第9話「最強の魔法使い」
すいません、遅くなりました。
夢を見ている。
俺がまだ7歳の時。師匠が勇者さんのパーティーに誘われて、俺も修行の一環として同行していた時の話だ。
「なんでそんなにこいつ鍛えてんだ?」
とある野宿の晩。いつものように師匠にぼこぼこにされている俺を見ていた勇者パーティーの魔法使い、キセキ・アミュートが尋ねた言葉がキッカケだった。
「お前らと違って人間の寿命は短い、だからわしの持つ全ての技術を弟子にやりたいんだ」
もっと難しいことを言ってた気がするけど覚えてない。実際、要約するとこんな感じただったと思う。遠い目をして言う師匠の言葉に少なからず俺は応えたいと思っていた。だけどキセキさんは意地悪なことを言う。
「んー、たしかにお前の近接戦闘は速さとか力とかそういうもんを逸脱してて人間技を越えてるけどさ」
ニヤニヤと笑って俺を見る。なんだか嫌な予感がする。
「黒髪だからって魔法対策なしはまずいんじゃね?」
「ふむ……いやだがわしには魔法は使えんし、そもそも黒髪の人間は基本的に魔法の才能がゼロだし」
肩を落としていう師匠に、今度は別方向からの声が入ってきた。
「あと柔の技っていうのも格好いいけど、だからこそ一つくらい一撃必殺の、つまりは必殺技とかほしくない?」
勇者さんだ。
名前はハジメ・カナタ。
「僕は勇者って柄じゃないし、ハジメって呼んでくれていいよ?」って言ってくれるけど俺にとって勇者さんは勇者さんだから呼び方を変えることなんかできなかった。
そんな勇者さんがいきなり話に入ってきたのは、実はこちらの話を聞いていたようた。勇者さんも普段からは考えられないほどに意地悪な、だけど子供っぽい笑みを浮かべていた。
「魔法に、必殺技かー」
魔法とか必殺技と聞いて興味をもたない子供がいるだろうか、いやいるわけがない。当然俺だってその響きに憧れるわけで。
想像して自然と声が漏れていた。
断っておくけど俺は断じて学びたいといったわけではない。
ただ内心で少しだけ憧れただけだ。
だけど師匠たちはそうは思わなかったらしい。
「乗り気のようだな」
「じゃあ俺が魔法を教えてやるよ……才能がないならないなりにこいつの近接戦闘を活かす方向のやつをな。ま、一つの魔法くらいが限界だろうが、それでもあったら全然違うだろ」
「じゃあ僕が必殺技だね……とはいっても僕は剣、というか刀しか使えないからライ君には色々ライ君なりの工夫をしてもらうことになりそうだけど、ね」
この時の師匠はだいたい40歳くらい。キセキさんは見た目25歳ぐらいの実年齢200歳オーバー。勇者さんもキセキさんと同じで見た目25歳ぐらいの実年齢200歳ぐらいっていってた気がする。
ちなみに師匠曰くキセキさんと勇者さんは『人間の限られた寿命では絶対に追いつけない強さ』らしい。
そして勇者さんとキセキさん曰く師匠は『人間ではありえない強さ』とのことで。要するになにを言いたかったかというと。
そんなバケモノ3人に鍛えられる日々は地獄だったということ。
しかも最終的には仲良くなった魔王さんまで「ふむ、これだけの男たちに鍛えられるとなると……なら俺はいつでもべストコンディションで戦えるようにあらゆる状態異常に耐性をつけさせてやろう」とかいって加わってきた。
もう地獄なんてものじゃない。語彙が少ないからこれ以上の言葉は思い当たらないけど、ともかく地獄なんて目じゃないくらいの地獄だった。
魔王討伐の旅に出て魔王と和睦するとかどんな勇者だよ、そこはきっちり成敗してくれよ、もうこれ以上鍛えてくれる人いたら死んじゃうよ、なんて思いたくなる位に修行が地獄の日々だった。
まぁ、魔王さんいい人だったから仕方ないんだけど……いやいや問題はそこじゃなかった。大事なのは今思い出すだけでも苦しくなる日々だったということだ。
勇者さんの恋人さんの「た、たまには手を抜いてあげてくださいね」という諦め気味の言葉が心に染みたのも鮮明に覚えてる。
正直夢とはいえ思い出したくもないけど。
「……イ」
ん、誰かに呼ばれてる?
「ライ」
「……え?」
「ライ、着イタゾ?」
目が開くとダークドラゴのダルクが心配してくれるかのように俺の顔を覗きこんでいた。
目を覚ましたライは小さく謝罪した。
「ん、ごめん。ちょっと寝てた」
「気ニスルナ、ズット働キ詰メダロウ」
ダルクの優しい言葉にライは「さんきゅ」と小さく呟き、気合を入れなおす。
――ドレイク都市の、上空か。
まだ上空にいることは眼下に広がる雲一色の景色を見れば一発だった。
ギ武国の中でも最大級のギルドがあり、その分冒険者の量も質も他の都市とは段違いといわれているドレイク都市。
そのはるか上空に、ついに彼らは到着した。時間としては深夜もいいところだ。アリエスは起きる気配はないし、ダルクの子も同様に眠っている。起きているのライとダルクだけ。
「降リルゾ、ココナラ誰ニモバレナイダロウ」
「ああ、頼む」
そのまま森の中へ降りようと徐々に高度を下げていく。だがその途中、ライがなにかに気付いた。
「……待った」
「ドウシタ?」
ライからストップをかけられ、高度を下げるのを一旦止めてライへと顔を向ける。そのダルクの動きに内心で感謝しつつ、ライが渋い顔で一言呟いた。
「もう……いるな」
「イル? ナニガダ?」
ライの言っていることが分からずに質問するがライの表情は徐々に険しくなっていく。その態度の意味がわからないダルクが「ライ?」とその名を呼んだところで、ライが空へと身を躍らせた。
地上からしてみればはるか上空。まだ雲を突きぬけたばかりのところである。
「ハ?」
まるで正気の沙汰とは思えないほどの行動に、ライをキャッチしようと慌ててその身を翻したところですさまじく高速のなにかがダルクの鱗をかすめて上空へと舞い上がった。
「ナッ!?」
なにかはわからない。わからないが掠めただけでダークドラゴンの鱗を削り取った。さすがに呆気にとられたダルクに、ライは半ば叫ぶように言い捨ててそのまま雲の下へと降下していった。
「俺のことはいい! あとでオカリナで呼ぶからここから退避してくれ!」
「ウ、ウム!」
ここで疑問を浮かべている暇はないと悟ったのだろう。ライの言うことに頷いてそのままドレイク都市の上空から離脱した。
幸いなことにダルクの鱗を削ったなにかがダルクへと再び飛来することはなく、無事にその姿は見えなくなった。
なったのだが、今度の標的はダルクではなく……いや、そもそもの標的がダルクではなくライだったのだろう。
先ほどよりも一際大きいそれがライの眼前に迫っていた。
「う、うそだろ」
顔を青くさせて呟くも精神を集中させることは忘れない。空中にいるままに腕を眼前で交差させ、身を屈め、さらに魔力を高めて――
――もってくれよ!
心の中で叫びつつも彼は唱えた。
「――消失!」
それは人間が持つ黄色に近い金の髪とは少し違っていた。
夜の中にあって差し込む一筋の月明かり。まるでそれを吸収し、なおのこと強き光をもって反射する。そんな闇をも照らす金の……いや、黄金の髪。
瞳もまた人間がもつものとは違う。人間にはありえない瞳。見ているだけでなにか雄大な自然と接しているかのような錯覚に陥ってしまうほどの碧。
エルフ特有の金の髪と碧の瞳。優雅で端整なその見た目とは裏腹にその顔に浮かんでいる笑みは凶暴で野生的。まるでエルフとは思えないほどに乱暴なそれだった。
「Open:魔法」
抑揚のない声で呟き、エルフは弓に矢を番えて、狙いを定める。
「Choice:付与」
エルフの言葉と共に光が矢へと収束していく。一度ゆっくりと間をおいて、上空を見つめる。第一射は避けられた。第二射は上手く耐えた。なら第三射はどうか?
――2年前のお前ならこれで死ぬっけ?
物騒なことを平然と考えつつ、それでもエルフには攻撃をやめようという意思はないらしい。にやりと端整な顔を歪め、最後の詠唱を。
「Call:Fire Arrow」
第三射を撃ち込んだ。
矢はエルフの手から解き放たれた瞬間に真っ赤に燃え盛り、矢を中心として一気にその規模を大きくする。まるで意思をもっているかのように炎はうねり、矢の動きをかたどり、まさに巨大な炎の矢となって空中で身動きをとれずにいる少年へと直撃。炎の矢が少年を呑み込んだ。
何気なく放たれた魔法の矢だが威力は洒落にはならないレベルのものだ。それこそそんじょそこらの魔法使いでは防げる代物ではなく、直撃したなら骨まで焼かれる威力は十分にある。
炎の矢が全ての炎を消化させて少年を焼き尽くす。最終的には徐々に消えていく魔法の炎の中から少年の姿が躍り出た。直撃したはずなのにほとんどダメージを受けた様子はない。
「……へぇ」
目を細めてそれを見つめていたエルフが声を漏らした。
「魔力量も上がってるか、いやそれ以上に魔力の運用効率がよくなってんのか……伊達に四神隊で働いてるわけじゃねぇか」
あれだけの威力の魔法を受けたにも関わらず、少年はほぼノーダメージ。意識もしっかりとしているようで着地の準備を始めている。ほとんど雲と同じ高さのところから飛び降りて受け身一つで着地を成功させようとしているのだから流石に呆れる。
「体術に関しても相変わらず常識外れか」
嬉しそうに紡がれた言葉とは裏腹に、エルフは第四射を放とうと弓矢を番えて――
「流石にやめとくか」
――腕を降ろした。
めんどくさそうに、そして何かを懐かしむように、少年が木々の中へと落下するまでの動きを視認。自然の緑に囲まれて流石にみえなくなったその姿に、エルフはため息をついてその落下地点へと向かうのだった。
「ったく、あの人は!」
体中に葉っぱをつけたライが文句を垂れて立ち上がった。普通なら雲の上から降りて無事な自分に驚くはずだがライにとっては大したことでもないらしい。平然と魔法を撃ちこんで来た人物へと怒りの矛先を向けている。
「さてさて、あの人の気配は……わからない、か……今度は近接戦でもしたいのか?」
一人呟き、体を軽く戦闘態勢へと移行させる。
「……」
静かだった。
乱立する木々、生え並ぶ草むら。時期のせいか、時間のせいか、ここの魔物に夜行型がいないだけか、それとも先ほどの彼の魔法の矢の威力が大きすぎたせいで野生生物が恐れて逃げたせいか。
ともかく生物の気配がゼロに等しかった。
――これなら察知はまだ簡単な方か?
そう考えた瞬間だった。
油断していたわけじゃない。思考のせいで反応が遅れたというわけでももちろんない。一切のおごりもなしに、気付かなかった。
動けたのは反射行動。完全にまぐれといっても過言ではない。
なんとなしに首を捻った瞬間。一瞬前まで頭のあった位置をなにかが通過。頬を浅く切られて僅かに血がもれた。
「っ!?」
それはこれで終わりとはいわない。
――まずっ!?
体が命じるままに跳ぶ。そのままの近くにあった木の枝に着地。自分がついさっきまで立っていた場所を見つめると、そこには2本の矢が刺さっていた。
「今のも避けるか……さすがに2年もあったら成長すんだな」
感慨深そうな声と共に現れたのは一人のエルフ。ライがその姿を認めた時には弓矢を番えて、いかにも動きやすそうな格好をしてライへと狙いをつけていた。
「ふっ」
ライはその狙いには少しも臆さず、最短距離でそのエルフへと向かう。その脚力はさすがのものでたったの一足でグンと距離を縮め、あと数歩もあれば完全にライの距離に入れそうな勢いを見せる、が。
エルフの矢がそうはさせない。
まるでどこぞの光系レーザー魔法を思わせるような速度で放たれたソレは狙い違わずライの眉間へと殺到する。
「っ」
ライにとっては想定内だったのだろう、足を止めずに体を沈みこませて回避。頭髪が数本舞った。ただ、といえばいいのか。もちろん、といえばいいのか。とにかくそれだけで終わるはずもない。
「!?」
いつの間に放たれていたのか、第二第三の矢が隠れるように存在していた。慌てて足を止めて一本を射ち落とし、もう一本を体を半回転させることで避ける。
「ちっ」
ライは悔しげに舌打ちをして周囲を見回す。ほんの僅かな時間を矢に気取られただけで先ほどまで目前にあったエルフの姿が見当たらない。足を止めていつでもどこへでも動けるように膝を軽く沈みこませる。そのまま全周囲、あらゆる方向へと心を張って――
「Call:Wind Pressure」
――上から声が。
「しまっ!?」
慌てて見上げるが、もう遅い。
風の塊が周囲一帯を包み、押しつぶさんと迫っていた。
「消し――」
――いや、駄目だ。
身を守ろうと魔力を練り上げるも間に合うはずもない。せめて衝撃に備えようと体に力を込めて身を固くする。
そして、魔法がライの体へとのしかかった。
範囲は20~30mほどだろうか。周囲の木々をなぎ倒し、岩を砕き、地形にすらクレーターのような窪みを作り、そこにあった全てを押しつぶしていた。
桁外れの威力を見せた魔法使いは、それでも疲れた様子を見せずに悠々とライが押しつぶされた地点へと歩みを進める。
「……っう」
体の半分が大地へと埋まったままの状態で、ライが息を漏らした。それを見たエルフが嬉しそうに「おぉ、まだ意識あんのか!」と話しかけながら地中からライを引きずり出す。
「いや、一瞬意識失いましたけどね……最後のは流石に死ぬかと思いましたよ」
ハハと体を横にしたままのライが力なく笑う。少しばかり嫌味の込められている声色だったのだがエルフは気にせずに言う。
「んー、よし合格だ。耐久力もあがってるみたいだし……けっこうけっこう! サボってないようで感心だなこりゃ」
はっはっはと一人で愉快そうに笑うエルフだったが、反応のないライの様子に気付き、フと周囲を見回して冷静に呟く。
「ちょっとやりすぎたか?」
「……」
まるで他人事のように呟くエルフに、ライが頬を引きつらせて黙り込んだ。この地形を見て『ちょっと』といえるこの男の神経はどうなってるんだろうか。明らかにライが不機嫌な様相を呈しているのだが、本人は本当にやりすぎたとは思っていないらしくライの返事を聞くまでもなく一人で頷いた。
「ま、俺にしては抑えたほうか」
はっはっは、と。またも愉快そうに笑う。ライもさすがに毒気を抜かれたらしく、厳しい表情から力の抜けた表情へと一転させて、ゆっくりと立ち上がってエルフへと手を差し出した。
「お久しぶりです、キセキさん」
「おう! 久しぶりだな、ライ」
がっちりと握手して、ライが厭らしく笑みを浮かべた。
「フッ」
小さく息を吐き出して、握手していた手を大地へ向けて振り、その勢いのままでパッと離す。そのまま手を離されたほうはバランスを崩して大地へと膝をついてしまう……とはいかなかった。キセキと呼ばれたエルフは「ぉ」と小さく声を漏らし、バランスを崩して一歩だけ足を出してしまうも、それだけ。
「まだまだお前の師匠には敵わないな」
と、今度はキセキが厭らしく笑みを浮かべた。
「ぐぬぬ」
ライが悔しげに、それでいて子供っぽさ全開で地団太を踏む。キセキはまたも快活に笑いながら「それで?」と声をかけた。
「え?」
まるでここに来た理由を忘れてしまったように首を傾げるライに、キセキは苦笑。
「わざわざお前が俺んとこ来たんだ、しかも大層な生き物に乗って……なんかあんだろ? まさか腕試しをしたくてここまで来たってわけじゃ――」
「――ないですよ! ちゃんと頼みがあってここに来たんです!」
「頼みって?」
キセキの言葉に、ライは「あ」と呟き「すいません、その前にちょっとだけ」と呟いてダルクのオカリナを取り出した。
最初は首を傾げていたキセキだったが、ライが魔力を込めて光りだした様子に、それがなんなのか気付いた。
「おぉ! それ、もしかしてドラゴンのオカリナか!? お前ドラゴンと主従関係でも結んだんか!」
「はぁ……まぁ、成り行きで」
少しだけ恥ずかしそうに頬を掻きながらライはオカリナを口にくわえた。ゆっくりと音色が流れ出してすぐだった。
「……おぉ、あんまり闇と同化してたからまさかとは思ってたけどダークドラゴンか」
キセキがこれまた驚きの声を発して、上空を見つめている。ゆっくりと翼をはためかせながら大地へと降り立ったダークドラゴンのダルクが「無事ダッタカ」とライへ声をかけた。
「ああ、うん……おかげさまでヘトヘトだけど、どうにか」
キセキが横で「うぉ、ほんとに仲良さそうだな、こらまた珍しいもんみれた」と呟いてる。あまりにも率直過ぎる感想が耳に届いているライは赤い顔のままダルクの背に飛び乗って未だに眠っているアリエスを抱えてキセキところへと運ぶ。
「なんだ、このちんちくりんは?」
思ったことを率直に述べるという相変わらずすぎるキセキに、ライは若干緊張しながらも言う。
「強くなりたいそうです」
「……ほぅ?」
途端、キセキの表情は凶暴なソレへと変化した。アリエスが目覚めないのをいいことに髪や瞳、ほっぺや服装などをまじまじと見つめていく。
「赤い髪と青の瞳……ケイアンの人間じゃないな」
「はい、マルガリータの娘です」
粛々と述べられる言葉に、キセキが若干に驚きの表情を見せた。
「マルガリータって……あの騒ぎはお前か」
やはりギ武国では大騒ぎだったらしくキセキが愉快そうに笑う。
「え、ええ、まぁ」
少しだけどもりながら頷くライだったが、キセキの興味はもうアリエスに移っているらしい。マルガリータのことを忘れたようにアリエスを見つめている。
「んー、素質はありそうだが……こいつ10歳くらいか?」
「あ、はい確か」
ライが直立不動で答える。
「……」
キセキは考えるように目を閉じた後、小さく頷いて右手の中指と親指をこすり合わせてはじいた。いわゆる指ぱっちんというやつで、ぱちんと小気味のいい音が響いてそれと同時にアリエスが目を覚ました。
「……んん」
目をこすり合わせて、周囲が暗いため現実感がわいていないのか、それともまだ目がなれていないのか。反応が少し薄い。
ずっとアリエスを抱えていたライがアリエスを大地に下ろして、一人で立たせる。
「うん? この人だれ?」
とりあえず目は覚めてきたようで、目の前に立つキセキの顔を見て不思議そうにライに尋ねた。ライは静かに「アリエスを強くしてくれる人だ」と囁く。
「え」
アリエスの小さな声が漏れて空気に伝播する。
その声がまた誰も話そうとしないこの空気をまるで強調するかのような錯覚すらライは覚えさせられた。
ライがそこでふとおかしなことに気付く。ライが知るキセキならすぐにでも色んな質問を寝堀り葉堀りと聞いていきそうなものなのだが、彼はずっと黙り込んでいるのだ。
――なにやってるんだ?
視線を送ると、キセキは何かを言うでもなくじっとアリエスをみつめている。別にキセキが幼女趣味に目覚めたとかいうような変な視線ではない。
よくもわるくも平坦で、まるでなにかを見極めようとしているかのような視線だ。
「えと! あの!」
そんなキセキの視線に晒されながらも、アリエスは精一杯に声を出してキセキへを見上げる。おどおどと視線を震わせ、それでもキセキの目を見て口を開いた。
「つよ……あれ?」
「ん?」
意を決して口を開いたアリエスの疑問にみちた声。ライが首を傾げて、キセキもよくわからなかったのか首を傾げた。その様子にアリエスは少しだけ残念そうな表情を作ったまま、首を振ってライへと振り返る。
「このおにいちゃん……ライおにちゃんみたいであんまり強そうじゃないよ?」
「……」
「……」
ピシリと固まった空気。
「プッ」
ダルクの笑い声が聞こえた気がした。
「……」
「……」
沈黙の二人。
「……」
「……」
「ん?」
長い沈黙にアリエスが首を傾げてライがどうにか復活した。
「だーーーー待った待ったぁぁぁぁ! 今のなし! 今のはナシです、キセキさん! アリエス? アリエスちゃん!? この人はめちゃんこつおい方だからねそれはもう驚くぐらいつおいんだよ!? あんまりおにいちゃんの寿命を短くさせることをいわないでね、お願いだからね!」
人格崩壊したとしか思えないようなライの口調だがなぜだが異様な迫力があった。ライに気圧されながら頷いたアリエスの横で、キセキが動いた。
分かるものにしかわからない、圧倒的殺気。
反射的に固まってしまったライをすり抜けて、気付けばキセキがアリエスの目の前に。一瞬だが固まってしまったライが慌てて動くももう遅い。
「キセキさん、だめだ!」
ライの言葉も間に合うわけもない。さすがに驚いているアリエスに、キセキの握り締めた拳が振り下ろされて――
「絶対に強くしてやんよぉぉぉぉ」
――ビシりと人差し指がアリエスの目の前に突きつけられていた。
「は?」
「ホ?」
ライが間の抜けた言葉を発し、実は動こうとしていたダルクも同じように言葉を漏らした。呆然とキセキのほうを見やると、怒っていることは確かなのかプリプリとなんだか可愛らしい独り言を漏らしていた。
「くっそぉぉぉ、いくら最近周囲から馬鹿にされてたからってこんなガキにまで! 別にけなされてむかっとすることなんかなかったが、今のはむかついた! 今のはむかついたぜ! ちっくしょぉぉぉしかもライみたいとかぁぁぁぁライみたいとかぁぁぁぁまだちんちんくりんのころに世話してやった奴と同列みたいに扱われるとかぁぁぁぁぁこんな屈辱ないったらないぜぇぇぇぇぇぇちっくしょぉぉぉぉぉぉぉぉ……もう切れた! 絶対切れた! 絶対に鍛えてやる! 寧ろこのガキに嫌がられても俺が師匠をやってやる!」
ほとんど魂の慟哭である。このままだと血涙すら流しそうな勢いだ。
――どうしよう。
まさにそんな状態なのだが、アリエスが今度はさっきとは間逆の言葉を突きつける。
「うわー、今のすごい! 全然動きとか見えなかったよ! やっぱりライおにいちゃん推薦なだけのことはあるね!」
今度は意気揚々とキセキの足へとまとわりついている。
「現金だな、アリエス」
そんな、ライの疲れた声のツッコミだが残念ながら誰かに届くということはない。
なぜならキセキが――
「……え、はは? 当たり前だろ? なんだお前結局は見る目あるんじゃねぇか。仕方ねぇな、俺がしっかりと鍛えてやっからちゃんと言うこと聞けよ? よし、俺の名前はキセキ・アミュートだ」
「あ、私の名前はアリエス・マルガリータ! 宜しくお願いします!」
「よしよし! よろしくな!」
目じりをさげて少し情けない笑顔。気持ち悪いくらいとろけた表情でうんうん頷いている。エルフ全般の共通事項でもある美形の顔立ちのせいでとろけた表情がなおのこと印象的だ。この状態を一言で表すなら――
――これがデレデレというやつなのだろう。
「あれが……キセキ・アミュート?」
自分を鍛えてくれた人とは思えないほどの情けない姿に、ライはなぜか目頭を熱くしてしまったのだった。
「とにかく、これでアリエスの件も片付いたわけだし!」
そうやってテンションをあげるライをダルクが慰めてやったのはまた別の話。
さらに言うなら10年後にアリエス・アミュートという女性冒険者が20の若さにして冒険者の最高ランクにまで上り詰めるのもまた別の話。
当分はこれぐらいのペースが常化するかもしれません。
本当にスイマセン。
うぅ……パソコンに触れる機会が……(涙)




