第7話「トモダチ」
――ダークドラゴンの背中は風が気持ちいい。
すさまじい風圧をものともせずに黒の鱗の背中に立っているライがリラックスした様子で目を細めた。
眼下に移る雲の景色にライは一人だけでこの景色を味わうのは申し訳ないと考えたのか、後ろでうずくまっている3人と1頭――ただし、ダークドラゴンの子はまだ起きられそうにないので正確には3人――に声をかけた。
「3人とも下の景色見ないのか? 雲を上から見れるとか人生でも滅多にないと思うんだけど」
気持ち良さそうに小首を傾げるサマは歳相応で、それを見ていたシルクの表情もほんの少しだけ柔らかくなる。ただ、彼女の口から出たのはそれとは少し違う感想。
「非常識だと思うよ……ライ君」
「え、どうして?」
意味がわからずにやはり首を傾げるライの様子に今度はロイドが言う。
「この風の中でよく平然とたっていられるね……っていう意味だよ」
雲よりも高い高度にいるにも関わらず呼吸に苦労していないのはほとんどダークドラゴンの風魔法のおかげだとして、それでも時速1000キロにも迫るダークドラゴンの背に乗って平然と立っていられるのは、もちろんこれもダークドラゴンの風魔法により風圧が低減されていることもあるが、ライがそれだけ卓越した身体能力を備えているということにもなるのだろう。ちなみにだがこれだけの速度で会話が普通に成り立っているのもダークドラゴンの風魔法のおかでである。
「え……ああ、なるほど」
その事実に納得したのか、どこか呆けた表情で頷いた。
――そっか……俺も一応非常識なのか。
何かいやなことでも思い出したのかどこか遠くを見つめだしたライを尻目に、アリエスが小さな声でシルクとロイドへと感謝の気持ちを伝えていた。
「……おにいちゃん、おねえちゃん。ほんとにありがとうございました」
まだ当分の間は意識を取り戻しそうにないダークドラゴンの子を抱きしめて、それでも一日もしないうちに目が覚めるだろうと教えられているせいか表情に不安そうな色はない。
「ううん、私たちは結局何もできなかったから」
やんわりと申し訳なさそうな態度のシルクに、アリエスが首を傾げて不思議そうに言う。
「でも最後はおねえちゃんたちが助けてくれたんでしょ?」
「ああ……そっか。最後までは見てなかったのね」
そのせいでライが助けに来たことを知らない。
アリエスは途中で意識を失っていた。目が覚めた時もライはマルガリータ邸で後始末をしていてアリエスの前にはいなかったからだ。
「なに言ってんだ、アリエスを助けたのは二人だろ?」
軽く肩をすくめて言うライに、アリエスが笑って言う。
「ほらね、やっぱり!」
「え、いやライ君が助けてくれたじゃない」
ライの反応の意味がわからずに正直に言うシルク。
「え、そうなの!?」
――黒髪なのに!?
と、驚きの様相で言葉を発したアリエスに、ライは素晴らしい笑顔で首を横に振る。
「――そんなわけないだろ? きっとアリエスからお礼を言われるのが恥ずかしいんだよ」
「えーそうなのー?」
会話をしながら、そういえば、とライは思う。
形式上、丁寧な言葉で接していた設定を今はやっていない……のだがアリエスがそれを不思議に思う様子はない。
――なら、いいか。
アリエスが疑問にも思っていないなら今更ライから何か言う必要もない。ライは首を振りながらアリエスの問いに答える。
「そもそも黒髪で黒の瞳をしている俺に、かの有名なマルガリータ邸から皆を脱出させることなんか出来るわけないだろ?」
「うん、そうだよねー」
「うんうん」
自分が軽くけなされているにも関わらずキャッキャウフフとアリエスと笑うライの姿にシルクが目をぱちくりとさせる。
「え、これって……どういうことなの?」
訳がわからずにロイド尋ねると答えは簡単に返ってきた。
「四神隊だから、じゃないかな。自分が強い人間だってことを知っている人間を極力少なくしておきたいんだろうね」
四神隊とはケイアン王国で幻の隠密部隊である。あらゆる事件を闇から闇へ葬る。そのためには決して表へ出てはいけない。
「そっか……ライ君って私たちと違って本物の警備隊の人間だったのよね」
少しだけ遠い目になって寂しそうな表情を見せるシルクに、ロイドが薄く笑う。まるで悪戯をする時の少年のような顔だ。
ただでさえ絞っていた声をさらに小さくさせてシルクの耳元でそっと囁く。
「一緒に学園に行けなくて残念って?」
「ちっちが……違うわよ!!」
「うぉ」
予想以上に大音量の返事にロイドが「じょ、冗談だって」と耳を抑えながら言う。
「あ……う、うん。そ、そうね。こっちこそごめんなさい」
若干顔が赤くなっているのだがそれを指摘したらまた耳を抑える羽目になりそうなことを察してロイドはそれを言うのをやめた。
「ど、どうしたんだ?」
「どうしたのおねえちゃん?」
さすがにキャッキャウフフしてても今の大音量は響いたらしい。ライとアリエスが目を白黒させながらシルクへと声をかける。
「う、ううん……ほんとになんでもないの、ごめんね二人とも」
「お、おう」
「わかったー」
アハハと笑うシルクに、二人とも素直に頷いたのだが、そのライにシルクが「そういえば」と首を傾げた。
「これからアリエスはどうなるの?」
「え、わたし?」
――なになに?
と不思議そうな顔をするアリエスに、ライが「ああ、そのことなら」とシルクとロイドの顔を見つめて事も無げに呟いた。
「俺の知ってる冒険者に預けようかと思ってるんだけど」
「え?」
「は?」
同時に口を開けて間抜け面である。
「……この流れだと普通は私かロイドのお屋敷で使用人として働いてもらうとかそういう流れなんじゃ?」
若干不満そうに言うシルクに、ロイドは苦笑して頷いた。
「僕もそのつもりだったんだけど」
だがその二人の言葉に、ライはヤレヤレと呆れ顔をして見せた。
「何か問題でもあるのかい?」
普通なら癪にさわるであろうその態度を気にせず、ロイドが疑問を口にした。
「ケイアン王国がそもそも身分証も持たない子供を入国させるとも思えない……まぁロイドやシルクの権力というかコネで入国できたとして、永住権をもらえるのか?」
「そ、その辺もお父様に頼めばきっと」
――どうにかなると思う。
そう続けようとしたシルクの言葉を、ライが鋭い視線で遮った。
「それでもし永住権をもらって、アリエスは幸せに暮らせると思うか? あのケイアン王国で」
「そんなの私たちがそうなるように取り計らうに決まっているじゃない」
何をいっているんだろう。
そんな顔をするシルクに、ロイドもやはりライの言いたいことがわからないのか首をかしげている。彼らの様子にライは肩を落として、言う。
「混色で、差別されず生きていけると?」
「っ!?」
「あ」
その言葉でシルクが息を呑み、ロイドが呆けたような声を漏らした。
ケイアン王国の特徴を聞かれれば誰もが知っている。
鎖国的で血統主義であるということだ。
基本的に人間以外の種族、亜人族などの永住を認めていないし、血統に関してもそれは即ち身分へと繋がるわけであって、混色の――即ち頭髪と瞳の色が異なっている――人間などほぼいない。
誰もが己の身分よりも高い人間との婚姻を望み、己よりも身分の低い人間との婚姻など望まない。だからこそ必然的にケイアン王国での婚姻は必ずといっていいほど同じ身分、同じ色の人間と婚姻することになる。
王族は王族やその縁者と婚姻し、金髪で金の瞳の子を産む。
貴族は赤髪で赤の瞳の子供を。
平民は青髪で青の瞳。
貧民は黒髪で黒の瞳。
これがケイアン王国にとっての当たり前の婚姻形式になっている。そんな中でアリエスのように赤髪で青色の瞳を持っているような人間は当然つまはじきにされてしまうだろう。特異な人間は避けられてしまう。それは人間の性といっても過言ではない。
「人から孤立して生きるっていうのは……つらいと思うけど?」
もちろんロイドやシルクはアリエスのことを孤立させないだろう。だが、二人がいつでもアリエスと一緒にいるわけにはいかにないのだ。
「それでも僕らがなんとかしてみせ――」
「――う、ん……そう、ね」
任せとけ、と言わんばかりに胸を張ったロイド。だがそれよりも先にシルクがぎこちなくも頷いていた。
「し、シルク?」
さすがに呆気にとられた声を出すロイドと同様にライも呆気にとられた表情をしてシルクを見つめている。そんなロイドとライの様子に、シルクが顔を俯かせる。
「ごめん、でも……」
一度言葉を区切って言いづらそうに黙り込む。
「でも?」
先を促すようなロイドの言葉に、シルクは小さく「うん」と頷いて顔をあげた。
「――孤独ほど辛いものはないと思う」
そのシルクの言葉に、ライは首を傾げて、ロイドはハッとした表情を見せる。
「だから、きっとライ君の言っていることが正しいと思う」
微妙に気まずい沈黙が流れる。
「……」
「……」
「あー、まぁアリエスがどうしたいかも聞いてみた方がいいと思うんだけどどうだい?」
ロイドがとりあえず、といった感じで場をつなぐ。
「それはまぁ……言う通りかもしれない」
ライが頷く。
「私ね、強くなりたいの」
「ぇ」
きっと三人の会話を聞いていたのだろう。誰かに聞かれるでもなく、先にアリエスが答えていた。
いきなり割って入った少女の声に、ライが驚きの声を漏らし、それと同時にライ達の視線を一身に受けることになったアリエスだがまったく動じない。
それどころか未だに眠っていて動けないダークドラゴンの子の頭をいとおしげに撫でている。その手は優しく、その表情は愛おしい。まるでどこぞの聖女のようにすら見えてしまうほどだ。
「この子……ずっとあの人に苛められてきたの」
あの人とはもちろんグロッツのこと。父と呼ばないあたりにグロッツとの関係の希薄さが窺えるがそれを指摘するような無粋な真似はだれもしない。
「わたしは何にも出来なかった……その子が苦しそうにしてるのに、なんにもできなかったの」
頭を撫でる手がかすかに震えだす。それは少女にとってよほどの辛いことだったのか。顔を俯かせて、言葉が詰まる。
「わたし、助けられるような人になりたい。おにいちゃんやおねえちゃんみたいに誰かを守れるくらいに強くなりたいの」
「……そっか」
その表情からはアリエスの固い決意が見て取れる。それが10歳の少女とは思えないほどに強く、それでいて頼もしい決断で、シルクは微笑を浮かべてアリエスの体をそっと抱きしめた。そしてその体勢のままライへと顔を向ける。
「ライ君お勧めの冒険者さんは強い? アリエスは強くなれる?」
「……」
その問いにライは考えるように首を捻る。少しだけ言うのを渋るような表情を見せ、それでもやはり言うしかないと考えたのか、一人でため息をついて口を開く。それから彼が投下した言葉は素っ頓狂で、まるで冗談のようなものだった。
「強さは……そうだな。あの人なら一人で一国を滅ぼせるくらい強いと思う」
「え?」
「は?」
「ん?」
順番にシルク、ロイド、アリエスである。
「一国……え、一国? ……例えばギ武国とかケイアン王国とかシンカイ法国とか……そういった一国のこと……かい?」
頬をひくつかせて尋ねるロイドに、ライは素直に「ああ」と頷く。
「冗談、だよね?」
同じく頬が引きつっているシルクの確認に、ライは「真剣だけど」と首を横に振る。
「強さは保証する。魔王さんや勇者さんくらいだと思っても遜色ないだと思う。まぁ、その人はほとんど隠居生活送ってるみたいだから強くなれるかはアリエスの熱意次第なところもあると思うけど」
――どうする?
「え、魔王? 今魔王って言ったの、ライ君?」
「いやいやいやいや勇者も出てきたけど、僕の聞き間違いかい?」
「え、ライ君ってほんとどうなってるの?」
「いや、それを僕に聞かれても」
コソコソと話してるシルクとロイドの言葉にライは困ったように笑う。アリエスは聞いていないのか真剣に考え込んでいる。
「あの、その冒険者さんについていったらおにいちゃんたちみたいに強くなれるの?」
「そうだな、アリエスが真剣に強くして欲しいって頼み込んで弟子にしてもらえれば確実に強くなると思う……少なくともケイアン王国にいるよりは、な」
「……そっか」
頷き、うなだれる。それからロイド、シルク、それにダークドラゴンの子供に視線を順番に送り、最後にライを見つめ、アリエスは言い放った。
「私、冒険者さんについていくよ」
こうしてアリエスの行き先は決まった。
もう夕暮れ時。
太陽が沈もうとしていた。
赤い光が全てを照らし、これまでとはまた別の存在にすら魅せ始める。灼熱の大地を彷彿とさせる赤の草木が広がる。まるで燃えている人肌の足元では、より一層に長い影を伸ばし、それでも夜を匂わせる空気にまぎれて吹く風が少し肌寒く気持ちがよい。
ケイアン王国のケイアン都市の数キロ手前、草原に包まれた一本道の街道へもすぐに合流できる地点にダークドラゴンは降り立った。
「おにいちゃん、おねえちゃん。ありがとうございました。次に会うときはみんながびっくりするぐらい強くなってるんだから!」
「あら、私だってもっと強くなってるわよ?」
「そうとも、僕だって」
仲良く笑う三人の様子をライが黙って見つめている。
――まだ会って半日程度か。それなのに仲良くなったもんだよな。
アリエスとシルクとロイドの会話が大雑把に終わったところで、二人に声をかける。
「とりあえずお疲れ様。俺はこのままアリエスを一旦冒険者の人に預けるけど二人はどうするんだ?」
「うーん、とりあえずはお父様にこのことを伝えるわ」
「うん、僕もそうしようと思ってる」
「そうか、俺も全部終わってから一応は王に報告するつもりだけど宜しく頼む」
「ああ」
任せてくれと胸を張るロイドにライの表情が真剣なソレになる。
「最後に、多分俺から言わないといけないことがある」
「?」
「?」
首を傾げる二人に、まるでそれが朝に会ったばかりのときのことのようでライはかすかに笑いそうになったのをどうにか堪えた。
「シルクもロイドも。四神隊の存在を知ったということは二人はいずれ国にとっての重職につくことになるんだろう」
その言葉にシルクとロイドの表情が瞬時に真剣なソレへと変化した。
今回、ライからしてみれば一人だけで任務を行ったほうが断然とはやかったし、楽に終わっていた。
光神隊顔負けの実力を備える17歳の第二王女と、17歳にして光神隊に所属し、しかもその中核を担うほどの戦闘力を持っている少年。
なぜ、王はわざわざこの二人とチームを組ませたのか。
その答えは若い頃から様々な任務を経験して欲しいという王なりの配慮だとライは考えていた。
「だから――」
「だから?」
一度言葉を区切ってツバを飲み込んだライの様子に一体なにを言われるんだろうとドキドキするシルクとロイド。ライは自分を勇気づかせるように頷き、それから彼らに言った。
「――頑張れ」
余りにも短すぎる言葉。
「……」
「……」
一拍の間が3人を包み込み、ロイドとシルクが同時に首を傾げた。
「「……はい?」」
「ん?」
その二人の微妙な反応に、ライが不思議そうに首を傾げる。
「それだけ?」
「そうだけど?」
――逆に他になにかあるのか?
とでも言いたげなライの様子に二人は微かに笑う。
「ふふ、なんだかライ君らしいね」
「ああ全く」
「……なんだか素直に喜べないんだけど」
「褒め言葉さ、褒め言葉」
ロイドが微笑み、シルクがふと思い出すかのように言う。
「ねぇライ君」
「ん?」
「今回は本当にお世話になっちゃって……あなたがいなかったら私たち今頃どうなってたか」
「僕からもお礼を言わせて貰うよ、たくさん迷惑をかけたとおもう。すまなかった……あと、ありがとう」
「……ぅ」
ライは顔を赤くさせて首をキョロキョロと。
「ら、ライ君?」
「ライ?」
不思議そうに見つめる二人に、ライが顔を俯かせて呟く。
「お、おう」
ぶっきらぼうに、決して二人と視線を合わせることもなく呟いたライにシルクとロイドは意地悪な笑みを浮かべた。
「「照れてる?」」
「……照れてない」
「「へー」」
「な、なんだ」
「「ほー」」
息ぴったりである。からかわれているライからすればたまったもんじゃない。
「と、とにかく!」
気持ちをリセットさせるためか無理矢理言葉で空気を区切って、さらに深呼吸。
「なんだかんだで道中に誰かがいるのは楽しかった。次に二人と会うことがあるのかはわからないけどもしその時があったら宜しく」
「……」
「ああ、こちらこそ」
ライの言葉に反応しなかったシルク。すんなりと頷き、手を差し出したロイド。一度目はまさか握手の手を王族血縁者から差し出されるとは思っておらずに戸惑ったライだったが今回はすんなりと頷いて手を差し出した。
「……って、あれ?」
ロイドが首を傾げて、次いでライも首を傾げた。ここでシルクも手を出して3人で最後の握手を、という流れになると考えていた二人が同時にシルクを見つめて「「う」」とこれまた同時に唸った。
「……」
シルクが不満げに頬を膨らませていたからだ。
「……な、なんか不機嫌そうだね」
額に汗を浮かべて声をかけるロイドの声を華麗に流し、シルクがライへ向けてボソリと一言。
「訂正して」
「え?」
――訂正?
何のことかがわからずに、ロイドに表情で尋ねるライだがロイドも当然わかるはずもない。その様子がまたシルクの琴線に触れてしまう。
「わからないの?」
「え、いや……う、うん……ご、ごめん」
「……いい」
「はい?」
「もう、いいよ。別になんでもないから」
シルクがプイとソッポを向いてしまった。だが完全に怒っているわけではないらしくい。シルクの目の端には、困惑でオロオロし始めたライの様子がしっかりと映りこんでいる。それに気付いたロイドが誰にも聞こえない声で「あぁ」と声を漏らした。
――ダークドラゴンの背中で言ったこと、結構洒落になってなかったのだろうか?
要するにアレだ。シルクはもう会えないかも、とライに言われたことが不満なのだ。それを訂正してもらいたくてこんな子供みたいな態度をとっている。
それが、単に珍しく普通に接してくれる友達だから寂しくてなのか。それともシルク自身でも気付いていない淡い気持ちなのか。あるいは両方か。
もちろんそれはシルクにしかわからないし、シルクでもわかっていないのかもしれない。だがどう考えても素直な態度ではない、ということだけは明白だ。
――仕方ない、今回は幼馴染の王女様を助けてあげるとしようかな?
苦笑して、ため息を吐き出した。
「ライ、さ」
「ん?」
「君はどの辺に住んでるんだい?」
「!?」
びくりと背を振るわせたシルクと「は?」とこの短時間で何回目になるかわからない呆けた表情を見せるライ。
「ほら、折角同年代で親しくなれそうな人と知り合いになれたんだ、このまま関係が終わってしまうのも悲しくはないかい?」
「いや、そういわれても俺はそういう仕事についてるわけだし……そもそも俺の住んでいるトコを聞いてどうするんだ?」
ロイドの言いたいことを本気で理解していないライが戸惑いの表情のまま首を捻る。ロイドは微笑み、シルクに視線を送る。シルクはハッとして嬉しそうに頷いて……そこから慌てて取り繕って見せたかったのか、ヤレヤレといった表情をロイドに見せてから、だがやはり少し顔を赤くさせながらロイドとライの会話に割り込んだ。
「あ、遊ぼうよ、ライ君」
「……アソボウヨ?」
急にカタコトになったライに、今度はロイドが言う。
「仕事といってもたまには休みの日とかあるんだろう?」
「い、いや……それはもちろん」
「じゃあ、ほら。折角私たち同い年なんだし、ね? 3人で遊ぼうよ」
「……」
困惑して二人の顔を交互に見比べる。
「僕たちと友達にならないか?」
「!?」
今度は驚いたような表情。
「お、俺と?」
「ああ」
にこやかにロイドらしい爽やかな笑みを浮かべてライに「どうだい?」と尋ねる。ライは嬉しそうに笑顔を浮かべて、それを見ていたシルクが満面の笑みを浮かべ、ロイドも瞳に楽しそうな色を浮かべ、だが次の瞬間にはライは首を横に振った。
「ごめん、多分ダメだ」
「ぇ」
この空気の抜けたような声はシルクのものだ。ライは申し訳なさそうに頭をかいて、頭を下げた。
「ごめん。俺は四神隊だから目立っちゃいけないんだ……貧民の俺が王族と友達なんて、そう言ってくれるのは本当に嬉しいけど、ダメだ……ごめん」
「……」
「……」
シルクとロイドが同時に黙り込む。
「……」
ライも申し訳なさそうに頭を下げたまま黙っている。そのまま気まずい空気が流れるかと思ったその時だった。
「断るわ」
シルクが声高に宣言していた。
「え?」
ライが間抜けな声を漏らした。それに対してロイドが慌ててフォローを入れる。
「いやいやいやシルク、聞いてた? 四神隊は隠密性も大事な部隊なんだから、目立ったら駄目なんだ。それは国にとっても大事なことで――」
「――私はこれでも王女なの」
「う、うん」
ロイドの言葉を遮ってシルクは高らかに言う。反射的に頷いた二人に、シルクは歳にそぐわない仕草を。
手をそれぞれの頭に掲げて、それから大地に向けて3度手を振った。
「「っ!?」」
慌てて跪くライとロイド。
これはケイアン王国での正式な伝統的所作で、王とその直系血族のみが許されている指示形式である。正式な所作というだけあってこの所作をもってしても従わない人間には罰則すらもあるくらいだ。
「正直に言いなさい、ライ」
今までのシルクとは思えないほどのキビキビした言葉に、ライも何を言われるのかと身構える。
「私と友達になるの……嫌なの?」
若干の涙目と拗ねたような赤い顔。しかも一瞬だけ見せたまさに王女といった言動から一転、甘えたような声と所作だ。
――反則だろこれ!?
「うぅ」
ライ自身どこから漏れた声かわからない声が漏れた……が、流石に観念したのか。ため息を落とし、立ち上がって言う。
「嫌じゃない……シルクもロイドも王族とは思えないほどに気さくだし、楽しい……だから嫌じゃない、むしろそう言ってくれて嬉しかった……今まで同年代でそういう人もいなかったし」
「じゃあ私と――」
――あれ、『私たち』じゃなくて『私』? 僕のこと忘れてる?
密かに肩を落としたロイドだがこの場で言葉を挟む勇気は流石にないらしく、黙ってことのなりゆきを見つめている。
「――だから、さ」
シルクの言葉を聞く前に先にライが言葉を発していた。
「?」
「聞いて見るよ、王と隊長に。それで許してもらえたら遊ぼう、俺から声をかけにいくから、さ」
「……」
「……」
「……これじゃ駄目、か?」
申し訳なさそうにシルクの瞳を見つめるライに、シルクは小刻みに何度も頷き、視線を通わせあう。
気付けば蚊帳の外にいたロイドは「あれー? おかしいな……あれー?」としきりに呟いているが、やはりそれも二人には聞こえないらしい。
「十分、ありがとうライ君」
「いや、こちらこそ……ありがとう、本当に嬉しい」
――このままだとこの二人はキスするんじゃないだろうか?
そんなことを考えたくなってしまう空気に、ロイドが強引に「あーあー僕もそういう人ほしいなぁ」と大きい声であてつけのように言う。
「「!」」
二人が今更に気付いたように視線を外して慌ててロイドに声をかける。
「そ、そういうわけで、いいか、ロイド?」
「なんでもいいよ、所詮僕だから」
「そ、そんなことないわよ、本当にロイドのおかげでライ君の気も変わったわけだし、ね!?」
「も、もちろん。ロイド様サマだよな! シルクもそう思うよな?」
「え、ええ! 当たり前よ、いつも思ってるわ!」
明らかに胡散臭い持ち上げ方なのだが、ロイドはそれでも気を良くしたらしい。
「いやー、そんなこと……あるかーあるよー、僕だもんなー」
「そ、そうそう」
一気にテンションを持ち直したロイドに二人がほっと息をつくのだった。
「じゃあまた今度遊べるようにって私、祈ってるわね」
「僕は信じてる」
「二人ともありがとう、また」
手を振って二人の背中を見送る。
それが数分続いただろうか。日は暮れかけているがまだ暗くなり始めるにはもう半刻ほどあるだう。それでも丈の高い草原のせいですぐに彼らの姿がみえなくなった。
途端、ライの表情は先ほどまでの柔らかなソレとは違う。真剣なソレへと変化していた。
――……みんなもう疲れてるだろうし、俺が直接王に報告するだけでいいよな。
それはライなりに気をつかってわざわざ言わなかったこと。
今回の事件の首謀者が誰かわかっていないこと。
シルクもロイドももしかしたらグロッツが今回の首謀者と考えているかもしれないが、確実に黒幕が存在していたというそのこと……それも生体実験により有能な兵士を生み出そうという危険な思考を持ち、しかもグロッツ・マルガリータを取り込めるほどに豊かな財力をもった黒幕が、だ。
――そうだよな、わざわざ不安にさせることもないよな……俺に友達になろうって言ってくれたんだもんな。
少しだけシルクとロイドのことを考えてしまったせいか、真剣だったはずのライの表情が緩み、だがすぐさま気を引き締めなおしてまた真剣なソレへと戻す。
今回の事件の元凶。グロッツの隣にいた老人。ドラゴンの子供を使った生体実験といい、いとも簡単に自身の舌を噛み切る行動といいあまりにも危険な匂いがする。
――今回の事件の背景にはグロッツよりももっと大きな影がある。
ライはそれを感じずにはいられなかった。