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ライ、雷、来!  作者: ごぼてん
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第8話「ドラゴンの友」


 陽が暮れていた。

 一日を終え、誰もが休み始める時間帯。当然それは魔物にもいえることで、夜になってその姿が見えなくなる魔物が多い。

 だが、逆に夜になればその動きを活性化させる魔物もいる。しかも性質(たち)の悪いことにそういった夜行性の魔物の大半が昼行性の魔物よりも凶暴で凶悪。

 そのため夜になって都市外へ出ている誰もが警戒を厳にして、無駄に動こうとしない。視界が利かない世界で行動することは危険が大きすぎるからだ。


 だがここに、そんな当たり前の常識を破る如く突き進む一陣の風があった。はるか上空、雲の上。もう少しでマッハにでも届きそうな速度でその風は突き進む。

 風をよくみればその風は一人ではないことがわかる。風の背には一人の少年と少女、それに小さな風も乗っている。

 そしてその風に乗る一人の少年が、風へと言葉をかけた。


「悪いな、あと一往復だけだから」


 声をかけられた風は「フン」と鼻息を漏らして、闇の夜空に溶けて見えない漆黒の翼をはためかせて空を疾走する。


「気ニスルナ、ライ。オ前ノオカゲデで我ガ子ヲ取リ返セタノダ、コレ位ナライクラデモ飛ボウデハナイカ」

「いや、うん……まあそれは結果的にそうなったけどさ、根本からしたらダークドラゴンの子供を誘拐した罪をなすりつけられたらたまらないっていう国のためにやったことだしな」


 申し訳なさそうに鼻の頭をかく少年――ライに、漆黒の風たるダークドラゴンが「ソレデモ」と呟く。


「オ前ガイナカッタラダークドラゴントイウ種族が遠イ将来ニ絶滅シテイタダロウ……ダカラ感謝ダ」

「絶滅?」


 穏やかとはいえない言葉に、ライが首を傾げた。


「現存シテイルダークドラゴンハ3頭……我ト我ノ子ダケダ」

「え」


 かすかに漏れたライの声には反応せず、ダークドラゴンは話を続ける。


「ソノウチ、我トココニハイナイホウノ子ハ既ニ卵ヲ産ム力ヲナクシテイル」

「……」

「要スルニ、我ノ背ニ乗ッテイル子ガ唯一子孫ヲ残セル可能性ヲ持ツダークドラゴントイウワケダ……イクラドラゴントイウ種族ノ寿命ガ千年単位デモ、イツカハ死ヌ」


 それはつまり絶滅するということで。


「……それであんなに必死だったのか」


 合点がいったと呟くライだったがすぐさま「ソレハ少シ違ウナ」とダークドラゴンに否定された。


「確カニソウイウ考エモアッタガ、正直ナコトヲ言ッテシマエバ、タダ一ツ――」

「?」


 首を傾げて先を促すライに、ダークドラゴンはオホンと咳払いを一つ。真っ黒なはずの鱗を少しだけ赤らめて小さい声で呟いた。


「我ガ子ヲ愛シテイル……ソレダケダ」


 その巨体には似合わないほどの、か細い声。乙女の恥じらいか、と言いたくなったのをぐっと堪えて、思ったことを漏らす。


「なるほど、わかりやすい……それが親っていうやつなのかな?」


 なんとなしに漏らされた言葉だったのだが、それに対してダークドラゴンは前を向きながらも小さく唸る。


「オ前ノ親ハ……違ウノカ?」

「え、俺の?」


 まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったようで「うーん」と考えるように腕を組んで誰かに話すというよりは独り言を漏らすといった様子で声を発した。


「知らないからな……親のこと」

「ナニ?」


 ダークドラゴンがギョッとした表情を見せた……のだがその様子にライは困ったように言う。


「親がいないっていうのは人間の中だと結構ありきたりなんだ、これが。特に俺みたいな黒髪に黒の瞳ならそれが当たり前みたいなところもある」


 その表情があまりにも淡々としていてダークドラゴンは何も言えずに「ソウカ」とだけ呟く。ライはライで空気を重くしてしまったらしいことに気付いたのか「まぁ」と言葉を続ける。


「師匠……俺を鍛えてくれた人がいたから寂しくはなかったけど」

「鍛エテクレタ人……師匠トイウノカ?」

「ああ、人間は自分を鍛えてくれた人のことを尊敬を込めてそう呼ぶ。今の俺が持ってる戦闘技術は全部あの人から受け継いだものだ……」

「ホウ」

「俺の場合は他にも鍛えてくれた人がいるんだけど……だけどあの人が俺にとっての父であり、それ以上に師であり……本当に感謝してるよ。あ、今から会いに行く魔法使いの人も師匠に鍛えてもらってた頃に知り合って、俺を鍛えてくれた人の一人だったりするんだ」

「オ前ノ師……カ。イツカ会ッテミタイモノダナ」

「いやあの人隠居始めてからどこにいったかわからないんだよな」


 ――ほんと、何してんだろう。


 小さく呟いた声は少し今までと声色が違っていて、まるで何かを懐かしむかのような声だった。


「フ」


 いきなりだった。ダークドラゴンがなんともいえないような笑みを浮かべた。


「ん?」

「ライ、オ前……イイ親ニナルゾ」

「そうか?」


 ダークドラゴンの言葉に軽く首を傾げること数秒。


「……って、はぁっ!? お、親って!! おま、はぁっ!?」


 いきなり慌てだした。

 その様子が楽しいのか、ハッハッハとダークドラゴンが声をあげて笑う。


「だっ、ちょ、体揺するなって! 危ないから! まだアリエスとお前の子寝てるから!」


 アリエスとダークドラゴンの子を落ちないように支えつつ、ライが静かな声で言うのだがダークドラゴンは全く悪びれない。


「アー、ソウイエバソウダッタナ」

「忘れたら駄目だからそれ!」

「ハッハッハ」


 こういったやりとりも楽しいのか、ダークドラゴンがまた大きく笑う。


「だー、揺らすなって!!」


 そんなやり取りをすること数分。


「そういえば」


 いつの間にか落ちついていた雰囲気になったせいか、ライがふと話を切り出した。


「シルクたちがいる時は話しかけてもほとんど反応なかったのに、今は普通に会話してくれるんだな」


 本日の昼間のことである。ライがいくら話しかけても反応がないわけではなかったが、それでも会話が数分で成り立たなくなるほどに反応は薄かったのだ。

 だからこそライはシルクたちとのんびりとした会話を出来たのかもしれないが、それはともかく。

 その言葉にダークドラゴンは「フン」と鼻息を漏らした。


「我々ハ認メタ者以外トハ碌に話ナドセヌ……ソレガドラゴントイウモノダ」


 別に好き嫌いとかそういう感情ではない。ただ、認めた者以外との交流など無駄と考える。だからこそドラゴンは尊敬もされるし、それ以上に神性視されてきたりもした。

 ドラゴンという種は良くも悪くもシンプルな生き物なのだ。


「へー……あ、じゃあ俺は認めてくれるんだ」


 少しばかり揶揄も込めた言葉だったのだが、ダークドラゴンはなんの躊躇いもなく頷く。


「ウム、アレダケ見事ニ投ゲ飛バサレテハ認メザルヲエンダロウ」

「あ、お……おう」


 少しばかり恥ずかしそうに、それでいで申し訳なさそうになったライには気付かず、ダークドラゴンは「ソレニ」と続けて、首を曲げて顎で眠りについている一人の少女を指し示した。


「ソノ人間ノ少女モ」

「アリエス?」


 なぜ?


 ライが言外にそう尋ね、ダークドラゴンは、顎をアリエスから眠っているダークドラゴンの子へと向ける。その目はどこか慈愛に満ちており、ライですらも安心感を覚えるほどだ。


「ソノ人間ニハ我ガ子ガ随分ト世話ニナッタヨウナノデ、ナ」

「……なるほど」


 頷いたライに、ダークドラゴンはフと思ったことを口にした。


「ソレヨリコノママダトモウ一時間モスレバ、ギ武国ドレイク都市ヘト到着シテシマウガ……ドウスルノダ? マサカソンナ幼子ヲ深夜ニ連レマワシテ宿ヲ探ス訳ニモイクマイ」

「あぁ、それなら大丈夫だと思う」

「?」


 さすがに視線は進行方向へと戻したダークドラゴンがその状態のままで首を傾げた。


「あの人ならきっと勝手にこっちに寄ってきてくれるから」


 自信満々にいうライだが、その『あの人』を知らない側からすれば混乱するばかりだ。それは当然ダークドラゴンとてそうであり、しきに首を捻ってはライの言葉の意味を考えている。その様子に、ライは苦笑して説明を加える。


「あの人ならまずダークドラゴンが数キロ手前で降り立ったことにすぐ気付く。それであの人のことだから好奇心かなんかでこっちに来る、そしたらあとはお互いがお互いに気付いて、俺が話をつけてそれで終わりってところかな」


 呆れるほど簡単な話ではある。が。


「ソンナ簡単ニイクノカ?」


 そう、普通はそんな簡単にいかない。

 そもそもダークドラゴンが数キロ手前で降り立ったことに誰が気付くというのだろう。もちろんそれが戦場というのならば気付いてしかるべき罠や察知魔法がかけられているのだろうが今はそういう時でもない。何より、それに気づいたからと言って一個人がわざわざダークドラゴンに興味本位で近づくというのだろうか。普通は逃げて近づこうとすらしないはずだ。

 そんなダークドラゴンの疑問とは裏腹に、ライは言う。


「うーん、人間の弟子を取りたがってたから……多分?」


 簡単に弟子をとってくれるのか? と勘違いしたのだろうか。


 ――いやそこじゃない。


 という内心の突っ込みをダークドラゴンはどうにか堪えた。


 ――弟子云々ではなくてそんな簡単にこちらへと近づいてきてくれるのか?


 そう言い直そうかと考えたダークドラゴンだったが、すぐにそれを中止。さっきの発言はさっきの発言で気になるところが出来たからだ。


「『人間ノ弟子ヲ取リタガッテイタ』トイウ言イ回シヲスルトイウコトハ人間デハナイノカ?」

「あ、言ってなかった? エルフだよあの人は」

「ホゥ」


 やはり事も無げに言うライに、ダークドラゴンは目を細めた。

 もしもここにシルクやロイドがいたらまた昼間のように二人でヒソヒソと驚きの会話を交わしていたことだろう。


 この大陸において、人間と亜人の関係は良好とはいえない。それが一般的な関係で、逆に人間と亜人でも良好な関係を築いているところもあるにはあるが現在認められている国では一国のみだ。

 例えばライの住むケイアン王国だと亜人の永住権すら認めておらず、良好どころか断絶といった関係に近い。シンカイ法国だと亜人は即ち奴隷という国制度だ。

 人間が主体の国において亜人との関係が良好といえる国は一国しかないといっていい。ただ、今向かっているギ武国は良くも悪くも実力主義の国。

 亜人だろうが人間だろうが、関係が良好だとか悪いとかは一切関係ない。ただ強ければ認めてもらえるし、弱ければ奴隷になりさがることだって普通にある。


 ただし、やはりいくらそのエルフがギ武国に住んでいるとはいえ、ケイアン王国に住むライがエルフと良好な関係を築いているというのはやはり珍しいことといえる。


「……」


 ダークドラゴンがフと黙り込んだ。


「?」


 急に黙り込んだその様子に、どうしたのだろうとライが首を傾げようとして――


「――ヲイ、ライ」


 ダークドラゴンが声をかけた。


「なんだ?」


 さっきまでのことから若干警戒しつつ反応したライ、ダークドラゴンは大きな口をゆがめて、ライからしてみればこれまた唐突なことを言った。


「オ前、我ノ主ニナレ」

「……主?」

「ウム、オ前ガ呼ブコトガアレバスグニデモ駆ケツケルゾ?」


 ――ドウダ、便利ダトハ思ワナイカ?


「いや、でも……え?」


 急な展開にライはついていけず、ただ首を傾げる。だがダークドラゴンはそれをも気にせず淡々と言葉を続けていく。


「我ノ呼ブ時ニ使ッタオカリナハ今アルカ?」

「……えっと、これか?」


 とりあえず事態の理解は後回しにしたらしい。ダークドラゴンに言われたとおり、ソレを懐から


「ソレダ。ソレニ魔力ヲ込メテ――」

「ふむふむ」


 言われたとおり、ライなりに魔法を使わずに魔力を込める。


「おぉ、なんか光ってる」


 まるで蛍の光のようにおぼろげで、だがしっかりとした光がオカリナから溢れている。そのサマにダークドラゴンは満足したらしく、大いに頷いた。


「ソレハ特殊ナ材質ダカラナ……ソノママダークドラゴンヲ呼ブメロディヲ吹ケバ契約完了ダ」

「それだけでいいのか? これだったらドラゴンからオカリナ盗んで、そこから安全な場所に逃げてから吹いてもそれで契約完了になんじゃないのか?」


 ライの言うことももっともだがもちろんそう上手く行くわけもない。


「主従関係トイッテモ、従者ニナルワケジャナイ……人間デイウト友達ミタイナモノダロウ。普段ハ別々ノコトヲヤッテハイルガ、ピンチニナッタカラ助ケニ行ク、呼バレタカラ遊ビニ行く……ソノ程度ノ関係ダ」

「へー、じゃあ無理矢理に主従関係を結んでも殺されるのがオチなんだな」

「ウム、決シテ隷属関係デハナイカラナ」


 ――納得だ、呟くライにダークドラゴンが「ソレデ?」と尋ねた。


「え?」


 聞き返すライに、ダークドラゴンは言う。


「我ハオ前ガ気ニ入ッタ……我ノコレカラノ楽シミトイエバ、ドウセ子ノ成長位ダ……我ノ主ニナッテ暇ツブシニ付キ合ッテクレナイカ?」

「……」


 ダークドラゴンの言葉に、口を開けて呆然とすること数秒。


「くっ」


 ライが声を漏らした。


「ク?」


 意味がわからない単語に今度はダークドラゴンが首を傾げてその意味を尋ねようとした時だった。


「くっくくく……アッハハハハハハハ」


 爆笑である。


「いやお前そんな言い方……どれだけひねくれてるんだよ!」


 笑いながらも腹を抱えてダークドラゴンの背を転がりまわる。それがまたあまりにも大きく動き回るため今度はダークドラゴンが「オオオオマテマテ……動キスギダロ! 落チタラドウスルンダ!」と慌てさせられる。


「ハァ……苦しい」


 やっとのことで笑いが止まったらしく、それでもまだ可笑しいのか笑顔は変わらない。息を切らせ、呼吸をゆっくりと整えるライが「なら」と問いを発する。


「俺の名はライ。お前の名は?」


 その問いにダークドラゴンは意味を察した。


「ダルク……我はダークドラゴンのダルクだ」

「そうか。これから宜しくな、ダルク」


 ダルクの背を軽く叩き、それからその返事を待たずしてオカリナに口をつけた。

 魔力が込められたオカリナが淡い光を放って夜空に一筋の光の跡を生み出す。地上からはるか上空、星からすればはるかに地表。そんな、あるいは奇跡のような場所でそれはさながら落ちることのない流星のように速く儚く流れ行く。


 オカリナの笛の音を空に溶け込ませながら。


 それはまるで新たな祝福の音色で、光。


 ライとダルクにとって、それは本物の祝福のようなものだった。





 闇。闇。闇。

 王国内にいる誰もが寝静まる時間帯。起きているのは深夜でも構わずに働かされる奴隷や夜警を仕事とする人間、それにその他ごく僅かの例外ぐらいだろうか。

 そしてここ、城内のとある一室にそのごく僅かの例外が二人で顔を突き合わせていた。両者共に顔は見えないが、声から察すに一人はまだ若い青年、もう一人は若干疲れた声で判別が難しい。


「失敗……だと?」


 おそらくは青年である声の持ち主が呟いた。その言葉に疲れた声の主は頷き、詳細を伝える。


「ええ、そのようです。グロッツ邸は火に包まれドラゴンの子は行方不明、残ったのはグロッツの死体ぐらいですな」

「ふむ……想定内とはいえ少し早すぎるな」

「ええ、ケイアン王国の光神隊が動いた形跡もなかったようです。もしかしたら四神隊という都市伝説の部隊が動いたのかもしれませんな」


 冗談とも本気とも取れる平坦な声色。青年は「ううむ、そう考えて動いたほうがいいな」と呻き、だがあまりその言葉は気にしていないのか「まあよい」と顔をあげた。


「ドラゴンの……しかもダークドラゴンのデータは既に得たのだろう?」

「もちろんです。既に人間、亜人、魔物への投与実験も開始しています。おそらくは数週間としないうちに投与薬も完成することでしょう」


 疲れていたはずの声にわずかな生気が戻る。青年も同じように「そうか」と満足げに頷く。


「さて、それで次の策はどうなっているのだ?」

「ふふふ……既に身は結びつつあります。準備は万事といったところですな」

いやらしく、どこかねちっこい声。聞いているだけで嫌悪感すら湧きそうなほどの声色だが、その声も青年はよく聞いているのだろう。

「うむ」


 戸惑うことなく頷いた。


「「全ては我が国の、そして大陸のために」」


 合言葉のように唱え、彼らは闇の中へと姿を消す。


 残ったのは無音。


 フと透明のテラスから月明かりが差し込んだ。


 もうそこには人影はなかった。



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