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ライ、雷、来!  作者: ごぼてん
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第4話「ライの苦労①」



 この大陸には様々な職業が存在している。

 それらの職業名は国によって自由に呼称されており、内容は同じだが呼ばれ方が違うといったことも往々にして存在している。


 例えば国を武力的側面から守る職業。ケイアン王国だと警備隊と呼ばれるが、シンカイ法国という国だと、それらは騎士団と呼ばれている。

 それらは国特色の文化や歴史が色濃く現れているからだが、大陸中を仕事場とするような職業はそういった国の個々とは関係なく共通した呼称で呼ばれている。

 商品を売買する商人や人や荷物を運ぶ運送業者もその例として挙げられるが、やはり大陸中を回る仕事で最も有名な職業といえば冒険者である。 

 ある一定の協定の上で各国の大都市に冒険者を管理・運営する冒険者ギルドが置かれており、冒険者に回される依頼、通称――クエスト――は数多く存在しており、ある程度の腕さえあれば食いはぐれる心配もないとされている。


 クエストはギルドを通すことによって初めてクエストになりうるわけで、それまではただの私人による依頼だ。

 私人による依頼は約束の反故が多く、両者にとってデメリットが多かった。それ故に冒険者ギルドが設置され、クエストといったものが管理されるようになったのだが、ギルドを通す以上その手数料はとられてしまうため依頼者は依頼料がかさむし、クエストを受注する冒険者も報酬が少なくなってしまう。


 もちろんそのおかげで依頼に関する反故もぐっと少なくなり、ある一定以上のクエストの情報も得られるわけだからメリットのほうが多いのだがそれを良しとしない冒険者もいる。

 そういった荒くれ冒険者たちのために存在するのが裏冒険者ギルド。裏冒険者ギルドは事前情報がほとんど不明瞭だったり、公的にできないようなマズイ依頼を取り扱うことであったりで有名だが、そういった裏冒険者ギルドの本拠地が置かれている都市がここ、ギ武国のカンボット都市だ。


 カンボット都市は裏冒険者ギルドの本拠地が置かれている都市というだけあって、ドラゴンの子供を攫うといった公的にクエストとして認められる可能性が随分低いようなクエストを受けた可能性があるのではないか、とライは考えたのだ。


 そして、そのカンボットの城門まであと数キロといった地点にまでライたちはたどり着いていた。

 カンボット都市はケイアン王国の同盟都市であるギ武国の領内であり、ケイアン王国の領地内ではない。この国は自由が信条とされている国であり領土が大陸中の国では最も大きく、冒険者たちのギルドが数多く存在していることでも有名である。


 日が昇る前に出発したライ達だったが、朝日は昇っている。歩けば数ヶ月はかかるであろう距離をたったの数時間で来ることができたのは一重にダークドラゴンのおかげである。

 まさか再びダークドラゴンと遭遇することになるとは思っていなかったシルクは何の事情も知らずに戦闘を仕掛けたことを深く謝罪し、ダークドラゴンがそれを快く許していたという一件もあったのだが、それはともかく。


「マタ別地へ赴ク時ハ呼ブが良イ」


 カンボット都市から数キロ以上離れた地点で降りたライ達にそう言って飛び去っていくダークドラゴンの姿には流石に感謝でいっぱいだった彼らだったが、それももう終わったことである。


「……さて」


 もうカンボット都市の城門まであと一キロもない。肉眼でも十分に確認できる地点で、ライが足をとめてロイドとシルクに声をかけた。


「どうかしたのかい?」


 尋ねるロイドに、ライが神妙な顔を見せる。


「俺達が目立たないために色々と確認しておくぞ?」

「確認?」


 今度はシルクが首を傾げる。ライはそれに頷きつつも「俺達の動き方について、だ」


「動き方?」

「……ふむ」


 よくわからずに同じように首を傾げ続けているシルクと何かわかったのか考えるように頷くロイド。

 シルクは王女であり、ロイドは光神隊。察しのよさ云々というよりも今までに警備隊として国の任務に携わってきたかどうかの違いだろう。

 わかっていないシルクに視線を合わせてライが説明を重ねる。


「これは極秘任務であり、俺達は出来るだけ目立たないように動かなければならないことが大前提だということは2人共わかっているな?」


 これに関しては当然のことだ。すぐさま二人が同意する。


「で、俺達の組み合わせに関して何の設定もなしに同じ立場で話をしていたらそれだけで目立つことはわかるな?」


 ここはケイアン王国ではないため、金髪に金の瞳=王族という思考にはなりえないが、それでも金髪に金の瞳というのは強大な魔力を秘めている象徴だ。

 ただでさえ珍しい金髪が二人で、しかも魔力をもたない象徴である黒髪と一緒に動いていたらそれだけで不審がられて目立つことうけあいである。


「あ、なるほど……要するになにか私達3人に設定が必要なのね?」


 あってる? とライに尋ねようとするシルクの言葉を遮り、ロイドが言った。


「さしずめシルクが姉で僕が弟、ライがその従者といったところかな?」


 シルクが僅かに不満そうな顔をしたのだがそこに気付くほど察しのいい人間は残念ながらここにはいなかった。ライも、当然のようにロイドの言葉に補足を始める。


「ああ、それが妥当だが、シルクとロイドは貴族で初めて冒険者になりにきたという設定でも付け加えておこう」

「わかったわ」

「わかった」


 同時の返事にライはふっと息を吐き、それからさっきの神妙な顔以上に緊張した面持ちで二人に質問を投げかけた。


「二人共、ケイアン王国以外の王国で過ごしたことはあるか?」

「流石にないわ」

「僕もない」


 それがなにか?

 いぶかしげな二人に、ライは「だよな」といきなり肩を落とした。


「「?」」


 ライの態度の意味がわかるはずもない。お互いに顔を合わせてただただクエスチョンである。そんな彼らに、ライは神妙な顔をして言う。


「二人に言っておくことがある」

「「?」」

「ケイアン王国は二人が思っている以上に治安のいい国だ。魔物の討伐も迅速だし、判明している都市のいざこざや重犯罪に関しても9割以上は解決している」

「……」

「……」


 ライの言いたいことがわかってきたのか、シルクとロイドの顔つきが僅かに険しくなってきた。ライは少し嫌な予感を覚えながらも、二人が出来るだけ怒らないよう、言葉遣いに慎重になりながら言葉を続けていく。


「だが、他国は違う。特にこのギ武国のカンボットでは裏ギルドもあるし、お世辞にも治安がいいとはいえない。ここは権力・腕力・財力とかの力がない人間には厳しい国、奴隷制度もある国だ」

「……だから?」


 シルクの険しい表情にライはツバを飲み込み、ロイドの表情を窺う。ロイドはシルクほどわかりやすい表情をしてはいないがさっきまでとは違い真剣そのものの顔になっている。


 ――大丈夫か、これ。


 今から自分がいう台詞を心の中で反芻しつつ、やはり言わなければならないことなのでしっかりと言っておく。


「だから目の前でなんらかの事件がおこっても関わるな。ロイドもシルクもその辺の冒険者じゃ歯が立たない強さをもってるけど、だからこそ目立つだけだ」


 目立つことをしてケイアン王国の人間だとばれたらまずい。ケイアン王国は閉鎖的で有名な国だ。その国の人間がこんなところにいたらまず怪しまれて、そこからドラゴンの事件をつつかれかねない。


「……」

「なるほど」


 ライの言葉に、シルクは無言で腕を組んでいる。ロイドは小さく言葉を呟き、目を閉じている。


 ――やっぱりまずかったか?


 そんな思考がライの脳裏によぎる。

 この二人は正義感に溢れ、真っ直ぐに育ち、曲がったことを許さない強い心を持っている。まだ行動を共にして数時間だが、ライは二人をそう評していたし、どこかで確信もしていた。

 そもそもケイアン王国において、高貴な身分でありながら身分差別意識をもたない時点で二人の正義感の強さは異様といってもいいレベルなのだ。


 ライからしてみればうらやましくも、どこか憧れる心の強さ。それを二人はもっている。だから、だろう。そんな二人に対して、ライはドキドキしながら返事を彼らの返事を待っていた。

 何秒たったろうか。

 二人が同時に発言を始めた。


「わかったわ」

「わかった」

「……へ?」


 そのあまりの物分りのよさにライが素っ頓狂な声をあげる。


「目立たないように気をつけるわ」

「目立たないように気をつけるよ」


 やはり同じような言葉を、同時に言う二人に、ライは胸をほっとなでおろしたのだった。


「そういってくれて助かった。よし、それを約束してくれるならこの都市の地図を渡しておく。まずは情報収集をしよう。二人は手分けしてギルドのほうを当たってくれ。俺は地図にのってない裏ギルドに足を運んでくる。とりあえず2時間後に城門の入り口で集合だ、いいか?」

「……質問なんだが」


 ロイドが手を上げた。


「ん?」


 別に手をあげる必要はないんじゃないか、と考えたライだがそこは空気を読んだらしい、目で続きを促した。


「出来るだけ目立たないように動かないとダメらしいが?」

「ああ」

「じゃあギルドにわざわざ聞いてまわるって言うのも目立つ行為に該当するんじゃないのかい?」

「あ」


 ロイドの質問に声をあげたのはライではなくシルクである。それを横目にしていたライが首を横に。


「それに関しては問題ない」

「どうして?」

「簡単は話だ。ここは自由の都市で領主もいるが基本的な自治は冒険者達自信の力が必須とされている。こういうところでは力を示したりとか、よっぽどの凶悪なことをやるとかしない限り目立たない。ましてやギルドでのクエストに関する聞き込み程をする人間はごまんといる、気にするヤツはいない……ってことだが、これでいいか?」

「うーん……わかった。どっちにしても聞き込みは避けられそうにないしね」


 どこか納得がいっていないが、それでも自身を強引に納得させたらしいロイドの言葉を皮切りに、ライが二人に声をかける。


「よし、じゃあ行くぞ」

「ええ」

「ああ」


 そして3人はカンボット都市へと足を踏み入れたのだった。

 この時、ライは二つものミスをしてしまっていたことに全く気付かなかった。

 二人のあまりにもすんなりと行き過ぎた「目立たないように気をつける」発言の真意。そして、それを前提にしてしまったからこそ三人とも別行動でいいと思ってしまった浅はかさ。


「任務開始だ」


 ライはそのミスにまだ気付かない。





 シルクとロイドは大丈夫だろうか。

 そんなことを考えながら歩くこと約30分。気付けばもう裏ギルドについていた。

 俺を出迎えてくれたのはスキンヘッドで目つきの悪い裏ギルド職員。


「最近この辺でドラゴンの子供攫うっていう内容のクエストでてたと思うんだけど……あれまだやってる?


 このクエストがあるっていうのは知ってる。そういう態度で聞くのが裏ギルドの職員とやっていくのがコツだ。

 表ギルドと違って荒くれものしか集まらないようなこのギルドだとどれだけはったりを有効活用できるかが重要となってくる。

 これはもちろん俺が黒髪でなめられやすいということも大いに関係している。


「……ああ?」


 裏ギルドの職員の第一声はそれだった。知っているとも知らないともとれる返事だ。


「いや、だからさ――」


 言葉を続けようとする俺に、彼は意味ありげな手を差し出して「さあ?」といやらしい笑みを浮かべる。


「……」


 一瞬だけ迷ったが迷う必要などない。一食ぐらいはまかなえるようなお金をその手に握らせてから言葉を促す。この職員は普通に話してくれるようだ、たまに金だけ払わせてまだ渋るやつがいるからそういった観点で面倒が少なくて済むのはありがたい。


 ――今日は運がいい日なのかもな。


 そう思ったのはこの瞬間まで。


「グロッツ・マルガリータをあたればいい」


 信じられない言葉が飛び込んできた。


「……まじ?」

「マジ」

「あの?」

「あの」


 スキンヘッドの職員が少しだけ哀れそうな目をしてくれた。


「まぁ、にいちゃん。何を探ってんのか知らねぇが……頑張んなよ」


 そういって肩を叩いてくれた心優しき職員さんだった。

 励ましてくれるなら金を返してくれ。そう思ったのは内緒だ。


「ありがとう、それじゃあ」


 一応お礼を言って裏ギルドから出る。というかまだ集合時間まで1時間以上ある。正直こんな簡単に話を聞けるとは思ってなかった。

 いつもなら空振りが何発かあって、それから情報を持ってる人間をみつけてもなかなか教えてくれなかったりして結局は力づくになって……というパターンが多い。

 そう考えたらやはり今日はついてるのかもしれない。いや次に当たらなければならないのがこの都市一番の大富豪だといのは少し、というか大分難点はあるがそこは今考えても仕方ないだろう。

 時間もあるし、シルクの様子をみにいこうか。


 と、考えて自分で恥ずかしくなる。


 彼女はギルドで適当に話を聞きに行っているだけだ。しかも彼女の実力はランク3、4クラスの冒険者と同程度と考えても遜色はない。そんじょそこらの冒険者が手を出せるレベルじゃない。

 心配するだけ時間の無駄というものだ。

 それでも向かいたくなる自分の足をどうにか堪える。


「……」


 なんだかんだでシルクが心配だ、と思ってしまうのは俺がまだまだ甘いのか、それとも――

 首を振ってよく自身のよくわからない思考を振り払う。


「――よし……街の地理を確認しておこう」


 グロッツ邸も見るだけ見ておくか。

 グロッツは厄介な人間だが、それでもまだ任務を開始してまだ半日もたっていない。これなら1,2日で任務を終えられるのではないだろうか。

 その考えが甘すぎるということに気付くのは3人の集合場所にたどり着いてから、ということをこのときの俺は少しもわかっていなかった。





「なっ」


 自分の中から自然と漏れた声に気付かずに、ライはその惨状に目を奪われていた。


「……なんだこれ」


 3人で集合すると決めていた場所。


 そこにあった光景は倒れている人、人、人。まさに死屍累々とはこういうことをいうんだろうとライが呑気に考えしまうほどに異様な光景が広がっていた。

 黒コゲになって時折うめき声をあげる人間が7割を占め、残りはなにか鈍器になぐられたような痕を残していた。

 誰一人として死んでいないのが犯人の技量の高さをうかがわせる。


「や、少し遅かったね」


 状況を理解できないライに声をかける犯人の片割れ。


「ロイド……さま。目立たないって」


 動揺の余り設定を忘れて呼び捨てにしてしまいかけたところで慌てて『様』を付け加える。この付近に人影はないはずだがそれでも念には念を入れる必要性がある。


「いやー、目立たずに行動するつもりだったんだけどね」


 はっはっはと全く悪びれもせずに笑うロイドにライは声を失うが、すぐにシルクがここにいないことに気付いた。


「それで、シルク様は?」

「ああ、彼女達ならそこの路地裏で隠れてるよ」


 ――彼女『達』ってなんだ?


 そう考えはしたもののそれは今は問わない。


「……隠れてる?」

「ライに申し訳ないんだと」


 肩をすくめてやれやれといった表情をするロイドに、ライは色々と頭を抱えたくなったのだった。


「とりあえず人目につかないところに行きましょう」





 話を少しさかのぼる。

 シルクとロイドのギルドでの聞き込みはすぐに終わった。というのも空振りに終わって詳しく聞きようもなかったからだ。

 二人してがっかりと肩を落としながらこれからどうしようかと話をしていたときだった。


「いや!」


 まだ年端もいかない少女が頑強そうな男に腕を引っ張られていたのだ。他の大人はなぜか見知らぬフリをしていて助ける様子もない。

 僅かに迷う素振りを見せたシルクの態度など意に関せず、ロイドが構わずに少女を助けようとしたところで結局は先にシルクが動いた。


「あなた、もしかして今無理矢理連れ去られかけてる?」


 シルクのどこか場違いな台詞に少しだけ呆気にとられた少女。だがすぐに頷いて「助けて!」と悲痛な声をあげた。

 それにシルクが頷く僅か前、少女を連れ去ろうとしていた男が言葉を発していた。


「なんだ、嬢ちゃん。こちとらマルガリータ様の命令で動いてんだ。まさか邪魔しようってじゃねぇよな」


 シルクとロイドの目での会話。


 ――誰それ?


 首を傾げつつもシルクが言う。


「そのまさかです」

「というわけで、その少女を諦めてくれるなら君を見逃してあげるけど、どうだい?」


 これはロイドの言葉。

 男からしてみればまだまだガキといっても差し支えないような人間にまるで格下にみられているような台詞だ。


「いい度胸だ」


 ピクリと頬を引きつらせ、男の行動は決まった。

 少女を離して、ロイドに殴りかかるも実力差は歴然。本来素手は領分ではないロイドだが、それでもいとも簡単にその拳を避けて男の顔に拳を叩き込んでいた。


「……ぐぅ」


 それだけで動かなくなった男に、ロイドは若干呆れの目。少女は感動の目。シルクは少しだけ考えるような目をしていた。


「で、そこの子を連れて集合場所にいこうとしたらそのマルガリータの私兵数十人に囲まれて返り討ちにした……と」

「ああ!」


 歯を光らせてグッと親指をたてるロイドの頭をライはとりあえず、はたいてから肩を落とす。ロイドは「殴らなくても」と全く気にした様子もなくぼやくのだが、殴らずにいられる男がいるだろうか。


「目立たないでくださいってあれだけ言ったじゃないですか」


 ライが設定を忘れずに丁寧な言葉で、半ば諦めたように文句を言う。


「はっはっは。目立たないように気をつけるって言っただけで目立たないとは言ってないぞ!」

「……ごめんね、ライ。でもやっぱり放っておけなかった」


 頭を抱えたライにロイドが笑い、シルクがすまなさそうに謝罪する。そのシルクの様子に、ライが「ぐ」と言葉を詰まらせた。


「……とにかく、これから先のことを決めましょう」


 そうして今に至るわけだが、今の彼らは誰もいない廃屋に身を寄せていた。

 そこにいるのは当然のように四人。


 ライとシルクとロイドと、そして一人の少女。

 赤の髪と青い瞳で10歳前後といったところだろう。

 血統と魔力の高さ――正確には血統により現れる魔力を現す髪の毛の色――で身分が決まるケイアン王国では色の交わりは珍しいが、色が身分につながらないケイアン以外の国々ではこういった髪と瞳の色が別であることは珍しいことではない。


 そんな大陸中からしてみれば全くもって珍しくはない少女――シルクの手を握っている少女に声をかける。


「で、君のお名前は?」

「……」


 ライの質問になかなか答えようとしない少女に、シルクが優しい声で「ほら」と促す。それに僅かに反応し、のろのろとした様子で口を開いた。


「アリエス」

「そうですか、私の名前はライです。宜しくお願いしますね、アリエス様」


 アリエスはライの顔をじっと見つめ、小さく頷く。それに少しだけ微笑み、すぐさま表情を引き締めた。


「ロイド様、シルク様……囲まれているのはわかっていますか?」

「ああ」

「ええ」

「……?」


 よくわかっていないアリエスはともかくとして、さすがにケイアン王国の実力者がそろっているだけあって話ははやい。少しだけほっとした表情になったライだがすぐに難しい顔に。


「その中で腕利きが数名。こいつらに関してはシルク様でも難しいかもしれません……もちろん前衛的な意味で、ですが」

「……そんなことまでわかるの?」


 シルクとロイドの驚いた表情に、ライも得意げな表情で頷く。


「これでも結構な修羅場を越えてきてますから」

「それで、どうすればいい?」


 冷静なロイドの問いに、ライは少しだけ考えて言う・


「……ここは私が囮になりましょう、お二方はアリエス様を守ることに専念して、まだ囲まれていないそこの裏口から脱出してください」

「……アリエスを連れてきたのは僕だし、僕が囮になったほうがいいんじゃないか?」

「とりあえずお二人の魔法は目立つので私一人で戦ったほうがいいでしょう」


 その言葉に、ロイドは頷く。


「大丈夫なの?」


 次いで、シルクの心配そうな言葉。


「そうですね、正直そこまで難しくはないかと。ただ、裏口が罠の可能性もありますから、お二方も注意が必要です」

「……」


 ライの言葉になぜか不満げに黙り込んだシルクに、ライが怪訝な顔をする。だがそれも一瞬のこと。すぐにシルクが口を開く。


「……わかったわ。ロイド、アリエス、行きましょう」

「ああ」

「うん」

「落ち着ける場所に移動したら留まっていてくださいね、すぐに追いかけますから。あとこれ以上変な問題増やさないでくださいね」

「わかってるよ、それぐらいは」


 馬鹿にしないでくれ、といった顔をしたロイドに、ライは微妙な顔に。さりげなくシルクも「えぇ」と声を漏らしている。


「なんだい、その反応は!!」

「……」

「……


 心外だと叫ぶロイドだったがシルクとライの僅かに冷たい視線に、さっと視線をそらした。その様子にライがため息をついて言う。


「ま、まぁとにかく。また後で」

「ええ」

「ああ」


 シルクとロイドも流石にいつまでもじゃれあっているわけにはいかないと感じているのだろう。すぐに頷いた。


「3,2,1……GO!」


 ライの合図と同時に反対側に。ライは表へ、シルクたちは裏口へ。

 こうして、ライの想定外の激務が始まった。



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