第15話「タダじゃすまない進級試験 ③」
ガラハムが降ってきた。
シルクとウィンはその事実に、慌てて周囲の警戒を始める。
「ウィンさん! ガラハム君を!」
「は、はい!」
ウィンは倒れているガラハムへと手を掲げて小さく詠唱を始める、治癒呪文だ。
大抵の呪文に設定されている詠唱の略式が、治癒呪文の分野においては設定されておらず、しかも治癒系の呪文は詠唱がえらく長い。魔力コントロールも難しく、素質のない人間が行えば逆にダメージを与えるとされている。
そのため扱いが難しく炎系の魔法以上に使い手が少ないとされているが、ウィンにとっては得意呪文の一つ、よどむこともなく詠唱に魔力が込められていく。
ガラハムの傷を癒すことに全神経を注ぎ始めたウィンを尻目に、シルクは杖を掲げ、どこから魔物が襲ってきてもいいように魔力を高めていた。
「……」
静かだった。聞こえるのは治癒呪文の詠唱それだけ。まるでここだけ周囲の空間が切り取られたかのように他の音がない。
静か過ぎる。しかも、おかしい。
――ライ君とロイドは?
シルクの胸中に疑念がわく。彼らがこの状況に気づかないだろうか?
――ありえない。
だったらどうして来ない? そんなに遠くまでトイレに行ってしまった?
――ありえない。
彼らはこういったことに慣れている。いくらなんでもトイレ程度ですぐに駆けつけられなくなるほどに遠い距離にまで足を運ぶとは思えない。
――でも、じゃあ……どうして?
考えれば考えるほどに混乱しそうになる頭を一度軽く振ってそれらを一旦置いておく。今は他のことを考えている場合ではない。
問題はガラハムほどの男が重傷を負って、気を失わされてしまっている点だ。たしかにランク3の魔物は総じて強敵ばかりだが、だからといってガラハムがここまでの傷を負わされるとも、シルクニとっては考えにくかった。
――いったいなにが?
また、思考の渦にとらわれそうになったときだった。
「っ!?」
反射的に、だった。
「広がる雷『スプレン・ライトニング』」
紫電の光が広がり、シルクとウィンの周囲5m一帯が雷で焼き尽くされた。魔法の範囲内にあった木々がなぎ倒されて、草木が抉れて大地の顔を覗かせる。周囲に広がる雷がさらなる獲物を求めて伝播していく。
残ったのは裸になってしまった周囲、抉られてて、一部を黒く焦がした裸の大地。それと――
「――嘘」
信じられないものを見たような声で落ちた言葉。それに反応してウィンも視線をめぐらせて気づく。
5m一帯の全てが裸の大地と化した中、そこに立つ一本の大木。根っこを足代わりとして平然と近づいてきていた。
「イービルツリー?」
――なぜ、あの雷の中で全くの無傷でいられるの?
ありえない。
そんな言葉を呑み込み慌てて次の呪文を。だが
「焼き尽くす雷『ライトニ――」
それが紡がれる前、一気に距離を縮められていた。振るわれる大木の枝に回避は無理だと判断。目を閉じて身をすくませたシルクに、だが届いたのは衝撃ではなくウィンの声。
「全てを守る大地の盾『アース・シールド』」
枝がシルクに届く間一髪だった。イービルツリーとシルクとの間に、大地が急激に盛り上がりシルクを守らんと立ちはだかった。
ウィンへとお礼をかけたくなるのを必死にこらえてシルクは一度途切れた詠唱を、紡ぐ。
「――ング・フレア』」
イービルツリーが急激に現れた大地の壁に戸惑ったのは一瞬。再度振るわれた大枝の一撃が大地の壁を打ち砕いたのとシルクの魔法が放たれたのが同時だった。
相変わらずのすさまじい速度で放たれた雷魔法。どこか赤みを帯びたそれがイービルツリーの体に着弾した瞬間、着弾点が小規模な爆発を起こし、一気にその樹木の体を燃え上がらせた。普通ならこれだけイービルツリーの体を燃やし尽くすほどの大火炎。
だが、このイービルツリーはそう簡単にはいかない。
燃え上がる火炎すらなんともないというように枝を振り上げていた。
「拘束する風『ウィンド・バイント』」
後方からウィンが魔法を放ち、風という見えない縄がイービルツリーの体を拘束していく。急に体が縛られたかのように動かなくなったイービルツリーは攻撃どころではなく、その拘束を解こうと躍起になっている。
「だだ、だめ……もちません!」
「任せて!」
ウィンの悲痛な声にシルクが次の詠唱を。
「動きを禁じる雷『ライトニング・スタン』!」
落雷が生じ、それに打たれたイービルツリーは動きをぴたりと止めた。後方で控えていたウィンが息を吐き、そっと近づく。
「……倒したんですか?」
シルクは残念そうに首を横に振り「残念だけど」
「え、ええ!? だだだって動かな――」
「――よく見て、体を麻痺させてるだけ。この調子だと1分たたないうちに動き出すかも」
「……これ、イービルツリー……です、よね?」
「私も……そう見えるけど」
移動の早さ、ウィンの『アース・シールド』をたったの2撃で打ち砕く攻撃力、シルクの雷魔法をうけても平然としていたその耐久力。今こうして麻痺していて動けないイービルツリーだが、ところどころ黒コゲになってはいるものの、それでもその表面も徐々に回復していっているその再生力。
どれもがイービルツリーという枠組から逸している。
「……」
黙りこんでしまったシルクに、ウィンが不安そうに声をかける。
「どどどうしましょうか」
――わからない。
シルクはそう答えたくなったのをぐっと堪えた。ライたちを呼んでこのイービルツリーを倒してしまうべきなのか、それともライたちを探しながら一旦森から逃げ出してこのこと冒険者ギルドを伝えに行くべきなのか。
今からぞくぞくと来るであろう学園生たちに関しては進級試験の内容を考え直さなければ死人が多数でる。
本当ならこのイービルツリーを倒してしまうのが今は最優先なのだろうが、たったの1分ではこのイービルツリーを倒してしまう魔法を詠唱することは今のシルクには出来ない。
「……そういえばガラハム君は大丈夫だった?」
「あ、はい。まだ気を失ってますけど、その……大体の治療を終えてます」
「そう……それにしてもライ君たちが帰ってこないけど」
「ほ、ほんとですね……いくらなんでも遅すぎる気がします」
「……」
「……」
考えるように黙り込んだ二人だったがすぐにハッと顔を見合わせた。
「「!?」」
「行きましょう!」
「はい!」
ガラハムを背負い、イービルツリーを放置して駆け出す。
「が、ガラハム君!?」
シルクの声が響いた。
それを聞いて反射的に駆け出そうとしたロイドの腕を、ライが掴み取った。
「止めないでくれ、ライ!」
珍しくいきりたつロイドに、ライが言おうとして――
「待っ――」
だが、ロイドはライが全てを言い終える前にその手を振り払い駆けて行った。ライは慌てて追いかけようとして、やはり足を止める。
――なにか……いる?
追いかけたい心が、危険を訴える本能によって遮られる。
「くそ」
離れていくロイドの背中を見つめて、すぐに彼の背中から目を離した。彼とてケイアン王国で一線級の戦士。こんな魔物の巣窟のまだまだ入り口付近においてライが心配する必要などない。むしろシルクたちを守りに行くのだから寧ろ心配事がなくなったと考えたほうが合理的だ。
「……」
考え方を変えたせいか、急激にライの頭が冷えていく。注意深く周囲を観察してその気配の正体を探す。
立ち並ぶ木々。伸びた草むら。その隙間に見える、さらなる緑。太陽の光を遮る木々の地面には影が生まれ、それが幾重にも重なって深い闇を生み出している。
「……!」
ライの目がある一点で止まり、鋭くなった。足元に転がっていた小石を拾い、全力で投擲。それはそのまま木の幹に突き刺さった。ハズレたかと思われたそれだったがライの鋭い視線は変わらない。
「次は当てる」
誰もいないはずの方向へ向かってライは言う。
「……」
それでも反応がないことにライはため息を吐き出して、更なる小石を拾う。今度の石は先ほど投げた小石よりも僅かに大きく、その分さっきのライの言葉が真実味を帯びている。
「……」
見せびらかすように石を持ち上げるがやはり反応は同じ、無反応。ため息をついて石を投擲しようとして「――ま、待った!」
男が出てきた。黒衣で全身を包み込み、顔すらも黒のターバンで巻いている。
「まさかこんなところで見つかってしまうとは」
肩をすくめておどけたように言う男の格好が、まるで顔を見られたくない時の自分のような格好だと思いながらもライは言葉を突きつける。
「……こんなところで何をしていた?」
「薬草の採取だが」
「どうしてすぐに出てこなかった?」
「ふふふ、いや~人付き合いが苦手でね。呼ばれてすぐに出て行かなかったのも人とあまり接したくなかったもんだからさ」
男の言葉に、だがライの態度は変わらない。
「……険しい顔でもしてなんかあったのかい?」
「一つ聞きたいんだが」
「なにかな?」
「どうやって魔物を従えてるんだ?」
「!?」
男の気配が変わった。先ほどまでのどこか砕けた態度から一転、ライでも身構えそうになるほどの殺気。
「……なんのことかな?」
それでもとぼけたがる男に、ライはさすがに苦笑してみせる。
「魔物の気配……だだ漏れなんだけど」
このライの言葉で男が息を吐いた。「なるほど」と小さく呟き、指をパチンと鳴らす。それが合図だったらしく草むらから、ライを隠すように3頭の魔物が姿を現した。
「カースドボアが3頭?」
――……そのわりには?
吐き出したくなる言葉をライは呑み込む。感じていた気配は確実にこの魔物たちのものだ、それは疑いようがない。だがカースドボアから感じられる通常の気配とは大きく異なっていた。
もっと禍々しく、もっと強大。そんな魔物の気配。目の前にいるたかだが4M程度のカースドボアが紡ぎだしていい気配ではない。
ライの戸惑いのよそに黒衣の男は言う。
「やれ」
そして、一斉に魔物が動き出す。
まずはライの真後ろにいたカースドボアが駆け出した。草木を散らしてライへと突進。
「!」
その加速力と最高速に目を見張りつつもジャンプ一番で回避。その空中を狙って別のカースドボアが跳ねていた。
「跳ねた!?」
元来走ることしか出来ない魔物が空中に襲い掛かってきた。そのことにもまた驚きはするが、ライは冷静に行動を開始する。
呪われし赤い牙で突き刺そうと迫り来るワイルドボアの巨体、その脳天を狙って体をずらして一回転。サッカーでいうオーバーヘッドキックの要領で地面へとたたきつけた。
すさまじい勢いでけり落とされたカースドボアは、今か今かと待ち構えていた3頭目のそれへと進路をかけて落下。
――これで二頭。
そう考えて残りの一頭へと視線を向けようとしてまたもや驚きに目を瞠らせた。脳天を叩き蹴られたカースドボアが空中で姿勢を制御。地面への着陸を無事に成功させた。3頭目のカースドボアもまさかの華麗なるサイドステップでそれを避けた。
「なに!?」
さすがに信じられないものを見たような顔になるライへ、だがまだ彼らの攻撃は終わらない。ライが地面に降りた瞬間を狙って、先ほど突進を避けられた一頭目が駆けてきていた。
それをまたジャンプで回避しようとしたライだったが、その空中にいるライを狙おうという算段なのだろう、既に2頭目が空中へとその身を躍らせている。
これではさすがに飛べないと、ライは嘆息を吐き出した。だったら横に避ければとも考えたが3頭目が狙いを済ませている。これも少し危ない。
「ふぅ」
ライが諦めたようにため息を吐き出す。無防備に立ち尽くすライに、カースドボアが全速力で突っ込んで――
「終わったな」
一部始終を見ていた黒衣の呆気なさそうに呟いた。
「黒髪黒瞳で俺の位置を見抜き、魔物の猛攻を少しとはいえ凌いだ男……噂の四神隊かと思ったが違っていたか」
――まあいい。
黒衣の男が背を向け、次の指示を魔物たちへと出そうとしたときだった。
「なかなか面白そうな単語が聞けたな」
「!?」
ライへと突進したワイルドボアの体がぐらりと揺れて倒れた。余程の重さだったのか、周囲一帯に重低音が鳴り響き、大地を振動させた。
すぐさま立ち上がろうとするワイルドボアだが、四肢を震わせてどうにか立ったと思ったらまた転ぶ。
どうしても動けそうにないワイルドボアの背中にライが手刀を突き入れて、それで終了。体が震えていることから生きていることはわかるが、泡をふいて白目をむいていることから流石に当分は動けそうにない。
「ば、ばかな!」
さすがに同様を隠せない声で吐き出された黒衣の声に、ライはまた苦笑する。
「……これが例の魔物、か」
例の魔物とはライが四神隊として受けた任務のことだ。
『通常よりも何倍も強くなっている魔物の調査、捕獲』
それがライの任務。
拳を突き出したままの体勢を変えず、ライは再度言葉を口にする。
「それで、なぜお前が四神隊を知っている? ……いや、正確には信じている?」
四神隊など所詮は都市伝説。他国はおろかケイアン王国ですら知ってる人間などたったの数人程度。
それをまるで存在していて当たり前かのように言う。
本来ありえない……あってはならないことだ。
「っや、やれ!」
黒衣の男はまた手を振って命令を下した。その言葉に、ライの両サイドにいたカースドボアが挟み撃ちのかたちで一斉に駆け出す。
ライはこれ見よがしにため息をついて、両手をそれぞれのカースドボアへと向け、それには構わずにカースドボアが突っ込んだ。
牙が彼の体に突き刺さろうかと思われた瞬間、ライがそっと腕を振るった。なぜかそれに沿って、まるでそうなることが当たり前であるかのようにカースドボアの進路もずれる。そのまま腕に先導されるように進行方向を変えて――
「――うそ、だ」
黒衣の男の声が漏れた。
視線の先にはカースドボアがぶつかり合って倒れている姿。それぞれの牙がそれぞれの脳天へと突き刺さっている。
いくら自然治癒力が大幅に上昇している彼らでも脳に牙が刺さればさすがに生きてはいられない。最早動かなくなったその2頭の死骸をまたいで、ライが男へと近づいた。
「さて、色々と聞きたいことがあるんだが」
「う……う、くそ!」
男は背を向けて、ライがそれを追いかけようとして、それは既に終わってしまっていた。男は右手にもっていた何かを口に入れ、一度咀嚼、そして飲み込んだ。
走り出そうとした体勢のままうつぶせに倒れて、もうその男は動かなくなった。
「……」
ライが慎重に近寄り、男を仰向けになるように転がす。男のターバンを剥ぎ取ると、そこには既に真っ青な顔と口を伝う真っ赤な血が流れていた。
「また自殺?」
悔しげに身を震わせつつも、体を探る。だが当然その男が身分を示しそうなものをもっているわけもない。
「手がかりは……ん?」
ライの目がふとその男の左手の甲に止まる。なんらかの紋様が描かれており、そしてそれをライは見たことがあった。
「グロッツ邸でダルクの子供を囲っていた魔法陣と似ている?」
もしそうなると、これは裏で人を引いている人間が共通しているということになる。
「ダークドラゴンの研究に、強くなった魔物」
なんらかの答えを導こうとして、だが結局まとまらなかったのか、ライは頭をかき乱してため息をつく。
「とりあえず生け捕りにしたカースドボアもいるけど……先にシルクたちの様子を見に行くか」
ライは歩き出す。何らかの胸騒ぎを消し去るかのように。
――おかしい。
「……こんな場所だった?」
シルクの言葉に、ウィンが背を震わせて同意する。
「い、いえ……み、見覚えがないです」
「そう、よね?」
イービルツリーから逃げ出した彼女達だったが、道に迷っていた。別に彼女達が方向音痴だとかそういったことはなく、地図もしっかりと手にしている。
それでも彼女達は今確実に道に迷っていた。
シルクが目の前の木を見つめて首を傾げる。
「この歪な木、私が気づかなかったのかな」
普通、真っ直ぐにそびえるはずの木。それがなぜか曲線を描きそのまま何度も回転をして、そびえている。
そういう木の種類もあるが、明らかにそういった種類の木ではない。さらによく見れば僅かだが黒い焦げたような斑点が存在している。
それに触れようとして――
「――焦げたような……斑点?」
手をぴたりと止めた。
「まず……!」
反射的に後退しようとして、だが遅かった。突如として木々の枝が動き出し、シルクの体を覆っていく。
攻撃手段をもたないウィンが「シルクさん!?」と慌てた声を出すも、なにかを出来るはずもない。
――さっきのイービルツリーだ。
どうやって追いつき、ばれないように擬態したのかはシルクにはわからない。だがしかし先ほどの焦げたような斑点はシルクが雷の魔法でつけた跡だ。
「フレイむ、ぐっ!」
せめてもの抵抗にと簡易の火の魔法を放とうとするも口を枝で塞がれた。
――本当に死んじゃうかも。
さすがに恐怖と焦りの色が浮かぶが、すぐに救援の手がやってきた。
「幾重にも切り刻みし大光線『レーザー・リッパー』」
空中にいくつかのぼんやりとした光が生まれて、それが空を漂った。かと思えば急激に光が幾方向にも伸びた。伸びた光がイービルツリーの枝の根元を切り刻み、分断し、最終的には幹ごと分断してしまった。
「……」
そのあまりの光景に、ウィンが呆気にとられたのは一瞬。すぐさま後方から「無事かい、シルク!?」とロイドが駆けてきた。
「え、ええ」
枝から解放されたシルクが自分の気分を確かめるようにゆっくりと答えるが、すぐに険しい顔になって「まだよ!」と鋭い声を発した。
「え?」
ウィンが呆気にとられてその声に反応する。いくら再生力が高いイービルツリーでも幹ごと分断されて生きているはずがない。
そう言おうとしてその死骸をみようとして、ギョッとした表情を見せた。
「さ、再生してる?」
「なるほど、これが」
既に強い『魔物が存在している』という話をライから聞いていたロイドは慌てずに行動に移る。再生しようとぐんぐん伸びているイービルツリーに乗り、手を置く。
その体勢から、相変わらず練っていた魔力を詠唱に乗せていく。
ロイドが大呪文を放とうとしていることに気づいたシルクが先に簡単な呪文を発動させた。
「覆う凍氷『フローズン』」
再生しようとするイービルツリーが徐々に凍っていく。これは相手を凍らせる氷の魔法としては最も簡単とされるが、その分込められた魔力がものを言う魔法だ。
――氷魔法まで。
氷魔法は水属性魔法の上位といっても過言ではないほどの難度をほこる。もともと雷系魔法だけでも幻といわれる魔法にも関わらずシルクは氷魔法まで使用できる。その事実に、ウィンが目を瞠った。
――そういえば炎系の魔法も使おうと……。
幹に捕まりそううになったときにせめてもの抵抗として詠唱をほぼ破棄して唱えようとしていた。
――すごい、です。
大きな尊敬と感嘆。それと僅かに生まれるウィン自身でもわからない不安な気持ち。それが混ざって、だがそれをなぜだか認める気になれなくて声を張り上げていた。
「今です!」
そもそも氷魔法とはいえ結局は簡易な呪文。それがあの信じられないほどにしぶといイービルツリーを完全に凍てつかせることができるはずがない。
ただ再生の速度を遅らせてロイドの呪文の時間を稼ごうとしていただけだ。ウィンの声援を受けて、ロイドが呪文の詠唱を開始した。
「穿つは蒼天。貫くは大地。蝕む闇を照らす一筋の流星」
成長しようとする幹に置いてあったその手に力を込めて、ロイドが最後の詠唱を吐き出そうと口を開く。
――どんな魔法なんだろう?
呑気に首を傾げたウィンだったが、シルクに「目を閉じて!」と叫ばれて反射的に目を閉じた。
「全てを撃ち抜く滅光線。その名は――」
幹が急激に伸び始めた。シルクの氷を砕き、その樹木の体内へとロイドを取り込もうとして、だが、もう遅い。
「――『グングニル』」
瞬間、すさまじい光が彼らを襲った。目を開いていれば確実に目が焼かれていただろう、そう思えるほどの光量だった。
「……え?」
おそるおそる目をあけたそこにあったのは木の幹から根っこを大地ごと貫かれて活動を停止したイービルツリーの残骸、それとロイドが苦しそうに座り込む姿だった。
「相変わらずの貫通力よね」
シルクが、大地に出来た底の見えない穴を見ながら心配そうに声をかける。
「はぁ……はぁ、そうだな……未だにどこまで貫通するからわからないからね。大地に向けてないと撃てないよこの魔法は」
魔力が枯渇しかかってるのか、息を切らしながら微笑む姿にウィンが「だ、大丈夫ですか?」と駆け寄る。
「だいじょう、ぶ……それよりもさっさとここを出よう……進級試験はクリアできてないけどこれは仕方がない。また後日に受けなおそう」
「そうね」
「そう……ですね」
ロイドは既に魔力枯渇。ガラハムはまだ目を覚まさない。戦闘できるのがシルクとウィンだけというのは普段のここならば今は少し心もとない。
肩を落とす彼らに呑気な声が降りかかった。
「よし、じゃあ俺はここから別行動させてもらう」
イービルツリーの残骸を見つめながら、いつの間にかライがそこにいた。
森から離れていく彼ら一行をライは手を振りながら見送っていた。
もちろんシルクからは反対され、ウィンからは今まで何をしていたのかという非難の視線を浴びた彼だったが、それはそれ。
「最初からそういう約束だった」と別行動しようとするライと「この森の魔物がなぜか危険だからだめ」とそれを止めようとするシルク。
ロイドとウィンは黙ってみていたのだが両者が頑として譲らない。
いつまでも無駄な押し問答をしているわけにもいかないと悟ったロイドがシルクに「ライも仕事のために来てるんだ」という暗に四神隊の仕事をほのめかす言葉を漏らしたため、シルクが渋々引き下がったのだった。
シルクの恨めしそうな視線を少しだけ気にしつつもライは頭を切り換える。
「さて、あとはカースドボアを引っ張って……ダルクに乗せてもらうかな?」
――また雲の上から空を眺めれるんだよな。
ダークドラゴンを呼ぶためのオカリナが懐にあることを確認しつつも、少しウキウキとした様子で森の中のカースドボアを引っぱりに行くのだった。
とにもかくにも、彼らの進級試験はこうして幕を閉じた。
後日、学園でもトップクラスの彼らが失敗したことにより危険性を感じた学園側が別の進級試験を課すことになった。それに関しては例年通りの個人試験だったため成績優秀な彼らがそれを突破できないわけもなく、全員が無事に進級できたのはまた別の話。




