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ライ、雷、来!  作者: ごぼてん
20/22

第17話「洒落にならないドラゴンの谷 ②」


 ライと竜人のような赤ドラゴンの拳と拳がぶつかり合う。

 反動でライが弾き飛ばされた。弾き飛ばした側のドラゴンはそれに追撃をかける。未だに空中でバランスを取れていないライに追いつき、尻尾を叩きつける。


 その尾の一撃に、なすすべなく腹部に直撃を受けて背中から地面へと叩きつけられた。あまりの衝撃に呼吸が一瞬止まってしまったライだったが、ただでは転ばない。

 既に尾をつかんでいたライは、そのまま一旦離れようとしたドラゴンの動きを抑え込む。


「し・ね!」


 それが煩わしかったらしく、尻尾を抱きかかえて離さないライへと爪を振るうドラゴン。その瞬間にはライの目がギラリと光る。

 獲物を狙うドラゴンのような目。たかだか人間にそれを感じたドラゴンは慌ててその攻撃をストップさせようとして、既に遅かった。

 爪を頬へとかすらせながらも腕に、ライは右手を添えて、そこから一歩踏み出して腕を振るう。


「っ!?」


 世界が反転。天地がひっくり返った。

 すさまじいGがドラゴンを襲い、一瞬だが目を回す。その隙にライはまた一歩を踏み出し、同時に両掌を重ねてドラゴンの腹部へと置いた。


 攻撃ではない、ただ掌を置かれただけだと、ドラゴンがそう知覚した瞬間にそれは爆発した。

 まるで体内から爆弾が炸裂したかのような恐ろしいほどの衝撃。すさまじい速度で吹き飛ばされたドラゴンに、ライが「はぁ」と息を切らせて片膝を地面について口内から滲む血を軽く吐き出す。先ほどの腹部に振り下ろされた尻尾の一撃かライの内臓を傷つけた証拠だった。


 そのまま地面に寝転がりたい気分だったライだが、まだ勝負が終わっていないことは明白。再び脚に力を込めて両足で大地に立ち、ドラゴンがいつ飛び出してきてもいいように身構えるが――


「――余所見しておいて、まだ俺がそこにいたと思うのか?」


 先ほどライが片膝をついたその時。既にドラゴンは行動を開始していた。いつの間にか上空にいたドラゴンが両手を腰に構えて口からそれを吐き出した。


 ――何かがくる。


「消失!」


 反射的に唱えていた。

 ライにとって唯一にして至高な魔法。あらゆる魔法を無効化、消失させる魔法を発動して身を守る。

 それと同時に吐き出された息吹がライの身へと襲い掛かった。

 赤くもあり青くもあるそれ。様々な色が入り交ざったそれが、ライにも知覚を許さないほどの速度で迫り来る。


「っ」


 ライごと、息の範囲内にあった大地を呑み込んだ。

 ありとあらゆるものを消滅させるはずだったそのブレスは、ただライには通じなかった。目に映っていた広大な大地が完全な更地と化したなか、ライは息を切らせて両手を大地につけつつも、無事にドラゴンを睨みつけている。

 たった一度の息吹でライの魔法力の根こそぎを奪い取ったドラゴンは、それでも無事に地に立っているライに驚愕の表情を見せるも、それだけ。


「フン」


 ただ憎悪の感情を瞳に映し、今度こそトドメを刺そうともう一度大きく口を開く。ただし、流石にすぐさまの連発は難しかったらしい。

 呼吸を何度か重ねて、準備を整え――


「――なに!?」


 ライが地層ごと地面を引き抜いてそれをドラゴンへとぶん投げていた。人の手によってぶん投げられたとは思えないほどに高速で飛んできたソレに、不意をつかれたこともあって慌てて避ける。

 ドラゴンほどに大きな岩石。それにより一瞬だがライの姿を見失った。


「いない!?」


 今度こそブレスでトドメを刺そうとして、その事実に気付いたそのドラゴンの背中。気付けばそこにいたライがドラゴンの背後から首と腕を羽交い絞めにして、さらには足に足を絡めて身動きを許さないように取り付いていた。


「このままっ!」


 言葉通りにライは動く。身動きのとれないドラゴンを、そこからさらに自分ごと空中で縦や横へときりもみ回転を開始する。


「うぉぉぉ!?」


 グルングルンに回転して目が追いつかなくなるドラゴンをそのまま頭から地面に叩きつけようとして、だが、それにどうにか気付いたドラゴンが低く唸り声を上げて筋骨を隆起させる。


「なに!?」


 今度は驚くのはライの番だった。

 信じられないほどの剛力を発揮して、完全に極めて動けなく固定しているはずの手足を強引に動かしてライの極めを外していく。


 地面まで残り2m。

 あと僅かという所で完全にはがされてしまった。背中から振り解かれて逆にライが地面へと叩きつけられた。


「……っつぅ」


 はがされないことに全力を注いでいたため受身に失敗する。わずかに呼吸が止まり、骨がきしむ。すぐに動こうとするライだったが、蓄積していたダメージがそれを許さない。


 ならばドラゴンが攻撃を仕掛けてくるかと思えばそちらは何度も空中できりもみしていたせいで三半規管がくるってしまったらしい。気持ち悪そうに、何度もバランスを崩しながら立ち上がろうとしている。


 そうして、お互いに動けない数秒の後、同時に構えなおして対峙する。

 共に肉体の表面上を見れば大した傷は負ってはいない。せいぜい埃まみれだったり衣服がぼろぼろになっていることぐらいだろう。

 だが――


「はぁ……はぁ」


 ――実際に蓄積されたダメージは表面上のソレよりもはるかに重い。


 お互いが息を切らしており、それがなかなか回復しない。並外れた体力をもつライの息がなかなか整わないことがその証拠だ。


「「……はぁ……はぁ……ふぅ」」


 まるでそうなることが必然であるかのように同時に両者の呼吸がリンクしていく。息を整えて、


 お互いが微笑み、それからまた同時に駆け出そうとして「――この、馬鹿者めがぁぁぁぁぁぁぁ」


 思わず耳を塞いでしまうほどの大音量が響いた。

 声量もさることながら、その威圧感に満ちた声にライは反射的に体の動きを止める。ドラゴンもそれは同じらしく、初動をくじかれてたたらを踏んだ。

 いつしか。いや、少し違う。


 気付けば。


 そういった表現が一番正しいだろう。

 ドラゴンの谷一帯を照らしていた太陽に影が差していた


 ――影?


 視線を空へと移したライの目に映ったのは太陽を覆う巨大な何か。


「……?」


 何かは徐々に高度を下げてライやドラゴンの視界を覆う。それが何かすぐにわからないライとは対照的に、ドラゴンにはそれが何かわかっているのだろう、慌てて平伏している。


 殺し合いという張り詰めた空気が急速に弛緩していく。やっと周囲に目を凝らす余裕ができたライが首をめぐらせれば随分と遠いところでダルクもこちらへ向けて頭を下げていることが遠めに判別できた。


 目の前で平伏している竜人のようなドラゴンといい、ダルクといい、誇り高いドラゴンが頭を下げる存在。ライが知る限り、それはやはり一つの存在しか思い当たらないわけで。


「……」


 無言のまま慌てて彼らを見習って傅き、その存在が降り立つのをただ静かに待つ。徐々に影が濃くなり、翼の羽ばたきから生じる風により大地から砂埃が舞い上がる。


 そして――


「待たせたな、強き人間の子よ」


 ――ドラゴンの王が降り立った。





 見渡す限り無限に広がる鮮やかな大地。永遠とも思えるほどに切り立った荘厳な崖。時折吹き抜ける優しくも強い風。照りつける太陽が全てを彩っていた。

 世界の全ての場所が彼らにとっての寝床であり、彼らのもの。それが自然で当然であることを主張するかの如く人工的建築物など一切に存在していない。

 その在り様はあくまでも彼らに相応しく雄雄しく、華々しい。

 そして、その彼らが特に好んで寝床にするといわれている場所。ドラゴンの谷。その一角。


 そこに彼らと彼はいた。

 そこにいる彼らは全員が、とある存在へと平伏しているものの、顔ぶれはどれもが異なっていた。


 頭を下げている黒髪の人間、ライ。幻のドラゴンと呼ばれるダークドラゴンのダルク。そしてそれよりも幻といわれるドラゴン、御伽噺に登場し、既に絶滅したとされているドラゴニュートのような人型ドラゴン。


 そしてその様々な顔ぶれに平伏されているそれ。

 20mはあるだろうか。信じられないほどの巨体から、これまた信じられないほどの威圧感を醸し出し、そこに座す一頭のドラゴン。

 竜王の姿。

 人間嫌いで有名とされる竜王、そのドラゴンがそこにいた。


「お前の名は……ライ、だったか」


 竜王にとっては平然と、だがライからすれば重々しい口調で語られる言葉。ライは跪いたままで小さく頷いてそれに答える。


「はい、ケイアン王国出身、ライと申します」

「うむ、我が名はラグーン・バリー。この谷の主にしてドラゴンの王だ」


 ライの言葉に対する竜王ラグーンの言葉。自己紹介に対する自己紹介。一般的に違和感などないはずのそのやりとりだが近くで頭を垂れていた2頭のドラゴンからすればそれは一般的なものではなかったらしい。


「竜王様ガ……自己紹介ヲ?」

「ばかな、ありえん」


 ヒソヒソと。


 まるであってはならないことが起こったかのような、絶望すら感じられるような声色で小さく囁きあっている。

 だが、彼らがそう感じるのも無理はない。


 人間嫌いの竜王ラグーンが人間に名を名乗ることなど、それこそいつ以来のことだろうか。ラグーンが竜王として即位してから実に500年。ドラゴン史上、それはかつてただ一人の人間にしか語られたことのない名前。

 それがここで語られたのだ。

 寧ろ驚かないほうがおかしいだろう。


「……先ほどはドラゴが迷惑をかけたな」


 彼らの囁きをあえて無視して、ラグーンは声を発していた。


 ――ドラゴ?


 聞き覚えのない名前に、ライは首を傾げて、だがすぐに先ほどまで戦っていた竜人を思い出した。


「いえ、久しぶりに全力で戦えて楽しかったですから」


 この言葉は相手のフォローとか、そういった気遣いの類ではない。ライ自身の本音だった。もちろんいきなり襲ってこられて全く気にしていないといえば嘘になるだろうが、それでもやはり全力で人目を気にせずに戦えたことがライにとっては実に気持ちのいいことでもあった。


 ライの言葉を聞いたラグーンは恐らくは笑ったのだろう。小さく体を揺すって目を細めて、そのまま側に控えていた竜人―ラグーン―を顎で呼び寄せた。


「ほれ、お前も謝らんか」

「ぅ」


 ドラゴが心底嫌そうに顔を歪め、だが王の言葉に逆らうわけにもいかないと考えたらしく、僅かに頷いてライへと一歩、歩み寄った。


「……」

「……」


 ライと目が合って見つめ合うこと数秒。ドラゴはぷいと顔をそらして「……わるかった」とその巨体からは想像もつかないほどのか細い声で頭を下げた。ライは頷いて「今度は決着をしっかりとつけよう」とだけ返した。


 ドラゴは驚いたように顔をあげ、それから不機嫌そうな顔を一転させて破顔。ライの顔をジッと見つめて不思議そうに首を傾げて、だがやはりまた子供のような笑みを浮かべて。まるで十面相かのようなほどにコロコロと表情を変えて、最終的には「ああ」と笑うのだった。


 まるでどこかにある青春の一ページのようなシーンだが、今はそういったシーンに興じている時ではない。ライはドラゴから視線を外して


「それで、私に何か御用でしょうか?」


 単刀直入にラグーンへと尋ねる。

 竜王に呼ばれ、ダルクに連れられてやってきたドラゴンの谷。人間嫌いで有名な竜王ラグーンに呼ばれたことで肝を冷やしていたライだったが、どうにもラグーンから害意を感じない。


 ――ならば、なぜ?


 呼ばれた理由が一つも思い当たらない。純粋に疑問符を浮かべるライに、ラグーンは渋い表情になった。


「……わしは人間が嫌いだ。理由など一々述べる気にもならないほどに、圧倒的に、心底、反吐がでるほどに」


 それは本音なのだろう。それはライに向けて放たれた言葉ではないにも関わらず一言一言がまるで呪詛のように、じっとりと重く響く。

 これで敵意を向けられたらどうなるのだろう、それを想像して一人で青くなったライには目もくれず、ラグーンは言葉を続ける。


「そしてその最も忌むべき存在たる人間の中でも、黒髪は最底辺の人間だ」


 ――耳が痛いな。


 内心での苦笑を堪えて、だがそれは事実なのでラグーンの言葉をライは素直に頷いた。


「元々単体で見れば貧弱でしかない人間の分際で、誰にも庇護されず生きるしかない黒髪。故に生きる術だけに長けて、卑怯な術ばかりを覚えていく黒髪。身体が底辺ならば心も底辺。そこに一つの命としての矜持などなく、言葉を吐けばこの世を憎むことしかない生きる怨霊、黒髪」


 それはラグーンが竜王としてみてきた黒髪の全て。


 親には見捨てられ、誰からも愛されず、ただただ生きることに一生懸命で。他人のことを考える暇があるなら今日の食事を考えなければならない黒髪。それが当たり前で、そうでもしなければすぐに死ぬしかない黒髪。

 現在の黒髪はほとんどそういった状況だ。


 黒髪には実力を得る機会がない。なぜなら日々を生きるだけで精一杯だから。当然、実力を重んじるギ武国では地位を得られず、日々を生きる糧を正当な手段では得られない。


 黒髪には知識を得る会がない。なぜなら日々を生きるだけで精一杯だから。当然、知識を重んじるシンカイ法国では地位を得られず、日々を生きる糧を正当な手段では得られない。


 黒髪には地位を得る機会がない。なぜなら日々を生きるだけで精一杯だから。当然、血統色を重んじるケイアン王国では地位を得られず、日々を生きる糧を正当な手段では得られない。


 黒髪が生きるには盗みや詐欺といった犯罪に手を染めるしかない。そういった黒髪は、特にケイアン王国では福利厚生の充実により減ってきてはいるものの、それでも未だに存在していることは確か。

 そこに人間としての尊厳はなく、ただ生にしがみつく惨めな存在。そして、それをまるでごみでも見るかのように毛嫌いする金髪や赤髪や青髪の人間達。


 種として、命として他種族よりも圧倒的に誇り高く生きるドラゴン種として、人間を嫌うのはある意味で当然のことなのかもしれない。


「そして、今わしが……いや、わしらが黒髪を憎む最大の理由――」

「?」


 ――まだある?


 想像がつかない。

 素直に首を傾げてしまったライを尻目に、ラグーンは言う。


「ダルクの子が攫われた事件は当然知っているな」

「はい」

「――ダルクの子を攫ったのは黒髪だ」

「っ!?」

「お前がダルクの子を奪い返してくれたそうだが、それはそれ……奪った人間が黒髪であるという事実に変わりはない……故に、黒髪を特に憎む」


 なにかの冗談だろうか?

 そう思って周囲のドラゴン、ドラゴやダルクを見るが、その表情は真剣そのもの。決して冗談を言っている雰囲気ではない。


 ――ありえない。


 その言葉を飲み込んで、ライはどうにか平静を保つ。


「し、質問をしても宜しいでしょうか?」

「……うむ」

「黒髪がこのドラゴンの谷からダルクの子を……それも2頭とも、一気に攫った、と?」

「うむ。ドラゴやダルクを一撃で昏倒させて、わしと対峙しておきながらも、子を2頭とも攫っていった」


 ――ばかな。


 普通の黒髪に魔法は使えない。魔法道具だって満足に使用できないはずだ。

子供の頃から地獄と思えるほどの特訓を、しかも無敵クラスの専門家たちに鍛えられてやっと一種類の魔法を使用できるようになったライを除いて、そんな人間がいるとはライには考えられなかった。


 しかも、しかもだ。


 ――ドラゴとダルクを一撃で? 竜王ラグーンと対峙して逃げ切るだけでなく子を攫っていった? そんなことが出来る人間がこの世にいるのか?


 人間技じゃない。

 いや、いないことはない。いないことはないが、ライの知る限りそのどれもが黒髪ではない。


 例えば勇者や魔王、それに魔法使いのエルフであるキセキ・アミュート。この3人ならいとも簡単にやってのけるだろう。だが、それ以外はどうだろうか。四神隊隊長、コウ・ラクアスにもそれは不可能かもしれない。

 少なくともライには不可能だし、他の四神隊メンバーにも無理だ。ライの知らないところでそんなことが可能な人間がいるということだろうか。


 ――あんなバケモノがまだ?


 その可能性はないことはないだろうが正直考えにくかった。


「髪の色を変えていた……とか?」

「ありえんな」


 おずおずと尋ねる言葉を、ラグーンは両断した。


「あの色は着色ではない、お前の黒よりも少し色あせていたが見間違いはない」


 現在の人間の、人間の髪への着色技術ではどうしても不自然な色になる。それがなかったとなると、やはり黒髪ということになる。

 だが黒髪ではありえない。

 どうしても混乱してしまいそうになるライだったが、次のラグーンの言葉に心臓をどきりとさせることになった。


「お前とは違って爺だったが、お前と似たような戦い方をしていたな」

「え?」


 ――爺で、俺と似ている戦い方で……黒髪?


 人間技じゃないことを魔法なしてやってのける人間。それに思い当たる人物が胸中にたった一人だけいた。だがそれはライにとってはありえない人物で、その考えを一蹴する。

 むしろそういう考えが浮かんだ自分が許せなくなって、僅かに苛立ちを含ませたままの言動をラグーンへとぶつける。


「どうしてこんな話を? 自分はどうして竜王様に呼ばれたのですか?」

「もうわかっているだろう」

「……」


 問いに答えないライに、ラグーンはため息を。


「……お前とダルクの関係にケチをつけていたのは冗談だ」

「エ」


 ダルクの驚きの声が虚しく響くのだが、ライはむしろ予想していたことなのか、驚きはしなかった。その反応がラグーン的には満足のいくものだったらしく、楽しそうに牙の生え揃った大きな顎を僅かに歪ませて言葉を続ける。


「この件の解決をお前に頼みたい。要するに今回の犯人を見つけてもらいたいということだ」

「……無理です」


 反射的に答えていた。


「なっ」と驚きの声を漏らしたのはラグーンではなく、ドラゴ。ドラゴが文句を言う空気を察してライが口を開く。


「現実的に考えて見つけられるとは思いません」

「……」

「そもそもどうして自分なんかに? 竜王様ならばどこぞの国王にでも命令を下したほうが簡単に解決できるでしょう?」


 戦う力はあるが何の権力ももたない一個人よりも、戦う力はないがたくさんの人間を動かすことの出来る権力をもつ人間に頼ったほうが問題は簡単に解決する。それが当たり前だ。


 そして、竜王たるラグーンにはそれを簡単になしうる神性と絶対的武力がある。ライに頼るよりも国王を頼ったほうが効率的だし、確実だ。

 だが、ラグーンは首を横に。


「それは出来ん」

「どうしてですか?」

「ドラゴンは人間たちにとって神秘性を備えた存在でもあり、そして脅威でもある。そのドラゴンがたかだか人間一匹に遅れをとったとなれば、それは瓦解するだろう」

「な」

「いくら我等とてゴキブリのように無数に存在する人間たちに襲いかかられれば絶滅しかねん」


 一国の王にその事実を知らせて多数の人員を動因するということは、それだけ多数の人間にその事実を晒さなければならないということだ。

 そしてその結果、ドラゴンという種が危機に陥ることを恐れている。


 ――なる、ほど。


 人間という種を考えれば、ありえる。

 密猟、種族差別、血統色蔑視、排他性、独占欲。

 様々な醜い争いを繰り広げてきた人間を、長年にみてきたラグーンは誰よりも知っている。だからこそ人間という種を嫌い、信じることを拒絶する。


 誰よりもプライドが高いドラゴンが、プライドよりも生命を優先しなければならない。それはきっとドラゴンの王としての決断で、ラグーンとしては苦渋の決断だろう。


「……」


 考え込むように黙ってしまったライを見て、ラグーンはそっと言う。


「ダルクがお前を認めた……それだけで十分に信頼に値するだろう」


 先ほどまでとは少し違う。ふっと力を抜いた言葉。まるでリラックスしたかのような優しい口調。

 それを、ライがなんとなく不思議に思った瞬間だった。

 ラグーンが腰を下ろし、首を下げた。ライのはるか頭上にあったラグーンの頭の位置がライよりも低くなり、顎が大地に置かれて、ラグーンがライを見上げる形になる。要するに竜王たるラグーンが頭を下げて、ライへと言った。


「どうか頼む。片手間でもいい。お前の人生を後回しにしろとは言わん。もしも見つけることが出来たのなら我等に教えてくれ、その男を」


 誰もが目をみはり、言葉を失う。

 ライに残された言葉は一つしか残されていなかった。



 橙色の空。

 雲の上は未だに明るく、沈みゆく太陽が瞼に眩しい。

 湿気の少ない風が静かに体を吹きぬけていく。いつもならばその風に肌を撫でられる感触に心地よさを感じていたはずだが、今はなぜか不快にしか感じられない。


 ダルクの背の上で、ライは沈黙していた。


 結局、ライは竜王ラグーンの言葉に頷いていた。と、いうより頷くしかなかった。寧ろドラゴンの王にあそこまで頼まれて、断れるはずがなかった。少なくともライには不可能だった。


 ――黒髪で、爺で、俺と同じ戦い方、か


 ダルクやドラゴを一撃で昏倒させ、竜王からも逃げ切る。そんなことが可能な人物。ずっとライの心に引っ掛かっている、唯一人、思い当たる人物。

 それはライよりも強く、現四神隊隊長、コウ・ラクアスと同等の強さを兼ね備え、むしろ単独行動スキルならばコウよりも優れているだろう人物。

 全てに当てはまる。


 ――違いますよね、師匠。


 ライを育て、鍛えた張本人。元四神隊隊員でライにその座を譲ってからは旅に出て行方不明の男。

 正直なことを言ってしまえばライにはどうすればいいのかわからなかった。


 ――師匠を探して、見つけて、それから?


 素直に聞いて見たらいいのだろうか。それともコソコソと探って証拠を探したらいいのか。


 ――いや。


 そもそも師匠という、ライからしてみれば親のような存在を疑わなければいけないことにライは少なからず苦い思いを噛み締めていた。


 ――でも約束しちゃったしなぁ。


 色々と考えるのだが、それどれもがしっくりこずに、ライは一人で首を振る。本日何度目になるだろうか。「はぁ」と。ため息を落とす。

 それから背筋を伸ばして、じっと空を見つめ、首をふって、またため息を。そしてまた背筋を伸ばして……先ほどからずっとこれの繰り返しである。

 どうにも考えがまとまらず苦虫を噛み潰したような表情を繰り広げているライに業を煮やしたのは、当然彼を背に乗せて空を飛んでいたダルクだった。


「信ジルタメニ疑ウ。ソレハ悪イコトナノカ?」

「え?」


 いきなりのダルクの言葉に、ライが首を傾げる。


「人間ハ疑ウノガ当リ前ダト聞イタコトガアル」

「なにを?」


 ライの疑問には答えず、ダルクが言葉を続ける。


「ダッタラ、疑ッテ疑ッテ疑ッテ、ソシテ無実ダッタコトヲ知レバイイノデハナイカ?」

 

 ――ソコマデ信ジタイト思ウノナラ、ソレデハ駄目ナノカ?


 ただその事実を疑うのではない。その事実がないと知るために疑う。


 疑うという事実は変わらないのだからこんなのは結局は言葉遊びでしかないと、それは一笑にふされる陳腐な考え方なのかもしれない。

 だが、それでもそれはダルクの真摯な言葉で、すっとライの心へと溶け込んでいく。


「そうか……そう、だな。そういう考え方があったっていいよな」

「ウム」


 まるで心が晴れたかのようにすっきりとした表情を見せたライだったが、すぐにまた「あれ?」と首を傾げる。


「なんでそんなことを?」


 ライが師匠を疑っているという事実は誰にも言っていないし、疑うということに嫌な気持ちを抱いていることだって当然言っていない。

 なのにダルクはまるでそれを知っているかのように言った。


 疑問符を浮かべるライに、ダルクは「見テイレバワカル」と少しだけ不満そうに呟いた。それはダルクがライを少しは心配してくれたということにもなり、ライは表情を緩ませ、小さく呟く。


「ありがとな」

「……」


 ダルクからの返答はなかったが、ライは楽しそうに微笑み、小さく頷く。


 ――ま、気楽にやるか。


 先ほどまでとは一転して、晴れやかな顔を見せたライはダルクに感謝しつつもそのダルクの背中に寝転ぶのだった。



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