第12話「四神隊員の休日」
ケイアン王国のケイアン都市。ケイアン王国の都とあってケイアン王国でも最大の面積をほこり、人口も最も多い。
人が多いということは即ち、様々な年齢層の人間が生活しているということで、さらにいうなら生活レベルのトラブルも日常茶飯事。
それはつまり――
「ハル先生、俺っちの怪我をみてください!」
「フィリアさん、今日はお腹の調子が悪くて」
「シノビ先生からもらったお薬切れちゃったの」
「ライ君や、腰が痛くて痛くてねぇ」
――病院が大繁盛ということだ。
美人でしかも腕が立つという、誰もが助けを求めに来るというこの病院の看板女医、ハル・ラクアス。
仮病やセクハラをする人間には乱暴だが本当の怪我人や病人にはとても親切で優しい、これまた美人看護師。いや、病院に来ている男達の願望をあえて表すなら美人看護師ではなく美人ナースのフィリア・バハート。
特徴的な口調と、苦くないのに凄まじい効果を見せる薬を作ることで子供達から大人気の薬剤師、シノビ・ツキカゲ。
あらゆる骨の歪みや肉体疲労をマッサージで癒し、年寄りの話にもしっかりと耳を傾けることで老人から人気の整体師ライ。
本来ならこれに一人の医者と一人の子供のお手伝いが加わるのだが、今は遠出をしているので現在はこの四人。
とにもかくにも、貧民だけでなく平民の患者もこの病院に来ており、貧民区画で唯一のこの病院は大繁盛。
ここの病院に勤める人間の色が多種多様なことが、貧民だけでなく平民が病院に来ることの一因を担っていることは確かだが、それ以上に腕や人柄の評判がいいことが主な原因だろう。
今日も今日とて病院ではたくさんの人が集まっている。
「っとに、たまに帰ってきたらこれだもん!」
喚くように病院内をあっちこっち行き来しているフィリアに、ライがおじいさんと会話しながらそれに同意してみせる。
「ほんとに」
「蓼食う虫も好き好きというでは……いや、これは違ったでござるか?」
それを慰めようとシノビが薬を調合しながら言うが、自分で言った言葉に首を傾げて、それにフィリアが冷静に突っ込む。
「うん多分ちょっと違うからね、それ」
「東方のことわざ?」
どこかズレた質問をするライにシノビが嬉しそうに頷いた。
「うむ、その通りだぞ、ライ。よくわかったでござるな」
「いや、わかるでしょ」
てんやわんやしながらもマイペースに会話をする3人の四神隊員を眺めながら、ハルが満足げに呟く。
「私的にはホクホクなんだけどね」
「勘弁してよ、ハルさん」
「同意でござる」
「シノビに同じ」
フィリアの心底嫌そうな顔に、ライとシノビが頷く。彼らは血なまぐさい仕事をしてここに帰ってくる。精も根も疲れ果てているのだ。その状態でこの騒ぎである。
彼らからしたらたまったものではないだろう。
どう考えても同情したくなる3人の言葉に、だがハルは「そう」と悲しそうに俯く。
「普段はみんないなくて、私一人で切り盛りしているこの病院。本当の怪我人や病人しかこないし、時には閑古鳥だってなくことだってあって、凄く寂しくて、それでみんなのお休みで一緒にいたいから一緒に働きたいっていう私の願望……やっぱり迷惑だったのね」
あさってを見ながら言うハルに3人が冷静に返す。
「いや、普通病院に来るのは本当に怪我人とか病人だけであって今日来てる仮病の人は病院に来ないからさ」
「みんなと一緒にいたいなら休業日にしてのんびりとしたらいいんじゃ……緊急の患者だけ受け入れるようにしておいたら大変なことにはならないだろうし」
「寂しいと言うが、近所のおばさ……お母様方とよく晩に酒を呑んでいると言っていたではござらんか」
「うぅ、私の愛は伝わらないのね」
オヨヨと患者の触診をしながら泣いたフリをする。明らかに嘘なきだし、そもそも突っ込みどころ満載のハルの行動なのだが、それを見てまわりが黙っていない。
「おい! ハル先生を泣かすなんてなにするんだ!」
「いくらフィリアさんでもそれは駄目だぜ!」
「シノビ兄ちゃんさいてー」
「ライ君、いつからそんなことをする子になってしまったんじゃ」
一瞬でアウェイになってしまったこの状況で、3人がそろって「いやっほーーーーい、ハルさんとのお仕事さいっこーーーー!」と叫んで仕事をしたのは仕方のないことだった。
夕刻。
やっと病院も終業時間になり、患者たちも帰っていった。
「つ・か・れ・た~」
居間のソファーに倒れこんで、フィリアが大きな息をついた。
「あらあら、お疲れ様」
ハルのにやけ顔が今のフィリアからすればたまったものじゃないだろうが、怒る気力すらないのか「はいはーい」と手をひらひらとさせるだけの返事で終わる。
「フィリア人気は相変わらずだな」
ライが呟き、シノビが首をかしげながら唸る。
「この暴力女のどこがいいのか、これぞまさに蓼食う虫も好き好きでござるな」
「あ、なんかそれ意味あってそうね……ってどういう意味よそれ!?」
先ほどまでの元気のなさはどこへやら。フィリアは急に立ち上がり、シノビに指を突きつけて不敵に笑う。
「ま、あんなみたいな朴念仁に私の良さがわかるわけないわよねー」
「むむ、誰が朴念仁か! このとうへんぼく!」
「だぁれがとうへんぼくよ、万年殺人鬼!」
「仕事の悪口をいうのはなしでござろうが! もうボケたか、痴呆ババアめ!」
売り言葉に買い言葉。フィリアが24歳でシノビが23歳。ライより年上の二人だが、ライよりも子供にしかみえない、というか10歳にも満たない子供のような口喧嘩で争っている。
彼らの母親的存在のハルならそれを止めそうなものだが、この二人の口喧嘩に関してはいつもニコニコして止めようともせずにじっと見つめている。
ライに二人の喧嘩を止められるわけもなく、ため息をついて呟く。
「……ほんと、二人は仲悪いな」
呆れ顔でのライの言葉に、ハルは「ふふ」と微笑み、ライにチッチッチと人差し指を振る。
「?」
――急にどうしたのだろうか?
そんな顔を見せるライにハルは大人びた笑いから一転。どこにでもいそうなおばちゃんくさい笑みを浮かべた。
「あれは仲が悪いんじゃなくて、仲がいいのよ?」
「え、あれで?」
指差して確認するように尋ねるが「そ、あれで」と簡潔に返って来きた。
「仲がいい……ね」
ライ的には独り言だっただろう。それほどに小さい声で、実際シノビとフィリアの喧騒の中でその声は完全にかき消されていた。
にも関わらず。
「誰がよ!」
「誰がでござるか!」
ずっと言い争っていたはずなのにどうやってその声を拾ったのか、二人して同時にハルを……ではなくハルの側にいたライを睨みつけた。
「え……いやいや言い出したのは俺じゃな――」
慌てて首を振るが、ヒートアップした二人がそれを聞くわけもない。フィリアが怒りの顔から一転して意地の悪い顔に歪む。
嫌な予感がしたライだが、それを感じるのは少し遅すぎたらしい。
「これで仲がいいならあんたなんかどうなるのよ……ねぇシルクちゃんと」
「ちょ!?」
慌てふためくライに、シノビも同じく意地の悪い顔に。
「ほほぅ、シルク殿とな?」
――初耳でござるが?
ずずずいと顔を寄せてくる。
「あんたたちは仲がいいどころじゃないってことになるんじゃないの~、この女ったらし」
「女ったらしってまるで他に仲のいい女性がいるみたいに言うな! 他に仲いい女性なんかいないだろ!?」
慌てて首を振るライに、フィリアが「へー」と腕を組んで、まるでライを威圧するかのようなポーズで笑う。
「よく言うわよ誰だっけ平民の……えっとウィンちゃんだっけ? あの子ともよく話してるくせに」
「ほほぅ、それも詳しくききたいでござるな」
「いやいや、あれはウィンのおばあちゃんが俺のマッサージを気に入ってくれてるからそのコツを聞かれたりしただけで」
本当になんでもないと弁明されて、つまらなさそうな顔をしたフィリアとシノビ。ホッとした顔をみせたライだったが、今度はハルが爆弾を投下した。
「……あら、そういえばシルクちゃんとの仲は否定しないのね?」
「っ!?」
ライ自身驚いたかのように顔をあげて「ち、違う!」と明らかに焦った様子で首を横に振る。
「ほ・ほ~?」
「……」
顔を近づけてくるフィリアとシノビに、ライがあとずさる。
――と。
「そういえばシノビ?」
「?」
ハルがシノビへと声をかけた。
「時間、大丈夫?」
言われてハッとした表情をみせた。
「――しまった、そうだったでござる! 昨日に帰ってきたばかりでまだ報告していなかった。
はやく主君に任務報告をせねば!!」
「主君って……ルクセント王のことよね?」
やはり呆れ顔で言うフィリアにシノビは「うむ」と頷き、慌てて駆け出す。
「それでは御免」
とシノビが去ろうとした時「あ」とフィリアが呟いた。
「夕食の食材買い忘れてた」
「え?」
ライが凄まじく驚いた声をあげてハルへと視線を送るが、ハルは動じず「あら、困ったわね」と呟き、まるで緊張感なしに手を打った。
「じゃあ途中まで一緒に行ってらっしゃい」
「な」
「え」
驚き、身をこわばらせる二人だったがまずはシノビが立ち直った。
「ふん、今日の夕食当番にも関わらず食材を買い忘れるとは……やはり痴呆でござるか」
「んなっ!? 一番大事な報告忘れるような馬鹿に言われる筋合いないわよ!?」
「そ、それは言わない約束でござろうが!」
「そんな約束してないわよ、勝手に作られても知らないっての!」
「なんだと!」
「なによ!!」
また争い始めた二人に、ハルが「はいはい。なんなら一緒に帰ってきてもいいのよ?」と二人を送り出した。
「誰がこんな男と!」
「誰がこんな女と!」
全くもって同時に叫ぶ二人がハルに見送られて一緒に家を出る。そんな二人の様子を外から眺めてやはり微笑むハルの背後でライが尋ねた。
「今日ってハルさんが作るんじゃなかった? 食材も病院が始まる前に買ってたし」
「……」
ハルはその問いには答えず「もう少ししたらあなたもわかるかも、ね」とだけ呟く。
「?」
やはり首を傾げるしかないライは「ま、いいか」と呟いて部屋へと戻るのだった。
まだ急がなくても問題はない。
と、いうことで二人は走らずに歩いていた。
「お、フィリアちゃん。シノビとデートかい! おじさん妬いちゃうぞ~」
「へー、それじゃそのことを奥さんにいっておくわね!」
「じょ、じょじょじょ冗談じゃないかHAHAHA」
急激に汗だくになって別人のように笑うおじさんに、フィリアは意地悪な笑顔のまま言う。
「あとデートじゃないから!」
「もも、もちろんわかってるさ! だからかみさんには黙っといてく――」
「――却下!」
「NOOOO! また小遣い減らされる!」
ごろごろと転げまわるおじさん。
――これで何人目でござるか。
後ろを見ると、そこはまさに死屍累々。倒れて動けない若者もいればゾンビのように呻いている中年層の男もいる。
「……」
改めて貧民と平民からの人気が高いという事実を思い知らされて、微妙に複雑な顔になったシノビに、フィリアが呑気に尋ねる。
「どうしたの、急に黙っちゃって」
「む、黙っていたか?」
「えぇ、なんか変な顔して」
「そうでござるか?」
「うん」
さっきまでみんなと一緒にいたときとは明らかに違う二人の雰囲気。完全に日常の会話を繰り出す二人。シノビは首を横に振って正直に言う。
「いや、本当に人気があるのでござるな」
「……あぁ、私?」
シノビの言葉に考えること数秒。苦笑して「違う違う」と手を振った。
「人気があるんじゃなくて珍しいだけでしょ」
「赤髪で貧民区画に住んでて、しかも病院で勤めてるってそりゃ誰でも珍獣扱いするって」
フィリアが快活に笑う。
「それに、ほら。私に人気があるんならあんただって――」
「――あ、シノビにーちゃんさよーならー」
フィリアの言葉を割いて入ってきた子供たちの声にフィリアの言葉がストップ。シノビも反射的に子供たちへと手をふった。
「うむ、さよならでござる。気をつけて帰るのでござるよ」
「わかってるー。フィリアおねえちゃんもばいばーい」
「はーい、ばいばい」
そのまま角をすれ違っていなくなった子供たちに笑みを浮かべてシノビへと再度言葉を戻す。
「ね、子供からすれば私はおまけであんたが人気者」
「う、む……色物扱いでござるよ。金髪でしかもこの口調でござるからな」
素直に言われてシノビは照れくさそうにそっぽを向いた。
「ほら、結局あんたもそう思ってるんじゃないの」
「む」
言われて気づいたらしく、苦笑。「そうでござるな」と漏らした。
「……」
静かな時が流れゆく。自然な沈黙が二人には心地よく、まるで先ほどまでの子供の喧嘩の面影がない。
どちらが本当の姿なのか、どちらも本当の姿なのか。本人達にしかわからないが、二人に浮かぶ微かな笑みは確実に嘘といっていいものではない。
夕陽が徐々に沈みゆく。二人の影がわずかに触れあい、まるでそれが丁度いい距離であるかのように彼らは肩を並べて道を進む。
「っと私はこっちだから」
「うむ、夕餉を楽しみにしているでござるよ」
フィリアが手を振り、シノビも軽く振り返す。そのまま同時に背を向けたところで「あ」とフィリアが小さく呟いた。
「どうかしたでござるか?」
声に反応して振り返ったシノビに、フィリアは親指をビシっと立てて、「無事でよかった、安心した」
シノビは眩しそうに目を細め、やや顔を俯かせた。
「心配をかけてすまないな」
小さな声で頷く。フィリアはそれだけ言って満足したのか「それじゃね」と今度こそ背を向けて「ああ、そういえば」
今度はシノビが呼び止めた。
「?」
怪訝な顔になって振り向くフィリア。
「拙者も。お主が無事でホッとしたでござるよ」
「うん、あんがと」
お互い照れくさそうに微笑む。
「それじゃ」
「うむ」
どこか満足そうな影が二つ。
それぞれが、まるで陽気なリズムに乗るかのように小刻みに揺れていた。
一人の男がそこにいた。
魔物の巣窟と呼ばれる魔の森でたった一人。連れがいる様子もなく、静かにひっそりと。黒衣と黒のターバンで体を隠し、まるで闇の中に溶け込むかのように佇んでいる。
「出ろ」
ふと、声を発した。
手の甲に刻まれたなんらかの紋様が光を帯びて、それは徐々に強くなっていく。男以外には誰もいなかったはずのそこに、気づけば4つの影が揃っていた。
それらは明らかに人の影ではなく、だが黒衣の男はそれらを従えて言う。
「来い」
影たちはその言葉に背筋を震わせて男の周囲につき従う。
――と。
先ほどの光に魅せられたのか、それとも匂いに釣られてきたのか。気づけば魔物の巣窟に巣食う魔物が彼らを取り囲んでいた。
「ふむ、実験は既に終わらせてあるのだがな」
男は静かに呟くも、取り乱した様子はない。それどころか呆れたように呟いて周囲を見渡していた。
「近くにケイアンの人間がいるでもないし、いいか」
そして男は命令を下す。
「やれ」
それからどれほどの時間がたったろうか、半刻も経ってはいないだろう。
取り囲んでいた魔物はもう誰もいない。反対に男に付き従う人外の影たちは未だに無傷。疲れた様子もなく男の周囲を囲っていた。
「……さすが、素晴らしいな」
満足げに微笑んだ男はそのまま巣窟の中へと姿を消した。当然のように影たちもそのあとについていく。
そこにはもう死体しか残っていなかった。




