き合っちゃえばいいのに、俺からすればスゲーじれったいんだけどね」

「ふーん……」

 訊いた本人だというのに、空馬さんは興味なさそう。

 だが、俺としては刺々しいオーラが横から漂ってきて、無視するにはあまりに濃厚だった。

 なんなんだこれは。

 もしかして……嫉妬? 俺のことが好きで好きで堪らなくて、イチャイチャしている俺とライカのことが気に留めているのか。

 いやいや、そんな希望的観測を抱いていいことが起こった試しがない。以前から、なにやら霧夜はライカのことを一方的に嫌っている節がある。ライカの名前が話に出現しただけで、嫌悪の表情を顕にするので、きっとそれだけのことだろう。

「……ライカ。ああ、あの無駄にテンションが高くて、キンキンするような高音で、あたり構わず男に愛想を振りまくビッチのことね。知ってるわ」

「ビッチいうな!」

 思わず大声で、霧夜の言葉を否定する。

 というか、いきなりビッチ言うから吃驚した。

 そこまで嫌っていたのか。

「あのなあ。ライカはお前が思っているようなヤツじゃないんだよ」

「そうかしら。あんなに可愛いのに、『クズ王』さんみたいにパッとしない男に尻尾を振るなんて、趣味が悪いにも程があるわよ。発情したメス犬は、きっと誰でもいいのね」

「……悪かったな、クズで。だけどなあ、ライカがいないところで、あいつをそんな風に馬鹿にするなよ。あいつは、お前が思っているようなやつじゃない」 

「そんな風って、ただ客観的事実を述べただけでしょ?」

 こいつ、開き直りやがった。

 クズクズ俺に言っているわりには、お前のほうがよっぽどクズなんじゃないのかよ。

 俺にどんな恨みがあるのか知らないが、霧夜は暴言をこれでもかと浴びせてくる。

 だが、それはいい。

 そういうことにはもう慣れた。……男として、いや人として慣れてしまったいいものかどうかは分からないが。

 だけど、ライカにまで飛び火するのはいただけない。許せない。

 あいつの前じゃ、俺はあまり褒めることができない。

 一言でも「可愛い」とか言うものなら、あいつのテンションは天井知らずになる。そうなった時に対処するのがぶっちゃけメンドクサイ。なにより気恥ずかしいから、言えない。

 だが、あいつはほんとにいい奴だ。 

 そんなあちうに、俺のことを慕ってきてくれるのはほんとうに嬉しくて。心が洗われて救われた気持ちになれるような、素敵なことを言われる資格は俺になんかはない。

 なんであいつが、俺なんかの後ろをついてきてくれるのか分からない。

 だから戸惑って、突き放したような態度をとってしまう。

 だけど、あいつのいいところは誰よりも俺が熟知しているつもりでいる。長所なんて数え切れないほどに、挙げることができる。ずっと、こんな俺の隣にいてくれて、俺のことを認めてくれた。そんなあいつのことを貶めるようなことをただ黙って聴いているだけなんて、そんなこと俺にはできない。

 例え、相手が誰であっても。

「あいつはな、お前が思っているような奴じゃないんだ。あいつは……ライカは、遊んでいるようなイメージを持たれることが多いけど、昔から根っからの努力家なんだよ。中学のテニス部にいた時だって、部長を務めてみんなを引っ張ってたしな」

 ライカは、いつも笑顔を絶やさない。

 だからこそ、他の誰からも理解されない。

 あいつが、裏でどれだけのものを積み重ねているのかを。どれだけ、独りで悩みを抱えているのかを。

 みんな知らないんだ。

 部長になった時に、後輩に示しがつかないからといって、苦しいことがあっても誰にも相談できずにいたあいつが、たった一度の失敗でみんなに責められた。それでも、みんなの前では決して涙を見せないぐらいにあいつは強かった。

 そういうライカの良さを、隣にいた俺はたまたま知っていた。だからこそ、声を大にしてあいつのことを誇りたい。だが、無知な霧夜は俺が言葉を重ねる度に、雲行きが怪しくなっていく。

「でも、たしか中学の大会でみんなの足を引っ張って、全国大会行きをフイにした張本人だったしょ? あの子。それでテニスをするのが怖くなって、高校では野球部のマネージャーに落ち着いている。いいわね。もうこれで、誰かに迷惑かけないで済むんだから」

「……お前、言っていいことと悪いこともわからないのかよ」

 あいつが、どれだけそのことで責任を感じていたのかを俺は目撃した。

 みっともなく取り乱して、八つ当たりにも似た感情を俺にぶつけてきた。

 ――あの、雪の降った日に。

 あいつは、隠そうとしていたけれど俺には分かったんだ。

 ……泣きそうだったってこと。

 そんなの、俺に分からないはずないはずなのに、懸命に。俺に悟らせて心配かけないように。

 そういう優しい心を持ったやつなんだ。

 そんなライカを……本人がいない前で、ライカが反論を挟めないような今の状況で、ここまで揶揄するのかっ……こいつはっ……。

「『クズ王』も『クズ王』よ。あの子が寄って来たら馬鹿みたいに鼻の下伸ばしちゃって。はっ! バッカみたい。あんたみたいな単純バカがころっとああいう尻軽女に騙されるのよ。遊ばれていることにも気が付かないで、よくのうのうと話せるわよね。そういうぶっとい神経を持っていることだけは、尊敬するわ」

「そんなこと――」

 分かってるんだよ。

 そりゃあ、ライカが俺に好意を持ってくれているのは分かる。いくらカンの悪い俺でも、あそこまで露骨に接近されれば誰だって……。

 だけどライカは、ほんとうの本気で俺のことを好いてくれていない。

 だって、そうだ。

 本当に恋している人間に、あれだけ何度も分かりやすくアピールしてくるわけがない。軽めのノリで好き好き言われて、誰が本心で言っていることだと勘違いするか。

 期待した挙句に、フラれて、自暴自棄になるなんて、もうそんな格好の悪いまねは二度としたくない。俺はもう、あの頃とは違う。馬鹿の一つ覚えみたいに体当たりして、傷だらけになったりしない。変わったんだ。くだらないことは、適当に流してやる。

「お前にはどうでもいいことだろ」

 俺は早歩きになる。

 もう霧夜とは口論したくない。

 これは、俺なりの気遣いだ。

 これ以上、火花を散らしていれば、修学旅行の班を組むはずのメンバーが空中分解する気がしてならない。

 いや、それ以前の話だ。

 険悪なムードのまま、今日一日俺の家で過ごすなんて想像もしたくない。

 だから、冷却期間が欲しい。

 そんな俺の意図を考慮しない霧夜が、

「ちょっと、待ちなさいよ。聞き捨てならないこと言ったわね、今あんた。『お前にはどうでもいい』ですって」

「ああ、言ったよ!」

 競歩の速度になりながらも、霧夜は小走りに、駆けるようにしてついてくる。

 しつこいな、こいつ。

 なんなんだよ。いつもいつも俺のやること全てにちょっかい出して、どうしてそこまでイラついていのか分からない。俺だってな、いつだって優しいわけじゃない。本気でイライラしているときには、子どもの相手をしてやる余裕なんてないんだ。

「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いて」

 争いの発端。

 磯風が今になって仲裁役を買って出るが、もう遅い。

 事態収拾しようと、会話に割って入る機会を狙っていたのだろうが、もう事態が収まることはない。戦争の火蓋は切って落とされた。

「だいたい、前々から思ってたけど、『クズ王』はあの子のどこがいいわけ?」

「そうだな、お前とは正反対なところだよ。素直で可愛いところとかな!」

 もういい、ヤケクソだ。

 なにやら変な質問をされているようだが、キレ気味に返す。

 そして、走るのだけは禁止。という、なにやら暗黙の了解みたいなものが、二人の間で交わされ、早歩きのまま喋る。気息を乱しながら、猛烈な速さで歩いていく。ガンガン、と互いの肩を激突させながら、手荷物であるビニール袋をガサガサいわせながら、目的地をも視界に入らないまま、暴言を浴びせまくる。

「ああ、そういうこと言うんだ。言っちゃうんだ。言っとくけどね、私だって『クズ王』なんかと違って大人びてて、親切な人じゃないと好きになれないんだから。あのライカって女の子もきっとそうよ。ほんとうは嫌々あんたと一緒にいて、あんたを手の平で転がすのが好きなんだから。いっとくけどね、あんたみたいに女に優しくできない男は、どんな女にだってモテないわよ!」

「はっ! それはお前の眼が腐ってるんだよ。ライカは俺のことを頼りがいのある先輩だって言ってくれてる」

「あーあ。か・わ・い・そー。後輩に気を遣われて、それにも気が付かないなんてー。『クズ王』のどこが頼りがいがあるのよ。中学一年生の時に、何度も教科書忘れて、私に見せてって頼んできたの一体どこの誰でしったっけ?」

「そんな細かいこと憶えているわけないだろ! だいたい昔からそうだよな、お前は。どうでもいい昔のことを持ち出してきて、ネチネチネチ。お前みたいな小さい器の女の方が、男にモテないんだよ!」

 ガタンッ!!

 苛立ちをぶつけるように、自宅の扉を開ける。

 いつの間にやら、到着していた。

 ちょっとしたランニングよりも速くなっていた俺たちの歩きによって、だいぶ帰宅する時間は短縮されていた。後ろから呼び止めるような声と、地を蹴る駆け足の音が響く。

 そして、気が付いた。

 ……鍵が閉まっていなかったということを。なんでかしらないが、ドアノブは何のとっかかりもないままに回ってしまった。


「おかえりなさい、先輩。遅かったです――ね」 


 呆けるようにして、息を切らしている俺たちをそいつは凝視する。

 表札を視認してみたが、確かにそこは俺の家。どこか別世界の光景にも思えるようなものが、目の前には広がっていた。走りすぎて脳に酸素が行き渡らないのか、どうも頭が眼前のことを受け入れようとしない。


 ――そこにいたのは、警察官のコスプレをしていたライカだった。

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