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ライ、雷、来!  作者: ごぼてん
7/22

第6話「ライの苦労③」


 本来の任務はドラゴンの子供を奪還すること。

 それはもちろん覚えているし、それを違えるつもりもない。だけど目の前で困っている子供がいる時に手を差し出せなくて、一体何のために得た力だろう。12年前自分は助けてもらった、ならば今回も助けるのが当たり前だろう。


 アリエス・マルガリータ。それが私とロイドが助けた少女の名前。その過程で何人もの冒険者らしき人々を黒コゲにして、最終的にはマルガリータ邸に行き着くことになった。本来なら戦う必要性すらなかった今回のダークドラゴンの子供奪還の任務。

回り道をしたよう見えるけど、結果的には近道できたんじゃないだろうかと私は思っている。


 なぜなら――


「グル、ル」


 ――目の前にそのダークドラゴンの子供がいたからだ。


 子供だけあってまだまだ小さい。というかまだ生後間もないのだろう。サイズにして人間の子供程度しかない。ドラゴンの子供、というよりドラゴンの赤ちゃんと言ったほうが正しいだろう。

 傷だらけで、虫の息。気を失っていてはいるもののまだしばらくは死ぬこともなさそう。ドラゴンの傍らではアリエスが泣きそうな顔でその体を抱きしめていた。アリエスにとって大事な『あいつ』とはきっとダークドラゴンの子供のことだったんだろう。


 とりあえずアリエスが無事にいることにホッとした。

 ドラゴンが横たわっている床に見える魔法陣はここからでは何の効果を及ぼす類かはわからないけどどうせ碌なものではないだろうという予感だけはしている。


 ――体に異常は……一応なさそう、かな?


 なんとかしてあげたいと思う反面、今は他人を気にしている場合じゃないとどこかで冷静な私がいた。

 基本的に石畳のみで構成されているこの部屋の大きさは大体10m四方だろうか。天井はそこまで高くない。恐らくは3,4m程度だろう。基本的に石畳のみで構成されているといったとおり、装飾品や家具などは一切ない。

 この部屋の出入り口もどこにあるか検討がつかない。おそらくは外からなら簡単に見分けがつくように区別されているんだろう。


 ――ここってまるで牢獄ね。


 他に誰かいないのだろうか、そう考えて首をめぐらす前に真横から声をかけられた。


「目が覚めたかい?」


 金髪に金の瞳、ロイド・ブレイズ。私の知人の中でも心から信頼できる数少ない人間の一人だ。


「……ロイド、ここって?」

「さあね、ただ――」


 どこか険しい顔で、ドラゴンを見つめて壁のほうを睨みつける。


「?」


 ――壁のほうになにかあるの?


 ロイドにならって壁を見つめる。けれどやっぱり普通の壁だ。あえて気付いたことを述べるとするなら塗装すらもなされていないむき出しのコンクリート、要するにここはマルガリータ邸のような豪奢さからはかけ離れているところだということくらいだろうか。

 これでは壁を見つめる理由になるはずもない。


「――ただ?」


 どうしてもわかりそうにないので続きを促したら「いや、いい」と首を横に振られてしまった。それでも気になるのでもう一度聞いてみようと口を開いたら先にロイドが声を発していた。


「そんなことより、この拘束をどうにかできないかい?」

「……え?」


 言われて気付いた。両手両足の拘束具と、さらにはまるで犬のように鎖にまでつながれている。


「い、いつの間に?」

「いやそこは目が覚めた瞬間に気付くものじゃ?」


 呆れ目だ。呆れ目のロイドというのも珍しい。


 ――流石にちょっと恥ずかしい。


 いや、そんなことを考えてる場合じゃない。早速魔法で焼き切ろうとして「?」出来ないことに気付いた。


「やっぱり君でも無理か」

「これ……魔法具? しかも魔法を阻害する類の……うそ、国宝級でしょ? なんでこんなところに?」

「どうも予想以上にやばい相手だったらしい、マルガリータというのは」

呆れるようなロイドの声が胸に痛い。ライ君が殴りこみはするなと言った意味を今更ながら分かった気がする。


 嫌な予感がする。はやくここを脱出しなければならない。もがいて、でも魔法を使えない私にこの拘束具をはずせるわけがない。


「ロイドっ」


 私は名前を呼んだだけ。それだけだけどロイドは私のいいたいことがわかっているらしい。すぐに首を横に振った。


「だめだ、僕でもこれは外せそうにない……いくら魔法具だっていっても僕の腕力で物理的に外せるようじゃあ拘束具としては3流以下になるだろう?」


 その通りだ。外せるわけもない。


「それでもっ」


 どうにかもがこうとする私に、だけどロイドが冷静にそれを遮った。


「これをどうにかすることよりも、今は先に考えないといけないことがあるんじゃないのかい?」

「……先に?」


 なにを言っているんだろうか彼は。それこそ今はどうだっていい。


「落ち着くんだ、シルク……いいか、僕たちは気付けばここにいるんだ。僕たちには一切の油断もおごりもなく、全力でアリエスを守ることに神経を配っていたそれなのに、だ」

「……何がいいたいの?」


 ロイドは目を閉じてしまった。眉間にしわを寄せて、もしかしたら何かを思い出そうとしているのかもしれない。


「どうやって僕たちは捕まったんだ? それがずっとわからない……油断はなかった。警戒態勢を一瞬も解いたつもりもない。アリエスを常に僕たちで挟み、応接間みたいなところに通されて、椅子に座って、グロッツ・マルガリータが来るのを待っていて……それからどうした? 一体何をされたんだ?」


 それはもちろん……そう言おうとして口が開かなかった。


 そうだ、私たちは一体どうして捕まっているんだろう。


「誰かに背後から一撃というわけでもない。体に全く痛みが走っていないし、いくら僕でもそれならわかる……そうだろ?」

「ええ、そうね」


 そう、物理的にというのはありえない。じゃあ何だというのだろう。ふと浮かんだ私の考え。だけどその可能性をロイドが先に否定する。


「じゃあ魔法の力か? いや魔法の力も感じなかった……シルクは感知できた?」

「いいえ」

「シルクでも感知できなかったなら魔法の線も薄そうだ……ならばどうやって?」

「それは――」

「――睡眠薬か何かか? いいや、マルガリータ邸に来てからマルガリータの飲食物にも一切手は出していない。つまり、もっと使い勝手のいい何かがここにはあるんだ。だから、こうやって拘束されてしまって何も出来ない状態にされている」

「そう、ね……そう考えるのが妥当ね。でもだからってここを早く脱出しなくていい理由にはならないんじゃない?」


 ロイドが一体何を言いたいのかわからない。彼の顔をジッと見つめるけどロイドは相変わらず眉間に皺を寄せたままで表情に変化は見られない。

 黙って彼の答えを待っていると、ロイドが小さく頷いてから息を吐き出した。


「つまり、それを解かなければこの拘束具を脱出しようとしてもまた簡単に捕まってしまう……ここに戻ってくることになると僕はそう思ってる」

「考えすぎじゃない? 応接間で捕まったんだから応接間に何か仕掛けがあったんでしょ? それなら応接間を通らなければいいだけなんじゃ?」

「……あまり物事を楽観的に考えすぎるのはよくない、警戒してしかるべきところで警戒しないといけない……うちの隊長に教えてもらった言葉なんだけどね」


 ロイドが渋い顔で言う。ロイドの隊長ということは光神隊の隊長ということだろう。


「……全く活かせてないわね、ロイド」

「そ、それを言わないでくれ。ライにも慎重に動いてくれって言われてたのにこんな状態になってしまってるし……反省はしてるんだ」


 力なくうなだれるロイドについ苦笑してしまう。


「そう、ね……あとで彼には謝らないとね」

「ああ」


 私と同じようにロイドも苦笑する。それが可笑しくて声をあげて笑いそうになってしまった。それがどこか楽しくてお互いに顔を見合わせて微笑。


「さて、これからどうなるかわからないけどとりあえず考えよ――」

『――無駄なことはやめたまえ』


 いきなり天井から声が降ってきた。


 ――ど、どこから?


 慌てて周囲を見てみても誰もいない。

 ダークドラゴンは相変わらず動きそうにない、アリエスはグロッツの声に体をすくめてドラゴンを固く抱きしめている。ロイドは……険しい顔でさっき見つめていた壁を睨んでいた。


「……僕たちを捕らえてどうするんだい?」

『ロイド……と言ったか、こちらが見えるのか?』

「どうでもいいことだろう、そんなこと」


 普段からは考えられないくらい厳しい口調のロイドだ。こんなロイドは初めて見るかもしれない。


『そんなに邪険にしないでくれたまえ……これでも君たちには感謝しているんだ』


 相変わらずのしわがれた声でかすかな笑いが耳にひどくざらつく。明らかに嘲笑の色が見て取れる。


「感謝って?」

『そちらのお嬢さんは……シルクと言ったかね、そう感謝だよ』


 意味がわからない。ロイドには見当がついているのだろうか。

 そう思ってロイドに尋ねようとして、先にアリエスが叫んでいた。


「ま、まさかおにいちゃんとおねぇちゃんも巻き込むの!?」

「アリエス?」


 どうしたんだろう、さっきまであんなに大人しくしていたのに。


『巻き込んだのはお前だ、アリエス』 


 耳障りな声から一転。グロッツのひどく冷めた声が響いた。ただ、さっきまでのどこか上機嫌にも聞こえる声に比べたらひどくしっくりくる声色だった。

 きっとこっちが本当の彼なんだろう。


「……っ」


 アリエスが悔しそうに歯噛みしてまた体をすくませた。それがなんだかモヤモヤする。


「ご、ごめんなさ――」

「――子供を脅すなんていい趣味とはいえないんじゃないですか?」


 アリエスが私たちに謝ろうとするのをあえて遮った。アリエスが私たちに謝ることなんて一つもないから。


 少し驚いているアリエスの表情を目の端に留めて、ロイドを真似て壁へと顔を向ける。この場では場違いな質問にまたグロッツは上機嫌そうな、それでいて私たちからすれば圧倒的に不快な声で笑う。


『いや失敬失敬、そんなつもりはなかったんだが……つい、ね』


 もしも目の前にいたらきっと唇の端をゆがめて醜悪ににやけた顔をしているんだろうと勝手に邪推してしまう……そんなねちっこい声色。


「ドラゴンを攫って何をしようとしているんだい?」


 これは大事な質問だ。正直私は忘れていたけどこの質問は私たちの任務でも最重要事項のうちの一つだ。

 ロイドの質問に、グロッツはまた笑った。


『実験だよ……実験』

「実験?」

『君たちには少しばかし実験につきあってもらおうと思ってね』

「?」


 意味がよくわからずにロイドと視線がかち合った。正直グロッツが何をしようとしているのか全くわからないけど実験と聞いて、良い予感はしない。

 きっとそんな私達の様子をグロッツはどこからか見ているんだろう。まるで私達の意図を汲んでくれたかのように勝手に続きを話してくれた。


『なに、簡単な実験さ……ドラゴンから得た細胞を加工して人間も含めたあらゆる生物に移植する、もちろん私達の言うことを忠実に聞くように脳にも別口に加工させてもらうことになるだろうが』

「……それってもしかして生体実験?」

「改造人間といったところかな? ……いや人間以外にも移植するとしたら改造生物か。用途は武力用開発か何かってところだろうか」

『ふむ、私も実際のところこの実験が何の目的かは知らないが、さすがに二人共聡明だな。私も勝手にそういう目的だと踏んでいる。ま、安心したまえ。失敗しても私が責任をもってその身柄を葬ってやろう。成功したら……おっと、成功したら自我もないのだから教えてやる必要もないか』


 勝手なことをべらべらと話すグロッツの言葉は今はどうでもいい。


 ――グロッツも知らない?


 そんな疑問も浮かんだけどそれを考えてる場合じゃない。

 私もロイドも既に必死になってこの拘束を外そうしている……もちろん外れる気配はないけどそれでも何もせずに待ってはいられない。


『実験開始はいつでも大丈夫ですぞ?』


 急にまた新しい声が届いた。グロッツよりも明らかに歳を重ねている声だ。

 アリエスに視線を送る。


「アリエス、ここから逃げて!」

「で、でも――」

『――アリエスにも別の実験に後で付き合ってもらう予定がある……逃がすわけにはいかんな。いやそれよりも……そろそろ実験開始といこうか』

「くっ」


 ロイドが焦ったようにさらに体を揺するけどもちろん何かを出来るわけもない。

 体は動かない。魔法も使えない。


 ――これは……死んだかも。


 ドラゴンが横たわる床下から魔法陣が徐々に光を発していく。アリエスがそれを遮るようにドラゴンを抱きしめようとするけどその光にはじかれて私たちとは反対側の壁へと叩きつけられた。


「あ、アリエス!?」

「……」


 気を失っているようで返事はない。死んではいないようで、とりあえずほっとしたらロイドがかたい声で言う。


「今はアリエスを気にしている場合じゃないんじゃないか?」

「ど、どうしよう?」

「……」


 返事はない。ロイドは必死になって脱出しようとしていて返事をする余裕すらないようだ。

 徐々に光が増して、それが指向性をもって徐々にこちらへと向かい始めた。


 ――ああ、あの光に飲まれたら終わるのかな。


 もうどうしようもない。

 ロイドはまだ諦めずに体を揺すっているけど功をなすとは思えない。


「お父様、ライ君、アリエスも……ごめんなさい」


 ――それに、思い出のあの人も、ごめんなさい


 光が迫る。目を閉じて体から力を抜いて――

 なにかの轟音と鉄が千切れる音。次いでふわりと体が浮く感覚。まるで誰かに体を抱きしめられているかのように温かい。


「……うぶ?」


 ――なんだろう、これが実験で改造されてるってことなのかな。


 我ながら呑気なことを考えると思ってまたちょっと笑ってしまう。


「シルクもロイドも……大丈夫か?」

「え?」


 聞き覚えのある声に反射的に目を開けた。

 黒、黒、黒。

 服が黒い。髪が黒い、瞳も黒い。それなのに、どうしてか直視できない。


「全く……後でひどいからな」


 どこか拗ねた声がひどく印象的で、男の子なのにかわいいと思ってしまった。


 ――ライ君がいた。





 天井が崩れて瓦礫の山が出来上がっていた。そのせいで隣の部屋がどうなったか全く見えない。


「なんだ! 何が起こった!!」


 グロッツのヒステリックな声が室内で響き、それを受けたクドシスも半狂乱になって答える。


「なにかが天井から降りて! ばかな、ありえん! 魔法陣を踏みぬいて消失させおった、何者ですかあやつは!」

「く、くそ! あいつはどうやってこの屋敷に侵入したんだ……全フロアに無色無味無臭の睡眠ガスを散布していただろう! 対睡眠のアクセサリーがなければ不可能なはずだぞ!?」


 これがロイドやシルクがいとも簡単に捕まってしまった理由。ガスの量自体は微量だったが、それ故に長時間いるだけで眠ってしまう。微量ゆえに気付かず、まだ屋敷にいるだけで絶対眠ってしまう侵入者に対する絶対的な罠。

 その罠にシルクとロイドはかかってしまった。だが、今回の彼にはそれが通じていない。


「う、うえにいた冒険者達は何をやっておるんじゃ!」


 普通ならありえない侵入者の、しかもド派手な登場に二人とも混乱してしまっていた。即座に行動しなければならない状況にいるにも関わらず彼らは疑問ばかりを解決しようとしている。


 それ故に――


「そうだ、あいつらは何をやって――」


「――全員昏倒させている」

「ひっ!?」


 ――簡単に捕まってしまった。


 気付けばそれは彼らの横に。後ろから二人の首に手を置き、底冷えのするような声でライは固まってしまった彼ら……いや、クドシスに言葉を突きつける。


「お前、何者だ?」


 それが自分に向けられている言葉だと気付いたクドシスは体を震わせながら口をゆっくりと開く。


「わ、私はグロッツ様おかかえの研究い――」

「――嘘だな」


 最後まで言葉を紡ぐことは出来なかった。ライがクドシスの首を少し押す。それだけでクドシスの右足の自由が利かなくなった。倒れそうになったクドシスをライが首を押さえたままの状態で支える。


「こ……これは一体」


 まさにありえない事態に、クドシスがライのほうに首を向けようとするが「動くな」というライの一言でその動きをピタリと止めた。


「次に嘘をついたら左足の自由を奪う……質問に答えてもらおうか」

「う、ぬ……ぅ」


 くぐもった声で……そして体を震わせて顔を青くさせる。それからぐったりと体から力が抜けていった。どうしたのかわからずに首を傾げたライだったが、すぐにその真意に気付いてクドシスの口を開けて覗き込んだ。


「舌をっ!」


 ――本気か!?


 周囲を見回す。だが残念ながらここに残っているのは他の人間はライとグロッツだけ。シルクもロイドもアリエスもドラゴンの子も先に避難させている。


 ――アダになったか?


 ライに回復魔法は使えない。これではどうしようもない。僅かに悩んだライだが、すぐさま考え直す。

 そもそも舌を噛み切っている人間を治癒できるような魔法を使える人間がそう簡単にいるわけもない。


 ――もう駄目だな。


 そう考え、一度ため息を吐き出してもうそれだけでクドシスへの関心はなくなったらしい。倒れているクドシスへと視線を送ることはなくなった。

 それと同時にグロッツへと顔を向けて、その途端にグロッツの裏返った声がライの耳にひどく響いた。


「か、金をやろう! お前を雇ってる人間の3倍……いや5倍だす! だから私に雇われないか!」


 ライは考えるように空を見つめて頬をかく。それからため息を吐き出してグロッツに言い聞かせるように言う。


「お前はこの老人の目的を知っているか?」

「……いや、知らない」


 余りにも普通に質問されたため、グロッツも普通に答えた。その答えにライは「ま、そうだよな」と小さく呟いた。それからライはまたも普通に問いを重ねる。


「四神隊って聞いたことないか?」

「ししん……たい?」


 考えること数秒、すぐに思い当たったのか独り言のようにそれを呟く。


「ケイアン王国の王に直属する最強の部隊というやつか?」

「俺、それだから」

「……」


 あまりにもさらりと言われたため理解に時間がかかるらしい。数秒の沈黙と呆けた顔が続く。それからやっと「な」と気の抜けた声を漏らした。


「あれは……都市伝説だと」

「国内でも知ってるのは数人だけだな、確かに。と、いうわけだから金で買収は少し無理かな」


 他人事のようにさらりと答えるライに、グロッツは額に脂汗を浮かべて渇いた表情になる。


「それよりも」

「?」


 急に声に冷たさが戻った。鋭利な刃物を突きつけられているような感覚にグロッツの呼吸が自然と荒くなる。


「なぜ俺がこれを教えたと思う?」

「……な…………ぜ?」


 グロッツの顔が急激に蒼ざめていく。おそらく勘付いたのだろう。ライがペラペラと都市伝説ともいわれる部隊の存在をばらしたその真意に。


「ドラゴンの子を誘拐し、その足がつかないようにケイアン王国へと一匹を差し向けた。そうして自宅の地下で繰り返された生体実験。ドラゴンの子供をさらったのはドラゴンの能力と他の生物の能力を掛け合わせることによって、使い勝手もよくて量産しやすい兵士でも手に入れたかったか?」

「し、しらない……しらない」

「目的が何にせよ……ドラゴンの子を誘拐して罪をケイアン王国へとなすりつけようとして、さらには禁止されている生体実験だ。これだけで立派な国家反逆罪に値することくらいはわかってるよな? とは言っても裁きをギ武国に任せてもお前の財力で無罪放免になりそうだし、ことを露見させるわけにもいかないからケイアン王国に連れて帰って裁くわけにもいかない。となると――」

「ひ……いぃ」


 どうにか逃げ出そうとするグロッツの首からライの手が離れた。そのまま必死になって逃げ出そうとするグロッツの背中へと、ライは相変わらず怜悧な声で、だがどこか呑気に言葉を続けていく。


「囮をケイアン王国に差し向けたのが間違いだったな。ギ武国だけの問題にしておけばお前は今も悠々と金儲けに精を出していただろうに……あ、そしたらダークドラゴンに捕まって喰われてたか?」

「し、しにたくない……しにたくない」


 ふらふらと部屋の扉を開けようとして扉が動かないことに気付き、青かった顔からさらに血の気を引かせた。ほとんど死体のように白い顔である。


「た、たす……たすけてくれ」


 ゆっくりと振り返ったグロッツの目の前にはライが。

 そして――


「へ」


 首筋に軽い衝撃。

 それだけでグロッツの意識は闇へと落ちていった。





 ギ武国、カンボット都市のマルガリータ邸から火の手があがる。

 幸いなことに周囲に燃え広がることもなく鎮火され、犠牲になった人間もいなかった。ただ家主であるグロッツ・マルガリータ、及びアリエス・マルガリータの二人に関してはこれ以降姿を消すことになり、都市では行方不明扱いとされた。


 グロッツといえば散々汚いことをやって金儲けをしてきたと有名でもあり、自身もそういって憚らなかった。もちろん、彼に蹴落とされた人間も多々いることだろう。

 今回はそういった恨みをもった人間の犯行ではないかという噂も流れたが、その真相は定かではない。



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