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ライ、雷、来!  作者: ごぼてん
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第18話「終わる日常」


 ドラゴンの谷からケイアン王国に帰ってきて、自宅兼診療所を目前にしてやっと家にまで着いた頃には完全に夜になっていた。


「……疲れた」


 ドラゴンの谷でドラゴと死闘を演じたことによる肉体的疲労もさることながら、精神的疲労が激しいのだろう。がっくりと肩を落としてため息をこぼす。


「さっさと寝よっと」


 ぼやくように言葉を漏らし、家の扉を開けて「ただいま~」と疲れきった声を落としたところでで、瞬時にライの表情が変化した。


「っ」


 ライの首筋めがけて振り下ろされた刃が暗闇の中で閃く。鋭いソレに反射的に動きそうになったライだったが何かに気付いてすぐに苦笑。首を後ろに引くことによってその刃を避けて、だが追撃が今度は軌道を変えて心臓めがけて突き下された。

 ライは苦笑の表情を変えずに上半身を半回転させ、その一撃を回避する。さらに左足を一歩踏み込み、謎の襲撃者の側面に回りこんだ。


「くそ」


 襲撃者のどこか幼い声が僅かに響く。ライが呆れ顔へと表情を変えてその襲撃者の首へと手を伸ばし――


「わっ」


 ――その襲撃者の襟首を掴んで引っ張りあげていた。そのまま反撃の隙を許さずに玄関の明かりをつける。

 いきなりの光に、襲撃者が「う」とまた小さな声を漏らす。

 身長はライの胸元程度。まだまだ幼い顔立ちに、茶色の髪と茶色の瞳。眩しさに耐え切れず手で目を覆うその襲撃者に、ライは笑う。


「まだまだ甘いな、サムス?」

「くっそー、シノビ兄ちゃんにも負けたし……まだまだかぁ」

「ああ、まだまだだ」


 サムスと呼ばれた少年が悔しそうに渋面を作る。随分と懐かしい顔にライも表情が綻ぶのだが、すぐにふと湧いた疑問を口にする。


「……サムスがいるってことはコウさんも帰ってきてるのか?」


 サムス・ラクアスとコウ・ラクアス。

 コウ・ラクアスは四神隊隊長で、ここの病院長を務めるハルの夫。サムスは彼らの息子だ。最近ではコウがサムスを後釜にするべく、サムスの修行も兼ねて任務に出かけることになっているためコウとサムスはセットで動くことが多い。

 だからこそのこの質問に、サムスは素直に頷く。


「うん」

「じゃあみんな居間にいるのか?」

「えっと、王様もいるよ? とにかく今日は四神隊のみんなが久しぶりに揃った祝いとライ兄ちゃんの新たな門出を祝うんだって」

「王様も? ……というか俺の新たな門出?」

「なんかそう言ってたよ?」

「はあ」


 意味がわからずに曖昧に頷いたライだったがサムスがその手を引っ張り出した。


「ほら、主役を連れて来いって言われてるんだから、早くこっちに来て!」

「あ、ああ」


 いまいちよくわからずに、それでもライにはついていくしかない。


 ――新たな門出……また厄介な任務か何かかな?


 大雑把な予想をしつつも居間に入ると、そこはライの予想を超えた戦場が繰り広げられていた。


「酒が足りぬぞ!」

「王なのに人の家で高い酒ばっかり飲まないでくれないか?」

「けち臭いこと言ってないでお酒もってきてよコウ!」

「俺が!?」


 ルクセント王に、ハルに、コウが。


「うおおお、嬉しいが寂しいでござる!」

「まぁまぁ、今日ぐらいは一緒に飲んであげるから。」


 シノビにフィリアが。

 大騒ぎしながら酒を呑んでいた。


「……」

「……」


 同時に声を失うライとサムスがどうすればいいかもわからずにただそこで立ち尽くす。酒を飲めない二人からすれば大人達のこの騒ぎっぷりに入る隙間がないのは仕方のないことなのかもしれないが、そこで「お」とコウの声があがった。

 嫌な予感を禁じえないその声に、ライが後退しようとして「げ」


「どこに行くでござるか?」


 シノビがライの腕を掴んでいた。


 ――い、いつの間に!?


 嫌な予感から恐怖の予感にシフトし始める感覚に冷や汗を流して、だが抵抗も出来ずにこの戦場へと連れ込まれるのだった。


「ほーら、主役の登場でござるよ!」

「あらおかえりなさい」

「よーし、とりあえず私に酒を注ぎなさい、ライ!」

「むむ、最初は王たる私にきまっているだろう」

「久々に帰ってきた俺だろう、そこは!」


 やんややんやである。

 ライも一応冷静な言葉で返しているのだがそれは彼らの大音量にかき消されている。


「……うん、僕は子供だから寝よう」


 それを冷静に見ていたサムスが小さく呟く。その姿がどこか大人に見えてしまうのだった。





 夜が明け始めて、やっと彼らも静かになっていた。ただし、もちろんのこと戦場跡は死屍累々。

 フィリアがソファーで転がり、ピクリとも動かない。

 ハルが机に突っ伏して、ムニャムニャと小さな寝言を呟いている。

 シノビにいたっては床に大の字でいびきをかいている。

 飲めや食えやの無礼講。ご近所さんにも怒られるんじゃないだろうかとライが心配するほどの騒ぎっぷりだった。


「……つ、疲れた」


 本日2度目のライの台詞だが、目にはクマが出来ており、確かに一度目より実感のこもった声で呟いた。


 ――っていうか結局俺の新たな門出とかについて聞けなかったな。


 絶対にただ騒ぎたかっただけだろうと思ってしまうライが若干遠い目になっていると、連れ立って席を立っていたルクセントとコウがライの肩を叩いた。


「あれ? つれショ――」


 今日が無礼講だったということもあって軽口を叩こうとしたライだったが、彼らの真剣な表情に、すぐにその口を閉じた。


「とりあえず、外に出ようか」


 明るくなりかけているが、まだ薄暗いことに変わりない外を指差すコウの言葉に、ライは小さく頷く。

 寝ているみんなを起こさないようにそっと立ち上がる。ほとんど泥酔している彼らが、敵意がないような中、少々の音で起きるはずもないのだが、それでも気を使ってしまうのはライの性格ゆえだろうか。


「……」


 先ほどまでの大騒ぎが嘘のような空気を醸す二人について、ライも歩き出す。

部屋を出て外に。

 季節の変わり目特有のひんやりとした空気が3人を覆い、今までの熱気を奪っていく。砂を蹴る足音が小さ響き、彼らの無言をより強調するかのように空へと舞い落ちる。


 彼らが進む道を、月がまばゆく照らし合わせる。

 ライは問いを発しようとして、だが結局は何も言えずに静かに彼らの後ろをついて歩いていた。彼らの雰囲気の変わりようが、まるでライ自身のなにかを壊すように感じられて、それがライに口を開かせることを躊躇わせる。

 そんな、ライにとってなんとも居心地の悪い空気の中、コウがなんとものほほんといった調子で声を発した。


「ここも随分と治安良くなったよな」

「そう……みたいですね」


 ライが頷いた。5歳からの15歳までの10年間を他国を回りながら暮らしたライにとってはあまり確かな記憶はないが、それでも5歳まではここで貧民として生きてきた。

 ものごころついた時には親もおらず、生きるために落ちたものを食べるのが当たり前で、必死だったことを、ライもおぼろげに覚えている。10年以上前といえばこんな暗がりの、しかも貧民街区の中では比較的大通りであるこの道を平然と歩いていればすぐにでも闇討ちにあっていたであろう。


 それが今では随分とマシになった。

 それもこれも、一重にルクセントの功績といっても違いはないだろう。政治のことはまるでわからないライだが、それでも大変だったろうという想像をするには難くない。

 ライがちらりとその立役者に視線を送るが、どうやらその立役者、ルクセントもライを見ていたようで視線がかちあった。

 慌てて視線をそらす二人に、コウが呆れたようにため息吐き出した。


「ルクセント、そろそろ本題に移ろう」


 ――本題?


 ライが内心で首を傾げるが、すぐに思い当たる。おそらくは新生活とやらに関係しているのだろう。


「う、うむ」


 若干にどもりながら頷いたルクセントが深呼吸を一つ。大きく息を吸い、吐き出してそこで立ち止まった。

 あわせて立ち止まるコウとライ。

 ルクセントはライへと向き直り、そして言った。


「お前に頼みがある」

「……頼み、ですか?」


 おかしな言い回しだと、ライは思った。

 いつもなら任務として下され、『命令』として言い渡される。事実、ルクセントがライへと『頼む』という言葉を用いるのはこれが初めてのことだ。


「お前にしか出来ないことだが、あくまでもこれは命令じゃなくてルクセントの頼み、ということを覚えておくんだ」


 コウが補足するように言う。


「えっと……はぁ」


 戸惑い気味のライに、ルクセントがその重い口を、コウとぶつけあった心の内を、開く。


「お前にトウハ学園に編入生として入ってもらいたい」

「……はい?」


 ライの目が点になった。聞き間違いだろかとコウへと視線で問いかけるが、コウが僅かに目で答える。

 どうやら聞き間違いではなかったことに、ライは驚きに声も出さずに視線をルクセントへと。


「シルクがシンカイ法国の連中に狙われているかもしれない、という情報がコウからもたらされた……そのための護衛をお前に頼みたい」


 ライの視線を受け止めて見つめ返されたライはただただ戸惑いの色を見せて「で、ですが」と小さな声を漏らした。


 その言葉の先を読み、ルクセントが言う。


「ロイド一人ではカバーできない面もあるだろう、なにより相手はシンカイ法国の連中だ。どんな狂気じみた手段で来るか想像もつかん」


 ライはぐっと言葉を飲み込んだ。全てルクセントの言葉通りだから。

 だが、それでも。とまた口を開こうとして先にルクセントが言葉を発していた。


「ロイド以外の護衛となると光神隊の一部のみ。それはすなわちシルクの身分を晒すという道につながる。まだシルクが王族であることを晒すわけにはいかないことはお前も知っているな?」

「……はい」


 シルクの3年生としての生き方、それは即ち国の将来にも関わるほどに重大なことだ。ライにもそれはわかる。

 学生として、シルクを護衛する。しかも実力者。これほでの適役はライ以外に誰がいるというのか。もちろんそれもライにはわかる。

 だが、まだ頷けないことがあった。


「おれ……いや、自分は黒髪です。四神隊の自分がそんなことをすれば目立って四神隊としてのあり方に支障が――」」

「――だから、四神隊も抜けてもらいたいのだ」

「え?」


 ライにの空気が止まった。


「……え?」


 何をいわれたかわからないといった様子のライが、混乱した様子で今の言葉を反芻する。


 ――抜ける……何を? えっと……え? 四神隊を? 誰が? ……えっと……ん?


 混乱が深まっていくライを尻目に、だがルクセントはさらに言葉を続ける。


「そして、四神隊を抜けたお前にやってもらいたいことがある」

「……やってもらいたいこと?」


 理解が追いついていないライが、それでもどうにか反応したのは相手が王だからで、それはライが四神隊として、この国の兵士として生きてきたというなによりもその証でもあるのかもしれない。


 うつろな目で首を傾げるライを見ていたコウが表情を若干に顰めるが、この場においてそれに気付く人間はいない。


「改革を手伝ってもらいたい」

「改革を……手伝う?」


 王の言葉がわずかばかりだがライへと生気を吹き込んだ。


「どういう、意味ですか?」


 ライの問いにルクセントは丁寧に言う。一言一言ゆっくりと。一度コウにも伝えた言葉を。誠心誠意、思いを込めて。

 この国を改革するためには黒髪の実力者を用いることで、最低限ケイアン王国だけにでも有名になるほどの実績をあげ、まずは黒髪が底辺の人間でしかないという意識の改革から始める必要があるということ。


 その適任者にはライしかいないこと。

 実績を挙げて有名になる。それはライにとって今までの生き方とは間逆で。いきなりいわれても混乱と戸惑いしかない。

 だからこそ、最初はシルクの護衛を兼ねて学生の身分になってライに生きてもらう。


 ケイアン王国の最エリート学園、トウハ学園。ライの本来の実力ならそこで優秀な成績をとることも難しいことではない。

 最初は徐々に、だが最後には本物の有名人になってもらう。

 もちろんたった一人の黒髪がそういう人間になったからといって簡単にいくわけがないことはルクセントもわかっている。

だが、それでもきっかけにはなる。


 いや、きっかけとしてみせる、と。

 ルクセントはそれをライへと語った。


「……お前には四神隊であること以上に厳しいことを言っているが、だからこそお前にしか出来ないことだと、そう思ってもいる」

「え?」


 ライの人生をかけて、国の将来を変えることになるかもしれないことへと従事する。ライが今頼まれているのは、要はそういうこと。

 自分という存在を否定されたという不安から解消されてほっと一息をついたライだったが、またすぐに別の感覚に襲われる。

 それはすなわち恐怖。

 俺にそんな大役が務まるのか? 考えてすぐに頭を振る。


 ――無理だ、魔法もほとんど使えない俺にそんなことが出来るわけがない。


 ルクセントの改革の初手として始まりの一歩になれというのは、今まで目の前の問題を解決さえすれば直結的に国に貢献することの出来た今までは違う。

 今までは失敗すれば最悪自害すればそれで事足りるような世界で生きてきた。ライに代わる駒は少ないが、ないわけではない。時間さえかければ10年、20年で同程度の人間が今のライに代わることができた。


 だが、今回は違う。

 ライの代わりはいない。たった一人しかいないのだ。

 失敗は絶対に許されない。


 いくら並外れた力をもち、四神隊となるべく育ってきたライとてまだまだ青いところは抜けきっていない。

 言葉を発することなくただ静かに首を振り続けるその様子はまるで行き場を失った小さな子供だった。

 その様子に、ルクセントはやがてため息を落として、言う。


「最初に言ったとおり、これは命令ではなく、私個人による我侭な頼みでしかない。無理なら、それでも良い。今までどおり四神隊として国の暗部に関わる任務についてもらう」

「で、でも……そんな」


 すがるようにコウへと視線を送るが、コウは淡々と、まるで業務のように答える。


「どうするかはお前が決めるんだ、ライ」


 冷たく、硬い声だ。

 ライは漠然とそう思う。目をあちこちへとさまよわせて結局は小さな声で首を振る。


「自信が……ありません」


 ある意味予想通りの答えだ。ルクセントが諦めの表情を落とそうとした時、コウが声を発した。


「逃げるのか?」

「え?」

「四神隊として生きてきたお前が、誰よりも実力の世界に生きてきたお前が、今までのどんな困難な任務を達成してきた四神隊員であるお前が……逃げるのか?」

「で、でも――」


 ――今回のは今までとは責任の重さが違います。


 そういおうとして、コウは表情をふっと緩めた。


「失敗してもいいんだぞ?」

「……え?」


 ――失敗しても、いい?


 コウの言葉を頭の中で繰り返し、理解に失敗する。そんなライの様子がおかしくて、コウは笑顔を向けていた。


「失敗して何か失われることがあるのか?」

「王の改革が……」

「だから、それで何が失われるんだ?」

「え……あっ」


 コウの言葉に、気付いた。

 ルクセントの改革は全てライが有名になることで始まる。ライが有名になることを失敗すればルクセントの改革は始まらず従来の政治体制のままということだ。

 それはつまり何も変わらず、ライの失敗によって何か大きな損失がうまれるわけではない。

 そう、失う物は何もないのだ。


「もっと気楽に考えてみたらどうだ?」

「うむ、私も大きなことを言ったが成功すれば儲け物、程度に考えておる。失敗しても咎めたりはしないし、それでライへの信頼を失ったりするわけではない。むしろ学生の間はシルクの護衛を優先しておいて貰ったほうがいいとも思っておるし、な」


 コウの言葉に追従して放たれたルクセントの言葉に、ライは肩の荷が降りたかのような気分になっていた。


「だから頼む、お前の力を貸してくれぬか」


 頭を下げたルクセントに、ライは「あ、頭をあげてください」と慌てふためくが、ルクセントは頭を上げずに、ただじっとライの言葉を待つ。

 ライもそれに諦めたのか、わざとらしいため息を吐いて、答えた。


「わかりました、自分でよければその任務、受けさせていただきます」

「で、では――」

「――ただし、あくまでも学生の間はシルクの……シルク様の護衛を優先しますよ?」

「ああ、ああ!」


 満面の笑みを浮かべて何度も何度も頷く。まるで子供の喜ぶ様子に、ライがなんともいえない表情をしたところでルクセントがライの手を引っ張っていた。


「よし、では早速手続きに行くぞ! お前の給与や待遇、扱いに関してもいろいろとつめなければならんし、四神隊の人数も変わるから色々と考えねばならぬこともあるからな!」

「ちょっ、まっ」


 齢50の男とは思えないほどの軽やかさ。強引に引っ張っていくその手を振り払うことも出来ずにライはまたため息を落とす。だが今度のそれは先ほどまでのように重いソレではない。どこか明るい表情になったライがルクセントと共に走り出す。


 コウはそれをなんともいえない表情で見つめ、欠伸を一つ。

 これからのライの生活は今までのように危険を伴うようなものは一気に減ることになる。なにせ四神隊としての任務に従事することがなくなるのだから。

これからのライはきっと今までとは違った意味での苦しいことの連続になるだろう。

 ケイアン王国に深く根付いた色というものの身分の差。そこから起こりうる様々な弊害。そして、ライがとっくの昔に捨て去った思い出の少女への淡い思い。

 ライの想像することの出来ない苦難がきっとライを待ち構えている。

 だが、それでも。

 きっとライならばやっていける。

 コウはそれを信じていた。


「さて、また忙しくなるな」


 四神隊隊長コウ・ラクアスがわざとらしく肩をすくめて、帰宅への道を歩みだす。

 先ほどまで3人が話していた場にはもう、誰もいない。

 静かな朝が始まろうとしていた。



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