裏話「頂上の思惑」
ルクセント王邸、執務室。
そこに彼らはいた。
ケイアン王国の王、ルクセントの顔を注視しながらも跪く一人の男があった。男にしては長いと評さざるを得ないほどに伸びた髪は、まるで海のように深い青色で、当然のように瞳も青い色をしている。
その男は平民ならば誰もが好んで着ているであろう質素かつ動きやすい服装をしており、男の元気そうな様子に、ルクセントが苦い顔で頷いた。
「わかった、ご苦労だったな。コウ」
コウ・ラクアス。
ハル・ラクアスの夫でハルの病院でも一応医者を勤めている。子供と共に他国の病人を検診に行っていた……というのはもちろん表の顔だ。
本当の顔は四神隊の隊長にしてケイアン王国最強の戦士。ルクセント王と同じく齢50だが、四神隊隊員に未だにバケモノと称されるツワモノ。今までいなかったのは彼が四神隊の任務を受けていたからで、さらにそのついでにと子供を跡継ぎにすべく色々と鍛えていたからだ。
そのコウ・ラクアスが顔を一瞬だけほころばせ、だがすぐにその緩んだ表情を引き締めた。
「いえ、王の苦労に較べたらこれぐらいは」
「……二人のときぐらいは普通の口調でいいだろう」
渋い顔をするルクセントの言葉に、コウは頭を振って答える。
「またお互いに仕事中ですので」
「お前は相変わらずだな」
渋いような、それでいてどこか喜色を帯びたような表情で呟いたルクセントだったが、すぐさま顔が真摯なそれへと変化した。
コウもそれを察してわずかに口元を引き締めた。
「異常な魔物の発見について、ライからの任務報告を知っているか?」
「いえ、まだですが」
コウも長い任務を終えて先ほどケイアン王国に帰ってきたばかりだ。ある程度のやりとりは妻のハル・ラクアスと続けていたがそれにも限度はある。
コウが知っているのはライが魔物の巣窟へ出向いて、異常なほどに強くなった魔物の捕獲に成功したというところまでだ。
ルクセント王はため息を吐いて「まずはそれから話そう」と口を開いた。
魔物の巣窟で退治した魔物達の異常性。ライが確認しただけでその数は4体。その内の一体は捕獲したが、現在のケイアン王国ではその異常な点の原因の究明はできなかったこと。
その魔物達を操っていた男がダークドラゴンの子供を拘束する魔法陣と似た紋様を手の甲に刻んでいたこと。
マルガリータ邸で研究員が自害し、魔物達を操っていた男も自害したこと。
さらにはギルドで出されたクエスト、トウハ学園で課された進級試験。それらが丁度、今回異常性を発見されたカースドボアとイービルツリーだったこと。
これら一連の出来事が見事なまで一本に繋がっていること。
「ライ曰く、どこかの国が何かをやろうとしているのではないか、とのことだ」
「何か……とは?」
「そこまではなんともいえんが、標的はケイアン王国かもしれん」
「……なぜですか?」
「ダークドラゴンの子供が攫われたときにうちの商人が一枚噛んでいた、もちろんマルガリータにとっては囮の役目を果す人間ならば誰でも良かったのだろうが……ならばなぜわざわざケイアンに濡れ衣をかぶせようとしたのか。別にギ武国の人間を使ってもよかったはずだ……いや、むしろギ武国のほうが様々な点で簡単だったはずだ」
ケイアン王国ほどに領内の治安維持に重きを置いている国は他にはない。それはケイアン王国のウリでもあり、また他国もそれは重々理解している。
ケイアンに濡れ衣をきせても、その治安の高さから失敗する可能性を考慮するはずなのだ、普通ならば。加えてギ武国は自由な国で、法律などあってないような国。裏でひっそりと足がつかないような商売をしている商人だって少なくない。
それでなぜギ武国のそういった商人を使わなかったのか、わざわざ囮にケイアンの商人を使ったのか。もちろんマルガリータがギ武国の人間だったから火の粉が少しでもかからないように他国に仕向けた可能性はある。
だがそれでもなぜケイアンなのか、他にも国はある。
「なるほど……だからケイアン王国を狙っていると?」
ルクセントの意図を理解したコウが頷いた。
「うむ、戦争を仕掛けたいのか、評判を落とさせたいのか……目的はまだわからんがな」
ルクセントがまたため息を落とす。コウの顔を見つめて難しい表情のまま頭を下げた。
「る、ルクセント王!?」
王にいきなり頭を下げられて慌てるコウへと、ルクセントは言う。
「お前に頼みがある」
「……」
王の頼みとやらを察したのかもしれない。先ほどまでは王のいうことならばなんでも聞きそうだったコウが苦い顔で黙り込んでいた。
どちらも口を開かない時間が過ぎていく。が、先に諦めたのはコウだった。立ち上がり、今までの兵士の表情ではない、それでもどこか厳しい顔でルクセント王の肩に手を置いた。
「ライをよこせ……そういうことか?」
立場を忘れた言葉遣い。学園生時代に同期だった彼らの本当の言葉。それはコウが兵士としてではなく、ルクセントの友として接するときの証でもある。
だが、いつもならば顔をほころばせるルクセントも今回に限っては苦い顔のままだ。
「……奴の力が必要だ。『シンカイ法国がシルクを求めてくる可能性が高い』というお前の報告とライの報告、それをあわせればライの力が必要なことはお前もわかっているだろう」
「……ついでに改革のお手伝いもさせるつもりか?」
コウの言葉に「う」と言葉を詰まらせた。若干困ったような顔を見せつつもルクセントは言葉を続ける。
「必然的にそうなるだけだ……今までは光神隊ロイド・ブレイズの護衛だけでもよかったが、お前の報告を聞く限り一人じゃ厳しい」
「だったら別にライじゃなくてもいいだろう」
「あのイカれてるシンカイ法国だぞ? 並の護衛じゃ役に立たない」
「並じゃない護衛をつければいい」
コウの切り替えしが徐々に早くなっていく。ルクセントの性格を冷静とするならコウは温和。滅多に興奮しない人間だが、それほどコウにとっては重要な問題ということなのだろう。
ルクセント王がコウを落ち着かせるように「コウ」と小さくその名を呼び、それから言葉を続ける。
「シルクがそれを喜ぶと思うか? あいつは正式に王女になる前の最後の学園生活から色々と学んでいる最中で、今はブレイズ家の人間という扱いになっている。そんな彼女があからさまにごつい護衛をつけてみろ、しかもロイド以上の人間となると有名人しかいない。それこそ光神隊の隊長や副隊長ぐらいかもしれない……そうなると一発でシルクの素性がばれるんだぞ?」
「ばれたらまずいのか? もう2年も学園生活を学んだんだろう、十分じゃないのか?」
あまりに冷静じゃないコウの言葉だ。
シルクが学園生活を営んでいるのはなにも庶民の生活を楽しむための王族のわがままではない。
「それは出来ない。忘れたとはいわさないぞ? 誰にも身分をばらさずにトウハ学園生活を送ることで得られる恩寵を」
子供に含み聞かせるような口調になったルクセントに、コウは少し冷静さを取り戻したのか、頷き、ゆっくりと答える。
「信頼に足る人物を見極めて、それを大臣やらに任命する可能性だってある、だったか?」
「ああ、この最後の一年が一番大事な年度だ。それは国にとって将来をわけるほどに大事なことでもある」
「なら――」
ルクセントの言葉に頷いてしまいそうになったコウだったが、すぐに別のことに気づいた。やはりまた険しい顔でそれを問う。
「――なら逆にライはどうなるんだ? エリートばかりのトウハ学園に、黒髪として学園にいなければならない……なにをされるかわかったもんじゃないんだぞ?」
「ライなら簡単に切り抜けられるだろう」
「あいつは四神隊なんだぞ?」
四神隊の後釜として育てられる人間は、素性がばれることは即ち死を招くこという訓練を受けている。それはもちろん自分たちが国にとっての暗部を担っていることもあるし、他国にばれてはいけない情報を多く握っているからということでもある。
絶対にばれてはいけない存在。狙われることすら許されない存在。それが四神隊。
だからこそ四神隊のライにはトウハ学園の生活は不可能だとコウは言う。エリートばかりのトウハ学園では黒髪のライはそれだけ目立つ。
因縁をふっかけられることも多々あるだろう。目立たずにいることなど不可能に近い。
だが、ルクセントはばっさりと答える。
「だったら四神隊を抜けてもらう……そもそも四神隊は三人しかいない時期が多いんだ、そこまで無理なことでもないだろう」
あまりにも冷静に言うルクセントに、コウから一瞬感情の色が抜け落ちた。あまりにも驚きすぎたためだ。
わずかに呆けて、それから思い出したかのように歯を食いしばり、ルクセントの肩から手を離して数歩あとずさった。
「……本気なのか?」
「本気だ」
「……お前の改革のために?」
「それが俺の国王としての最後の仕事だと思ってる」
呻くように呟かれらコウの言葉にルクセントは静かに頷いて、だが強い瞳でコウの瞳を射抜いた。まるで絶対に退かないとでもいいたげなその視線に耐え切れず、コウが顔をそらした。
それでもコウを見続けたまま、ルクセントは言う。
「……勇者の国に行ったことはあったな?」
「? ……ああ」
いきなりの問いに、戸惑いながら首を傾げるがゆっくりと頷く。
「どうだった?」
「どうって」
「誰もが平等に暮らし、みんなで助け合い、日々を生きる……この国のように区分けなんかいらない、本当に楽しそうな彼らを見なかったか?」
「……」
ただ黙って頷くコウにルクセントは粛々と言葉を続ける。
「俺はこの国をああしたいんだ……今みたいなままだといつかボロが出る。お前もわかっているだろう?」
「それは……――」
聞かれ、言いよどむコウを、ルクセントは責めるようにすら言う。
「――今はこの国を支える重臣が公正な立場をとれるから成り立っている。要はおれたちの国は薄氷の上にたってるようなものだ。
「……」
「今はいい。俺がいる。重臣たちだって清廉潔白を素でいっている人間たちだ。だがいつまでもそんな状態が続くわけがない。いつか差別的血統主義を掲げた国王が現れるかもしれない。いつか重臣たちがそういった差別的血統主義をこぞっと唱えだす時がくるかもしれない。そうなったらこの国は終わりだ。シンカイ法国のように奴隷が生まれ、一定の身分の人間しか幸せを享受できないようになる」
「……」
もう、コウにはいえる言葉がなかった。
「……みんなが幸せになれる可能性のある国、そういう国のあり方の根底だけでも築いておきたいんだ」
ルクセントは今までに改革を起こそうとして何度も失敗している。だがまだ諦めていはいない。誰よりもケイアン王国を憂い、備えようとして、さらにより良い国にしようとしている。
そんなルクセントだから、平然と言う。
「黒髪が低能でしかないという国民たちの意識を改革するところから始める。それには黒髪でありながらケイアン王国でも最強クラスの男に、ライに協力してもらうしかないんだ」
たしかに彼らは魔法要素をほとんどもたない。だから戦闘面ならば劣ることもあるだろう。だがそれ以外ならばどうか、頭の良さと魔法力は関係ない。体力面だってそうだ。他にも例えば指導力やコミュニケーション力。
人間には様々な要素がある。魔法力の濃い薄いだけではわからないところが多々ある。
今は貧民として十分な教育を受けられないから台頭できないだけだ。
誰もが平等に生きてより豊かな国になる。そうなればいつかこの鎖国の風土も徐々に解放されていって、魔法力による身分差別だってなくなって亜人だってここに住めるようになるかもしれない。
――それが、ルクセントが考えている国としての正しいあり方だった。
「わかるだろう、コウ」
一息に説明したせいだろう。若干に息を切らしているが、それでも冷静に呟くルクセント。万感の思いを込めて吐き出されたルクセントの言葉に、だがコウは首を振る。
「わからない、わかりたくない」
「……コウ」
「お前にとって国が大事なように、俺にとってはライが大事だ」
「……そう、だな」
ルクセントがコウの言葉に息を吐き出して頷く。
目の前の親友一人を協力させられずに国の改革が出来るだろうか、当然否だ。
――だめ、か。
肩を落とし、ともすれば絶望的な表情にすらなりかけたルクセントに、コウが言葉を落とす。
「だから――」
「?」
急に言葉をつなげてきた。不思議そうな表情になったルクセントにコウが言う。
「――全部お前がそれを説明して、ライに決めさてやって欲しい……そうすれば俺は何もいわない、あいつがどの道に行こうとも反対はしない」
――頼む。
頭を下げたコウに、ルクセントが頷いた。何度も何度も頷き、そして両手をコウの肩へと置き、掠れた声で呟いた。
「……わかった」
そして小さく「ありがとう」と、そう付け加えたのだった。
お互いに顔を見合わせて悪戯をしたかのような無邪気な、それでいて嬉しそうな笑みを浮かべる。ともすれば声をあげて笑いそうに彼らだったが、その前に「よし」とコウが声をあげた。
「ライにはどこにいるんだ? 早速呼んでその話をしないか?」
「あいつは今ケイアンにいない」
「いない? あいつが魔物の巣窟に行ったのはまだ数日前だろう? もう別任務に行ったのか?」
何気ない質問だがルクセントの顔が若干引きつった。ともすれば青くなっているようにすら見える表情だ。
普通の質問だったはずなのに意味のわからない反応をされて、コウが「ルクセント?」と首を傾げる。促されたルクセントが頷き、ゆっくりと口を開く。
「あいつがダークドラゴンと主従契約を結んだのは聞いたか?」
いきなり何の話だ? とは考えたもののコウは素直に反応して質問を繰り出す。
「ああ、それなら聞いた。ただただ驚いたけど……それがどうかしたか?」
その問いに、ルクセントはわずかばかりに躊躇うように口を開き、だが閉じて……そして結局は重々しい口調でそれを言葉にする。
「……竜王に呼ばれたそうだ」
「…………は?」
深刻すぎるルクセントの言葉にコウの目が点になった。
「主従関係を結んだ人間に興味があるからそいつをドラゴンの谷に連れて来い、ダークドラゴンが竜王にそう言われたらしい。『行かなかったら問題になりそうだから行ってきます』と言っていたぞ?」
竜王といえば人間嫌いで有名である。実際過去に竜王の逆鱗に触れて国が滅ぼされたという伝説も残っているくらいだ。
「ぜ、全然笑えないな」
「……全くな」
コウとルクセントは窓から見える空を、祈るように見上げるのだった。
亜人差別の国。亜人であるだけで奴隷身分とされてしまう国。
どの国よりも魔法やアイテムの研究が進んでおり、あらゆる研究機関が存在している。研究へとの取り組み関しては異常なほど精力的で、他国民から見てそれは狂的とも揶揄されるほどである。
ただし、自分たちでは胸を張って『知的な国風』と胸をはっている。ともすれば変わり者が多いとも言われるような国。
それが、ここ。
シンカイ法国。
そんなシンカイ法国の城内の、とある一室。
城に備えられた部屋にしては狭く、行き届いた掃除もされていないのか、妙にほこりっぽい。そんな場所で部屋の明かりすらもつけずに、真っ暗な世界の中でぼそぼそと耳を寄せ合っている人間がいた。
暗がりのせいで顔まではわからないが、一人は暗闇の中でも目立つ金の髪色をしている。もう一人は闇に溶け込んでいて髪の色すらも見えない。
その、髪が闇に溶け込んでいるほうの男が声を発した。
「王子殿、魔物の巣窟に放っていた男が死にました」
「……なに?」
青年の――王子と呼ばれた男がその言葉に首を傾げた。
「ダークドラゴンの因子を注入して強化された魔物も同様です」
「……それでは実験は失敗したということか?」
ともすれば抑揚を失いそうになっている声色に、だが向かいっている男は動揺も見せずに首を振る。
「実験は成功です。トウハ学園の、しかも相当優秀な生徒が任務に失敗したとの報告を受けました」
「……ほう」
あくまでも冷静に語る男とは違い、さっきから王子の態度は実にわかりやすい。先ほどは苛立ちを、今度は喜び若干の疑問と戸惑いをその態度に滲ませている。
「イービルツリーとカースドボアだったか?」
「その通りです」
「なるほど。ならば上手くいってはいるということか……だが――」
一度言葉を区切り、男の態度を観察するかのように見つめながら言葉を続けた。
「――ならなばぜあいつらが死んだ? 魔物は強力、魔物を使う紋様を預けたあいつも優秀な人間だったはずだぞ」
「……光神隊が動いたという報告がありません。あの王国の第一神隊如きに敗れる人間でもありません。だとすれば考えられることは一つですな」
ゆっくりと、まるでそれを咀嚼させて理解させるかのようにそれを呟く。
既にその事実を導き出しうるヒントはいくつもの報告であがっている。ダークドラゴンの件でグロッツ・マルガリータが死亡し、今回は任務に一度も失敗したことのなかった男が死んだ。しかも優秀な冒険者や軍の人間が動いたという事実はない。
共通している一つの事項それは――
「考えられること?」
ともすれば本来の顔を取り戻してしまいそうになった瞬間、未だに答えの出せない王子の呟きが彼の耳に残った。
男は内心のため息をどうにか堪えて更なるヒントを出す。
「今まで信じてはいませんでしたが、やはりいるのでしょうな。あの部隊」
「……部隊」
考えるように呟き、そこでやっと気づいたのか嬉しそうな声をあげた。
「四神隊かっ!」
「おそらく」
王子が暗闇の中でもわかるほどに大きく動く。顔はきっと青くなっているだろう。それほどまでに王子の動きはわかりやすい。
だが男はそれに注意をするでもなく、ただこれからのことを話す。
「シルク・ケイアンの穢れなき血を王子の手にする……そのために必要な準備はまだあります。これからは更なる準備が必要ですな」
「うむ……うむ」
かろうじて頷く王子に、男も頷いた。
「「全ては我が国の、そして大陸のために」」
合言葉のように唱え、彼らはさらなる闇の中へと姿を消す。
部屋に残ったの誰もいない静かな気配と――
「待ってろよ、ライ」
――男の小さな呟き。
それだけだった。




