ご褒美
翌朝、俺はリルにどう顔をあわせたらいいかわからなかったのだが、リルはいつもどおり俺の部屋へやってきて、洗濯した俺の服を紙袋に入れて持ってきた。
「テスト範囲は覚えたの?」
「・・・・・・ん?なぁご褒美ってなんだ?」
「・・・・・・またそれ?だから、あんたが絶対喜ぶ事だって。」
「ふ~ん?リルさんが体でも張ってくれんのかな?」
俺はそう言ってリルの髪の毛をいじりながらリルの目を見た。
「っ・・・・・・・!?な、何言ってんの!?ばっかじゃない!?大体、あたしに体張られたって嬉しくないでしょ!?アークは!!」
思った以上の反応に思わず驚いて口が開いてしまった。
「・・・・・・何をそんなに怒ってるんだよ?冗談だろ?」
「あ、じょ、冗談、って、そんなこと、分かってるよ!別に、怒ってなんかないんだから!ほら!覚えたならテストやれ!バカ!!」
「それのどこが怒ってないんだよ!?」
「ああそう!素直に"昨日は洋服を貸してくれてありがとう"ってかえそうかとも思ったのに、アークはよっぽどコレをあたしに叩きつけられてかえされたいみたいだね!?」
「うわ!止めろ!いくら中身が軽いとはいえ、リルのバカ力で叩きつけられたら痛い!」
「アークのバカ!死んじゃえ!!」
思いっきり振り回された袋は、思ったよりもスピードがつき、ゴスッという鈍い音をたてて俺に命中した。
「っ~~~!?」
何だコレ?やたら痛いぞ?中に石でも入ってんのか?
中を覗いてみると、中には俺が好きなリル特性の焼き菓子が入っていた。
フルーツ盛りだくさんのそれは、俺に当たったことで形が崩れていたが、確かに俺の好きなタルトだった。
俺は昔、このタルトはラルさんが作ったものだと疑わなかった。
リルも何も言わなかったし、たまに不機嫌になることはあっても、"それは、自分が作った"と、口を挟もうともしなかった。
だが、ある日俺は真実を知ったのだ。
「お前は本当にガサツだな~、ラルさんみたいに料理上手になって、おしとやかにしたらどうだ?」
「アークのバカ!!バカバカバカ!!もう知らない!!」
そう言って今みたいに俺に物を投げつけて自分の部屋に入ってしまったことがあった。
ラルさんは料理上手だった。
だけど、リルはそれといって料理ができたわけではないのだ。
だから、そのとき自分が食べていたおやつのタルトも、当然ラルさんが作ったものだと思っていた。
「なんなんだ?いきなり切れだして・・・・・・。」
「うふふ~リルはね、アーク君に素直になれないのよ・・・・・・。」
「俺限定っすか、そりゃまた嬉しくないですね・・・・・・それよりも、このタルトもめっちゃ上手いです!ラルさんの手は魔法の手ですか!?」
そう言ったときにラルさんは驚いた顔をした。
「え?・・・・・・ああ、もしかしてとは思っていたけど・・・・・・それはね、私が作ったものではないのよ、アーク君。リルが作ったものなの。」
「え?でも・・・・・・アイツはなにも・・・・・・。」
「タルトは全部リルが一生懸命作ってたのよ?知らなかった?小さいころからリルはアーク君の好みのフルーツとかよく知ってたからね~だから、今やタルト作るのは私よりリルの方が断然上手なの。」
そう言ってラルさんは和やかに微笑んだ。
そうだったのか、と俺は改めてリルの作ったタルトを食べた。
俺は、全く知らなかったのだ。
リルが作っていたという事実を。
「あ~!タルトが!!タルトが崩れてるじゃねえか!」
「あ、それは・・・・・・"お姉ちゃんが作ってた"から、たまたま持ってきてあげたのよ!テストで疲れたらおやつにするのもいいかと思って。だけど、形が崩れちゃったならしかたないよね、せいぜい残念がれ!お姉ちゃんが作った完璧なタルト原型が見れなかったってね!!」
リルは腕組をしてフンっと言ったけど、俺は知っている。
ラルさんは"タルトは作らない。"
タルトが好きな俺としてはちょっと残念だが、リルのタルトは味がいいので満足している。
「おまえなぁ・・・・・・物入ってるんだら、投げるのやめろよな。それと、タルト、サンキュー。」
俺が笑っていそいそとタルトを取り出して服をタンスにしまっていると、リルが赤面しながら言った。
「べ、別に、あたしがあんたのために作ったわけじゃないんだから、あたしにお礼言われても・・・・・・。」
「ん、でも運んできてくれたんだろ?ありがとな。」
そう言って俺はリルの頭をポンポンと撫でた。
「や、ちょ・・・・・・!そ、そんなことより、テスト!テスト終わらせてタルト食べよう!?今回のタルトはアークの好きなクランチュリーが沢山入ってるって話だから!」
(クランチュリー:サクランボに近いが味は桃に近い。火を通す前の食感はリンゴ風。)
「そうか。なら早く終わらせないとな!」
「その調子!」
何故かリルはいまだにタルトはラルさんが作ったと言い張る。
自分が作ったというのが恥ずかしいのだろうか?
せっかく唯一自慢することができることなんだから隠す必要もない気がするのは俺だけなのだろうか?
俺は早々と出されたテストを差し出すとリルはあきれた顔で「現金なヤツ・・・・・・。」とつぶやいた。
それから、テストに目を通して目を見開き、俺に言った。
「アーク!満点だよ!次のステップにこれで進めるよ!!」
と笑顔で言った。
「おー!どうだ!俺の実力!」
「どうだ!じゃないでしょ、同じ問題出されてこんだけ間違ってるのに・・・・・・まぁいいや、おやつにしようか。」
「タルトはやっぱうめえよな!」
ひとしきりの準備が終わると、俺は早速タルトにかじりついた。
リルは自分のタルトをちょっといじりながら俺をみて、クスリと笑った。
「本当にアークはタルトが好きだね~。昔っからそう。特にこのクランチュリーが大好きで・・・・・・同時にお姉ちゃん一筋で・・・・・・アタシは見てもらえないって分かってるのになぁ・・・・・・。」
クランチュリーが大好きで、の後が聞こえない。
「あ?」
「ん、なんでもない!アタシはアタシ。」
そう言って、リルはタルトを見ると、寂しそうに笑った。
「・・・・・・そんなアークだから、好きになったのかもしれないけど・・・・・・。」
また、リルが独り言を言った。
でも、その微笑みは普段見ることのないような―――少しラルさんを思わせるような―――笑みだったので聞き返さずに少しばかり見ていた。
「何?アタシ、なんかついてる?」
不意に目が合ったので驚いて眼をそらすと、「いや、タルトくわねぇのかなってさ。上手いのに。」と言った。
「本当にアークはお姉ちゃんのタルト、好きだよね~いくらお姉ちゃんが好きだからってお姉ちゃんが作ったものまでべた褒めするんだもん。あきれちゃう。」
そう言ってリルは苦笑した。
「だって、ラルさんの料理実際に上手いし。でも、お前のタルトも俺は好きだよ。」
「・・・・・・まあ確かにアタシよりお姉ちゃんの方が料理上手だけど・・・・・・って、ん?今、アタシが作ったタルトって言った?」
リルは驚いた顔で聞き返してきた。
「ん。」
俺はタルトを口に含んだまま頷いた。
「は?アタシが、アンタのためにタルト作るなんて、そんなの・・・・・・あるはずないじゃん!アタシはなんでもお姉ちゃんには敵わないんだから!」
リルは、少しばかりむせそうになっていた。
「でも、唯一リルがラルさんよりすごいことがある。それがタルト。ラルさんが、"私が作るよりおいしい"って言ってた。」
何をそんなに焦っているのかと、俺はコップに入っていたお茶を一気に飲み干すと、リルを見た。
「し・・・・・・ってたの・・・・・・?」
「ん。まぁ。」
俺が頷くと、リルはすっかり茹蛸になった顔で慌て始めた。
「え!?え!?なんで!?いつから!?」
「わりと前から。」
「・・・・・・アークは、アタシが作ったのでもおいしいって言ってくれてたの・・・・・・?」
「え?なんで?うまいじゃん。」
「アタシ、お姉ちゃんが作るからおいしいって言ってるんだと思ってた・・・・・・。」
そう言いながらリルは俺に背を向けた。
「どうした?気分でも悪いか?」
俺がリルのそばによって、リルの肩をつかむと、リルが本当に真っ赤な顔で俺を見た。
「・・・・・・顔、真っ赤だぞ?熱でもあるのか?」
「え?や、ちが・・・・・・!」
リルはそう言いながら自分の手で顔を隠した。
「おい、本当にどうしたんだよ?」
「見ないで!・・・・・・恥ずかしいから、見ないで。」
最後のほうは消え入りそうな声だったがきちんと聞き取った。
いつになく、弱気なリルの声だった。
俺は自分のタルトが置いてあるところまで戻ると、タルトを食べ始めた。
そんなに自分の作ったタルトだってことを言いたくなかったのか?
俺にはわからん。
「おにーちゃーん!!」