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空土 海

かし看病

 カチ、カチ、カチ、カチン、ピピピ、ピピピ……カチ

 土曜日、朝六時にセットされた目覚まし時計が鳴りだし、それを布団の中から伸びてきた手が止めた。

「ふぁ~朝か~」

 仰向けから体を起こし、欠伸をしながら言うと体を一度伸ばして、立ちあがって洗面所に向かった。

 バシャ、バシャ

 顔を洗い、壁に掛けられているタオルで顔を拭く。そして、前にある鏡を見る。

「さて、朝飯でも作るか」

 鏡に映る髪が短め、体格もよくサッカーでもやってそうな少年が、気合いを入れるように呟いた。

 

 トントントン、カッカッカッ、チッチッチッチッボッ、ジュー、

 少年は手際よく卵焼き、味噌汁、焼魚を用意した。テーブルには、食器が二人分あり片方の皿にはラップがかけられ、米もみそ汁も入っていない。

「いただきます」

 両手を合わせ言うと、少し慌てたように食事を始めた。

 食事が終わると食器を流しに置き、身支度を済ませ、玄関へ向かう。

「いってきます」

 誰もいなくとも言うのは習慣のためだろう。家を朝八時出発しバイト先へと向かう。

 橘光紀たちばな こうきと書いてタイムカードで、出勤時間を記録する。

「おはようございます」

「おはよう、光紀君今日も頼むよ」

「おはよ~橘君」

 店長や先輩に挨拶し、開店準備を始める。スーパーの開店前は大変だ、掃除、棚の整理、品出し、商品の搬入と人数がそう多くないため急いでやる。朝の朝礼が終わると開店だ。

「いらっしゃいませ」


 日曜のバイトは午前中までで、一時に終わる。

(まだやれんのにな)

 そんなことを考えながらため息をつく。なぜ午前中で終わりなのかというと



 三ヶ月前。

「俺も高校生になったし、バイトやるから」

「はぁなに言ってんの、あんたは好きなことやってればいいじゃない」

 呆れたように言うのは髪が肩にかかるぐらいの長さ、ちょっと目つきがきつくて、厳しそうに見える少女。光紀の二つ上の姉、橘喜美子たちばな きみこだ。

「やるんだよ、別に入りたい部活とかないし」

「……どうせ家計のため~とか考えてんでしょ」

(よまれてるか……)

「だってよ……」

「コウが気にすることじゃないんだから、やりたいことやりなさい」

 今、家には二人しかいない。父親は光紀が中学一年の時に離婚し、四つ上の兄と三つ下の妹を連れて何処かに行ってしまい、母親は働いているがここ一年ほど帰ってこない。父親、母親から口座に振り込みがあることから生きてはいるが、どこに居るかわからない。

 そもそも光紀は離婚した理由すら知らないし、喜美子はわざわざ探す必要はないと言っていわれた。

「いや、やるっていったらやるんだよ」

(今日は引き下がらない、いつも言い負かされるか、俺が折れるかだったけど今回は)

 そう思い、真剣な眼差しを向ける。

「…………はぁーわかった。ただしやる日はそんなに多くしないこと、勉強を疎かにしない、無理をしないこと……わかった?」

 ため息をつきながら言う。喜美子は許可し、条件を付けた。


 他に喜美子が譲歩したのは、朝食を先に起きた方が準備を始める、と決めさせたことだろう。他の家事はほとんど喜美子がやっている。



「ただいまー」

 バイトから帰宅した。光紀の声には返事がなかった。

(あれ?)

「美喜ねぇー居ないのか?」

 言いながら台所へ行く、やはり返事がない。テーブルの上には朝食の卵焼きと焼魚が残されたままだった。

 二階にある美喜子の部屋へ向かう。

 コンコン

 ノックに返事がない。

「美喜ねぇー居る?」

 そっと扉を開けて、中を覗く。部屋のベッドには膨らみがあり、まだ寝ているようだ。

「寝てんのか……美喜ねぇーもう昼だぞ?」

 ベッドに近づき美喜子の肩を揺らす。

「ん、ん~何? ゴホ ……コウ、バイトはどうしたの?」

 咳を吐いて言い、体を起こした美喜子の顔は少し赤い。

「何言ってんだ、もう昼だぞ? 顔が赤いけど風邪か?」

「もう昼なの? あ、昼の用意を……」

 立ちあがったが美喜子は少しふらついていた。

「てい!」

 ボフッ

 光紀は美喜子を押して、ベッドへ座らせる。

「何すんのよ」

 光紀は少し怒気を含んだ声を無視し、自分の額と美喜子の額に手を置く。

「うーん、熱あるな、風邪かな……病人は大人しく寝ること」

「何言って、私は風邪なんて……」

「ひいてんだよ、たまにはゆっくりしな。タオルと体温計とか持ってくるから」

「ちょ……」

「いいから休む、早く治した方がいいだろ?」

「うっ……ゴホゴホ、わかったわよ、はぁー貸しができちゃった」

 いつものように強気な態度でも、声には覇気がない。光紀が美喜子の発言に重ねて言うと、諦めたように言った。

「貸しって家族なんだから、別にいいだろ」

「よくない、私は姉なんだから面倒みるのは私なの」

 風邪のためか少し子供が駄々をこねるような発言だ。

「はいはい、んじゃ貸し一つな、いいから大人しくする」

(昔は逆の立場だったのにな)

 そんなことを考え、光紀は苦笑しながら部屋を出て階段を降りた。

 桶に水を入れ、タオルと体温計、お茶を持ち部屋に戻る。

「薬もうなかったから買ってくるよ」

 タオルを水に浸しながら言う。

「いいわよ、そんなの……買ってこなくてもこのくら……い一日休めば治るわ」

 あくまでも強気に言う喜美子。そこにタオルを絞りながら、美喜子に疑うような目を向ける光紀が言った。

「今、咳を我慢したろー無理すると体によくないぞ」

「我慢なんてしてないわよ……ゴホ……それよりお腹が減ったんだけど、朝ごはんの残りでいいから持ってきてくれない?」

「わかったよ、無理はしないように」

 光紀は呆れながら言うと、美喜子の額にタオルを置く。そのまま部屋を出た。

(お粥でも作るかな)

 台所に行き準備を始めた。

 お粥ができ持って行く。部屋に入ると美喜子が睨んでいた。

「遅いじゃない、ゴホゴホ」

「お粥作ってたからね」

「……別に残りものでいいのに」

 少しむくれたように言う美喜子を見て

(本当に子供みたいだな)

 と思い光紀は笑ってしまった。

「何笑ってんのよ、ゲホ」

「別に、体起こせる?」

「……なんとか」

 美喜子は、額のタオルを光紀に渡し、ベッドの上で体を起こす。

「フーフーフー、ほら、あーん」

 そこへ、一掬いのお粥を冷まして差し出す。

「そんなことしなくても、一人で食べられるわよ」

「病人は大人しくしてな、ほらあーん」

 いつもなら押し負ける光紀は、風邪で弱っている喜美子には勝てる、とふんで強気に言う。

「わかったわよ」

 喜美子は、諦めてように口を開いた。

 パク、モグモグ。

「フーフーフー」

 もう一掬い、冷ましていると

「一人で食べられるから、渡しなさい」

 そう言う美喜子の顔は、さっきより顔が赤いように見える。

「わかったよ、ほら、気を付けてね」

(あんまりやると、本当にキレちゃうかな)

 そんなことを考え、お盆ごとお粥を渡す。

「んじゃまたもう少ししたら来るから」

 光紀は、そう言うと立ちあがり部屋を出ようとする。

「わかったわ、フーフーフー」

 扉を出る時、喜美子を一瞥し扉を閉めた。

(昼飯でも食べるか)

 台所へ向かい、喜美子が食べていない朝食を温め、食べる。

(喜美ねぇーってあんなに小さかったのか……)

(三年間ほとんど頼りっぱなしだったんだよな。もっと俺が頑張んないと)

 考えながら急いで食事を終え、部屋に向かう。

「どう? 食べ終わった?」

 部屋に入るとき言う。目の前には体を起こして、お粥と戦っている喜美子の姿が見えた。

「フーフー、あつ!」

 光紀は苦笑しながらお盆に手を伸ばす。

「ほら、貸して」

「……わかったわよ、はい」

 冷ますのも猫舌で弱っている喜美子には、大変だったようだ。

「フーフーフー、はい、あーん」

 パク、モグモグ

 そんなことを繰り返し、お粥が空になった。喜美子を横にさせ浸し、絞ったタオルを額に置く。

 

 そこからは他愛もないことを話しかけた。バイトであったことや勉強のこと、これからの家事の分担のこと。さすがに 弱っているとは言え、家事の分担交渉は失敗に終わった。

「それにしても、親父達が居なくなって三年か、陽兄と朱音は元気にしてるかな」

 なんとなく思ったことを口にした。

「……離婚の理由しりたい?」

 喜美子は赤い顔を光紀に向けた。そこには真剣な眼差しが熱のせいか揺れいた。

「え? 別に今言わなくてもいいだろ?」

 少し動揺した声で言ってしまった。

「別に深い理由じゃないわよ、ゲホゲホ」

「ほら、今は無理して話さなくてもいいよ」

 そんな光紀の言葉を無視し喜美子は言った。

「単なる浮気、不倫よ……両方とも居るのがわかって、じゃあ離婚するか……みたいな感じで軽く別れたのよ」

「……」

 何か言おうとしたが言葉にならなかった。

「家族も歳で分けて、母さんはどうせ不倫相手と……仲良くやってんでしょうね」

「別に、今さら理由なんて関係ないよ……もう昔のことだし」

 それがやっと口から出た言葉だった。声は少し震えていた。

(仲の良い家族だと思っていた俺がバカみたいだな)

 そんなことをグルグル考えていた。

「……実は、コウは不倫相手との子供なの」

「は?」

 あまりの驚きに声を出した。

「……フフフフ、全部嘘よ。何間抜けな顔してんのよ」

 喜美子はそう笑って言った。

「へ? 嘘?」

「そうよ、その場で作った話にしてはリアルだった?」

 笑いながら言った。

「そうなのか、驚いたじゃん」

 苦笑しながら言ったものの

(たぶん離婚理由は本当なんだろうな)

 と考えていた。

「ゲホゲホ、私はもう寝るわ」

 そう言うと喜美子は目を瞑った。時計の針は七時を指していた。

「もうこんな時間か、夕飯どうする?」

 スースースー

 返事ではなく、規則正しい呼吸音が聞こえてくる。

「まあいいか、おやすみ」

 そう呟き、部屋を出た。夕食の準備を始めた。うどんを作り食べ終え、後片付けをしていた。

「あ、そうだ。明日はバイト休むから連絡入れないと」

 ふと思い出しメールを送る。店長に『姉が風邪を引いてしまい看病のため、明日休みにしてもらっていいですか?』と送った。

 返信は風呂上がりにやってきた。『大丈夫だよ。お姉さんの看病頑張って』その文面に『ありがとうございます。明後日は出勤します』と返信する。

 喜美子の様子を見に部屋へ行く。タオルが寝返りでベッドに落ちているのを拾い、水に浸して絞って額に置く。規則正しい呼吸音が聞こえる。

「もう大丈夫かな」

 そう呟き立ちあがろうとすると、パジャマがひっぱられる。

「ん?」

 喜美子の手が服を握っていた。

(今日は姉というより妹だな)

 そう思いながら仕方ないかと手を離すのを待った。

 なにか動く音が聞こえ、目を覚ますと喜美子がこちらを見ていた。

 外が明るく、いつの間にか寝てしまったようだ。

「コウ、あんたなんでここに居るの?」

 睨むようにこちらを見て言った。

「え? それは喜美ねぇーが俺の服を離さなかったから……そのまま寝ちゃったのかな」

 光紀は慌てて答えた。

「そう、ところでコウは熱っぽいとか、ダルいとかないの?」

「なんで俺? それは喜美ねぇーの方だろ?」

 喜美子はその言葉に呆れたようにボソっと呟いた。

「これだからバカは」

「今バカって言ったろ」

「ええ、言ったわよ。ここは看病した人がうつって私が治るパターンでしょ!」

 よくると美喜子の顔がまだ赤い。

「まだ風邪治ってないんだろ」

 顔色に気が付いた光紀は言った。

「何言ってんの治ったわよ。さあ早く風邪をひきなさい。今度は私が看病するんだから……」

 変な発言は

 ぐーぎゅるるるるるるるるる

 盛大な腹の音で中断された。

「………………」

「………………」

 喜美子の顔はさらに赤くなる。

「そういや、昨日は夕ご飯食ってなかったからな」

 喜美子は立ちあがった。ご飯を食べに行こうとしているようだ。しかしまだふらついている。

「てい!」

 ボフッ

 ベッドに座らせる。

「何……」

「かし、もう一つな」

 喜美子の言葉に重ね、笑いながら言った。


テーマ小説「看病」で看病した人に風邪がうつるというオチ以外で考えた話です。珍しく擬音や感情描写を多くしたつもりです。

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